明日の更新ですが、皆様の意見を統合して、これまでの文章の誤字脱字を直すと共に、より読みやすく投稿しなおしたいと思っています。
それと、アンケートに‘毎日投稿’と‘読みやすい文章量’のどちらが良いかを追加しました。今後の更新に関わりますので、これにもご協力していただけると幸いです。
「……予想どおりっつったら予想どおりなんだけどさ、お前ちょっと幾ら何でも早すぎないか?」
南アルプス付近の町にあるウマ娘トレーニング施設。今回のマラソンのゴールであるその場所で、柴中は当然の様に一番最初に戻って来たニホンピロウイナーを見て半ば呆れながらそう言った。普段と比べたら割と疲弊した表情をしているものの、全体的にはまだ少し余裕がありそうな気がする。‘マイルの皇帝’の呼び名の通り、彼女がその本領を発揮できる距離は1000~1600の短距離であり、十数キロにも渡る距離を走れるような体力は無い。
「……ああ。身体の調子が良かったとはいえ、私としても予想以上のタイムではある」
……が、相手が全員スプリンターもしくはマイラーで、尚且つ全力疾走を必要としないマラソンであれば話は別だ。自分のペースを保って無理なく永延と走り続けるのであれば、今までの経験やこなしてきたトレーニングの量こそが物を言う。あとはこの辺りの地形や地理をどれだけ把握しているかというのもあるだろう。いずれにせよ、ウイナーにとって有利なレースだった事は明らかだ。
「だが期待以上ではない。‘ステイヤー’に脚質を変質させる気はサラサラ無いが、せめてもう少し余裕を持って走りきれるようにならねばな」
夕焼け色に染まりつつある空を見やりながらウイナーは言う。より高く、より強く。夜空に煌めく星々のそれとなりて、いつか運命を切り拓く為に。
「私は‘開拓者’‘マイルの皇帝’
「……はいはい。走り続けられる限り邁進するつもりで実に結構。それでこそ、お前のトレーナーになったかいがあったってもんさ」
実に愉快そうな、楽しそうな声色で柴中は言った。……眼を閉じれば昨日の事のように思い出すことが出来る。
ハァアアアア……!
他の誰よりも堂々と胸を張り、決して揺るがない強さをもって、誰もやろうとしなかった事を成し遂げようとしていた彼女の事を。
たぁあああああ──!
後に‘マイルの皇帝’と呼ばれるようになるウイナーとの出会いはそう──
やぁあああああああ──!
「──ん?」
気合が入った複数のかけ声が正門の方から聞こえてきたような気がして、柴中は回想を中断してそちらの方を見た。案の定、あまり時間を置かずにアキツテイオー、ヤマニンゼファー、ヒシアケボノの三人が開け放たれた正門から敷地内へと飛び込んでくる。
「おおっと」
それはもはや「マラソン」と呼べるような物ではなかった。三人ともレース終盤さながらの声を出して全身から最後の力を振り絞り、スパートを掛けている。
「ハァアアアア……!」
現在先頭なのはアキツテイオーだが、最後の末脚勝負となると逃げウマ娘である彼女は少々分が悪い。差を詰められれば詰められるほど不利になるだろう。
「たぁあああああ──!」
二番手はヤマニンゼファー。経験から考えても体力的に考えても一番不利な彼女だが、魂を振り絞るかのような最後の粘りは中々の物だ。事実、先頭のアキツテイオーとの差は確実に縮まっている。
「やぁあああああああ──!」
殿のヒシアケボノだが、体力的には一番余裕がありそうだった。自慢の末脚を発揮させて、グングンと前方の二人に迫りつつある。
本番のレースさながらのデットヒート……と呼ぶには少々スピードが遅すぎるが、三人の表情は迫真そのものだ。ほんの少しでも早くゴールするべく、疲弊しきった身体にムチを打って全力で走っている。──そして。
「──はい、お疲れ」
殆ど同時にゴール板を駆け抜けた三人へ柴中が声を掛ける。三人とも完全に疲弊しきっているし、ゼファーに至っては半ば正気を失ったような表情をしていたが、それでも三人の眼は「着順は?」と柴中に聞いてきていた。
「アキツ、アケボノ、ゼファーの順。アキツとアケボノが1バ身で、アケボノとゼファーがアタマ差だったな」
誰も、何も言葉を発しないが、とりあえずアキツテイオーの表情はホンの少し綻び、ヒシアケボノとゼファーは無念そうに眼を閉じる。本番は愚か模擬レースですらないトレーニングの一貫とはいえ、やはり何か思う所があるのだろう。
「──もっと何か出来た事は無かったか──か?」
柴中の横に立っていたウイナーが、地面に這いつくばる三人──主にゼファーとアケボノの方──を見やりながら言う。
「…………」
「いつも言っていることだが、敗北を喫した時にそういう後悔を抱くこと自体は全く構わん。──が、それに駆られるのだけは止めておけ。脚と心を鈍らせる雑念になるぞ」
例えどんな結果になろうが‘反省’は必要不可欠であり、後悔は己をより強くする重要な要素となり得る。しかし、それに心を縛られてしまえば逆に脚が鈍る。心に迷いや鈍りが生じるからだ。──『本当にこれで良いのか?』──と。
