ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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風が吹くまで 3

 

 

「……ふぅ」

 

精神統一をする時のコツは‘考えないこと’ではなく‘一旦置いておくこと’らしい。教本で学び、実戦してみるとなるほど実に効果的だ。余計な雑念が削ぎ落とされ、自分の神経が研ぎ澄まされていくこの感覚が好きで、ダイイチルビーは積極的にこのトレーニングを組み込んでいる。

 

なにより‘ヘリオス(あの馬鹿)’と一時的とはいえ交流を絶てるというのが素晴らしい。正しく太陽のように燦々と輝き続けるヘリオスにとって、正座をしたままただジッ──としているというのは酷く苦痛に感じるらしく、こちらから誘っても「むむむ」と散々頭を悩ませた挙げ句、断腸の思いで自分からの誘いを断っているのだ。自分にとっての得意分野がそのまま対ヘリオス対策になっている。なんと素晴らしいことだろうか。

 

 

「よく励んでいるな」

 

「──陛下」

 

トレーニングルームに現われたのは、チームのリーダーでありマイルの皇帝と呼ばれるウマ娘、ニホンピロウイナーだ。なにやら興味深そうな、それでいて嬉しそうな眼でルビーの方を見つめる。

 

 

「高松宮杯に続いてマイルチャンピオンシップでも笑う太陽に敗北を喫した時はどうなることかと思ったが、やはり貴様の精神の気高さはずば抜けているな」

 

彼女の祖母、そして母が現役時代に制した、親子3世代制が掛っていた高松宮杯。2大マイル戦の覇者となれる筈だったマイルチャンピオンシップ。そのどちらもダイタクヘリオスに敗北し、苦汁を舐める事になったダイイチルビーだが、レース前もその後も、彼女に変わった様子は無かった。いつも通りの気高さで、いつも通りの平常心(対ヘリオスを除く)で、普段通りのトレーニングを続けていた。

 

 

「お戯れを。確かに高松宮記念でもマイルチャンピオンシップでもヘリオスに敗北を喫しましたが、私は至高の紅玉。夢を打ち砕かれた程度(・・・・・・・・・・)で落ち込んでいる暇などありませんから」

 

「半分は否定せんが半分は虚実だな。貴様は落ち込んでいる。親子三代の制覇が掛った高松宮杯でも、2大マイル戦覇者の称号が掛ったマイルチャンピオンシップでもな。その上で気高くあろうとするその在り方こそが素晴らしい」

 

「……本当にそう在れたら良かったんですけどね。今こうしている事自体がそうあれていない証拠ですから」

 

本当に気高く強い精神を持てているなら、そもそも精神統一などする必要が無い(・・・・・・・・・・・・・)。今ルビーがこうして精神統一に励むのも、そうしなければ落ち込んでいる暇が出来てしまうからだった。

 

 

「ならばこそ、一層の精進を期待しているぞ。なにせ次の舞台は──」

 

「二つしか無い短距離GⅠレースの一つ、‘スプリンターズステークス’……必ずや、華麗なる勝利と栄光を」

 

ここで圧倒的な勝利を収め、何が何でも一族に相応しい称号を手にするため、ダイイチルビーは再び瞳を閉じる。

 

 

 

 

 

『さぁスペルオンウッド逃げる! スペルオンウッド逃げる! しかし、ヤマニンゼファーがドンドンと差を詰める! コハクプリンも来ている! 本日最後のレース、レート900以下のこのレースを制するのは──!』

 

──負けられない。それは思っているのはきっと、皆同じ筈だ。

 

勝ちたい。負けたくない。なにがなんでも勝利を納め、次のステージへと進みたい。レースに参加しているウマ娘の数だけそういう想いがあって、でもそれを叶えられるのはたった一人だけだ。──ならば。

 

 

「はぁあああああああああああああ!!」

 

──呑む。呑み込む。風と一緒に伝わってくる想いの濁流を全て飲み干し、それらと一体になって、私は、私は──!!

 

 

 

『スペルオンウッドとヤマニンゼファー! ほぼ同時にゴールイン! これは写真判定になりそうです!!』

 

 

 

 

「お疲れ、ゼファー」

 

控え室でクールダウンを済ませていると、柴中がにこやかな笑顔で中へ入って来た。ゼファーほどではないが、彼も機嫌が良いらしい。

 

 

「良い走りだったぞ、贔屓目無しにな」

 

「そ、そうですか? えへへ……」

 

中山競馬場で行なわれた今回のレースにおいて、ゼファーは見事に勝利を収めた。ホンの僅か、ハナ差での勝利だが勝ちは勝ちだ。これでゼファーのレートは1500……次からは更に格の高いレースに挑める。

 

 

(良いぞ、箔が付いてきた)

 

勝利したのも勿論嬉しいが、柴中が特に「良い」と思っているのがゼファーの体調と体質だった。数ヶ月前まで「もやしっ子」を体現していたとは思えない成長っぷりだ。これならば来年の春までには完治が見込める。体調や体質が改善すれば、より激しいトレーニングが出来るようになる。必然、彼女はこれからもっともっと強くなってくれるだろう。

 

 

ならばこそ、ここで挑ませておこう。一番高い舞台に‘慣す’には良い機会だ。

 

 

二大短距離G1レースの一つ、スプリンターズステークス。この舞台なら、彼女が目指す‘風’を感じる事が出来るだろう。──そう柴中がゼファーに提案しようとした時だった。バァン! と勢いよく控え室の扉が開いて、中にウマ娘が入って来る。

 

 

「お疲れ! 良い走りだったわよゼファー!」

 

「!! ダイ先輩!」

 

ダイユウサク──ゼファーと同じ、休養寮出身のウマ娘だ。

 

 

「これで合計3勝……次は3勝クラスね。空きがあればGⅠにも出られるかも。……レースはどんどん厳しくなる一方だけど、アンタならきっと大丈夫! 自信を持ちなさい!!」

 

「はい! ありがとうございます!!」

 

わざわざ発破を掛けに来てくれたのか、ダイユウサクはゼファーの背中をバンバンと叩きながら激励を送る。ゼファーもそんなダイユウサクの気持ちが分るのか、とても嬉しそうだ。

 

 

「──っと、違う違う。ただ発破を掛けに来たって訳じゃないんだった」

 

「? 先輩──?」

 

ダイユウサクは何か重大なことを口にするように小さく息を吐いて言葉を紡ぐ。

 

 

「ゼファー、私ね、今度のOP戦で勝つ。勝って出るんだ──」

 

 

 

 

 

 

 

「──夢のグランプリ。‘有馬記念’に──!!」

 

 

 

 

 

 

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