ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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外伝 とある灰被りの少女の祈り 11/15

 

 

「…………」

 

腕を痛めない程度に伸ばし、指の関節一本一本を丁寧にほぐす。次に両方の肩を片方ずつ上げて下げてを何度か繰返し、そのまま屈伸を計五回。最後に大きく深呼吸。……レース直前に行なう、最後の最後の調整だ。

 

チラリと横目で周りの様子を伺うと、案の定殆どのウマ娘達は一番人気であるシスタートウショウを意識するように彼女へ視線を送っていた。まぁそれは当然である。一番人気のウマ娘というのは、それだけで注目並びに警戒の的だ。自分もそうだが、何度この突き刺すような視線に晒されたことか。

 

 

「…………」

 

当のシスタートウショウはそんな視線を意にも介せず、いつも通りターフの上に膝をついて、首から提げた十字架のネックレスを両手で握りしめながら‘祈り,を捧げていた。精神統一の一種だろうと周りからは言われているし、実際そういう役割も少なからずあるのだろうが──私は知っている。

 

 

「次、イソノルーブル選手。準備が出来次第ゲートの中へ」

 

 

彼女が祈りを捧げる真なる理由を。その輝かしいまでの尊さを。彼女の慈愛がどれほど深い物なのかを。

 

──だからこそ、分からないのだ。

 

なぜ彼女は私に拘る? なぜ敵に塩を送るような真似をしてまで万全な私と戦いたい? 一体彼女は何を知っているんだ?

 

 

『さぁ、各ウマ娘、ゲートに収まって……どうやら体勢が完了したようです!』

 

アホ面を衆目に晒してしまうほど必死に考えても答えは出ず、きっと真相はシスターの心の中にしかない。──ならば、せめて彼女の望み通りにその願いを叶えよう。

 

 

東京レース場 5/19 天候「曇」 バ場「良」 芝・左 距離 2400(メートル) 出走ウマ娘 20人

 

 

絶好調の私、本気の私、全力の私を、全部見せよう。

 

 

 

GⅠ 優駿ウマ娘‘オークス,

 

 

 

その走りをもって、今日こそ私はシンデレラ()を証明しなければ──!!

 

 

 

『スタートしました!!』

 

 

 

 

 

 

『スタンド前ほぼ揃いまして、まず内からミスティックハニーが好スタートを切りました! これから第一コーナーを目指しまして、中からはメジロロベルタが──』

 

(よし、ハナは取れ──!)

 

「はぁああああああああ──!」

 

「──んなっ!?」

 

『おおっと、大外からイソノルーブル! イソノルーブル大外枠から一気に出て内の方へと切り込んで行きました、イソノルーブルが行った!! やはり今回も逃げ一択か!』

 

(どこまで行っても、私は逃げ(これ)しか出来ませんけどね!)

 

 

 

 

『ミスティックハニーは二番手! 外にはメジロロベルタ、更に大外からオッケースパーク並びました!!』

 

「んー、まぁレース展開としては大方の予想通りってとこでっか?」

 

最外枠を引いたイソノルーブルが、他のウマ娘からの妨害を一切受ける事なくハナに立つ……。彼女よりも内枠を引いた、同じく逃げを得意とするミスティックハニーこそいるが、距離的なロスを考慮してもルーブルの方が何倍も有力だろう。そこまでは藤井を初めとした、ウマ娘レースファンのほぼ全員が予想していた事だ。桜花賞の事件で評価を落としたとはいえ、彼女は今期ティアラ路線の有力候補であることに違いはないのである。

 

 

「なんやターフに現われた時は精気でも抜かれとんのか思っとったけど、普通にええ逃げしとるやんか」

 

ならあれは単なる気のせいか……? それにしては何というか‘燃尽きた,という感じの様子だったが──

 

 

「……‘一周回って逆に落ち着いた,って奴かもな」

 

ボソリ──と。別に問われてもいないのに柴中が呟く。これこれ。詳しい人材がこういう時に傍にいると、こっちが何も言わずともペラペラ喋ってくれるから助かるんだ。──内心でほくそ笑みながら、藤井は一文字一句を聞き逃さぬように耳を澄ます。

 

 

「と言いますと?」

 

「聞きたきゃ後で話してやるから、今はレースに集中しろ。仮にも新聞記者だろお前」

 

「え~……?」

 

そう言われると逆に無性に聞きたくなってしまうのが人の性という奴ではないだろうか。そうは思いつつもレースを見逃す訳にはいかないので、藤井はモヤモヤとした気持ちのまま再びカメラを構える。

 

 

