ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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外伝 とある灰被りの少女の祈り 6/15

 

 

「‘断ってる,んだよ。アイツからな」

 

まるでなんでもない事のように自然に、しかしてハッキリとした声色で、今までずっと聞き手側だったレガシーワールドが喋りだした。

 

 

「レガシーちゃん‘断っている,ってどういう事?」

 

「どういう事もなにもそのまんま。ここ最近好物を食ってない事に気づいてるトレーナーからの差し入れ……ケーキだとかはちみーだとか、そういうやつをアイツ自身が断ってるんだ。そりゃそんなもん別に喰わなくたって健康上何も問題ないし、体重やらなんやらの調整のことを考えるならむしろ喰わねぇ方が良いぐらいだから、アイツのトレーナーも強く言えねぇのさ」

 

「……随分と具体的ですね。失礼ですがシスター・レガシー、その情報をどこから?」

 

ズバリと、今まで出て来た情報の中で一番具体的な証言をするレガシーワールド。しかもその雰囲気からして、彼女はこの情報が‘間違いなく正しいものだ,という確信を得ている。一体どういう事かと不思議に思ったシスタートウショウだが、その疑問は即座に解消された。

 

 

「決まってるだろ? あいつのトレーナーからだよ」

 

「え!? でもでも! ルーブルちゃんのトレーナーさんはこの二日間色々忙しくて学園にいないって──!!」

 

「‘直接,聞く必要なんてないよ。メルアドなんて知らないし、UMAINのグループ登録もしてなければウマッターはやってすらいないみたいだけど、それでも同じトレーナーなら流石に連絡が取れるだろってね。私のトレーナーに事情を話して、電話でそれとなく情報を聞き出して貰ったのさ。……あまり喋り慣れてないザ・イケメンって性格の相手だったみたいで、ガラにもなくちょっと緊張してたけどな」

 

ハハッと、小さく笑う。レガシー(彼女)のトレーナーは中央トレセン学園トップクラスの強面で、その厳つい雰囲気から‘元裏社会のヤバイ人,ともっぱらの噂なのだが……。そんな彼が自分の目の前で見せた(比較的)オドオドとした態度が面白くもどこか可愛らしくて、もう今朝から何度も思い出し笑いをしてしまっているレガシーワールドである。

 

 

「なるほど……。それならかなり信憑性は高いですね。今までの情報と統合すると、ルーブルさんが‘小さな無理,を各所でしていると見て間違いなさそうです」

 

深夜と早朝のどちらかに行なっている追加トレーニングによる就寝時間のバラツキ。友人達に寂しい思いをさせてしまっているという自負。好物を食べるのを自重している事によるストレス。そしてなにより、日に日に迫るGⅠレース‘オークス,。……不調の原因になるには十分過ぎる要素だ。問題点は明らかになり、ここに提示された。──されたのだが

 

 

「だけど、具体的にどうすれば良いのかしら……」

 

結論として、上手い解決策が出てこないことにダイナマイトダディは憂いを帯びた表情で首を捻る。「え? 一つ一つ解決すれば良いんじゃないの?」と不思議そうな顔をしているヌエボトウショウに教示するように、レガシーワールドが口を開く。

 

 

「まぁそりゃあな。就寝時間のバラツキに関してはアイツのトレーナーに直接忠言して貰えばそれで良いんだが……。ダチと食事の問題に関しては難しいだろう」

 

イソノルーブルの都合が良い時に会えれば良いのだが、相手側にも都合という物がある。なにせ相手はまだ子供だ。平日は学校があるし、家庭の都合だってあるだろう。放課後だって塾や習い事があったり、何も無くても他の友達と遊ぶ約束をしているかもしれない。

 

そして食事事情の改善は、多分それ以上に難しい。何故なら彼女は別段、アスリートとして間違ったことをしている訳ではない。むしろその逆。栄養価の高い物を優先的に食し、なるべく高タンパク低カロリーなアスリート向けのメニューを頼む。間食は勿論、糖や脂質の多い甘味は例えトレーナーからの差し入れであっても食べないという、どこぞの暴飲暴食ウマ娘達に見習わせたくなるような食事をしているのだ。

 

正しいからこそ、何も言えない(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「面倒臭いのは、仮にこの三つの要因全部を取っ払ったらそれはそれでストレスになりそうな事なんだよな」

 

故に、ルーブルに理由や理屈を説明して環境を無理矢理元に戻しても、心の中に‘決めたことを守れなかった,という棘が残るだろう。最悪の場合‘みんなに気を遣わせた,‘また迷惑を掛けてしまった,という余計な自負の念に駆られるかもしれない。

 

 

「うーん……。ねぇ、二人はどう思う?」

 

そうして暫くの間、眼を閉じて考えるように押し黙っていたゼファーとシスターに、ダディから声が掛かった。「そうですね……」と、まずはゼファーが眼と口を開く。

 

 

「取りあえず、今回の会議の内容を簡単なレポートにして纏めた物をルーブルさんのトレーナーさんにお渡ししましょう」

 

「……まぁそれが無難か。それを見たアイツのトレーナーが色々と上手い事やるのを期待するっきゃない。所詮、私達はこうやってトレーナーの手の届かない所に探りを入れるのが精一杯のド素人な訳だしな」

 

「ええ。私達では本業のトレーナーさん達のアイデアや知識、そして何よりその熱意にはどうあっても敵いません。ルーブルさんとマンツーマンの契約をしているトレーナーさんなら尚更です」

 

