ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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強化合宿編 5

 

 

 

「──つーわけで昼食を食い終わったら、食器洗いとゴミの分別をし終わり次第出発だ。急かすつもりは全く無いけど、出来るなら急いだ方が良いかもな。確か、あと一時間ちょっとで小学生のボーイ・ガールスカウト達が山小屋(ここ)を使う予定になってるらしいから」

 

仙丈ヶ岳山頂近辺にある山小屋で早めの昼食を摂りながら、チームステラの面々に今後の予定を話す柴中。「食べながらで構わないから聞いてくれ」と言っていたが、やはりトレーナーのする話しとあって既に話しを聞き終えているウイナー以外は時折スプーンを動かす手が止まってしまっていた。

 

 

「それで無事山道入り口まで下山したらバスが待っていてくれている筈だから、それに乗ってトレーニング施設まで帰る。お前らも無事に帰ったら支度を済ませた奴から風呂に入ってくれ。リュックや荷物の整理は後で構わない」

 

「……よもやとは思うがトレーナー。まさか今日の訓練はそれで終いカ?」

 

中々に不満そうな表情でラブリイが言う。無論、柴中も彼女が言わんとするところは分かっている。──単純に足りない(・・・・)のだ。

 

普通の人間基準であれば3000m級の山に登ったら例えどれだけ楽なルートを選んだとしても、下山する頃には疲労困憊の状態になっているだろう。ピンピンしていられるのは山を知り尽くした一流の登山家か、地獄の訓練を受けた自衛隊などのレンジャー部隊ぐらいだ。

 

……が、ウマ娘は違う。彼女達は人間を遙かに超越する膂力と体力の持ち主だ。ウマ娘レースなどで持てる全力を尽くして運動した時は話が別だが、人間基準で‘キツい,運動をさせても殆どが涼しげな顔をしている。ウマ娘基準で‘キツい,訓練とは、人間にとって‘どう足掻いても無理,レベルのそれになるのだ。具体的に言うと、50トンはあるかという超大型ダンプカーのタイヤを縄で括り付けて砂浜で曳いたり、バイクや車と何時間も併走(当然だが人間基準のスピードでは無い)し続けたり、神社お寺などの石段を兎跳び(積量搭載)で何回も上ったり……。

 

あくまで中央トレセン学園のウマ娘がするトレーニング基準だが、そのレベルのトレーニングをしてようやく彼女達は『キツい、でも身体が鍛えられている』と感じる生き物なのである。走るスピードこそ大きく劣るが、それ以外のほぼ全てのフィジカル面で普通のウマ娘を上回る北海道特有の‘ばんえいウマ娘,などは更に顕著だ。今回の登山も‘山,という土地でさえなければ、運動量その物は彼女達にとっては『大した事ないかな』程度のそれでしかない。

 

 

「す、凄いですねラブリイさん……。だけじゃなくて皆さんも。まだまだ余裕が有り余ってそうで……」

 

「──! あ、いや待テ。……その、なんダ。別にお前が付いてこられていないとカ、足手纏いになっているとカ、そういう事を言いたいのでハ……」

 

「……ふふっ。すみません、大丈夫ですよ。私もそういう意味で言ったんじゃありませんから」

 

(ちょっと言い方が不味かったかな?)と誤解を与えたことに内心反省しつつ、ゼファーはフラワーとアケボノ特製のスパイスカレーを頬張る。──やはり辛い、だがとても美味しい。数十種類のスパイスの香りが鼻腔をこれでもかとくすぐり、複雑かつ大胆で奥深い味わいが波のように舌に押し寄せてくる。この短時間でこれ程までのカレーを作れるのだから、やはり二人の調理スキルは図抜けていると言って良いだろう。

 

 

「いえ、流石にあの時間でこの味と香りのカレーを一から作るのは流石に難しいです。……あ、お水のお代わりお注ぎしますね?」

 

「この山小屋の名物がすっごくボーノなスパイスカレーでね? 調合された特製スパイスや、下処理し終わった材料を分けて貰ったんだー! おかげで色々楽できちゃった!!」

 

「なるほど、そういう事でしたか」

 

