──最後の直線に入ってから……。より正確に言えば、シスタートウショウが末脚を爆発させて追い込みに掛かった時から、伝わって来たことがある。
『あなたのその美しい善心が報われるよう、全力を尽くす事を三女神に誓いましょう』
『ええ。朝と夜は自室のベッドの上で、そしてお昼休みにはこうして三女神像の前で祈りを。レースに出走する日の朝もここで──。ふふっ、構いませんよ。あなたの祈りであれば、なんの問題もなく神へと届くでしょう』
『客観視しかする気がないような人達の、魂の籠もっていない言葉などお気になさらないで結構です。文字通り、なんの‘実入り,もありませんので。……あなたはあなたの夢を愚直に追えば良い。それがいつか、人々の心に希望と言う名の火を灯す時が来るでしょう』
それは、シスタートウショウの記憶と想い。祈りと願いの片鱗。
『シスター・ヌエボ! あれだけ他人のオヤツをねだるのはお止めなさいと言ったでしょう!! シスター・ルーブルも犬や猫に与える感覚で彼女にオヤツをあげないでください!!』
『感謝します、シスター・ダディ。あなたは本当に皆さんを戒め纏めるのがお上手ですね……。シスター・ルーブルがクラスの皆さんに快く受け入れられたのはあなたの人柄があってこそ……。? いえ、私は何も。シスター・ルーブルが善人であったからというのには同意しますが』
『大丈夫です。確かにシスター・レガシーは無骨で寡黙で無愛想で無遠慮と色々問題がありますが、その実とても献身的で情熱的な「おい」……。ふふっ、何か言いたいことがあるのならどうぞ?』
『──なので是非ともあなたが思い付いた‘策,というのを教えて頂きたく……。なるほど、それはそれは……。確かに効果がありそうですね。では失礼ながら、私に主導をさせてください……。いいえ、ご安心を。あくまで私個人の我が儘ですので、どうかお間違えなく。シスター・ゼファー』
シスターだけではない。自分のことを四六時中考えてくれているトレーナーに、桜花賞のあと本気で心配してくれていたクラスの友達。今まさに競い合っている同期の戦友達に、自分と同じくお姫様が好きな小さな同士達の想いまでが、それを通して伝わってきた。
『それからの貴方は、まさしくシンデレラの様な勢いで栄光への階段を駆け上がって行きましたね』
『逆ですよ、シスター・ルーブル。他ならぬ貴方こそが、私にとっての憧れだった』
神に祈りを。星に願いを。迷える子羊に導きを。苦悩する心に救済を。善き仲間達に敬意と感謝を。──そして
『だからこそ勝ちたい。憧れの彼女に。絶好調で、本気を出した、全力の
(ああ…………)
我が心に沸いた望みに、希望を。
伝わってきたそれらを脳裏で垣間見た後、ルーブルは静かに眼を閉じて心の中で決意する。──これはもう、ダメだ。もう無理だ。
(……ごめんね、今まで頑張ってきた過去の私。……私は今日──)
(
『さぁ残すところあと200m! 未だ先頭はイソノルーブル! しかし真後ろにはツヴァイボイスが来ている!! ツヴァイボイスがイソノルーブルを捕らえに掛かった!!』
(マズイってこれ! 早く、早く、せめて先頭に立ってルーブルを潰さないと……!!)
シスタートウショウがイソノルーブルを目標として捉え、彼女を目掛けてこちら側──内へとツッコんで来ているのであれば、これ以上ルーブルに先頭に立ち続けられたら本当に纏めてゴボウ抜きにされる。逆に言えば、今ここで自分が先頭に立つことさえ出来れば両者共に僅かなりとも隙が──
ビシッ──!
突如として、何かにヒビが入ったような音が聞こえたような、そんな気がした。──次の瞬間
ゾン──!
「……は?」
感じられた‘その感覚,に、思わず呆けたような声を出してしまうツヴァイボイス。彼女は気付かなかったことだが、自分の後ろを走っているスカーレットブーケ、内を突いて迫るノーザンドライバー、そして大外から強烈な末脚でツッコんで来ているシスタートウショウさえも「これは……!」と驚愕の表情を浮かべていた。
『しかしイソノルーブル粘る! イソノルーブルが驚異的な粘りを見せている!!』
ありえない。そんな訳が無い。間違いなくただの錯覚だ。そんな絶対の大前提があってさえも、その感覚は凄まじくリアルに感じられた。……彼女との距離がどうあっても縮まらないからそう感じるのだろうか。
──
(お願い……!)