どれだけ考えても結局そこにしか行き着かなかったのか、レガシーワールドは疲れたように息を吐きながらゼファーの意見に賛成した。隣では「えー!? 私レポート作るっての凄く苦手なのにー!!」と一気に嫌そうな顔色になったヌエボトウショウを、ダイナマイトダディが宥めすかしている。ちょっとした興味とある目的から今回の会議に参加したが、そこまで収穫を得ることは出来なかったなぁと、レガシーワールドは主にそっちの意味で落胆していた。

 

 

「一応聞くけど、他には?」

 

「んー……。一つだけ、思い浮かんでいる手があります。ですがこれはあまり大っぴらに言える物じゃない上に、ルーブルさんのトレーナーさんの協力が必須なので……。効果自体はそこそこあると思うんですけどね」

 

「へぇ……?」

 

ゼファーのなんとも意味ありげな発言に、思わずスッ──と眼を細めたレガシーワールド。彼女が思い付いたという‘手,とやらに興味はあるが、この言い方では自分達に話す気はなさそうだ。まぁさして聞きたいという訳でもないし、別に「──それに」──ん?

 

まるでレガシーワールドの思考を遮るかのように、ゼファーが言葉を放つ。

 

 

「それに私、そこまでルーブルさんのことを心配してないんです。──シスターさんもそうですよね?」

 

「…………」

 

ニッコリと微笑みながら聞いた。ヤマニンゼファーというウマ娘にしては珍しい事に、相手の心情を断定するような遠慮のない物言いでだ。「そうなの(か)?」と言いたげな眼で二人を見るダディとレガシー。対するシスタートウショウは最初の数秒こそ何も言わなかったが、それからスグに口を開く。──その一瞬前、口の端がフッ──とホンの僅かに歪んだのを、彼女と対面に座っているヌエボトウショウはその眼で見た。

 

 

「ええまぁ。シスター・ゼファー(・・・・・・・)と同じく、これから私達がやるべきはこの情報を彼女のトレーナーに伝えることだけだと思っています。あとはシスター・ルーブルが復調することを信じて三女神に祈りましょう」

 

「意外……じゃないけれど、どうしてそう思ったのか理由を聞いても良いかしら、シスターちゃん」

 

ダディの言う通り、今回の事情を知った上でシスタートウショウのその決断を「意外だ」と思うようなクラスメイト並びに知り合いは少ないだろう。文字通り教会の修道女(シスター)でもある彼女は他者に対する見返りのない献身を行う事も多々あるが、それと同時に色々と厳しい(・・・)事でも有名だ。困難に悶え苦しんでいる、思い詰める程に苦悩している者をただ助けるのではなく、出来うる限り自分の力で乗り越えさせる。何もしないどころか、時として捨て置くような真似をする事さえもある。

 

曰く‘無論、一シスターとして迷える子羊達に救いの手を差し伸べる気はありますし、むしろそれこそが私の本懐の一つですが、必要以上に甘えさせる気もありません,という事らしい。同じ「信じて見守る」でもダディの家族としての絆や想いが込められたそれとはまた違う、厳しくも慈愛に満ちた、正に修道女としてのそれだ。

 

──しかして今回のシスターは、普段の物とはまた別の理由でそう決断したような気がすると、ダディは本能的に感じていた。

 

 

「単純な話し──シスター・ルーブルは、強いウマ娘ですから」

 

「────!」

 

凜と引き締まった顔。まるで淀みのない口調。疑いや不信など一切無い純粋な瞳で、シスタートウショウは言う。

 

普段から弱気で自分に自信が無い……精神的に脆い部分があると言われているイソノルーブルだが、ああ見えて一度「こう」と決めてしまえば、例えそれがどんなに辛く苦しくとも頑として撤回しない、強い意志の持ち主でもある。

 

厳しい追加トレーニングをするのも、小さな友人達と会わないのも、食事をアスリートとして理想的な物にしたのも、そうすると決めたのは全部イソノルーブル本人だ。

 

──何が何でもオークスで勝ちたい──

 

彼女が取っている行動の数々から、そんな決意がヒシヒシと感じられた。

 

 

「ですから、そこまで心配はしていません。今回の行動の一切は‘それでも何か、彼女の友人として他に出来る事はないか,という私の我が儘です」

 

「……そう」

 

「ええ。なのでシスター・ゼファーの言った‘手,とやらが有用そうであればどうぞ実行してください。そもそも私も他人の……戦友(ライバル)の心配が出来るような立場ではないですからね。オークスへ向けての最終調整……これまで以上に完璧な状態に仕上げ、全身全霊で挑まなくてはなりませんから」

 

確信的なまでの‘信,をシスタートウショウがイソノルーブルに置く理由は、このクラスの最上位カーストであるダディでも分からなかった。きっと自分達の知らない所で、シスタートウショウ本人にしか分からないような‘何か,があったのだろう──そう推察するのが精一杯だし、それ以上深入りする気もない。それは‘無粋,という奴だ。

 

ならば、これ以上はそれこそ「見守る」しかない。結局の所‘みんなの大黒柱,である自分が最後に出来る事と言えば、今までもこれからもきっとそれ以外に無いのだから。

 

 

 

 

 

「でもでも! ‘それだけ,じゃないでしょ? シスターちゃんも最近調整なりなんなりで忙しかったから、みんなとこうやって話す機会が少なくて寂し──あ痛ったぁ! ま、毎度言うけどシスターちゃんって私にだけ容赦なくない!? 何で!?」

 

 

 

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