ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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外伝 とある灰被りの少女の祈り 8/15

 

 

『トゥインクルシリーズを愛して止まない全ての皆々様! 今年もついにこの時がやってまいりました!!』

 

トゥインクルシリーズウの実況者として最も有名な女性アナウンサー『赤坂(姉)』の興奮した声が、拡声器を通して会場全域に響き渡る。

 

 

『本日のメインレース! 日本ダービーと対を成すウマ娘の祭典!』

 

 

『クラシックレース、優駿ウマ娘‘オークス(GⅠ),いよいよ開幕です!!』

 

 

 

 

「……なぁフラワー」

 

東京レース場にあるウマ娘レースの関係者……その中でもURAの重役、またはそれに匹敵するVIPのみが立ち入ることを許される三階の某特別な部屋に、チームステラのトレーナーである柴中はいた。無論、桜花賞の時と同様、来年はこのレースに出走しているであろうウマ娘、天才少女・ニシノフラワーも一緒である。「はい?」と可愛らしく小首を捻って聞いてくるフラワーにある種のデジャヴを感じながら、柴中は告げた。

 

 

「俺はお前の事をとても優しくて、頭も良ければ性格も器量も良し、実力だって申し分無い将来有望なウマ娘だって本気で思ってるんだけどさ……」

 

「そ、そんな……。その、とても嬉しいですけど恥ずかしいですよ……」と照れて顔を紅くするフラワーだが、柴中の顔はそれに反するように渋い。正しく‘苦虫を噛み潰したような,表情をしている。桜花賞の時と同じく、また豪華な弁当を作って来られたとか、その程度の話しでは無い。

 

 

「いやー! 既に来年のレースを見据えて実地で‘見,のトレーニングとは、さっすが柴中はん! あのマイルの皇帝のトレーナーなだけはありますなぁ!!」

 

「だけどさ……。幾ら困ってたからってこいつをここに連れてくるような真似だけはして欲しくなかったなぁ……!」

 

陽気で軽快な関西弁を放つその男に頭を抱えながら、柴中は呻くように言った。恨み言にも近いそれを柴中が担当ウマ娘であるフラワーに放っているという一種の異常事態だが、逆に言えば柴中にとってそれだけのダメージを負う事態なのだという証拠でもあった。

 

 

「や、やっぱりダメでしたか?」

 

その言葉を聞いてションボリとした表情になったフラワーが恐る恐るといった風に聞いてくる。確かにこの男はまるっきり赤の他人という訳でもないし、URAの規律もこういう事に関してはそこまで厳しくはない。なのでフラワーがこの男を部屋に連れて来たこと自体はあまり問題ではないのだが──

 

 

「いやいや! ホンマ助かりましたわ。おおきに、ニシノフラワーはん」

 

望外の結果に内なる喜びを隠す事もなく顔に出しているのは『藤井(ふじい)泉助(せんすけ)』某大手新聞会社で働いている、ウマ娘レース専門の記者だ。中央トレセン学園にも幾度となく取材に訪れていて、特にオグリキャップとはまぁ色々とあり、記者としては(比較的)一番仲が良かったりする。

 

記者としての腕も業界トップクラスで、取材を初めとした各種情報の収集能力から、肝心の記事の内容(面白さ)、SNSや動画サイト等も利用するその活動範囲の幅広さと、色々優れた人材であることは疑いようもない。──が

 

 

(こいつはなぁ……)

 

この藤井泉助という男。中央のウマ娘トレーナーの間では‘厄介者,としても割と有名だったりする。休日の街で偶然居合わせたGⅠ級ウマ娘へ唐突にインタビューするなんてことは数知れず。トレセン学園には取材許可を取っていてもそのウマ娘が所属するチームのトレーナーには許可は取っていなかったり、後輩でもある某女性記者に余計な事を吹き込んでトンでもない質問を理事長に対してさせたりと、まぁお騒がせ事情に事欠かない。

 

だが決して悪質記者という訳ではなく、記者としての情熱や取材対象であるウマ娘・トレセン学園・URAへの敬意を持ち合わせているむしろ良識ある人間で、肝心のウマ娘達からもそこそこ好かれるタイプの記者なのだが、それでも彼女達の保護責任者でもあるトレーナーという役職の身からすれば厄介極まりない奴である事は間違いない。特にオグリキャップの前担当トレーナーだった『六平(むさか)銀次郎(ぎんじろう)』からは半ば本気で嫌悪感を示されている存在だ。

 

 

「ちゃんと事前に予約しとった筈の報道関係者専用の特別席がダブルブッキングで取れてませんでした言われた時はマジでどうしようか思っとったんやけど……。怪我の功名とはまさにこの事ですわ。おかげさんで‘あの,柴中トレーナーに、来年のティアラ路線注目ウマ娘のフラワーはんとこうしてご同伴する事が叶ったんやから!」

 