イソノルーブルは全身全霊で脚を動かしながら必死に願う。
シンデレラというひとつの物語で、彼女は魔法使いの老婆の力でみすぼらしい服を素敵なドレスに、庭で取れたカボチャをウマ車に、そして二匹の鼠をウマ娘へと変えて貰った。
そのおかげで彼女はお城で行なわれた舞踏会へ堂々と参加する事が出来たのだが、それらに掛けられていた魔法には制限時間があって、午前0時を回ると強制的に解除されてしまうから気をつけなさいと、魔法使いの老婆から忠言を受けている。
シンデレラはその忠言をキチンと護り、午前0時ギリギリまで舞踏会を楽しんだ後、慌ただしくその場を後にするのだが……。
(今だけ、あとホンの少しだけで構わないから……!! 今ここで、
何故か午前0時を回っても魔法が解除されなかった物が一つだけある。──ご存じ、
(力を貸して!
ガラスの靴とはつまり、通常の時間軸とはかけ離れた概念を内包した、特別な魔道具なのではないかという説がある事だ。
パリィイイイイイン──!!
(そうですか、シスター・ルーブル……。これがあなたの……)
──
プリンセス・オブ・シンデレラ イソノルーブル
文字通り時すらも支配した美しき姫君が、他を寄せ付けぬ粘り腰でゴールへと迫る。
(それで──こそです!!)
『大外からシスタートウショウ更に上がってきたぁ!!』
──だが例え時を止めようが、どれだけ位相が違おうが、神には関係無いのもまた事実である。
『イソノルーブル粘る! イソノルーブルが驚異的な粘りを見せている!!』
「お、おおお!? 一体全体どういう粘り腰やねんあれは!!」
シスタートウショウの凄まじい追い込みの時と同様にレース会場全体が……否、テレビやネットの中継でそれを見ていた全員が驚嘆する。他者を寄せ付けない、他者を近寄らせない、2番手のツヴァイボイスとの1バ身差が、それ以上全く縮まらない。それどころか僅かに突き放しているような感じさえした。
「……ミックスアップだな」
柴中が呟く。普段はあまり聞き慣れない単語だが、仮にも新聞記者である藤井はその単語と意味を知っていた。
「ミックスアップ言うたらあれでっか? ボクシングの──」
「ああ。実力が自分とほぼ同じか、ホンの少し上……。そんな相手と試合をすると、互いに負けん気を発揮しあって限界以上の力が出せるようになるっていうあれさ。なにもボクシングだけの話しじゃない。大抵のスポーツで‘意識している相手,と試合をすると、そこそこの確立で起こる現象だ」
シスタートウショウの壮絶なまでの執着が、イソノルーブルを限界を超えた先にある
「おぉぉお゛お゛おおおおおおおおおおおおおおお!!」
「あぁぁあ゛あ゛あああああああああああああああ!!」
『大外からシスタートウショウ更に上がってきたぁ!! だかイソノルーブルが粘る!! イソノルーブルそれでも粘る!!』
勝者は限界を超えた
「ルゥウブルゥうううううううううううううううううううう!!!」
『大外からシスタートウショウ三番手、そして二番手と一気に上がってきた!!』
(全身全霊を振り絞れ! シスターさんより1㎝でも1㎜でも先に進め!!)
(身体も夢も祈りも願いも、捧げられる物は全て捧げろ! 吐き出せる物は全て吐き出せ!!)
(私は……、私は……!!)
「
『イソノルーブルとシスタートウショウ! 二人並んで今ゴォォオル、イン!! イソノルーブルが逃げ切ったか! シスタートウショウがこれを捉えたか! 微妙な体勢になりました!! まさにギリギリの勝負!!』
最後の直線で後続のウマ娘達に差し迫られると、ガラスの靴に願いを託してスタミナを僅かに回復し、加速力を少し上げる。