ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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至高の紅玉 9

 

 

「きれい……」

 

シン──と静まりかえった観客席で、誰かが思わず呟く。彼女が最初にパドックに現われた時と同様、あまりにも美しくて華麗な走りを魅せられた結果、誰も碌な言葉を発せなくなってしまったのだ。

 

 

「ふぅ……」

 

焦る事なく、勝利の余韻に浸る事も無く、彼女は実に麗しく息を整え始める。

 

……直線あと200を切ってから一気の末脚。まるで光を浴びた宝石のように、彼女は集団で固まっていたウマ娘達を一瞬で抜き去っていった。あまりにも鮮やかな走り。目を奪われるような煌めき。肌を滴り落ちる汗や、その息づかいすらも美く見える。……なんと華麗なウマ娘なのだろうか。『名は体を表わす』とは言うが、彼女こそまさしく──

 

 

「これが、チームステラの現エース……」

 

レースからは眼を放せなくなっていても、その華麗さに目を眩ませることはない南坂が観客全員を代表するように呟く。

 

 

「‘華麗なる一族,……ダイイチルビー」

 

 

 

『勝ったのはダイイチルビー! 着差以上の差を付けた、見事な勝利です!! 2着にはダイタクヘリオス! 3着争いはバンブーメモリーに軍配が上がっています!!』

 

「まーじか……」

 

観客席最前列にいた例の男子大学生二人は、唖然としたように口を開いた。

 

 

「……本来の脚質じゃない奇策だったとはいえ、作戦、位置取り、脚の溜め方と、ヘリオスの走りは完璧と言って良いぐらいに上手かった。初めてあいつの走りを見た奴が‘差しウマ娘なんだ,って勘違いしても不思議じゃないぐらいに」

 

「実際見ててビビったよな。ただ見てるだけの俺らでさえこれなんだから、実際に走ってたウマ娘達はさぞ驚いただろうさ」

 

自分という目立つ存在を逆手に取った奇策──有力な差しウマ娘達をつぶし合わせる為にワザワザ外を周って周囲を見張るように走り、各ウマ娘の足取りと位置取りを上手いこと誘導した。主な狙いはダイイチルビーとバンブーメモリー。互いに互いを警戒しあっていた有力候補同士だからこそ、突如として現われた想定外の差しウマ娘の存在は大いに計算を狂わせたことだろう。そして──

 

 

「直線コースに入る二歩手前で監視を止めて、自分だけ外から早めに位置を上げる……。連動して他のウマ娘達も何人か動くでしょうが、その方達こそが、本当にマークしたいウマ娘達にとっての壁になってくれる──と、こんな感じではないでしょうか」

 

南坂の分かりやすい解説を聞いて、ナイスネイチャは「ほへー……」と呆けたような声をあげる。驚嘆と感心の混じったそれだ。ツインターボは途中から理解が追いつかなくなってしまったのか、眼をグルグル回して椅子に座っていた。

 

 

「‘言うが容易く行なうは難し,と言いますが、まさしく今回のヘリオスさんの走りはそれに当たるかと」

 

コクリと頷く。自分の脚質(スタイル)とは違うやり方で勝負した事も勿論そうだが、彼女はその上で他のウマ娘達を己の走りで操るというトンでもなく高度なことをやってのけていた。並々ならぬ努力と練習の賜か、はたまた天性の直感と才能によるものかは分からないが、二つだけハッキリしている事がある。

 

一つは、今のネイチャでは逆立ちしても無理な芸当やってのけるだけの実力を持っているということ。典型的な差しウマ娘であるネイチャだが、じゃあ似たような事をやってくれと言われても絶対無理だと自信を持って(?)断言できる。もし自分がこのレースに参加していたとしても、ヘリオスの良いように振り回された予感しかしなかった。

 

そして二つ目が──

 

 

「──でも、それでも負けちゃった」

 

そんな完璧な走りを披露したダイタクヘリオスでも、最大外から一気の末脚という選択をしたダイイチルビーの力業に敗れ去ったということ。最終的な着差は1と1/4バ身……。快勝と言って差し支えない着差だ。

 

 

「脚質云々の事を考えないのであれば、ヘリオスさんの作戦がルビーさんに通じなかったというのが大きな要因でしょう。あとは単純に、ルビーさんの末脚が凄まじかったですね」

 

第3.4コーナーに差し掛かったタイミング──ヘリオスが加速して位置を上げたタイミングで、ルビーは逆にスピードを大きく落として最後列辺りまで位置を下げた。それでヘリオスを含む複数のウマ娘達からの監視対象から外れた訳だが、その際に位置を大外までズラす事で余計な妨害をほとんど受ける事なく、最後の直線で溜めた脚を存分に爆発させる事が出来たのだ。……無論、大外を回った上で最後尾の位置から先頭のウマ娘まで一気に抜きされるだけの自信が無ければ、選択できない方法だが。

 

 

「「「ワァアアアアアアアアアアアアアアア!!」」」

 

「…………」

 

ダイイチルビーの華麗さに静まり返っていたレース場に、ようやっと大歓声が巻き起こる。……あれが、輝きの頂点。あれが、キラキラウマ娘達のいる場所。それをまざまざと目の当たりにしたナイスネイチャは、思わずといった風に呟く。

 

 

「……テイオーが、戦ってる所」

 

