ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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至高の紅玉 3

 

 

「……そう言えばなんですけど」

 

ふと、まるで今思い出したかのようにゼファーが口を開いた。東京レース場にある、いつもの関係者専用席だ。「なんだ?」と、まるで待っていたかの様に柴中が答える。

 

 

「なんでルビーさんに付いていかなかったんですか?」

 

ウマ娘とトレーナーの関係。それはそのペアによって異なるし、関係性も実に様々だろうが、ウマ娘と契約したトレーナーはレース直前まで傍に居てやるのが基本である。最後の作戦会議が出来たり、ウマ娘の細かな変化にいち早く気づけたりと良い事ずくめだし、ウマ娘側も気心知れたトレーナーが傍に居れば安心しやすい。

 

なので本来レースに出走するウマ娘のトレーナー──つまりはダイイチルビーのトレーナーである柴中は、現状こうやって東京レース場の案内などしていられる立場ではない筈なのだが……。

 

 

「んー……。ま、そうだな。理由は色々あるんだが一番大きいのが──‘あいつがそれを望んでいるから,だ」

 

(やっぱりですか)と内心で思いつつ、ゼファーは押し黙ったまま柴中へ話の続きを促す。

 

 

「一種の精神統一なんだろうな。いつもレース前は決まったルーティーンで行動して、集中力を高めてるよ。あいつ曰く‘華麗さ,らしいけど」

 

ローズティーを一杯と、ジャムクッキーを三枚。それをゆっくりと十五分以上掛けて食べ進め、食べ終わったら二杯目のローズティーを量を半分にして淹れ直し、それが飲み終わったら余裕を持ってパドックへ向かう。

 

『どんな時でも華麗に、いかなる状況でも優雅に』を心がけているダイイチルビーにとって、一人で孤独に行なうそれこそが一番集中力を高められるらしい。如何に優秀で心を許せるトレーナーと言えど、彼女はその領域に他者を踏み入らせるつもりは無いという。なにかと理由を作ってはルビーに(鬱陶しく)じゃれついているあのダイタクヘリオスでさえ、レース前のルビーの楽屋へは決して立ち入らないのだ。

 

 

「傍に居てやる事が正解だとは限らないって事さ。実際それでちゃーんと結果を出してるし、俺としてもあいつに合ってるやり方だと思うから、用意された楽屋の入り口まで付き添ったらあいつを信じてその場を離れるようにしてるよ。何か緊急事態でも起きたら話は別だけど」

 

そこまで話してようやく、柴中は先ほど売店で購入したからあげ煎餅を頬張る。煎餅のように薄く伸ばしてから油で揚げた鶏肉のからあげは、文字通り煎餅のようなザクッ! とした歯ごたえが特徴の人気商品だ。ニシノフラワーやヒシアケボノが作ってくれる手料理も凄く美味しいし健康にも良いが、たまにはこういったジャンキーな物を雑に買って食べたくなるのが男の胃袋という奴である。ゼファーには‘優駿焼き,という大判焼の亜種を奢った(より正確にはゼファーが空気を読んで奢って貰った)のだが、餡子入りの物もカスタードクリーム入りの物も大層気に入ったらしく、二つとも既に食べ終えてしまっていた。

 

 

「なるほど、そういうやり方もあるんですね」

 

「精神統一のやり方なんてそれこそ千差万別だからなぁ。俺がそれの邪魔だっていうなら消えるだけだ」

 

ザクザクとからあげ煎餅を噛み砕きながら言う。もうすぐ自分のチームのウマ娘が出走するGⅠレースが始まるというのにも関わらず、柴中は完全に落ち着き払っていた。状況に慣れているというのもあるが、それ以上に──

 

 

(今のルビーは、本当に強いからな……。仮に及ぶとしたら多分あの二人ぐらいしか……)

 

彼女の強さとその華麗さに、トレーナーとして安心感を覚えているからだった。

 

 

 

 

「うっえぇええ……。マジで薔薇の(ルビっち)香りが超するのに渋いけど甘い……。これウチらが気軽にゴクゴクして良いもんじゃないっしょ~……」

 

いかにも不味そうだという事が伝わってくるような表情をしながら、ダイタクヘリオスは急いで受け皿にティーカップを置くと、ペットボトルに入ったミネラルウォーターを口をゆすぐようにして飲んだ。彼女に用意された楽屋の中だ。それでも口の中に残った後味は完全には消えず、仕方なしにクッキーを一枚口の中へと入れる。

 

薔薇茶(ローズティー)と言うだけあって香りはとても良いのだが、薬の味がすると有名な某炭酸飲料と同じく好き嫌いがハッキリと分かれそうな……。なんというかそう、まるで漢方薬の一種を飲んでいるかのような独特の味がした。

 

 

(正直テン下げイベントなんですけどー……。ってかトレぴっぴ、これで淹れ方合ってるの? ガチで??)

