「みんなー☆ テンション上げていこーぜー! ウェーイ!!」
「「「ウェーイ!!」」」
「ダメダメダメー! そんな小っちゃい声じゃテンションガタ落ち空気がマジぴえん!! もっともっとテンション爆上げでいこーぜー! ウェーイ!!!」
「「「ウェーイ!!!」」」
先ほどまでとはうって変わって、まるでフェス会場の如く陽気な雰囲気に包まれた東京レース場。バンブーメモリーによって作り出された空気を意図も容易く書き換えて己が物にしたのは、パドックで大笑しながら大手を振って観客達を煽っている彼女だ。
「今回も始まったな」
「ああ。毎度お馴染み、ダイタクヘリオス特有のレース前パフォーマンスだな」
いつもの様に観客席最前列に居座りながら「うんうん」と有識者の如く頷いているのは、こちらも最早お馴染みとなった男子大学生の二人組である。
「SNSサイト……。主にウマッターやウマトックを中心に若者向けのツイートや面白い動画を投稿して何度もバズってるだけあって、若年層からの人気は半端じゃない。ギャル系の娘に限らず、リア友もかなり多いって話しだ。レースで見せる彼女独特の逃げスタイル……通称『バカ逃げ』も色んな意味で見応えがあって人気がある」
「今回は10番人気だけど、レース事に行なわれてるこれはあくまでレースの‘勝者予想,であって、ウマ娘達個人の人気とは無関係だからな。走りに関しても、
ふと視線を感じてターフの方を見ると、当の本人であるダイタクヘリオスと眼が合った。彼女の方が二人を「ジーッ……」っと見つめていたのだ。思わず「うぉっ!?」と変な叫び声を上げてしまう。
「へいへーい、そこのお兄さん達! 難しい話しはあとにして、今はあたしに力を分けてくれー!! ウェーイ!!」
「「うぇ、ウェーイ……?」」
「もうちょっとテンション上げてー! ウェーイ!!」
「「う、ウェーイ!!」」
「サンキューベリーマッチング! 今日も今日とて爆逃げかますんで、その調子で応援よろー!!」
ヘリオスは二人に言いたいことを言うだけ言って、パドックの外周を軽くスキップでもするかのように走り出した。レースを走るウマ娘にパドックでこうして直接話し掛けられた事は今まで一度も無かった為、暫く呆けたように口をポカンと開く二人。彼らの周囲の観客達が、ヘリオスから話し掛けられた二人を羨ましそうに見ている。
「……なんつーか、あれだな」
「ああ。人気が高い理由も、
いつも陽気に溢れた笑顔と高いテンションで、観客を大いに盛り上げる。その生来の明るさからか、はたまた天性の才能か、普通のウマ娘達がライブで見せるそれとは少しばかり毛色が違うそれは、自分達のような陰のキャラ寄りの性格をしている人間ですら、容易に明るくしてしまうのだ。その愚直なまでの陽気さと行動力は、確かに
──まさしく
「やっべ。俺今回バンブーメモリーが本命だったんだけど、ちょっと予想変えたくなってきちまった」
「分かる、分かるぞ! 出走するウマ娘から個人的に声かけられちゃうと、思わず応援したくなっちゃうよなぁ。前走前々走と最後はバ群に埋もれちゃってるけど実力は間違いなくあるし、あの逃げが上手く決まればもしかすると──」
ヘリオスの介入で、二人の会話に更な拍車が掛かろうとした──その時だった。
──シン──と、突如としてパドックの舞台が一瞬で静まりかえる。……何があったのかなど、そこを見ただけで分かった。
『さぁ! 最後に登場しましたのは今回の2番人気!!』
思わず息を呑むほどの美しさ。言葉を失うほどの華麗さ。
『前走、京王杯スプリングカップで既にバンブーメモリー選手らを破っている彼女ですが、今回のGⅠ安田記念で完全なる世代交代を告げる事が出来るか!!』
目を奪われるほどの凜々しさ。幻想と見紛うほどの愛らしさ。
『‘華麗なる一族,──ダイイチルビー!!』
その一族のウマ娘として相応しい様相で、至高の宝石がパドックへと姿を現わした。
「う、お、うおぉおおおお……っ!」
「ど、どうしたネイチャ! 眼が痛いのか!?」
その姿があまりにも眩しく映って、ナイスネイチャは思わず眼を手と腕で庇った。なんで彼女がそうなったのか全く分からなかったのか、隣にいたツインターボが心配そうに騒ぎ立てる。
『ここまで10戦4勝で、なんと掲示板外一度も無し! まさしく華麗なる一族に相応しい戦績を残している彼女ですが、今回のレースで初となるGⅠ勝利を収めることが出来るか!!』
場内にデカデカと響き渡るアナウンスなど気にもしていないかのように、ルビーは慣れた様子で観客達に向かって優雅に一礼する。
「きれい……」
と観客席で誰かが思わず呟いた。無論、容姿や勝負服だけの話しではない。褒めたたえるべき所は色々あるが、特に観客達の眼を惹いたのが──‘気品,だ。かのメジロ家のウマ娘でも、レース本番でここまで気品漂う振る舞いが出来る者など数える程もいるかどうか……。幼少の頃から礼儀作法について徹底的に教育されてきたと推測して間違いない。
「こりゃあ、すげぇな……」
「ああ……。凄い仕上がりだ。今までのレースの中で随一かもしれない」
大学生組二人も思わず驚嘆する。彼らが注目したのはその見た目や気品溢れる態度に見られる‘美しさ,ではなく、ウマ娘レース出走者としての仕上がりの方だ。まだまだずぶの素人だと自負している二人だがその観察眼はファンとしては結構な物で、なんとなしだがそのウマ娘の調子が分からん気がしないでもなかったりする。
(これで三人……)
関係者専用席で、ヤマニンゼファーは柴中と共についにパドックへと姿を現わしたルビーへ着目していた。柴中は「言っただろ? 今のあいつなら心配要らないってな」と自慢げな表情をしている。それには勿論大きく同意するゼファーだが、彼女は彼女でまた別のことを考えていた。
バンプーメモリー、ダイタクヘリオス、そしてダイイチルビー。……これはゼファー個人の感覚と推測から来るただの感想だが──
(……風を、変えた人達)
──彼女達三人がパドックに現われた瞬間‘風,が変わった。
メモリーの時は歴戦の戦士のような凄みを纏い、ヘリオスの時は陽気さに満ちあふれた物へと変わり、ルビーの時は思わず呆けてしまいそうになる程の美しさが‘風,に備わった。‘風,とは決して普遍の物などではないが、一時とはいえそれを制するには相応の‘力,がいる。
(凄い……!)
……であるならば、このレースは決して見逃せない。何故ならあの三人は持っている。今の自分に無い物を。自分が目指す夢のその先、そこへ辿り着くための鍵となり得る物を。
佳境となればいっそ、本当に瞬き一つしない覚悟で、ゼファーはこのレースを眼に焼き付けることを固く決意した。