「あわよくば先週の安田記念の時もこうして出会いたかったですわー」とか続けて調子の良いことを言っているが、出会わなくて当然である。柴中が藤井の行動パターンを先読みし、それに合せて見学場所を一定時間事にコロコロ変えていたのだから。結果としてレース場をあちこち連れ回すことになったゼファーには悪い事をしてしまったが、当人としては実に楽しそうだったので何よりだろう。

 

 

「……もう一度釘を刺しておくけど、今日は取材には付き合わないからな」

 

「わーっとります! いや正直スッゴく色々話をお聞きしたいんやけど、それはまた今度にしときますわ。今日のメインはあくまでオークスやさかいね」

 

割とドスを込めた声色で言ったのだが、あまり効果は見られない。不本意なれど藤井とはそれなりに長い付き合いなので、どの程度が柴中にとって本気の‘アウト,ラインなのかをシッカリと見定められてしまっているのだ。『これぐらいなら大丈夫だろう』という、軽率なれど当たっている判断である。

 

 

「ああ、でもこれぐらいなら聞いてもええでしょ? ぶっちゃけた話し、どの娘が有力だと思うとります?」

 

「……そうだな」

 

故に、チーム‘ステラ,や、フラワーを初めそこに属しているウマ娘の事は口を開かなくても、それ以外の話題ならいけると判断した藤井が切り込んでくる。無視しても良かったのだが、どうせフラワーとレースについて色々話している内に情報を抜き取られてしまうだろう。ならば‘答えても問題ない,と思える事はフラワーへの説明もかねて話してしまうべきか。

 

 

「やっぱり一番人気の『シスタートウショウ』はこの中だと色々抜きん出ている物が多いな。先月に桜花賞を取ってから益々走りに磨きが掛かったように感じる」

 

「桜花賞のレコードを塗り替えちゃいましたもんね、シスターさん。あの凄まじい追い込みで一気に迫られたら萎縮しちゃう人も多いんじゃないでしょうか」

 

「パドックで見た感じ、毛づやも身体のハリも歩き方も良好だったし、調子も良さそうだ。人気通りの最有力候補だろうさ」

 

「ふむふむ」と凄まじい勢いで手帳に二人の発言を書き込んでいく藤井。途中、なにか良い記事のアイデアでも浮かんだのか、ニヤリとした表情を浮かべたのが実に不気味に映った。

 

 

「二番人気のツヴァイボイスは去年の一二月以降は体調不良諸々が原因でレースには参加してなかったけど、復帰戦の忘れな草賞(OP)で圧勝。それ以前のレースも三着以下無しとあってかなり期待されてるみたいだ。三番人気のスカーレットブーケは言わずもがな。前哨戦のサンスポ特別(GⅡ)こそ今回五番人気のサンカイヘーに敗れてるけど、実力は間違いなく本物だろう」

 

「毎度の事ですけど、ファンの皆さんって本当に凄いですよね。大体のレースで『この娘が上位に来るだろう』って予想を当てちゃうんですから」

 

「噂じゃ‘予想(それ)に人生を賭けてる,っていう『ウマ娘レース』のファンもいるらしいからな。こっちとしては色々と盛り上がるから、ありがたい話しではあるんだけど」

 

「ほうほう……。ちゅーことは順当に人気上位のウマ娘が掲示板を確保するだろうっつー読みでっか?」

 

「……まぁお前も知っての通り、人気上位の奴がとんでもないやらかしをしたり、逆に人気下位──所謂穴ウマ娘が覚醒したりしてて結果が荒れることも時々あるんだが、今回はレース中に怪我か何かでもない限り順位はそう大きく変動はしないだろうって読んでる」

 

それだけファン達の‘眼,が肥えているという事なのだが、それについては何ともコメントし難かった。‘誰が上位にくるのか全く予想が付かない,ようなレースなど、地方は勿論中央でもそうそう起こりえないから仕方がない所ではあるのだが。

 

 

「ほんならやっぱお二人もシスタートウショウはんが(大本命)。二つ目のティアラを手にするだろうっちゅー予想を?」

 

「……どうだろうな。最有力候補である事は間違いないんだが……」

 

一瞬だけ、言葉に詰まった。柴中は中央トレセン学園のトレーナーの中でも最高ランクである‘GⅠ,トレーナーだ。異常体質に長いこと悩まされていたゼファーのような特殊な事情を抱えた例外を除き、例え本気で‘視,なくとも、それが自分の担当するウマ娘でなくとも、レースに出走するウマ娘の大体の調子や抱え込んでいる体調不良、今大体どの程度の走力があるかは一目見ただけで分かる。

 

その柴中をして、今回のシスタートウショウの仕上がりは万全だと感じさせた。トリプルティアラ達成へ向けて余程気合が入っているのか、パドックで既に薄く闘気が滲み出ていた程だったのだから。

 

