「「「ワァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」
「……ふぅ」
応援してくれた観客達の歓声に応えるべく、私はウィナーズサークルへと向かう。無論、焦らず騒がず落ち着いた表情と雰囲気でだ。
──どんな時でも華麗に。いかなる状況でも優雅に。当然、それはレースで勝利した時も例外ではない。最高格であるGⅠの舞台では初となる戴冠だが、だからこそ、誰よりも華麗な私の姿を皆様へ存分にお目に掛けなくては。……そう決意して、ゆっくりウィナーズサークルへ向けて歩き出そうとしたのですが──
「ぴぇええええええええん!! お嬢に差されたぁあああああああああ!! もう笑ってられないぃいいいいいいいいいい!!」
「…………」
私の前方数メートルで待ち構えるようにむせび泣いている
「ぴぇええええええええん!!」
「うるっっっせぇ!!」……そう大声でツッコめたらどれだけ楽でしょうか。いっそ本当にいつも通りツッコんでやろうかと一瞬思ってしまいましたが、こんな夢の舞台でそんな事をしでかせば色んな意味で大変な事になるでしょう。少なくとも私の‘誰よりも華麗なウマ娘,という正当な評価は跡形も無く消え去ること間違いなしです。学園内では既に手遅れ感がありますが、本格的に
(あのー……。大っ変恐縮なんすけど、ちょっとだけ待って貰えないっすかね)
なのでレースの時と同様に大外を回って全力でスルーしようと進路を変更したのですが、そこに待ったをかけた方がいました。つい先ほどまでレースで凌ぎを削りあっていた、バンブーメモリーさんです。……凄まじく嫌な予感を感じつつも(……なんでしょうか)と同じく小声で返します。
(いやその、ほんとマジで申し訳ないんすけど、ちょこっとだけで良いんでヘリオスに構ってやってくんないっすか?)
(嫌です)
一切の躊躇いなく即答しました。本当に一瞬で返答された為か(うっお即答……)という半ば呆れたような声を上げられてしまいますが、こればっかりは普通に嫌です。……断っておきますが、別に私はヘリオス自身が嫌いという訳ではありません。空気を読めるのに読まず、華麗や優雅とは程遠い頭脳をしていて、私服のセンスが悪い意味で独特で、常に私にダル絡みしてくる事を除けば、底抜けに明るい彼女の笑顔と性質は(私ほどではありませんが)とても光り輝いて見える時があります。それこそ、燦々と輝く太陽のように。
──で す が。それとこれとは話が別です。何万人もの観客の前で彼女に絡みに行けですって? そんなの私にとってはただの自殺行為です、間違いなく碌な事になりません。ヘリオスの基幹であるパリピなノリと、私の基幹である華麗さは最高に相性が悪いと言っても良い程なのですから。
(言い分は分かるっす。滅茶苦茶分かるっす。寧ろ個人的には「迷惑掛けてんじゃねぇっすよ!!」──ってあいつに言ってやりたいぐらいなんで)
(……? でしたら何故──)
バンブーメモリーさんは苦々しい様な困ったような表情を浮かべながら、三箇所に指を向けました。
「…………」
一つはバンブーメモリーさんと同じく、先ほどまでレースを走っていたウマ娘の皆さん達。皆一様に「まーた始まった」とか「早く収束付けてくれないかなぁ」という視線を「私に」向けています。
「ヘリオスー! 大丈夫かー!?」
「大丈夫! きっと優しくて華麗などこかの誰かが手を取ってくれるわ!!」
一つは観客席の一部……具体的に言うと、ヘリオスのファンが集っていると思わしきエリア。ダイタクヘリオスというウマ娘に詳しくない方達がいる所と違い「どうせその場のノリだぞ☆」「つーかルビーに絡んで欲しいからでしょ?」とヘリオスの真意を普通に見抜いて、それで尚「ここでルビーが絡んできてくれたら面白い事になりそう」と考えて彼女を心配している
そして最後の一つが、URA及び関係者各位の重鎮の皆様がいるVIP席だ。一体何を期待しているのか、ヘリオスの奇行に苦笑いを浮かべつつも何かを願うような視線で私の方を見ている。
いつの間にやら出来てしまっていた包囲網から醸し出される無言の圧力。なんとかならないかと必死になって頭を回転させますが「この空気を払拭する事は不可能」「速攻で話を終わらせるのが安パイ」という結論が出てしまい、私は「はぁぁあああー……」と大きな溜息を吐く。一体何故ハレあるGⅠレースの勝者である私が、レース終了後にこんな茶番劇に──
