ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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風が吹くまで編
至高の紅玉 1


 

 

「…………」

 

まずはいつも通り、ローズティーを一口飲む。この時、決して音を立てないよう注意を払う。‘飲む,のでも‘啜る,のでもなく、唇の先を上手に使って‘掬い上げる,のがコツだ。別に喉を潤す為にやっている訳ではく、レース前に行なうこれは一種の儀式、儀礼のような物。トゥインクルシリーズの出走ウマ娘であれば、なんとなくでも気持ちが分かるのではないだろうか。

 

 

「──ふぅ」

 

息継ぎもなるべく小さく、綺麗に聞こえるよう心がける。受け皿に飲み終わったティーカップを戻す時も同様だ。例え周囲に自分以外誰もいなかろうが、そもそもこんな細かいことを気にするような人物など極少数だと理解していようが‘これ,を無くしたら私は私ではなくなってしまう。

 

 

──どんな時でも華麗に、いかなる状況でも優雅に、そして──

 

 

「──さて、それでは参りましょうか」

 

スッ─と椅子から立ち上がり、私は血気溢れる戦場へと赴く為、楽屋の扉を開けて外へと出る。これより始まるは現役マイラーウマ娘の頂点を決める二つの決戦の内の一つ。──重賞 GⅠレース『安田記念』 当然、目指すべきはただ一つ、栄光ある勝利のみである。

 

 

──‘華麗なる一族,──その次期党首として相応しい走りを。勝利を掴み、果たすべき使命を当然の様に果たす、誰よりも優雅な在り方を。家名に、人々の心に、そして世界に、私という輝きを刻みこむ。──その為にこそ、私はここまでやって来たのだから。

 

 

 

『新たな風となり得るのか? クラシック級で遅デビューしたウマ娘達!』

 

「……ま、最初はこんなもんか」

 

ペラペラと捲っていたウマ娘新聞。その端っこの方に気になる記事を一つ見つけた柴中は、軽くその内容を読んで頷いた。毎年ある事なのだが‘本格化,が他の娘よりも遅れた、もしくは本格化しても成長が今一つだったウマ娘達がクラシック級になってから一斉にデビューし始めると、新聞にこのような記事が書かれる。書かれている内容も毎年ほぼほぼ変わらないのが常なのだが、今年はホンの少しだけ毛色が違った。

 

 

『果たしてそれはただの‘微風,か──新人アナウンサー赤坂(妹)注目のウマ娘、ヤマニンゼファー!』

 

彼女にとって記念すべき初のウマ娘レース実況となった新バ戦。そしてこの間のGⅢクリスタルカップとゼファーのレースを見て何か思うところがあったのか、新人アナウンサーである赤坂(妹)が取材でゼファーの名を答えた事が切っ掛けとなって、極小さい物ながらも特集記事が掲載されていたのだ。新バ戦で見せた‘とても休養寮出身のウマ娘とは思えない,という触れ込みから来た取材とその反響もそこそこ大きかったが、初挑戦となる重賞、クリスタルカップでも3着に入ったことで僅かながらも‘実力のあるウマ娘,として細々と世間に認知され始めたようだ。

 

 

「『いつか重賞レースに勝利するのも夢ではないかもしれない』──ねぇ」

 

僅かなりともこの時点でゼファーに注目する選美眼は中々だと言ってやりたいが、彼女がその程度で終わるウマ娘だと思われているのもそれはそれで癪に障る。GⅠトレーナーである自分ですら初見ではその輝きに気付くことが出来なかったのだから、人の事を言えた身ではないのだが……。

 

そんな事を考えていると柴中の部屋のドアがガチャリと空いて、廊下から二人のウマ娘が部屋の中へと入って来た。

 

 

「早朝トレーニング、滞りなく完了したぞ」

 

「ん、お疲──」

 

一人はアキツテイオー。既にトゥインクルシリーズからは身を引いてDTリーグに移籍している‘マイルの帝王,──そして

 

 

「お、お疲れ、さまで……す……」

 

「……別にそう急がずとも、せめて息を整えてから来て良いんだからな?」

 

ゼェゼェと息を切らしながらやって来たヤマニンゼファーだ。『トレーニングが終わったらなるべく早く俺の部屋に来てくれ』と言ったのは確かなのだが、そう焦らなくても良いのにと思う。彼女は文字通り‘体質が完全に治ってからが本番,なのだから。

 

 

 

「察しの良いお前ならもうとっくに感づいてるかもしれないけど、俺がお前をクリスタルカップに半ば無理矢理ねじ込んだのは長期休養に入る前に‘重賞の空気,って奴に慣れておいて欲しかったからだ」

 

日が少しだけ飛び、東京レース場。パドックにほど近い某広場付近で柴中は喋り出す。彼に付いてきているのは、今日はヤマニンゼファーのみだ。彼女と一緒に連れて来てやりたかったシンコウラブリイはどうしても外せない用事があるらしく、現在学園を留守にしている。アイルランドから留学する形で日本のトレセン学園へやって来ている身の為、そうそうステラ(こちら)の事情を押し通す訳にもいかないのが辛い所だ。

 

 

「はい。なんというかこう……大先輩の言う通り条件戦やOP戦の‘延長線上,ではあったんですけど……風の質は変わらなくても、風圧が凄まじかったというか……」

 

クリスタルカップでゼファーがその全身で感じ取ったのは、想いと言う名の暴風だ。決意や覚悟が風を通して伝わってくる──程度の話しでは無い。目に見えるかのような圧倒的な気迫を纏ったウマ娘達による、全身全霊のぶつかり合いだ。条件戦やOP戦でもそれは同じなのだろうが、全体的にレベルが大きく向上しているように思える。ゼファーのように『今持てる全てを出そう』と純粋にレースに集中するウマ娘もいれば、ニホンピロセブンの様に何かしらの執念を持って走っているウマ娘もいたが、全員が全員『重賞レースに出走出来るだけの実力者』だったのは間違いない事実だ。

 

 

「『上に行くってこういう事だぞ』っていうのをレースが教えてくれた──そんな感じがしました」

 

「へぇ……」

 

感心したように呟き、そして口元を歪ませる。あのレースでゼファーが感じ取れた物、学べた事が一つでもあるのなら、それは大きな収穫だ。なにより彼女の真摯な眼がこう訴えている──‘もっともっと走りたい、上に行きたい、夢を叶える為に,。出走できるウマ娘が限られている重賞レースを懸命に走って敗北し、尚こんな眼が出来るというのなら、やはりこいつはいずれ必ず大成出来る。柴中は改めてそう確信した。

 

 

──だからこそ

 

 

「ならこのレースは今まで以上によく見て、よく聞いて、よく感じてくれ」

 

この‘見,のトレーニングで、彼女は改めて知るだろう。

 

 

「‘至高の輝き,って奴を、間近で見られるんだからな」

 

 

今の自分の立ち位置を。これから目指すべき場所がどれほど遠く、果てしない高みにあるのかを。

 

 

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