「むむむ……。むむむむむ!」
スマートフォンをジーッと眺めながら、カレンチャンは先ほどからなにやら唸り続けていた。いつものウイナー城ではなく、彼女の寮室だ。あくまで同室者がいる寮の部屋な為『圧倒的可愛らしさ』はベットや机、その他家具共に醸し出させていないが、何かしらの『ワンポイント可愛い』特徴を彼女が所有する全ての所持品が持っている。
「ぬぬぬ……。ぬぬぬぬぬぅ!」
「どうしたのよ。さっきから意味分かんない呻き声出して」
身体はベットにうつ伏せに寝転がったまま少しも動かないのに、口と手だけは忙しなく動き続けているカレンチャンへとうとうツッコミが入った。彼女同室であるアドマイヤベガ──ではない。
「ここまでダラダラ過ごさせて貰ってこんなこと言うのも何だけど、今のカレンなんというか……ちょっと鬼気迫る表情してるわよ?」
‘ダイワスカーレット,
チーム『スピカ』に所属しているウマ娘だ。まだ本格化がやって来ていない為、レースに出走する事が叶わない身ながらスピカのトレーナーは勿論、柴中にすら‘滅多に見ない,と言わしめた超逸材である。将来を大きく期待されているウマ娘の一人なのだが、同室であるウオッカと
カレンチャンとは‘とある事情,から、一対一の時に限り‘素顔,で話すようになった仲なのだが……。
「スカーレットちゃん! そんな暢気なこと言ってる場合じゃないよ!! 緊急事態!!」
「へ?」
ダイワスカーレットの言及を受けた直後、カレンチャンはバッ──! と突如として飛び起きると、スマートフォンの画面をグイィッ──! とダイワスカーレットの方へ向けた。
「……フランスに留学してる‘聖剣,さんの記事じゃない。アイツも……まぁ当然いるわよね」
そこにはネットニュースの記事にデカデカと載っている、一人のウマ娘とトレーナーのツーショット写真があった。現地に伝わるかの幻想物語に登場する、とある騎士が使っていたとされる伝説の聖剣──それと全く同じ名を持って生まれて来た彼女は、幼少期の頃からその名に恥じぬとてつもない才能と力量を世間に見せつけており、ダイワスカーレット同様将来を大きく期待されている。現在はチーム‘ステラ,のサブトレーナーと一緒に、フランスへ本格化前の留学修行をしに行っていると前に聞いた事があった。
「『本格化前のウマ娘を集めた特別レースで圧勝。まさしく‘一刀両断,』……かぁ、やっぱり凄いわね」
ステラに所属しているだけあって、脚質適正は当然の様に短距離。その抜群の末脚でもってフランスのウマ娘達を薙ぎ払った──フランス語で書かれている記事のため所々読めない部分があったが、大体そんな内容の記事のだ。
「確かに凄いと思うけど、これが緊急事態ってどういうこと? 私、てっきり東京レース場で何かあったのかと思っちゃったわ」
今日はGⅠレース‘安田記念,の開催日だ。春のマイル王を決めるその一大決戦には、カレンチャンと同じチームのウマ娘が出走している筈であり、てっきり彼女ないし、安田記念が開催される東京レース場で何か予想外のアクシデントでもあったのかと思っていたのだが……。
「あー……。カレン、ルビーさんの事は今は殆ど心配してないかな」
「そうなの? 私、ルビーさんのことは‘華麗なる一族の次期党首,って位しか知らないのよ」
アルダンを筆頭に気品溢れるメジロ家の面々と何やら高貴さ溢れるお茶会をしていたり、カフェテリアでやたらとローズティーを頼んで飲んでいたり、華麗とは程遠い形相でダイタクヘリオスを追いかけ回していたりと、そういう場面を何度か目撃したことはあるのだが、どうにも今まで縁がなくてジックリと話しをした事はなかった。年一で開催されているメディア企画『ウマ娘ランキング』の『美しさ部門』最上位常連ウマ娘でもあるので、一度話してみたいとは思っているのだが……。
