ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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外伝 とある灰被りの少女の祈り 12/15

 

 

「……それで、どうしてあなたが代わりに掃除を?」

 

呆れつつも理解が及ばないことに困惑しながら、シスタートウショウは濡れた雑巾を持った彼女(・・)にそう聞いた。中央トレセン学園は夕暮れの時の教室だ。シスター(自分)と彼女以外誰もいなくなったその場所で、クラスメイトの筈の二人は初めてまともに会話をしたのである。

 

 

「え、えっと……。どうしても外せない用事があるから代わりにやっておいてって、頼まれまして……」

 

「それは既に聞きました。何故あなたがそれに従っているんですかと聞いているんです」

 

言葉尻をホンの少しだけ強くする。不当と言って差し支えない行為が目の前で行なわれている事に、シスターは素直に腹を立てていた。

 

 

「個人的な用事や都合など、この世の誰しもが抱えています。決して譲れないような事情を抱えている事もあるでしょう。ですが、だからと言って他人に雑用を押しつけて良い理由にはなりません」

 

掃除当番の代理……。これだけならばまぁ、高校で頼み頼まれた経験があるという人も少なからずいるかもしれない。だが、これは「代理」などという生易しい話しでは無かった。ともすればイジメに該当しかねないそれ。

 

 

「…………」

 

「交換条件として次の当番を代わるなどの正当かつ公平な取引が行なわれているというのであれば話しは少々別ですが、そんな様子もない」

 

彼女はクラスメイトや友人からの頼みではなく、素行の悪い先輩──それもまるで関係がない人物達からパワハラ同然のやり方で、普段自分が使っている訳でもない教室の掃除を押しつけられていたのだ。

 

 

「ならばこそ、貴方がそれに従う道理はありません。悪辣非道な行いには頑なに抵抗するべきです」

 

「……確かにそう、なんですけど……」

 

「うーん……」と、顔を若干俯かせて唸る。話を始めた当初からだが、彼女はずっと何かに悩んでいる(と言うより考えている?)ような素振りを見せ続けている。

 

 

「立ち向かうのが恐ろしく、自分一人では難しいと判断したのであれば救いを求めなさい。神はあなたの健気な献身をキチンと見ておられますが、救いの手を差し伸べる為にはまずあなた自身の声が無ければならないのです」

 

それを‘立ち向かう勇気が出ないのだ,と判断したシスターはそう説得するが、彼女の表情はあまり改善しなかった。恐ろしさが勝っていると言うよりは、何かこう‘今一ピンと来ていない,ように見える。どうにも話が進まず「はぁ……」と小さく溜息を付いたシスターが、取りあえずこの事を教師並びに風紀委員会へ報告に行こうとした時

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください!!」

 

「──!」

 

初めて、彼女は明確に‘自分の言葉,で拒絶の意を表した。「……なにか?」と問うと「えっと、えっと……」と頭を回転させて必死に言葉を紡ごうとしているのが見て取れた。

 

 

「えっと……。し、シスターさんの言うことは最もですし、正しいですし、間違いなく善い事、なんですけど……」

 

「…………」

 

「そ、それでもまずは、私一人で先輩達とお話してみたいんです。誰かに助けて貰う前に、何とか丸く収められないかどうかやってみたいんです!」

 

陰りのあった顔に、僅かな力が。迷いのあった眼に、小さな光りが宿る。パワハラを受けて一人で教室の掃除をしていたとは思えない雰囲気だ。「それは、事を大袈裟にしたくないと言うことですか?」と聞くと「確かにそれもあるんですけど……」という前置きがあった上で

 

 

「ここで皆さんの手を借りて大勢で躊躇無く叩いたりしたら、それはもう暴力と殆ど変わりないんじゃないのかなって……」

 

「…………」

 

「だったら、これ以上誰も傷つくこと無く和解する道を。あの人達がこういう事をしなくなるような言葉を、まずは探してみたいんです!」

 

「…………相手方の心配をしている、という事ですか」

 

僅かに目を見開く。この少女は手ひどい被害者の身でありながら、なお加害者の心配をしていたのだ。それ自体は心優しい人物であればそこまで珍しくない感情かもしれないが、彼女はその先──どうにかして加害者達を改心させる方法はないものかと悩んでいたのである。ずっとずっと、彼女はそういう方向で考えていたのだ。ある意味において傲慢極まりない考えかもしれないが、それは当然承知の上だろう。

 

彼女が大好きなシンデレラの‘原作, 大衆向け、子供向けにアナライズされたそれとは違い、残酷でえげつない描写が多分に含まれているそれで、主人公であるシンデレラは今まで自分を散々虐めてきた継母の首を、道具箱を利用してへし折ってしまう。自業自得、因果応報、当然の報いという奴なのかもしれないが、いくら正当な理由があるからといってそれを相手に返すような真似はしてはならない、してはいけない、したくない。

 

随分と純粋無垢な同期がいたものだと、シスターは再び溜息を付いて──

 

 

「それに──」

 

夕日が照らす教室で、そっと微笑みながら言った彼女のそれに、眼と心を奪われた。

 