「──いいえ」
──ハッキリと、確実に断定するような力を込めて、ゼファーは言った。疲れ果てた身体にもう一度ムチを打ち、フラフラとした頼りない足取りで無理矢理その身体を立ち上がらせる。
「大丈夫です。反省も後悔もありますが、‘残悔’はありません。……私は、今の自分が持てる全てを出し切ったと断言できます」
「……ほう」
ウイナーは感心したように呟く。実際、ゼファーは悔いが残るような走りをしたつもりは無い。これほどまで長距離のマラソンをするのも、それにレースを絡めたのも初めてだが、今の自分が持てる全ての走りと知識をもって完走する事が出来た。例え一着になれず無様に敗北し、今にも倒れそうなほど疲労しようが、それだけは無いと断言できる。
だって相手の位置や現状が全く分からないのであれば、駆け引きや位置取りに意味がないのであれば、出来る事は
「ボーノ……。すごいなぁ、ゼファーちゃん。なんていうかこう……うん、凄くボーノなの!」
彼女は本当に、持てる全てを出し切ったのだろう。休息などを含め、きっと全てにおいて‘ベストを尽くした’に違いない。その姿勢が凄く眩しく、そして尊く見えて、ヒシアケボノは心からの称賛を口にした。
「い、いえ! その、私がそういう質をしてる──ってだけなので……」
「……それが生来の物であるというのなら、より一層誇るべきだ。その姿勢と心持ちはいつかきっと、お前を栄光ある勝利へと導くだろう」
アキツテイオーも賛同する。ああも力強く‘一切の残悔は無い’と言う事の出来るウマ娘が、果たして中央でもどれだけいる事か。
「……どうやら貴様には不要な忠告だったようだな」
どこか不満そうな声色で、しかしてその表情を妙に綻ばせて、ニホンピロウイナーはそう吐き捨てたのだった。
「──よ、お疲れ」
「お、お疲れさまです……」
「……大丈夫か?」
柴中は結果として7着でゴールしたニシノフラワーを労う言葉をかけた。ゼファー達三人がほぼ同時にゴールしてから、大体十数分後の事だ。‘天才少女’と謳われる彼女も孤独な長距離マラソンには流石に堪えたのか、他の面々と同じくいつもより疲弊した表情を見せている。息も苦しそう──というより、辛そうだった。飛び級で中央トレセン学園へ入学を許可された、実年齢小学生の彼女にはまだこのトレーニングは早かったかもしれないと、柴中は内心で若干の憂いを見せる。
「……だ、大丈夫です。その……ちょっと張り切り過ぎてペースを乱しちゃっただけですから……」
「んー……」
嘘を言っている様子は無い。しかして全ての真実を話している様子も無い。フラワーが何かを隠しているのはすぐに分かった。ちょっと真剣に彼女を‘視,れば何が起きたのか分かるかもしれないが、それは色々な意味で嫌である。
「……トレーナーさんの目から見て大事無さそうなら、良いんじゃないでしょうか」
「ゼファー」
アキツテイオーとヒシアケボノと一緒にクールダウンの真っ最中だったゼファーが声を掛けてきた。流石にある程度まで体力が回復したのか、もう先ほどのようなふらついた足取りはしていない。
「あくまで個人的な完走ですが、少なくともフラワーさんに残悔があるようには見えません。『やれるだけの事はやった』──そういう顔をしていると思います」
8人中7着という‘結果’には当然悔いがあるだろうが、その‘過程’としてフラワーが満足のいく、納得のいく選択をしたのであれば、これからの夏期合宿にも憂いはないだろう。
(それにほら、私達は仮にもウマ‘娘,ですから……。大人の、それも男性の方には言いづらいようなことかもしれませんし)
(む……)
ボソッ──と柴中の耳元で小さく呟く。フラワーからそういう事があったような気配はまったくしないし、ぶっちゃけゼファーの気遣いだろこれと即座に看破した柴中だが──
(……まぁ、確かに後々問題になりそうな理由じゃあないだろうし、良いか)
踏み込みすぎて何かあるわけでもない。そも、本当に柴中が動かなくてはならないような事態が起きたのならば、戻って来た彼女を視てスグに見抜けている筈だ。
「──それもそうだな。んじゃ、フラワーも呼吸が落ち着いたらクールダウンに加わってくれ。2,3,4位のテイオーアケボノゼファーのクールダウンがそろそろ終わる頃だから、お前は5.6位の──」
ゼファーの意見を聞き入れた柴中が、改めてフラワーにクールダウンの指示を出そうとした時だった。「ルルルルルル!」と、緊急時にしか鳴らない筈のウマウォッチの着信音がけたたましく鳴り響く。
「…………」
その場になんとも言えない緊張が走った。現在この場にいない、つまりゴールしていないのは最下位が確定しているあのウマ娘のみ。「彼女にしてはちょっと遅いな」と若干思っていた柴中だが……。
「もしもし。俺だ、一体何が──」
1コールだけ間を置いてから、緊張感を微塵も感じさせない声色で電話に出る。……それからスグに「──はぁ!!?」と驚愕の表情で大声を出す事になるとは、流石に思っていなかった。