ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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外伝 約五ヶ月後の休養寮

 

 

「う゛ぉぇえええ……」

 

ダートコースに膝を突いて、過労からか吐き気を催しているそのウマ娘を見て、休養寮のジムトレーナーを担当している清瀬はつい五ヶ月ほど前に本校へと転校していったあいつ(・・・)を思い出し「はぁ……」と軽く溜息を付いた。彼女の‘先天的持久力発達障害,とは異なるがこの娘もまた、自身の体力にハンデがあるウマ娘である。

 

 

「たっく……。無理に自分の限界を超えた距離を走ろうとしない! 特に今は夏真っ盛りなんだよ? 定期的な水分とミネラルの補給を欠かさない! こんなこと、そこらの小学生でも知ってるスポーツ科学だからね!!」

 

同じくターフを使っている他のウマ娘達の邪魔にならない位置へ彼女を移動させて仰向けに寝かせると、まずは脈と体温それから呼吸を確認。それが終わったら冷やしたペットボトルを両脇と足の付け根に挟ませて排熱を促す。苦しくともゆっくり息をするよう、声で指示をするのも忘れない。彼女自身の体力も心配だが、それ以上に怪我や病気に直結しかねない要素をまず排除しなくては。

 

 

「す、すみません。ありがとうございます……」

 

寝っ転がったまま礼を言われるが、なんのことは無い。それこそあいつがいた時は似たような事を何十回何百回と言ってきたのだから今更である。清瀬は一つ一つの部位に対するコツ(・・)を口頭で説明しながら、実際に彼女の身体を解きほぐしていく。

 

 

「本気でそう思ってんならまず無茶をしない。次に自分の身体の事をよーく知っておきな。んで、最終的に体質を治してとっとと本校(向こう)に転校してくれれば最高だね」

 

「えへへ……」

 

ぶっきらぼうで強気な態度と口調。それが子供達の面倒を見る教師に向いている性格かどうかは分からないが、少なくとも休養寮のウマ娘はその殆どが清瀬の人柄とその隠しきれない善性を感じ取っている。最近は以前にも増して休養寮のウマ娘一人一人の病気や異常体質と向き合うようになったと、院長である遠藤もどこか誇らしげだった。

 

 

「──はい、これでどうだい?」

 

「信じられないぐらい軽くなりました。本当にありがとうございます!」

 

ブンブンと腕を回して回復に至ったことをアピールするそのウマ娘に、清瀬は半ば呆れたような表情で再度警告を促す。

 

 

「良いかい、はしゃぎ過ぎるんじゃないよ。どうしても負荷の掛かるトレーニングがしたいのなら、誰かと一緒にやりな」

 

「はい! ありがとうございました!!」

 

もう一度お礼を言い、タタタタッ──! と軽い足取りでターフの方へと戻っていくそのウマ娘を見て、清瀬はやはり数ヶ月前に本校へ転校していった彼女の事を思い出す。彼女もこういう風に何度も何度も自分に世話を焼かせてくれた物だ。それでいて何のこだわりだったのか、どんな形の物であれレースには参加しようとしなかった。勿論ちゃんとした理由があったのだが、清瀬はそれを知らない。

 

 

(……どうせ今も‘頑張って’るんだろうさ、あんたは)

 

どこか遠くの方をみやりながら想う。……きっと今頃は強化合宿の真っ最中だろう。どんなトレーニングをやらされているかは知らないが、それが何にせよ、彼女はいつも通りに‘頑張る’に違いない。……ちょっとした無茶をしてでも。いつか夢の先へと辿り着く事が出来るようになるまで。

 

 

「清瀬ジムトレーナー!!」

 

「今度は○○ちゃんがー!」

 

慌てたように自分を呼ぶ声がして、清瀬はそちらを振り向いた。こうも忙しくては少し黄昏れる暇も無い。「今行くから待ってな!!」そう大声で叫び返し、必要になりそうな物をバックから取り出すと、清瀬は駆け足で現場へ急行する。

 

 

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