二人が謙虚にそう言うので無難に話しを合わせるが、今日初めて使うだろう他人の手で調合されたスパイスの持ち味を遺憾なく発揮させられている辺り、やはり二人の腕は相当な物ではないだろうか。特にヒシアケボノはトレセン学園を卒業後、調理師専門学校に通って本格的に料理人の道を進むのではないかともっぱらの噂だった。

 

 

「話を戻すけど、残念ながらラブリイの言う通り、今日のトレーニングはそれで終いだ。夕食を摂った後は自由時間だけど、就寝時間になったら早めに寝て明日に備えるように」

 

故に、施設に戻ったら何か追加でトレーニングがある筈だと考えていたラブリイは、本格的に眉を潜めだした。‘登山,ではなく‘山籠り,を修行としてこれまで行なってきたラブリイにとって、ここまでのそれは‘トレーニング,と言うより‘レジャー,であるという認識の方が強かったというのもある。

 

 

「トレーナーがそう言うのであれば従うガ……。自由時間に追加でトレーニングをしても構わんのだろウ?」

 

だからこそ、彼女は足りないと感じる分を自由時間を用いた自主トレーニングで補おうとしたのだが──

 

 

「ああ、良いぞ。──お前にその元気が残ってたらな(・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

「…………?」

 

「ゼファー、ラブリイ、フラワーの三人以外は前にもやったからもう分かってると思うけど……」

 

意味深な言葉を放つ柴中に、ゼファー、ラブリイ、フラワーの三人が脳裏に「?」マークを浮かべ、逆にアキツ、ルビー、カレンチャン、ヒシアケボノの四名は「ゲ」と言いたげに顔を顰めだした。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってよお兄ちゃん! カレン、去年やった時に「もうやりたくなーい!」って言ったじゃない!!」

 

「……個人的に中々意地が悪いトレーニングだと思うぞ、あれは。……陛下と貴様がやると決めたのであれば従うが」

 

「……ダメですわね。何か緊急で行なうべき予定は無かったかと予定帳を見返してみましたが、何もありません。そもそも合宿に入る前にそういう事になりかねない雑務は殆ど片付けてしまっていましたわ」

 

「むむむ……。せめてみんな一緒だったら違うのになぁ……」

 

誰から見ても明らかな程に様子がおかしい。四人の言の葉を統合して考えるに、何かあの四人のメンタルをもってすら‘キツい,‘やりたくない,と思うような「何か」があるようだった。

 

 

「……直球にお聞きしますけど、一体何をするおつもりなんです?」

 

置いてきぼりになりつつある三人を代表してゼファーが聞く。

 

 

「──なんの事は無い、ただレースをするだけだ。……少々特殊なルールを用いはするがな」

 

既に自分の食事を終えて、優雅にコーヒーを嗜んでいるウイナーが柴中の代わりに答えた。

 

 

「レース……ですか?」

 

「そ、レース。あと俺は一言も皆でバスに乗って帰るとは言って無いぞ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「……!」

 

「バスに乗って帰るのは俺だけだ」

 

ゼファーは一番最初に柴中が言った言葉を思い出す。

 

『無事山道入り口まで下山したらバスが待っていてくれている筈だから、それに乗ってトレーニング施設まで帰る』

 

……確かに柴中は‘皆で,とは言ってなかった。──そしてアキツたち四人の言の葉から推察するに……。

 

 

「レースで勝負をして、一定以下の順位になった人は施設まで走って帰る……とかでしょうか?」

 

「中々に良い考察だが違う。惜しいな、花姫よ」

 

(あ、違うんだ)

 

フラワーと似たような事を想像していたゼファーだが、どうやら違ったようだ。だがレースに使えそうな道など、この近辺にある訳が──

 

 

「施設まで走って帰るのは柴中以外の全員だ(・・・・・・・)。具体的に言うと──」

 

ウイナーと柴中の話を詳しく聞いている内にゼファーたち三人も、下山後にやろうとしている事がかなりハードな物だと理解し始める。二人の説明を簡略的に纏めるとこうだ。

 

 

「一」 下山後、ウマ娘専用レーンがある道に出てから施設までの道路を使ってレースを行なう。

 

「二」 最終的なゴール地点は施設で確定しているが、走る道は全員バラバラな物を使う。

 