『第一コーナーのカーブへ差し掛かった所、サンカイヘーは大外六番手ぐらいにいます、そして間にはツヴァイボイスが付けまして、内のノーザンドライバーと並んでおります!』

 

「…………」

 

前方には誰もいない、二番手に控えたミステックハニーとは約1と1/4バ身の差。

 

体調は万全。調子は絶好調。脚の溜め具合も悪くない。控えめに言って、今までの中で最高のレースが出来ている──。比較的弱気で、自分に自信が無いイソノルーブルというウマ娘にとって、そう断言する事が出来るのはかなり珍しい。

 

スタンド席から聞こえてくる歓声に呼応するように、前へ前へと脚がドンドン進んでいく。声援の力までをも得た今の自分に、怖い物など何も無い──その筈なのに。

 

 

───ふふっ

 

 

「──ッツ!?」

 

ゾワワッ──!! と、一瞬で身体全体に鳥肌が立った。今すぐにでも後ろを振り返って色々と確認したいが、後方の様子を無理なく横目で窺う事が出来るカーブの最中ならまだ兎も角、直線でそれはパフォーマンスを落とす事態になりかねないと理解している故、ギリッ──! っと歯を食いしばって前を向く。

 

脚質の都合上、ずっと後方へと引かえているため距離は大差。足音すらも聞こえてこない。ならば気配など、感じられる筈がないのに──。

 

 

『さぁこれから向こう正面に入ります! 依然先頭は逃げるイソノルーブル! タニノクリスタルは後方より、その3バ身空いた後ろにミルフォードスルー、そしてその後にシスタートウショウがおります! 桜花賞ウマ娘、シスタートウショウは後ろから三番目!!』

 

「シスターさん……!」

 

彼女が自分のすぐ後ろにいるようにさえ、イソノルーブルは感じられた。──それほどの、凄まじい闘気がここまで漂ってきていた。

 

 

 

 

『第三コーナーこれから登りに差し掛かるところであります、イソノルーブル完全に先頭です1バ身半のリード!』

 

「…………」

 

‘追い込みウマ娘は、息を潜めるように控えろ,──などと簡単に言ってくれるが、実際にやってみると想像の何倍も難しい事なのだとよーく分かる。自分が目標としている(意識している)ウマ娘との距離が開いているなら尚更だ。

 

 

『そして二番手にはオッケースパーク、そのインコースにはミスティックハニーが付いていきました! その2バ身後ろにはジリジリとメジロロベルタが接近しております、メジロロベルタが第三コーナーこれから下りに掛かるところでジリジリと接近していきました!!』

 

「……ふーうっ」

 

まずなんと言っても‘追い抜けるかどうか不安,というのが大きいだろう。いくら末脚が自慢のウマ娘でも、最後の直線に入った時に先頭の娘と20バ身30バ身と離されてしまっていては流石にどうしようもない。無論、よっぽど実力に差がない限りそんな事はほぼ起こりえないのだが……。兎にも角にも‘追い込み,というのは基本的にレース後半辺りまでずっと後方へ控えなければならないため、何かと我慢強い性格をしていなければならないのである。自分が目標としている(意識している)ウマ娘との距離が開いているなら尚更だ。

 

次に‘位置関係に気をつけないと詰む,というのがある。結託して囲まれる危険性があるぶん差しウマ娘のそれと比べれば幾分かマシだろうが、後方に控えるというその脚質上、前方には何人ものウマ娘達が集団で走っている訳だ。要は‘スパートを掛けたいタイミングで前が塞がれてしまっている,という最悪の事態に陥る危険性がある。(ちなみにここで‘大外をぶん回せば良いじゃないか,とかいうファンには三時間ほど説法をしてやりたい)

 

 

(よーしよし! かなり良い位置をキープ出来たぞぉ!)9番 ツヴァイボイス

 

(とはいえ、直線に入ってからのペースまでルーブルさんに握られるのは嫌なのよね……) 14番 スカーレットブーケ

 

(だからちょっと早いけど──)(つまり崩しにかかるのなら──)

 

((──ここ!!))