「今のルビーさんは何というか……。本当に‘華麗,が極まっちゃってるから」
つい一昨日までヒシアケボノと共にずっと併走トレーニングに付き合い続け、結果
「多分、今回の娘達で勝てるとしたらメモリーさんかヘリオスさんぐらいじゃないかなぁ?」
「へ、ヘリオスさん……?」
‘メモリー,‘ヘリオス,と名の付くウマ娘は他にも居るだろうが、今回の場合は1番人気の‘バンブーメモリー,と、10番人気の‘ダイタクヘリオス,の事で間違いない。そして、その人気からも分かる通り、ヘリオスは今回のレースで穴中の穴ウマ娘であると認識されている。
一応去年のクリスタルカップ(GⅢ)と今年の読売マイラーズカップ(GⅡ)に勝利している重賞ウマ娘でこそあるのだが、どうにも実力に‘ムラ,があり、前走となる京王杯スプリングカップ(GⅡ)では1着のルビーに約4バ身もの差を付けられての6着と惨敗。そのあまりに独特の
展開が荒れることなど日常茶飯事なウマ娘レースだが、同じウマ娘レース出走者としてもハッキリ言ってこう……彼女がGⅠレースで勝利しているビジョンという奴があまり沸いてこなかった。
「んー。気持ちは分かるし、正直カレンもその‘ビジョン,はあまり浮かんでこないんだけどー……」
──しかし、しかしだ。それでもカレンの流行やら世の中の動きを機敏に察知するセンサーは『警戒せよ』と囁いている。
「‘アガった,時のヘリオスさんなら、理屈とかそういう細かいことは全部纏めて抜きにしちゃえるんじゃないかなって」
それは、彼女のその燦々と輝く陽の気からか。それとも細かいことや難しい事に真正面からぶつかっていくバカさ加減からか。あるいは──彼女があのダイイチルビーに気に掛けられるような存在だからか。「ふーん……」とダイワスカーレットはそこまで興味なさそうに呟いた後
「……ん? いやじゃあそもそも‘緊急事態,ってなんの事なのよ」
そもそもの事の発端に立ち戻った。「あれ?」とカレンチャンはカレンチャンで記事の内容を見てダイワスカーレットがなんのリアクションも起こしていないことが意外で、もう一度スマホの画面を見直す。
「あっ、ごめんね! カレン翻訳機能入れるの忘れちゃってた!!」
チョチョイとスマホを操作して翻訳機能をオンにすると、改めてダイワスカーレットにネットニュースの記事を見せる。注目するよう指で差された箇所には、こう書かれていた。
『『ええ、彼が私のトレーナーです。……はい。私をその気にさせて半ば強引にトゥインクルシリーズに登録させたのですからその……最初から最後まで、責任を持って私とお付き合いして貰う為にこうしてフランスまで』
そう言って、彼女はトレーナーの手をやさしく取った。彼女の話しからも、そのどことなく気恥ずかしそうな表情からも、トレーナーとの深い絆を感じ取る事が出来る。一言で言おう──とてもお似合いだ』
「よし今すぐ二人に問いただしましょう。カレン、確か聖剣さんのスマホ番号知ってたわよね?」
それを見て一気にヤル気があふれ出したダイワスカーレット。眼には危うい光りが据わり、額には#マークが浮かび、全身から謎のオーラが溢れだしている。
「お兄ちゃんに掛けた方が早くないかな? 当然、その前に情報収集はするつもりだけど」
「カレンの
「最悪の場合『そんなこと言ってると夏休みを利用してスイープちゃんと暴君ちゃん、それから応援ちゃんをそっちに寄越しちゃうよ?』って言おうと思ってたけど、確かにそっちの方が効果的かもね。流石スカーレットちゃん!」
本番のレース直前かと思う程に気迫を纏っているダイワスカーレットと、いつも通り普遍かつ最上の可愛らしさを保ち続けるカレンチャン。未来のターフの女王二人は春のマイル王決定戦などそっちのけで、決して負けられない勝負のために全力で作戦会議をし始める。