「三」 休憩は各自の判断で自由にして構わない。ただし、スマートフォンやその他電子機器などの使用は禁ずる。(連絡の取り合いやSNS、位置情報探索機能などを用いた相手の位置の把握を防止や、その他便利機能の使用を防止する為)※ただし、何か緊急事態が発生した場合は例外とする。

 

「四」 結果下位三名は、明日の早朝トレーニングに用いる道具の準備を行なう。

 

 

要するに帰り道を利用した長距離走トレーニングで、それ自体は珍しくも何とも無いのだが、ルール「二」と「三」がかなりキツい。全員バラバラの道を使って帰ると言うことはつまり──

 

 

「競い合うべき相手が見えない(・・・・)。数十キロにわたる長距離を独りで走り抜かなければならない(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

みんなは今どの辺りを走っている? 今自分の順位はどの位なんだ? 果たして休憩している時間はあるのか?

 

長距離を走るのも相手と競い合うのもよくあるトレーニングだが、それらに『相手の位置が全く把握出来ない』という要素を組み合わせることで、逃げや先行策を取るウマ娘がよく陥る思考にも似ているそれを簡易的に再現しつつ、各々の精神力、判断力、そして総合力を鍛え上げるトレーニング。

 

 

「……なるほど、想像するだにキツそうですね」

 

ゴクリ──と、フラワーは思わず唾を飲んだ。なんの変哲もないただのマラソンに‘競争,という要素を追加しただけの物……。それだけでかなり精神的にクるトレーニングと化しているのが分かる。肉体的疲労、精神的疲労だけではなく、脳の疲労も顕著な物となるだろう。『長距離レースは総合力の勝負だ』とは歴戦のトレーナーである六平(むさか)の弁だが、それを直に体感する事が出来るトレーニングというわけだ。

 

 

「確かに我らが狙うのは2000m以下のレースだが、だからといって体力(スタミナ)や総合力の強化を疎かにして良い訳が無い。むしろスプリント・マイルに特化しているからこそ、こういう時に普段はやらないトレーニングをしなくては」

 

「別に毎年してるって訳じゃないけどな。恒常化するとマンネリ化して、お前達に対策立てられたりするかもしれないし。あと一昨年の合宿は孤島でやったからそもそも出来なかったし」

 

ウイナーと柴中の説得で諦めが付いた(納得がいった)のか、アキツテイオー以外の三人は浅く溜息を付いた。……どうやら彼女達は去年のそれで散々精神的に参ってしまっていたらしい。

 

 

「……まぁ、確かにお二方の言う事の方が正しいですわ。仕方ありませんね。華麗なる一族として、せめて下位三名には入らないようにしませんと」

 

「‘マラソンは自分との勝負,ってよく聞くしカッコいいとも思うけど、やっぱりボーノはマラソンはみんなで一緒に走りたいなぁ……。‘そういう所が弱さに繋がりかねないから治してね?,って事なのかもしれないけど……」

 

「カレンはどっちかっていうと、後でウマッターで呟く時に写真が添付出来ないって方がアレなんですけどね。あとその時の臨場感だとか、直向きに頑張るカレンの可愛さをすぐに伝えられないのが……。ねぇねぇお兄ちゃん、お兄ちゃんが危惧しているような使い方は絶対にしないから、写真だけでも撮らせて? おねがーい♪」

 

「諦めろ。トレーナーはまだ兎も角、陛下と私が認めん。平等性に欠けるからな。精々貴様の記憶力と総合力、それから文章力に期待しておけ」

 

四人が帰りの事を考えて覚悟を決めた表情をしだしたのに対し、シンコウラブリイはようやっとその笑みを愉快そうな物へと変える。柴中の説明に存分に納得がいったらしかった。

 

 

「要するに山を下りてからが本番と言う事カ……!」

 

自然と触れ合う事である種のリラックス効果を得るというのも決して嘘ではないだろうが、ほどほどに体力を消耗させつつ、土地勘が無い自分達をなるべく施設から遠くの方に行かせる事がこの登山の真の目的なのだろう。これならば立派に‘トレーニング,と言える物になりそうだと、シンコウラブリイは今日一番楽しそうに笑う。

 

 

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