「本当にありがとうございました!!」
開口一番にそう言われてしまうと立つ瀬がなくて、柴中は苦笑いを浮かべた。彼女のトレーナーとしても保護者としてもだ。事情は大方把握しているが、それで自分が礼を言われるのも何か違う気がするからだ。しかしそんな柴中の心情を汲み取れなかったのか、あるいはまだパニック状態にあるのか、中年の男性とその妻であろう女性はもう何度目になるかも分からない感謝の言葉を述べる。
何度感謝の言葉を述べても足らない──恐らくそんな心持ちだろう。
「気にするナ、大事にならなくてなによりダ」
「……ラブリイ。お前、大丈夫なのか?」
「ああ、大事は無イ」
河原に立てられたテントの中で‘その娘‘──年端もいかない人間の娘と一緒にいたラブリイが柴中の声に反応して出てくる。一緒にテントの中から出て来たその娘にジャージの裾を掴まれたまま、ラブリイは柴中に対して深く頭を下げた。
「心配を掛けてすまなイ、トレーナー。戦士として、度を逸した単独行動は厳罰対象ダ。あとで陛下ト──」
「いや、それはもう良い。お前もその娘も無事で良かったよ」
一見してラブリィに問題がなさそうで、柴中はホッと胸をなで下ろす。──いくら人間と隔絶した身体能力を持つウマ娘とは言え、大自然のそれとは比べ物にならない。それを承知の上で、ラブリィは親とはぐれて川で溺れかけている女の子を助ける為、一切の躊躇無く川辺へと降りて激流の中へ飛び込んだという。
「お前は全部承知の上で人助けをしたんだ。ならもういい、俺から言う事はなにも無いよ」
「……そうカ」
瞳を閉じて、自分のした行動を思い起こすラブリイ。‘あの娘を助けなければ’という善良な想いなど無かった。ただ身体と心が意識を置き去りにして勝手に動き出していたのだ。結果として大事になることはなかったが、誇り高き‘戦士’であるラブリイにとって
「……あのね、お姉ちゃん」
──だから。
「なんダ?」
「私ね、私もね! お姉ちゃんみたいになりたい!!」
「…………」
「私もお姉ちゃんみたいな‘戦士’になって、困ってる誰かを助けるんだ!!」
「…………そうか」
──こうして言葉にされて、初めてラブリィは自分がどういう行動をしたのかを理解する。
「なラ、私みたいになるのは止めておケ」
「──え?」
そっと、優しく突き放すように。少女の抱いた憧憬を傷つけないように、ラブリィは慎重に言葉を選ぶ。
「お前の言うそれは‘英雄’と言う物ダ。弱きを助け、強きを挫く者ダ。規律や誇りを重んじる‘戦士’とは違ウ」
「お姉ちゃん……」
戦士である事を心から誇りに思っているラブリィだが、目の前の少女に誤った憧憬を焼き付けさせる気は無い。今回は身体が勝手に動いてしまったし、トレーナーも許してくれたが、やはりラブリィは‘戦士としては’あまり良くない事を──独断先行をしたと今でも思っている。
半分位何を言っているのか分からないと言いたげに、少女はラブリィの服の裾を掴みながら彼女を見上げる。ポンポン──と、ラブリィは軽く叩くように少女の頭を撫でた。
「──お前の中に芽生えたそれガ、いつか強く大きく花開くことを祈っていル」
「──そうか、ならば良い」
柴中からの報告を聞き終えたニホンピロウイナーは、小さく息を吐いた。かなり小さい物だが、それは間違いなく安堵の溜息だ。「──ああ。ああ。……ではな」それを最後に、ウイナーは通話を切る。
「……あの、ウイナーさ──陛下」
「……ゼファーか」
心配そうにこちらの様子を伺っていたヤマニンゼファーが意を決したように声を掛けてくる。トレーニング施設は玄関口に当たる、ただっ広い受付ロビーだ。高級ホテル顔負けの立派なそこで、二人は話しを再開する。
「ラブリイさんのご様子は?」
まずはとばかりにゼファーは質問を口にした。聞きたい事は色々あるが、まずなによりもチームメイトでありルームメイトでもあるシンコウラブリイの安否だ。
「安心しろ、問題は無い。……色んな意味でな」
「そうですか」
「はぁーっ……」と、ゼファーはウイナーのそれとは比べ物にならないほど大きな溜息を付く。……心配だった。心配だったのだ。ラブリイから緊急通信で‘川で溺れかけていた娘を救助した’と連絡が来た時はチームステラの面々は勿論、柴中も驚愕の声をあげてしまってた。
「奴も、奴が助けたという娘も大事なし。……まぁ、それでめでたしめでたしとはいかんがな」
ラブリイ本人が自覚している通り、如何に人命に関わる緊急事態であったとはいえ、彼女は己の判断のみで激流の中に身を投じたのだ。結果的に両名とも無事だったが、下手をすれば二次災害が起きていただろう。
「奴にはこちらに帰還次第、罰則を兼ねて明日のトレーニングの準備の大半をさせてやる。絶賛労働中の
「……ええ。分かりました」
ニッコリと、当然の様にゼファーは頷いた。今回シンコウラブリイがした事の善悪はさておき、チームのリーダーであるウイナーの‘罰則を与える’というのは残念ながら当然の判断だと思ったからだ。重度のお節介焼き(自覚してあり)であるゼファーは、誰かを助けた結果として自分が損をするという事例を幼い頃から何度も経験している。
──そう
「──ああ、そうそう」
その場から立ち去ろうとしたウイナーに、ゼファーから声がかかる。
「……なんだ?」
「私、実はちょっと急に忘れっぽくなる時がありまして。もしかしたらお二人に陛下の言葉を伝えるのを忘れてしまう可能性があるんですけど──それでも構いませんか?」
──だからこそ、ゼファーはウイナーの言葉の裏に隠された意図をシッカリと汲み取る事が出来る。皇帝として直々の勅命を下すのではなく‘お前の口から伝えろ’とはつまり──
フフッ──とホンの少しだけ口元を緩めたウイナーはただ一言「──好きにしろ」と満足そうに口にして悠々とその場を立ち去る。