‘スプリンターズ・ステークス’ URAが開催しているトゥインクルシリーズにおける、短距離レースの一つだ。
中山レース場で開催される本レースは、短距離のレースにおいてGⅠに格付けされている二つしかないレースの一つであり、短距離戦線を走るウマ娘達にとっての憧れであり、目標である。
グレード制度発足当時はGⅢに格付けされ、その三年後にはGⅡに格上げされた。その後、一年を締めくくるスプリント系の大レースを開催しようとする機運が高まり、去年からはGIに格上げされ、施行時期も有馬記念の前週に移された。
「……とまぁこんな具合っすかね」
そのGⅠ昇格直後のスプリンターズステークスを制した初代王者──バンブーメモリーは言葉を締める。
「はい、とても分かりやすかったです。ありがとうございます」
「ええ。やはり実際にレースで勝利したバンブーさんからのアドバイスは説得度が違いますね。短距離レースはこれまで二度走りましたが、私にとっては今までで
彼女に座学を請うたのはケイエスミラクルとダイイチルビーだ。二人とも今年のスプリンターズステークスに出走を表明しているウマ娘で、ケイエスミラクルは前々走のスワンステークスでダイイチルビー、ダイタクヘリオス、バンブーメモリーといった実力ウマ娘達がそろっている中、レースではダイイチルビーをクビ差抑え切りレーコード記録で勝利したし、ダイイチルビーに至っては既にGⅠ──安田記念を制している。
「いやいや、このくらいお安いご用っすよ。悩める後輩達の頼みっすからね! それにほら、アタシはドリームカップトロフィーへの移籍テストその1で座学の真っ最中っすから、むしろ良い勉強になってるっす」
「……そうですか」
アッハッハ! と軽快に笑うバンブーメモリー。彼女はすでにトゥインクルシリーズからの引退──ドリームカップトロフィーへの移籍を表明していて、現在はその移籍テストへ向けての準備の真っ最中だった。ダイタクヘリオスが勝利したマイルチャンピオンシップが彼女の引退レースとなったのである。
「一番最初に言ったっすけど、気にすることは何も無いっすよ」
二人の内心を見透かすように、バンブーメモリーは言う。
「ドリームカップトロフィーへの移籍テスト期間中だとか、惨敗続きで気を病んでいるんじゃないかとか、そういうのは一切気にする必要無いっす。先輩として当然の事をしているまでっすから」
「それは……」
実際、バンブーメモリーは大敗のことを気にしている様子は無かった。二人がアドバイスを求めに行った時も、喜々として指南役を買ってでてくれたのだ。ある種の遠慮を孕んでいた二人の杞憂を吹き飛ばすように。
「強いて気にして欲しい所があるとすれば……そうっすね」
うーむ。と腕を組んだバンブーは、先輩として当然の事を口にするように言った。
「二人とも、最後まで無事に走りきってくれ──これぐらいっすかね!!」
「お嬢が塩い! マジつらたん!! ソワソワするしムズムズするしなんなのこの気持ちー!!!」
トレセン学園の中庭にある木の虚に向かって、ダイタクヘリオスは叫ぶ。十分。
「ぴえええええええええん!!」
「はいはいどうしたヘリオス、またルビーにこっぴどく振られたの?」
道行くウマ娘達が遠巻きに眺めている中、唯一声を掛けに行ったのが彼女のずっ友であるメジロパーマーだ。ぴえんぴえんと鳴き続ける(誤字にあらず)ヘリオスの背中をさすりながら、彼女は詳しい事情を聞き出す。
「ふんふんなるほど? マイルチャンピオンシップ以降、ルビーの様子がおかしいと」
「おかしいっていうかー……避けられるようになった? 前までは絡めば
「正確には高松宮杯の頃から片鱗はあったんだけどー」とヘリオスは語る。パーマーは「うーん」と腕を組んで
「親子三代での制覇と二大マイル戦覇者の栄誉を阻害されたヘリオスに、今までとは別タイプの苦手意識を持った……。は無いよね多分。あの娘って芯が強いから、大舞台で勝利をかっ去られた~っていう逆恨みをするような娘じゃないと思うし」
「それな! お嬢isストロング!!」
高松宮杯もマイルチャンピオンシップも、あの時のお互いの全てを賭けて戦い合った。そこに余分な物を挟む余地など無く、ただただ楽しくて、幸せで、アガれた瞬間だった。少なくともヘリオスはそう感じた。
「お嬢は自分に負けるような娘じゃないよ」
それだけは、それだけは確かなはずだと、ヘリオスはレース中に感じたルビーの覇気から確信している。
「んー。自分で言い出しといてなんだけど、ならなんで──」
「あの、なにかお困りですか?」
不意に後ろから声を掛けられた。振り返ると、ヤマニンゼファーが困惑したような表情でこちらを見ている。
「ゼファっち?」
「先ほどから中庭の方が騒がしいと風の便りで聞きまして……。そのまま中庭にやって来たらヘリオスさんとパーマーさんがなにやら真剣な表情でお話しされているものでしたので、つい」
「余計なお世話でしたらごめんなさい」と、ゼファーは改めて二人の傍に近寄った。
「そうだ! ゼファーなら何か知ってるんじゃないかな?」
「それ! ねぇゼッファっち! 私最近お嬢に避けられてる気がするんだけど何か知らん!?」
「……なるほど」
そういうことだったかとゼファーは独り言ちる。確かに以前のような騒がしい瑞風が二人の間から感じられなくなっていた。しかして、それは決して寂しいことでも不安なことでも無い。
「ただ単にそういう時期だというだけですよ」
今まで吹いていた風の方向が変わったというだけで、実際は何も変わっていないからだ。確かに高松宮杯でもマイルチャンピオンシップでもルビーはヘリオスに敗れたが、それを切っ掛けにルビーの芯が弱ったり欠けたりしたという事は無いだろう。
彼女の内心──ことの発端と動機は恐らく……。
「大丈夫です。きっとスグ元通りになりますよ」
だから、これはきっとただの杞憂だ。
「そかな? ……そうかも」
「ええ。必ず」
例えどんな事があっても、ダイイチルビーという至高の宝石は砕けない。──砕けない、筈だ。
「……っしゃー! そう思ったらなんか元気出て来た!! パマちん、ゼファっち、まじサンキュー!!」
「私は特に何かしてあげられたとは思えないけど……。うん。ヘリオスが元気になってくれて良かったよ!!」
「よっしゃー! 今から皆で併走しようぜい! お嬢とミラクルも誘ってさ!!」
彼女を心から慕う友がいる限り、太陽も宝石も、その輝きは色褪せることは無いだろうと、ヤマニンゼファーはこの時はそう思っていた。