「……とまぁこんな感じなんだが、どうだ?」
「どうだもなにも、肝心の当人に聞いてみなければ分らん。一応、奴の希望に添えるところは添ったつもりだがな」
「だよなぁ。俺は割と上出来だと思うけんだど……。っと、噂をすればって奴かな」
「失礼します。すみません、ちょっと色々あって遅くなりました」
その日、ヤマニンゼファーはチームステラのトレーナールームに呼び出されていた。この数ヶ月ですっかりチームステラの一員として馴染んだゼファーだが、トレーナー室に名指しで呼び出されるのは久々で、珍しく強張っていた。
「色々とは?」
アキツテイオーが聞く。
「えっと、ラブリイさんと一緒に喧嘩の仲裁をしてたんです。ポッケさんとシリウスさんを慕う方達が、グラウンドの使用時間を巡って衝突寸前だったので」
「あ奴ら……」
「2対2対2のチームレースをして、勝った陣営の方針に従うって事になったんですが……、それにラブリイさんとチームを組んで出走してました」
「一応聞くがどうなった?」
「ギリギリですけど勝てました。ラブリイさんが力を貸してくれたおかげです。みなさん義理堅い人達ですから‘みんなで仲良く使いましょう’っていう方針に従ってくれていると思います」
はぁ……と大きな溜息を付くアキツテイオー。アウトロー同士の諍いなんて興味もないが、それが原因で関係の無い者達を巻き込むのはいただけない。「単に私がお節介を焼いただけですので」とゼファーは言うが、最悪ポッケとシリウスの両派閥から要らない恨みを買ってもおかしくなかった。
「まぁまぁ……。結果として上手く纏まったみたいで良かったじゃないか。──それで本題なんだがなゼファー」
これ以上お説教をする必要も話しを引き延ばす必要も無いと判断した柴中が話を本題に戻す。
「喜んで良い。正式にスプリンターズステークスに登録が完了した」
「!! じゃ、じゃあ──!」
「ああ……ルビーと一緒に殴り込むぞ。俺達チームステラがチームステラたり得る理由を示す時だ」
Qあなたのレースに掛ける想いは何ですか?
始めてそう問われた時、私はスグには答えを示せなかった。悩んでいた訳でもなく、口にするのを怖じ気づいていたという訳でもない。ただ‘私の感覚でしか分らない事’を言葉にすることが出来なかったのだ。
どうすれば良い。どうすれば‘風’の感覚を誰にでも分るように伝えられる。『どこまでも自由な物』というのは簡単だが、それはあくまで‘風’の説明であり‘レースに掛ける想い’ではない。数十分悩んだ末、私は‘私という風を皆さんに感じて貰いたい’と書いた。
ウマ娘の中でもほんの一握りしか入学を許されない中央トレセン学園の更に一つまみ。ホンの数十人にか出走を許されないGⅠレースという高みで、私は──!!
「私、出られるんですね。GⅠレースに」
スプリンターズステークスに出走登録が完了したという知らせを受けて、私の心はこれ以上なく弾んでいた。GⅠレース……GⅠレースだ。グレード制度で最高の、風と共に歩むようになる為には最高の舞台。
よもや本校へ転入してから一年と立たずに出走が叶うとは思ってもいなかった。最低でも一年は準備期間が必要だろうと踏んでいたから。まともに走る事さえままならなかった‘もやしっ子’時代からしてみれば夢のようだ。それもこれも柴中トレーナーやウイナーさんを始めとしたチームの方達や、虚弱体質が良くなるまで根気よく面倒を見てくださった休養寮の皆。応援してくれているファンの方々のおかげ……。どれだけ感謝してもしたりない思いである。
「ああ。と、いうわけでほい」
「それって──!!」
柴中から手渡されたその服をゆっくりと開く。それは見紛うこともなく、私のレースへの思いを反映させた勝負服だった。
ベースにしたのは「クワン・アオ」というベトナムの伝統衣装。パンタロ風のズボン‘クワン・ザオ’と上衣‘アオ・ザイ’を組み合わせた物のことをいう。中国服の影響を受けて成立していて、上衣の両脇に深いスリットが入っていて、そこからズボンが見えていた。色は、クワン・ザオが燃えるような真紅。アオ・ザイが紫がかった蒼で、二極化している。
「わぁ……!」
思わず感嘆の声が漏れる。イメージ通り……否、イメージ以上の出来だ。これなら‘風と共に走る’事が出来そうだと思わせてくれる。もう一つの案である‘風になる’事をイメージした勝負服とどちらにするか最後の最後まで迷ったが、いざこうして見てみると私には……。チーム‘ステラ’の一員である私には、こっちの方が似合っている。そう思った。
「気に入ったようでなにより。……大事にしてくれよ?」
「はい! 本当にありがとうございます、トレーナーさん!!」
深々と頭を下げてお礼を言う。勝負服の事について何度も何度も相談に乗ってくれたトレーナーさんの為にも、この勝負服は大切にしなければならない。
「礼なんて良いって。お前の走る姿に夢を見て、お前の夢を叶えるために勝手に手伝っただけなんだから。お前風にいえば‘勝手にお節介を焼いた’って奴だ」
「誇るが良い。勝負服を着てGⅠレースに挑むことが叶うのは、二千人以上の在籍数を誇る中央トレセン学園の中でもほんの一握りだ」
「はい! でも……」
それで満足はしない。満足など、出来るわけがない。私の目標は
選び抜かれた数十人ではなく、たった一人の勝者にならなければ、その先には進めない。
「今のルビーとミラクルは強いぞ。他のウマ娘達だってそうだ」
「はい! だから私、もっともっと頑張ります!」
ならばこそ、頑張らなければならない。これまで以上に頑張って、先へ先へと進まなければ。そんな決意表明をされた柴中は「そっか」と嬉しそうに呟いて。
「よし! それじゃあ早速トレーニングと行くか!! 着替えてグラウンドに来い、今日は基礎練習をトコトンやるぞ!!」
「はい!」
柴中のからの指示を受け、ヤマニンゼファーは勢いよく部屋を飛び出して更衣室へと向かう。