現在5戦5勝の皐月賞ウマ娘。数日後に行なわれる日本ダービーでも大いに期待されている、間違いなく同期№1の実力者である彼女の事を思い、ナイスネイチャは複雑そうな表情で右足をそっと撫でた。

 

 

 

「……で、なんだけどさ」

 

レースを最初から最後までシッカリと見届け、それなりに満足した表情で頷いた柴中は改めて自分の隣を見た。そこにいるのは当然、自分が連れて来たチーム‘ステラ,の新人ウマ娘であるヤマニンゼファーなのだが……。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁっ……はぁっ……」

 

「なんでそんなに疲労感たっぷりなんだ……? っていうか大丈夫か? 気分が悪いなら医務室に──」

 

何故だか知らないが、ゼファーは凄まじく疲れていた。レース序盤の頃はまだそんな感じはしなかったのだが、中盤に差し掛かった時には既に息が乱れ始め、終盤の勝負所に至ってはレースを走っているウマ娘達と大差無い程に大きく疲労していた。少し位ならまだ分からなくもないが、ただレースを観ているだけでここまで疲れる物なのだろうか。「い、いえ! 大丈夫です!!」とゼファーは額の汗を袖で拭い「よいしょ──っと!」というかけ声と共に全身に力を込めて立ち上がる。

 

 

「ふぅ……。すみません、あまりにも凄いレースだったのでつい集中して‘観,入っちゃって……。ご心配をおかけしました」

 

「……お前がそう言うなら大丈夫なんだろうけどさ、あんま無理すんなよ? レースが観たい気持ちは分かるけど、体調を崩してまで観るもんでもない。あとで録画したものをジックリ見りゃ良いんだから」

 

「あはは……。確かにそう、なんですけど」

 

気恥ずかしそうに頬をポリポリと掻くゼファー。確かにこれ以上体調が悪くなっていたら医務室に連れていって貰う予定だったのだが、久々に波長(・・)がピッタリと合った日なのだ。しかもGⅠレースの真っ最中に。ならばこそ多少の無茶をしてでも、このレースは最後まで見ておきたかった。魂で感じ取れる物や、得られる経験値が普段とは桁違いなのだから。

 

 

「……これが、GⅠレースなんですね」

 

あまりハッキリとしないゼファーの様子を勘ぐった柴中が怪訝そうな顔をして来たため、自然な話題を振って注意を逸らす。トレーナーとして担当ウマ娘の質問に答える義務がある柴中は、それに反応せざるを得ない。

 

 

「ああ。中央で行なわれているトゥインクルシリーズのレース……その最高峰だ。芝にダート、それから障害と、短距離マイル中距離長距離、それから各レース場のコースを含めてまぁ色々とあるんだが、共通しているのは‘その時代における最強候補のウマ娘だけが出走できること,そして、勝利したウマ娘はURAが所有するウマ娘名鑑に掲載されて‘未来永劫称えられること,さ」

 

全国各地から集いに集った超エリートウマ娘達。その時代を象徴するウマ娘達の頂点を決める一戦こそが、何を隠そうこのGⅠレースだ。出走できるだけでとても栄誉ある事であり、また、夢を叶える権利を自力でもぎ取った実力者である事を意味する。

 

 

「……けど、そっち(・・・)にはあんま興味無いか? そういう顔してる」

 

柴中は改めてゼファーの瞳をジッ──と見た。その優しく爽やかな瞳の奥底に、燃えたぎるような闘志と希望があるのを確かに見た。

 

 

「……分かっちゃいますか?」

 

「当然」と自慢げに返して、柴中は今度こそゼファーが話したい話題を口にする。

 

 

「強かっただろ、全員。観てるだけで分かるぐらいに」

 

「──はい、とても」

 

「……はやくあそこに行きたいか?」

 

「──ええ、凄く」

 

ターフを吹き荒ぶ風を通してこんな遠くの席まで伝わってきた、世代最強格のウマ娘達の燃えたぎるような熱意。どんな壁でも粉砕してしまいそうなほど堅い信念。数多の夢を抱えたまま、どこまでもどこまでも飛んでいけそうな──風と共に走る彼女達の姿を見てしまったら、もうどうしようもなく走りたくて走りたくて仕方がなくなってしまった。それを聞いた柴中は「そっか」と再び満足そうに頷く。

 

 

「だったら、この夏が勝負だぞ」

 

まずは基礎となる身体造りから。つい最近まで休養寮にいただけあって、ゼファーは他のウマ娘達と比べてトレーニングに打ち込めていた時間が圧倒的に少ない。それだけでも大きなハンデなのに、肝心の異常体質は未だ完治に至っていないと来た。当然だが、このままではGⅠ級のウマ娘達には到底及ばない。

 

これからのレースでゼファーが勝利をもぎ取る為には、夏の間に身体を一線級のそれに仕上げる必要がある。異常体質の治療と並行しながらだ。……そうでなくては間に合わない。なにせ、柴中は今年の年末にはもう、彼女をルビーと共にGⅠレースの舞台へ送り込む腹づもりなのだから。

 

 

「はい! 私、一生懸命全力で頑張ります!!!」

 

笑顔で明るく、力強く宣言して、ゼファーはそのまま憧れの舞台であるターフの方を見る。レースが終わったそこでは観客からの歓声と拍手を一身に受けて光り輝く、至高の宝石の姿があった。

 

 

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