 

自分で『私もルビっちと同じ事してみたい!』と言いだした上にあれこれ注文して置いて何だが、トレーナーがローズティーの淹れ方を間違えたorそもそも茶を入れる才能がないのではと思い始めるヘリオス。彼女の趣味嗜好はよーく知っているつもりだが、幾ら香りと色味が素晴らしいとはいえこれ(・・)を好き好んで飲んでいるとは……。「もしやルビっちって結構味覚音痴?」と、その場にダイイチルビーが居たら即口論が始まりそうな事まで呟いてしまう。

 

せめてもう少しクッキーを用意して貰うんだったと後悔しながらも折角淹れて貰ったそれを残す訳にはいかないので、ヘリオスは仕方なしに目を瞑ると、覚悟を決めてグィイイッ! っとティーカップを一気に煽った。「ぐぇぇええええ……」という、年頃の女子高生(Jk)が出してはいけないような嗚咽感溢れる音が口から漏れ、身体はプルプルと細かく痙攣する。残っていたクッキーを全て口へと放り込んで大急ぎで咀嚼、ミネラルウォーターを先ほど同様ガブガブ飲んで、なんとか無事に(?)完食することが出来た。

 

 

「……やっぱむ~り~」

 

割と分かっていた事だが、改めて言葉にしてみた。──相手のことを知っていても分かっているとは限らず、分かっていても理解出来ているとは限らない。数学の小難しい証明問題と同じである。なんだ『1+1の答えと、その答えが数学的に正しい物である事を証明せよ』って。1+1の答えなんてワザワザ証明などせずとも、2か田んぼの田に決まっているだろうが。

 

 

「少しでも気持ちが分かると思ったんだけどなぁ……」

 

やっぱり自分は独りよりもみんなでいる方が何倍も楽しいし、飲み物は炭酸が入った刺激のある物が良い。綺麗に整った焼き菓子も洋菓子も好きだが、やっぱりお菓子はジャンキー感溢れるスナック菓子こそが最高だと思っている。仕方のないことだと分かってはいるのだが、華麗な振る舞いを幼少の頃から叩き込まれている高貴な出自の彼女とは、どうしてもその辺りの趣味が合わない。

 

……だからいつも、その辺りは向こうからこっちに合せてくれている。親友であるメジロパーマーの‘学びたい,‘私もやってみたい,という意欲のあるそれとは違う。‘仕方ありませんわね,というやれやれ感が漂う物だ。半ば強引に自分の世界へ巻き込み、こんな景色もあるのだと教えても、彼女はどうしても‘あと一歩,を踏み込んで来てはくれないのである。

 

ならばこそ、今度は自分から彼女の世界へと踏み込んでいくべきだ。少しでも彼女の事を分かりたい、理解したいというのであれば、例えらしくなかろうが模倣して経験し、学びとるべきだろう。──そう思ってトレーナーにローズティー(しかもメッチャ高い奴)などという普段は絶対に飲まないような物をわざわざ用意して貰ったのだが、全くもって効果がない事が分った。

 

 

「……んじゃ、まぁ仕方ないか」

 

諦めたような台詞を吐きながら、諦観を微塵も感じさせないような顔で、ヘリオスは笑った。

 

小難しい事をあれこれ考えて、それで分からないのならば直接答えを聞くしかない。なにせ、自分は自他共に認めるバカだ。らしくもない努力をする事その物を否定するような気はサラサラ無いが、それが無理臭いとなればあとは何度も何度も愚直に語りあうしか無いだろう。……それは一種の‘逃げ,と呼べる物なのかもしれないが──

 

 

「とりま、今回はレースでね!!」

 

それこそは、決して譲れない自分の走りでもあるのだから。

 

 

 

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