ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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風が吹くまで 7 SS

 

 

──華麗であれ。

 

眼を閉じ、心を静かにすればすぐさま聞こえてくるその声。

 

 

──至上であれ。

 

お婆さまの物、お母様の物、お父様の物、先生の物。

 

 

──他の誰よりも光り輝く、紅玉であれ。

 

小さな頃から何十回何百回何千回と聞かされ続けたその言葉が、今の私を形成している。……故に、迷いはない。……ゆっくりと眼を開ける。ここはターフの上。ゲートの前。周りにいるのはこの舞台、GⅠレースに出走する事を許された、選び抜かれた精鋭ウマ娘達。

 

GⅠレースに出走するのはこれで四回目だが、今までのレースと比べても、自分の体がかなり仕上がっているのを感じる。

 

 

「ふぅ……」

 

と少しだけ息を大きく吐いた。──よし、なにも問題は無い。

 

 

「次! 六枠十二番ダイイチルビーさん。ゲートの中へ」

 

係員に促されて、私はゆっくりとゲートの中へ入る。入ってからもう一度だけ眼を閉じた。……空気を通して伝わってくる様々な思いや感情を、内なる覇気で制するように、私は改めて眼を開ける。気がつくと、出走するウマ娘全員がゲートの中に収まっていた。……それを確認し、スタートダッシュの構えを取って──

 

『さぁ十六人揃いまして……体制完了!」

 

 

ガシャコン──!!

 

 

「ッ──!!」

 

ゲートが開く。

 

『スタートしました!』

 

 

 

 

『ほぼ揃いました。まず先手の取り合い、ハスキービーが好スタートを決めました。内から果敢にトモエリーゼント、トモエリーゼントが行きました、ハナを奪ってリードが一バ身から二バ身ぐらい。ハスキービー二番手、外からマイウーマン三番手です!』

 

 

(ッ──! やはり皆さん疾い(はやい)……!!)

 

分かっていた事だが、今までゼファーが経験してきたどのレースよりも激しく、そして高い(・・)。一瞬でも臆せばそのまま己を呑みこまんとするそれはまるで、超大型台風のようだとゼファーは思った。

 

 

『後は三バ身四バ身下がりましてナルシスシュバルツが出て参りました。外にはヤマニンゼファーが付けております。後はサクラヒューチャー、内を付いてレオプライズ、更にはケイエスミラクル──」

 

 

(……落ち着きなさい。別にスタートダッシュに失敗した訳じゃないんだから)

 

軽く息を吐いて周囲の様子を俯瞰する。現在の順位は六位。自分の周囲には前に二人、後ろに三人のウマ娘。その中でも自分の斜め後ろに控えているケイエスミラクルから感じられる覇気が凄まじい。

 

 

(大丈夫。落ち着いて……)

 

勝負は最後の2ハロン。最終コーナーを回って直線コースに入る少し手前の辺り。

 

 

(この位置だと直線での末脚勝負に掛けるしかない…………!!)

 

自由気ままな風と同様、レースは常に変動し続ける。この状態から打開するチャンスは必ずある筈だと信じ、微風は微風のまま、一瞬の隙も見逃さんと嵐の中にその身を伏し続ける。

 

 

 

『外を回りましてはカリスマグローリー、この一団にはパッシングロード、内を付いてアドバンスボアです。その後にはキオイドリーマー。ダイイチルビーは後ろから五番手くらい。あとはフジワディステニー後ろから三番手。三バ身下がってリンドスターが後ろから二番手、これを躱す勢いで5番のナイスパーマー上がっていった!』』

 

(うん、展開としては悪くない)

 

全力で走りながらもさも当然の様に、ケイエスミラクルは冷静に状況を俯瞰する。位置取り、展開、両者共に悪くない。現在六番手のヤマニンゼファーの斜め後ろという好位置に付けられた上、周囲を塞がれてもいない。

 

 

(ここから仕掛けるならやっぱり第4コーナー手前かな)

 

幾度も奇跡を起こしてきたその脚で勝利と栄光を掴むべく、ミラクルは徐々に進撃を開始した

 

 

『3、4コーナー中間を通過して第四コーナーへ向かいます。先頭はトモエリーゼント逃げてリードがクビほど、その外から並んで参りましたハスキービー!』

 

(よし、位置取りも展開も文句無し)

 

柴中は心の中でガッツポーズを取る。現在後ろから5、6番手のルビーだが、何も心配することはない。彼女なら……彼女の輝きならばここから十分に届く。不安があるとすれば同じく最高の仕上がりにしてきたケイエスミラクルぐらいだろう。

 

 

『さぁ第四コーナーをカーブ、外を回ってはマイウーマン、ケイエスミラクルが現在四番手位に上がってきた、内を付いているのはレオプライズで直線コースを向いています。その一団目掛けてナルシスシュバルツが追い込んでくる!』

 

柴中が予想した通り、最終直線手前で位置取りをあげてきたミラクルと、大外から一気に追い込みを掛けるダイイチルビーの一騎打ちになっただろう。──もしも何事も無かったら。

 

 

──グギィイッッ!!

 

 

という嫌な音がケイエスミラクルの足下から響いた。次の瞬間、先頭目掛けて躍進してきたミラクルがズルズルと後方へと沈んでいく。……あれだけの熱気で溢れていた中山レース場が静まり返る。

 

 

『ケ、ケイエスミラクル! ケイエスミラクルに故障発生!』

 

赤坂のアナウンスを受けて、ようやっと状況が動き出す。唖然としていた観客席、特にミラクルのファン達の悲鳴があちらこちらから聞こえてきた。

 

 

「──ッ! アケボノ! レースが終わったらスグに俺を抱えてミラクルの所に走れ!!」

 

「う、うん!」

 

柴中はすぐさまヒシアケボノに指示を出すと、再びレースに注目する。ケイエスミラクルの故障に対して動揺しているのは、当のミラクルや観客だけとは限らない。

 

 

(ルビー……! ゼファー……!!)

 

二人のウマ娘が何事もなく無事に走りきれるよう、柴中は改めて心の中で祈る。

 

 

 

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