ともすれば彼女は既に‘領域,へ到達しかねない程の実力を身につけている。今回の大本命間違い無しと言って良いウマ娘ではあるのだが……。

 

 

(それでもレースに絶対は無い(・・・・・・・・・))

 

怪我や故障、レース中の落鉄や、接触事故による勝負服の損壊などといったアクシデントは勿論、周りから集中的にマークされてしまったり、予想外の出来事が原因で本来の実力が出せなかったり、想像を絶する鍛練を積んできた人気下位のウマ娘にぶち抜かれたりと、有識者や専門家から『大本命間違い無し』と言われているウマ娘が見せ場もなく敗北するような事など、ウマ娘レースでは日常茶飯事なのだ。

 

だが出走ウマ娘達を軽く見た感じ、実力気迫共に人気と比例している。今回に限ってはそういった大どんでん返しは無いか……? と思った柴中が口を開こうとした時だった。

 

 

「──イソノルーブルさんだと良いなって思います」

 

 

隣に立っているニシノフラワーが、自分よりも先に口を開いていた。色んな意味が籠もった「へぇ……」という言葉が口から漏れる。

 

 

「ほほう、イソノルーブルはんでっか?」

 

当然、藤井は興味深そうに聞いてきた。イソノルーブル──今年の桜花賞で‘五強,と呼ばれていたウマ娘の内の一人。適正距離はマイル~中距離のミドルディスタンス。脚質は逃げで、その直向きな走りと純粋で良心的な性格、なにより本人がそう公言していることから『シンデレラ』とファンの間では呼ばれているウマ娘。

 

桜花賞では文句無しの一番人気だったのだが、レース開始前に落鉄を起こして酷く動揺してしまい、その影響か蹄鉄の最装着にも失敗。やむなく蹄鉄無しでレースに出走する事になったのだが、それだけ動揺した状態で本来の実力が発揮出来る筈もなく、結果として五着に敗北した。

 

今回はその精神的脆さを危ぶまれて多少人気は落ちたものの、桜花賞で掛かり蹄鉄が無い状態でも五着に入着した事と、それ以前のレース結果が五戦五勝の無敗だっただけに、四番人気と中々の人気を集めている。

 

勝利したとしても何ら不思議ではないウマ娘の一人ではあるのだが……。

 

 

「理由とかあります? 勿論ボクもルーブルはんの逃げはかなりのもんや思うとりますけども」

 

中央トレセン学園史上初となる飛び級入学を成し遂げた‘天才少女,ニシノフラワー。肝心の走りは勿論、頭脳も同年代のそれとは桁外れと言われている彼女が、一体どういった理由でイソノルーブルを本命に挙げたのか。記者として、一人のウマ娘レースファンとして、大変興味があった。

 

「んーと……」フラワーはそう悩む素振りを見せたあと‘答えても良いですか?,という意味を込めて、トレーナーである柴中と視線を合わせる。コクリと小さく頷いたのを確認したあと、フラワーは喋り出した。

 

 

「えっと……。‘大本命,言うより‘勝って欲しいな,って感じです。レースの考察に私情を持ち出すのは良くないって分かってるんですけど……」

 

純粋な‘応援,ならば兎も角、真剣な推測、あるいは考察を行なう場合、例えそれが自分にとってかけがえのない親友であったとしても、勝てそうにないと思ったのであれば勝者予想からは外すべきだ。無理に理由を作って本命に挙げたとしてもそれは正当な評価ではないし、なによりそんな事を続けていては心と眼が曇りかねない。

 

 

「もちろん‘単純に強い,っていうのもあるんですけど、ルーブルさんって本当に‘善い方,なので……。勝ってシンデレラになって欲しいなって、そんな感じです」

 

「ほほー……?」

 

だがイソノルーブルは今回の面子でも決して見劣りしない……それどころか当然の様に圧勝しても全く不思議では無いぐらい強いウマ娘だ。前提として勝者候補の一人であるならば、多少私情が入っても大した問題はない。

 

だがなんと言うか、それでも‘天才,と呼ばれた彼女が、僅かとはいえ内なる私情込みで誰かを推すというのが少しばかり予想外で、藤井は若干驚いたような顔をしていた。

 

 

(当然の事かもしれんけど、やっぱフラワーはんも小難しい理屈抜きで誰かを応援する事があるんやねぇ……)

 

それを‘愚か,だとか‘甘い,だとかいう気は欠片もない。愚かで上等甘くて結構。これはファンの間でのみ通用する理屈なのかもしれないが、応援したい、勝って欲しい、こいつが好きだ、そう思えるウマ娘を勝者に予想して何が悪いというのだ。勝者しか得ることの出来ない栄誉や名声は確かに存在するが、好きになったウマ娘が無様に負けたからといって、そのウマ娘や応援していたファンが蔑まれて良い理由になどなる訳が──「あと」──ん?

 

 

 

「あと、これは考察とは全く関係のない、本当に個人的な事情なんですけど──」

 

 

 

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