 

『そしてここで大外からツヴァイボイスが上がっていった、ツヴァイボイスが外から今四番手ぐらいにまで上がっていこうという構え! 連れましてもう一人スカーレットブーケも上がっていきました!!』

 

だが、デメリットがあれば当然メリットもある。一つは言わずもがな、上手くやればスタミナを大幅に温存出来るので、レース後半で溜めに溜めた脚を爆発させる事が出来るという点。そしてもう一つが──

 

 

(違う……‘まだ,ですね)

 

目標と定めるウマ娘に‘狙い,を付けやすいという事だ。今は少し、ホンの少し位置を上げるだけで良い。そう判断したシスタートウショウは闘志に煮えたぎらせたまま、未だ後方に控える。

 

 

 

『さぁ残り800を既に切りまして、現在三四コーナーの中間を過ぎました! 相変わらずイソノルーブルが先頭です、イソノルーブル3/4バ身のリード! そしてジリジリとオッケースパークが迫ってきた、オッケースパークとスカーレットブーケ!』

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

(よし……案の定ルーブルさんの息が上がり始めてる……)

 

スカーレット一族の一人にして‘希代の名女,──スカーレットブーケは、一瞬の判断が功を奏したことを確信する。1バ身以上あった差がここまで詰まっているのが何よりの証拠だ。別段意図して連携した訳ではないが、ツヴァイボイスとオッケースパークが殆ど同タイミングで前へと詰め寄ったのも大きいだろう。

 

逃げを得意とするウマ娘は基本最初にハナを切るというその性質故、上手くやればレースの流れその物を自在にコントロールすることすら可能だが、レース後半で他のウマ娘達に一度横に並ばれたり抜かされたりすると、途端に出力が落ちるという弱点も抱えている。逃げている最中に気付かれないようペースを落として脚を溜めたり、逆にペースを落としたように見せかけて追走するウマ娘達をバテさせたりと色々と策はあるのだが、一部の超級ウマ娘を除き、その弱点は皆共通している物だ。

 

 

『さぁ第四コーナーをカーブ、いよいよ勝負所直線に入りました! イソノルーブルラストスパートに入りました、そして大外からは懸命にオッケースパーク! そして更にスカーレットブーケ、その間からはツヴァイボイスがそれぞれ抜け出してこようとしている!』

 

(へっへーん! 位置取り最高、気分も最高! このまま歌い出したい気分だよ!!)

 

(あとは横に並んだツヴァイさんと、インを突いて差してくるつもりでしょうドライバーさんとの粘り腰勝負に──!!)

 

 

 

──ズ オ ッ

 

 

 

ゾワリ──と。それ(・・)をようやく認識する事が出来て、ツヴァイボイスは、スカーレットブーケは、ノーザンドライバーは、オッケースパークは、何かとんでもない化け物に身体ごと呑み込まれたかのような錯覚に陥った。

 

それを今の今まで悟らせなかったのは、果たしてその化け物が修道女という清廉潔白な皮を被っていたからか。それとも──

 

 

い き ま す よ ル ー ブ ル

 

 

最初から自分達のことなど、眼中にもなかったからか。

 

 

バギャン──! という何かが壊れる音をイソノルーブルが感じた──次の瞬間

 

 

 

はぁあ゛あ゛あああああああああああああああああ──!!

 

「────ツッ! シスターさん……!!」

 

『おおっと! 坂を登り切ったタイミングで大外からシスタートウショウ!! シスタートウショウが凄まじい追い込みで一気に先頭目掛けて突撃してきたぁあ!!』

 

 

 

 

『やはりとんでもない末脚ですシスタートウショウ! 大外から徐々に内へ内へと切り込みながら、前にいたウマ娘達を一気にゴボウ抜きにかかる!!』

 

「お、おいおいおい! ウッソやろ……!!」

 

東京レース場の特別席で柴中、ニシノフラワーと共にレースを見ていた藤井泉助は、驚きにカメラを構えながらもギョッっと目を見開く。ニシノフラワーはレースの途中で何かに重大なことに気付いたかのように悲しそうな顔をしていたが、今は決してその光景を見逃さんと身を乗り出してレースを目に焼き付けていた。

 

最後の直線コースに差し掛かった時ですら14,5番手だったシスタートウショウが、一瞬で6番手の位置にまで駆け上がってきている。幾ら追い込みを得意とするウマ娘が最後の直線勝負に強いとはいえ、少々異常とも言える程の末脚だ。

 

だがしかし、この現象自体は前にも何度か見たことがある……。オグリキャップ、タマモクロス、スーパークリーク、イナリワンなど、ウマ娘レースの歴史に名を刻むに相応しいウマ娘達のそれと同じ──。

 

 

「トレーナーさん! これって──!!」

 

「ああ……大したもんだよ。この時期に既に到達(・・)しているとはな」

 

 

 

──領域(ゾーン)──

 

清廉なる殉教者 シスタートウショウ

 

 

神々しくも猛々しい天使の様な気迫を纏った修道女(シスター)が、逃げるシンデレラへと襲いかかる。

 

 

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