「さぁ、今年もこの時期がやって参りました。年末屈指の大レースの一つ‘スプリンターズステークス’……いよいよ開幕です!!」
そのアナウンスを受け、わっ! と会場は一気に沸き立った。実況者はこの界隈ではお馴染みの赤坂(姉)アナウンサーだ。秋から冬にかけてのGⅠラッシュ。そのほぼ全てで快活かつ饒舌な彼女の声を聞く事が出来る。
「実況は私、実況といえば勿論姉の方の赤坂。解説は細江名誉トレーナーでお送りします。細江さん、今日もどうぞよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「細江さん早速なんですが、今回のスプリンターズステークス。どのウマ娘に注目していくべきでしょうか」
「そうですね……」
若干言葉に詰まりこそすれど、そこは元中央のトレーナー兼解説者。ズバリ、二人の注目株をあげた。
「ダイイチルビー選手とケイエスミラクル選手ですね」
「おっと、やはりその二人ですか」
「ええ。ケイエスミラクル選手はこのところの数戦全てで調子が良いですし、ダイイチルビー選手は素晴らしい気合の乗り具合です。この二人は注目していて損は無いと思いますよ」
「なるほど。現在パドックにて各選手の挨拶が始まっていますが、ミラクル選手とルビー選手には特に注目していきたいところです」
「……すごい」
ゼファーの口から思わず漏れる感嘆の一言。ウマ娘達が目指す頂点。それを決める為の舞台に──GⅠレースに出走出来たということさえ夢のようだが、現実はそれ以上だった。
声援と共に観客石から伝わってくる、肌を焼くような熱気。パドックに立っているだけで感じられる、ウマ娘達の闘気。それらが混ざり合い、一つになったようにも思える自由な風。……ハッキリ言って想像以上だ。テレビや画面越し、観客席で見ている時のそれとは比べ物にならない。条件戦やOP戦で感じられたそれとは全てが──そう、全てが桁違いだった。
「ふふっ。やっぱりすごいよね、GⅠレースは」
「……ミラクルさん」
あまりの熱気にただただ呆けていたゼファーに、ケイエスミラクルが話し掛けてきた。流石──といって良いのかどうかは分らないが、凄く落ち着いている。
「いや? オレだって緊張してるよ。前回が初めてのGⅠレースだったけど、その時は今のゼファーと一緒で呑まれないように必死だった」
ダイタクヘリオスが勝利した‘マイルチャンピオンシップ’初のGⅠレース出走になったミラクルは奮闘するも三着に終わった。緊張もあったと言うが、見ている限りでは全くそうは見えない。落ち着いていて、穏やかで、どこか儚げな雰囲気を放っているいつものケイエスミラクルだ。
「そうなんですか?」
「うん。けど、誰だってそうだと思う。正しく世代の頂点を決める戦いだからね、GⅠレースは」
「……世代の頂点を決める」
ゴクリ、と唾を呑む。頭では分っていたつもりだが、やはり想像程度ではGⅠレースの凄さは推し量れなかったということか。全員が全員、死に物狂いで勝利と言う名の栄光を掴みに行く……。それがGⅠレースだ。
「本当の意味で平然としていられる娘なんて、それこそルビーぐらいじゃないかな?」
「ルビーさん……」
パドックは遠くの方で一人眼を閉じて瞑想をしているダイイチルビーを見る。その表情に憂いはなく、その言動に躊躇は無い。ただただ己の姿を光り輝く宝石の様に、その覇気を観客やライバル達に見せつけている。
「流石だね、ルビー」
ミラクルがルビーに話し掛けに行く。
「ご機嫌よう。ミラクルさん、ゼファーさん」
流暢ないつもの口ぶりで淡泊に返事をするダイイチルビー。漂ってくる覇気に、思わず身震いしてしまう。チームメイトであるゼファー、ルームメイトであるミラクルでも稀にしか見ない、完全完璧な‘
「凄いな、相変わらずの完璧具合だ。ゾーンに入った君の調子を崩せるのなんてヘリオスぐらいだろうね」
「……申し訳ありませんが、今は極限まで集中したいので、急ぎのお話でなければどうか後に」
「ああ、ごめんね。大した事じゃないんだ。ちょっと聞きたいことと言いたいことがあっただけだから」
1テンポ溜めて、ミラクルは告げる。
「オレ、負けないよ。君にもゼファーにも他の皆にもね。このレースに勝って四度目の奇跡を起こす。起こしてみせる」
「…………」
「だから、約束。もし四度目の奇跡が起きたなら、話をしよう。君とボクとゼファー、それからヘリオスも一緒に、君とこれからのことを考えるんだ」