 

「──みんなが許し合えるような優しい世界を、‘私が好きなシンデレラ,なら望むんじゃないかなって……」

 

「──!」

 

「だったら、私もそうありたいなって……。そう思ったんです」

 

現実を注視し人の心とその闇を鮮明に描いた、誰もが認める超一流の原作(オリジナル)ではなく、継母も義姉達も許して微笑むような、後生に描かれた幻想(二次創作)。健気で頑張り屋な夢見る少女。誰かの幸せを当然の様に喜び、誰かの不幸を当然の様に悲しむ、世界中のどこにでもいるような極普通の女の子。心優しい彼女が報われるその物語を、シンデレラを好きになったからこそ、私はそうなりたい。

 

 

──そう言われた瞬間、シスターの中で彼女と彼女(シンデレラ)が完全に重なった。

 

 

健気で頑張り屋な夢見る少女。誰かの幸せを当然の様に喜び、誰かの不幸を当然の様に悲しむ、世界中のどこにでもいるような極普通の女の子。……それは正しく、自分の目の前にいる彼女の事ではないか。例えそれが憧れから来るただの模倣だとしても、事実としてそう在るというのならそれはもう紛うことなく──

 

 

「…………」

 

「し、シスターさん?」

 

彼女が困惑したような声を上げる中、シスターは床に置いてあった三つの雑巾のうち一つを手にとって、拭きやすいよう二つに折り畳んだ。

 

 

「‘年功序列,というのはあまり好きではありませんが、年配者へは一定の敬いを見せるというのが暗黙のマナーというのもまた事実です。先輩から後輩への‘頼み,という名目であれば、貴方と同じく後輩である私が手伝っても問題はありませんね?」

 

「──! で、でも……」

 

「‘でも,ではありません。そもそも丸く収める~だの、和解する道を探す~だのと言っていましたが、そうする事が出来るだけの当てないし具体的な方法はあるのですか?」

 

「…………ないです」

 

シスターに痛い所を突かれ、主人に叱られてしょぼくれた子犬のようになった彼女に「ですよね」とまるで吐き捨てるように言った。

 

 

「なので私もその‘話し合い,とやらに参加します。あなたと同じくこうして先輩方から仕事を押しつけられた身になったのであれば、参加する資格はある筈です」

 

「え!? い、いやそれは──!」

 

「ご安心を、これでも私は教会に属する一シスター。説法……になるかどうかは分かりませんが、少なくともあなたよりは数段「言葉」という物に自負があります」

 

宗教の改宗をして貰えるよう説得したり、迷える子羊達の悩みを解決したり、懺悔に来る人達の罪の告白を聞いたりと、シスターという職業はどうあっても「言葉」を主とする職業だ。それに自分で言うのもなんだが、十代の子供が抱えているような生半可な悪意や悩みなど、今まで教会で聞いて来たそれらと比べれば鼻で笑ってしまう自信がある。

 

 

「要するに秘密裏かつ話し合いで、穏便に事を納めれば良いのでしょう? 改心して貰えるのであれば最上と。ならば私が適任です。私のトレーナーと、空気が読める風紀委員の方にも応援を要請しましょう」

 

「……その、良いんですか?」

 

恐る恐る、遠慮しがちに彼女は聞いてくる。巻き込んでしまうような形になった後ろめたさと、解決への糸口が……希望が見つかった様な嬉しさが混ざり合った表情だ。「──ご安心を」子供を落ち着かせるように、それでいて深く敬意を示すように、シッカリとした声で静かに告げる。

 

 

 

「あなたのその美しい善心が報われるよう、全力を尽くす事を三女神に誓いましょう」

 

 

 

彼女(シンデレラ)を手際よく華麗に助けるような魔法使いには成れずとも、せめて彼女のそれが報われる様に祈ろうと。王子様のように彼女に恋し、愛する事が出来ずとも、せめてその身に幸福が訪れる事を願おうと。──夕暮れの教室で神に……否、自分自身にそう誓った。

 

 

 

 

(──それからの貴方は、まさしくシンデレラの様な勢いで栄光への階段を駆け上がって行きましたね)

 

懐かしむかのように頭の中で回想する。あれからまだ1年と経ってはいないのに、なんだか随分と昔の事のように思えた。

 

 

彼女を虐めていた先輩達はシスターや一部の風紀委員を除き、大勢の生徒達に事情を知られる前に虐めや素行の悪さを改善させられた。まだ本格化がやってくる前の時期に、才能ある若きイケメントレーナーにその走りと善心を大いに評価され、マンツーマン契約を結び絆を深めあった。デビュー戦、次戦と勝利して、8番人気で挑んだ初の重賞では当時最有力と見られていたミルフォードスルーを余裕でぶっち切り、2着のスカーレットブーケにも3と1/2バ身もの差を付けた。

 

その家柄もあって殆ど期待されていなかった娘が、怒濤の勢いでトリプルティアラ目掛けて駆け上がっていくその様に人々は大いに熱狂し、いつしか彼女の事を自然と‘シンデレラ,と呼ぶようになっていた。

 

