ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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強化合宿編 1

 

 

「…………あの、少し良いですか? ラブリイさん」

 

「どうしタ、ゼファー。……顔色が良くないゾ」

 

ウマ娘、ヤマニンゼファーは寮の自室で相方であるシンコウラブリイに確認を取った。どんな時でもそよ風のように涼やかな表情をしている彼女にしては珍しい事に、戸惑いの表情を隠せず全身から冷や汗をダラダラと掻いている。目の前にある物がある物ゆえ、仕方がないかもしれないが。

 

 

「いえ、大丈夫です。……そんな事よりも、ですね? ──あの、それは一体……?」

 

「これカ?」とラブリイは手に持った長い棒状のそれを、器用に片手で振り回した。『大丈夫、当たることは無い』──そんな奇妙な確信があってなお、凄まじい戦慄がゼファーの全身を駆け巡る。姉達の喧嘩に半ば強引に割り込んだ時とはまた違ったタイプの物だ。

 

 

「‘クルージーン,……偉大なるケルトの大英雄である光の神子ガ使っていたとされる魔剣──の、レプリカダ。そのままだと私では使いこなせないかラ、神木の先に括り付け槍として使っていル。伝説の魔猪は流石にどうしようもないガ、普通の猪程度であれば私でも十二分に仕留められル。熊も……なんとかなるだろウ。この国の熊は山の神の使いというかラ、あまり殺めたくはないガ」

 

「ふんす」と鼻息を荒くして自慢げに言うラブリイだが、ゼファーは逆に頭を抱えたくなっていた。ツッコミ所があまりに多すぎて、なにから手を付ければ良いのか分からないのだ。

 

 

「安心しロ。ちゃんと銃刀法に違反しないギリギリの刃渡りダ。魔剣の加護を失うこと無くこの形に加工して貰うのは苦労したゾ」

 

違うそうじゃない。いやそれもそうだが、そういう問題ではない。そもそもラブリイは今回の‘これ,がなんなのか根本的に勘違いをしている。

 

 

「えーっとですね、ラブリイさん。私達が明日からやるのってなんだが分かってます?」

 

「夏期休暇と山岳地帯を利用した訓練(トレーニング)だろウ? この国では‘ヤマゴモリ,だったカ。古来より山は神秘を色濃く内包した聖地ダ。そこで生きるか死ぬかのサバイバルを数ヶ月続けることデ──」

 

「違います」

 

後々面倒臭い事にならないよう、バッサリと両断した。「え?」と鳩が豆鉄砲を食ったような表情になるラブリイ。確かに前半部分だけなら決して間違ってはいないのだが、後半部分があまりにも重すぎる。‘戦士の一族,であるラブリイが言うと全くシャレになっていない。

 

 

「これはそんなに重い物じゃありません。あくまでプロアスリートの方なんかがやる強化合宿の延長線上と考えて下さい」

 

そう、これはあくまで合宿。……毎年恒例、トレセン学園の生徒が行なっている夏期合宿だ。

 

 

 

 

 

『南アルプス』

 

正式名称を‘赤石山脈(あかいしさんみゃく),

 

長野、山梨、静岡の三県にまたがって連なる山脈の事だ。‘飛驒山脈(ひださんみゃく)(北アルプス),‘木曽山脈(きそさんみゃく)(中央アルプス),と共に『日本アルプス』と呼ばれることもある。

 

日本第二位の高峰である北岳を始め、山脈名の由来である赤石岳を筆頭に九つの山の3,000m峰があり、十の山が日本百名山に選定されている。飛騨山脈や木曽山脈と比べて比較的なだらかな山容の山が多く、土壌が良く発達していて森林や高山植物も豊富だ。

 

 

「──とまぁそんな訳で、今日からそこで待ちに待った夏期強化合宿をする訳なんだが……」

 

チームステラのトレーナーである柴中は、用意された大型バスの中心に立ってメンバーの様子を改めて見直してみる。

 

リーダーであるニホンピロウイナーはいつも通り無愛想で不敵な表情を浮かべていて、まとめ役であるアキツテイオーも大体同じ感じ。カレンチャン、ヒシアケボノ、ダイイチルビーは最後部の座席を贅沢に全て使い優雅に熟睡中。そしてヤマニンゼファーとニシノフラワーは──