「いやいや、茶番劇は流石に酷すぎっしょ! ウチ割と本気でぴえん状態だったんですけど!?」
「──っ! へ、ヘリオス!?」
いつの間にこっちに向かって来ていたのか、というかいつの間に立ち上がっていたのか、私とメモリーさんのすぐ傍にヘリオスがいました。
「勝つ為にいつもはやんないことチャレってみて、自分でも信じられないぐらい上手くいって、でも最後の直線でルビッちとメモリーパイセンが鬼ヤバな追い込みしてきて……。今まででいっちばんアガッたレースだった!」
先ほどまでの涙(嘘)はどこへやら、ヘリオスは実にいつもの調子で私に話し掛けてきます。「やっぱり嘘泣きしてやがりましたわねこの野郎」という意図を込めた視線を送りますが「アハハハッ! そんなに見つめないでよルビっち~。テレちゃうじゃーん」とこんな感じで、全くもって効果がありません。
「それなのにルビっちってば完全にお嬢様モードで──‘オーッホッホッホ! これだから庶民ウマ娘は底が浅いのですわ!!,──って言わんばかりに大外から一瞬で抜いてっちゃうんだもん。そりゃ流石のウチでもぴえんするって」
「あなたが私……もとい、お嬢様や貴族階級に対してどんなイメージを持っているのかよーく分かりました。あ と で 覚 え て お き な さ い」
ヘリオスから語られた貴族階級についてのイメージがあまりにも現実とかけ離れていて、私は思わず頭を抱えます。一体なにからどう影響を受けたのかは知りませんが、今日日ここまでテンプレ的な意地の悪い台詞を吐く令嬢などそうそう存在しません。幼少期の頃から社交界と言う物を経験している私でも、一つ二つ思い当たることがあるかどうかといった位です。「アハハハハッ! 冗談ジョーダン!!」とヘリオスは軽い調子で言いますが、そのホンの軽い冗談で私のイメージが崩壊しかねないと言うことを理解して貰いたい……もとい、あとで必ず理解させてやります。
「──あのね、私も楽しかったし、嬉しかった」
不意に、分かる人にだけ分かる──所謂ガチトーン(?)とやらでヘリオスが喋りました。先ほどとはうって変わって、とても真摯な表情と真剣な口調です。
「…………」
「ルビっちと走る時はいつもそうなんだけどさ、今日はマジのマジ。ずっとこのまま走ってたいなって、本当にハートの底からそう思ったよ」
ウマ娘でなければ、そしてこの中央トレセン学園に入学しなければ、庶民も庶民の自分とは決して縁がなかっただろう彼女。美しく、麗しく、礼儀正しく、お淑やかで、そして華麗な、究極のお嬢様。いつも先頭をバカみたいにひた走る自分目掛けて、後方から勢いよくツッコんで来てくれる
‘あなたは
そんな彼女が、あの場にいた誰よりも自分を見てくれていた。──たったそれだけの事実で、最高に嬉しくなってしまったのだ。
「……ヘリオス」
「でもでも! マジで悔しいのも超リアルなんで、次は必ずリベンジするからさ! 覚悟しといてよね!!」
誰に習ったのか「むん!」と鼻息を荒くして、挑戦的な笑みを浮かべるヘリオス。……このままでは終われない、終われるわけがない。彼女と並び評されるようなウマ娘になるには、どうしたって勝つ必要があるのだ。──誰よりも光り輝く、華麗で美麗な宝石のような彼女に。
「──できる物ならどうぞかかっておいでなさい、煩わしい
そうなる未来を欠片も疑っていないヘリオスに、ルビーは挑発的な台詞で返す。そう遠くない未来にあるだろう再戦を誓い合って、彼女達は足を揃えてウィナーズサークルへと──
「……いやちょっと待ちなさい。なんであなたまで付いてくるんですか」
「え? どうせ途中で「うぉおおおおお!」って感じで乱入して、どさくさに紛れて撮ったルビっちとのツーショット写真をSNSに乗せるつもりだったから良いかなって」
「良いわけないでしょうが!! あなた‘ウィナーズサークル,の意味を理解なさっていますか!? 折角これから‘見,のトレーニングに来て下さっているゼファーさんの方を向いて優雅かつ挑発的に微笑もうと「え、今日ゼっちゃん来てんの!? デジマ!? どこどこ!?」ああっもう! ちょっとは落ち着きなさいこのバカ!!」
結局いつもの様にギャーギャーギャーギャーとターフの上で騒ぎ立てる二人。まだ二人の事をよく知らない新規のファンはポカンを口を開けて、慣れ始めてきたファンは呆れたように苦笑して、二人をよく知る古参ファンや友人達は、その茶番を見て実に楽しそうに笑っていた。