──誇らしかった。何故だかとても誇らしかったのだ。彼女が人々から褒め称えられる度に、私も負けてはいられないと祈りやトレーニングに熱が入った。

 

嬉しくもあった。善き心を持ち、他人を許すことの出来る優しい彼女が報われていく様を見る度に‘ああ、やはり祈りは届くのだ,と思う事が出来た。

 

『私は彼女のトレーナーよりも先に、彼女を見いだしていましたけどね』と何度言ってやりたくなったことか。

 

 

 

──だから

 

 

 

『あー……。いやまぁこんなもんか』

 

『しゃーないって。むしろ本番前に蹄鉄壊したのに5着に入っただけマシじゃね?』

 

『そうなんだけどさぁ……。なんつーかこう、期待外れ? 現実(リアル)幻想(ファンタジー)は違ったって奴?』

 

『それは分かる。でも‘シンデレラストーリー,なんてそうそう起こんねーよ。お前記者のくせにオグリに影響受けすぎてねぇか?』

 

『かなぁ……? ま、夢見る乙女が不幸にも現実に敗れたってとこかね』

 

 

 

──違う

 

 

 

『そもそもさぁ。辞退って出来なかったのあの娘? 蹄鉄? ってのの役割はよく分かんないけど、大事な物を壊しちゃったんなら身を引くべきだったんじゃないの?』

 

『さっきググったけど、別に蹄鉄無しでも普通に走れるっちゃあ走れるらしいよ? 競走能力に明確な影響を及ぼす程の力は無いんだってさ』

 

『えー? じゃあ素直に本人の実力かぁ……』

 

『主に病気とか怪我を予防するための物だから、心根が弱いとパニックになっちゃう事はあるみたい』

 

『あははっ! なにそれ。メンタルクソ雑魚シンデレラじゃん!』

 

『ちょwwww いきなり笑わせないでよ! 語呂良すぎでしょwwwwww』

 

 

 

──違う……

 

 

 

『何故そんな状態でウマ娘を走らせたんだ!!』

 

『あくまで本人の希望だった──なんて事が言い訳になるとでも思ってるのURAは!!』

 

『蹄鉄とそれに関する新たなルールを作るべきだ!!』

 

『URAはイソノルーブルとそのファンに迅速に謝罪をしろ! 落鉄が無ければ彼女が勝っていたかもしれないんだぞ!!』

 

 

 

──違う、違う違う違う!!

 

 

 

確かに彼女には他のウマ娘よりも精神的に脆くて不安な部分がある。何事にも動じない心の強さもレースには必要不可欠な要素である以上、あのレースは明確に彼女の敗北だ。蹄鉄が壊れなかったと仮定したところで桜花賞を勝てたかどうかは分からないし、そもそも私がそれを許さなかっただろう。‘シンデレラ,なんて所詮は作り話の夢物語で、幼い少女の胸の中ぐらいにしか存在し得ないのかもしれない。

 

……けれど。

 

あれが彼女の真の実力などであって堪るものか。‘心が弱い,などという評価を受けて良い理由になどなって堪るものか。彼女の‘それでも出走する,という判断を愚行(ミス)だったと断じて良い訳が無い。

 

一緒にレースを走った事は今回を含めてたった二度しかないが、それでも私は知っている。いつか抱いた夢に向かって日々邁進し続ける事が出来る彼女の強さを。見る者は勿論、共に走るウマ娘達にすらシンデレラ(それ)を思わせる彼女の輝きを。

 

 

『シスターさんって本当に凄いんですよ! 強くて、優しくて、慈愛の深い方で……。私の憧れなんです!!』

 

いつかの雑誌のインタビュー記事で、他の今期注目ウマ娘について質問されていた時の彼女の答えを思い出す。

 

 

(──逆ですよ、シスター・ルーブル)

 

彼女は心の底からそう思って回答したんだろうが、事実は逆だ。

 

 

(他ならぬ貴方こそが、私にとっての憧れだった(・・・・・・・・・・・))

 

自分のように『汝、隣人を愛せよ』と小さき頃から教え込まれたからこそそう在れるのとは訳が違う、純然で無垢なる真の慈愛。誰かを許し、他者を慈しむ事が出来る輝かしいそれを当然の様に持ち合わせているルーブルの方こそ、シスターにとって何よりも輝かしく映っていた。

 

だからこそ勝ちたい(・・・・・・・・・)

 

憧れの彼女に。絶好調で、本気を出した、全力のイソノルーブル(シンデレラ)と戦いたい。戦って、勝ちたいのだ。──そうすれば

 

 

(証明することが出来る……!)

 

私の夢を。彼女の強さを。絵本の中の幻想などではない、真なるシンデレラがここにいるという事を。神は空想などではなく、祈りは必ず天に届く、そうして人は救われるのだということを。

 

 

 

はぁあ゛あ゛あああああああああああああああああ──!!

 

『やはりとんでもない末脚ですシスタートウショウ! 大外から徐々に内へ内へと切り込みながら、前にいたウマ娘達を一気にゴボウ抜きにかかる!!』

 

 

──証明することが、出来る筈だ。

 

 

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