 

 

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。山は恐ろしい場所だという事も、一瞬の油断や気の緩みが命取りになるという事も分かりますが、そう堅く身構える必要もありません」

 

「ほ、ほんとカ? 本当なんだナ!?」

 

「はい。ラブリイさんが熊や猪と鉢合わせるのを心配するのはよーく分かりますけど、彼らだってが私達が怖いんです。なにより日本アルプスはこの国でも有数の管理が行き届いている山岳地帯の一つですから、猟師さんも救急隊員もすぐに出動できるような場所に常在されていますしね」

 

出発前からガタガタと小刻みに震えていたシンコウラブリイのフォロー及び説得に励んでいる。……本当によくやってくれていると、心からそう思う。彼女と同室であるゼファーは殊更だ。なんでも昨日の夜から既にあの有様だったらしいのだから。

 

 

「何の武器も持たずに山に登るとか正気じゃなイ……! 日本人はこれだけ豊かな自然に囲まれているのに恐れという物を知らないのカ……!!」

 

──という事らしい。逆に聞きたいのだが、アイルランドもといケルトの民族は山に登る時は武器を常備しているのだろうか。

 

 

(本気で獣を恐れるのなら、武器を持つより獣に遭遇しないように務めるべきじゃない?)

 

ラブリイを除くチーム全員が似たような事を思い浮かべていたが、ここで下手なことを言うと戦士の一族である事に誇りを持っている彼女にとって侮辱と捕らえられかねないから空気を読んで黙っているのだった。

 

 

「何度も言うけど、確かに登山はするがそれがメインじゃないからな? 標高が高く酸素濃度が低い場所で運動をすることで身体の体幹の強化を計ったり、普段はしないトレーニングをして馴れやマンネリを解消したりするのが目的だ。自然と触れあう事で精神的なリフレッシュ効果を狙ってもいる」

 

「健康は勿論、美容にも凄く良いって学術的な論文も数え切れないぐらい出てますよね。‘美容登山,なんて女性向けの物までありますし」

 

近代では山中の整備が行き届いて登りやすくなった場所が増えただけではなく、山小屋やキャンプ地の設備も充実していていたり、初心者向けのコースが作られたりと、完全な初心者でも無理なく登山を楽しめる要素が増えた事も起因しているだろう。ロープウェイやケーブルカーが設置された場所も随分増えたと前に聞いた事がある。

 

 

「詳しいな。まぁお前達にやって貰うのは登山というよりは‘山を利用したトレーニング,だ。ゼファーとフラワーも言ってるけど、そう身構える事なんてないぞ?」

 

「そう、なのかもしれないガ……」

 

不安そうにそう言って、座席に座ったまま俯くシンコウラブリイを見て

 

 

(こりゃダメだな、このままじゃとてもまともなトレーニングになりそうにない)

 

そう判断した柴中は、当初の予定を変更する同意を得るべくニホンピロウイナーへ声を掛けに行くことにした。

 

 

「ウイナー、ちょっと良いか?」

 

「……なんだ」

 

「ラブリイの精神状態が予想以上に不安定だ。このまま予定通り登山をしたら不慮の事故が起きかねないから、一番最初に屋敷の方へ向かいたい。兎に角、少しでも落ち着いて貰わないと」

 

折角リフレッシュを兼ねている合宿なのに、このままではモロ逆効果だ。せめてあれ(・・)を見せて「ここなら大丈夫そうだな」と思って貰わなければ強化合宿どころの騒ぎではなくなるかもしれない。「……良いだろう」と、ウイナーは声を高らかにバスの運転手へ命じる。

 

 

「これより予定を変更する。目的地を登山道入り口近辺の駐車場から、我が居城の一つへ。それから爺に連絡してリラックスルームと酸素カプセルの用意をさせておけ」

 

「了解いたしました、ウイナー様(・・・・・)

 

即座に流暢な返事が返ってくる。学園が用意したバスとその運転手とはとても思えないほど丁寧な態度だ。(そりゃそうだろう)と柴中は思う。そもそもこのバスも運転手も、そして今から行くコテージも、全てニホンピロ財閥上層部の息が掛かった物……。要するにニホンピロウイナー個人が所有権を有したり、雇っている者達ばかりなのだから。

 

 

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