ソウル・オブ・ゼファー   作:部屋ノ 隅

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風が吹くまで 8 SS

 

 

「はじめまして。ダイイチルビーと申します」

 

ケイエスミラクルは初めて彼女にあった日のことを、今でも鮮明に思い出せる。寮の部屋で、初めて顔合わせをした時だった。

 

 

──華麗なる一族──

 

政界、財政界、そして当然、ウマ娘レースの世界にもその名を轟かせる一族の総称。その末裔だという彼女──ダイイチルビー。その第一印象は‘どこか似ている’だった。他の誰でも無い自分に、一種の親近感のような物を覚えたのである。

 

 

「未だ半人前にすら至らない未熟者ですが、どうかこれからよろしくお願いいたします」

 

寸分の狂いも無く、教科書に載せたいぐらいに綺麗なお辞儀。「こちらこそ、これからよろしく」と、たどたどしくも礼を返す。

 

 

「──さて、では早速ですが荷解きを始めましょうか」

 

その発言に若干の違和感を覚えたが、すぐに「それもそうか」と納得する。寮内は基本的に、入居しているウマ娘以外出入り厳禁だ。彼女のような高貴な出で立ちをしているウマ娘でも、自分の雑用は自分でこなさなければならない。指を鳴らせばどこからともなく黒服を着た執事が現われて雑用を代わりに──なんて漫画やアニメみたいな事は無いのだ。

 

 

「本来であればこのような雑事は執事がメイドに任せるのですが……出来ない以上は仕方ありません」

 

ボソリと呟いたルビーに「あ、やっぱり普通はやらないんだ」と小さく頷く。「当然です」と返された。

 

 

「華麗であれ、至上であれ、常に最たる輝きを──。一族の誇りであるその玉条に身命を賭さなければならない以上、雑事に時間を取られている暇はありません」

 

単に「面倒だから」ではなく、一族の為、使命の為ときた。言い訳や建前にも聞こえなくも無いが、少なくともダイイチルビーは本気でそう思っているらしい。

 

 

「ですがご安心を」

 

一拍置いて、ルビーは告げる。

 

 

「ルームメイトである貴方にまで私の都合を押しつける気はありません。どうぞ私に構わず、貴方は貴方の荷解きを……成すべき事をまっとうしてください。それが出来てこそ、私と生活を共にするウマ娘です」

 

光り輝く紅玉のような瞳から、溢れんばかりの情熱を感じたその日その瞬間を、ケイエスミラクルは何があっても一生忘れないだろう。

 

 

 

 

「ミラクルさん……!!」

 

思わず駆け寄りたくなる衝動を堪えて、ヤマニンゼファーは歯を食いしばりながら前を向いた。学校の授業でも習うし、トレーナーからも指示されていることだが、レース中に他のウマ娘が故障した場合、レースに参加しているウマ娘が駆け寄ったり手助けをしたりする事は禁止されている。

 

自分を応援してくれているファン達への裏切りになるし、故障したウマ娘への侮辱にもなるからだ。結果として、競走を中止するウマ娘が一人増える事になるだけだからである

 

 

「……ッ!」

 

人の心配をするのはレースが終わった後で良い。今は全力で駆け抜けることだけを考えろ。ゼファーはそう自分に言い聞かせると再び脚に力を入れ、懸命にターフの上を走りだす。

 

 

 

「……ツッ!?」

 

それを目視した瞬間。自分の中で「何か」に傷が付いたのを感じ取った。何かとはなんだと言われると上手く言えないが、兎に角、何かが傷ついたのだ。

 

あれだけ力が籠もっていた脚が、グラリと揺れる。‘お手本にさせたいぐらいだ’とトレーナーに言われた美しいフォームが大きくブレる。ただでさえ全力疾走で高鳴っていた心臓がドクンと高鳴る。

 

 

「いけ……!」

 

とてもではないが全力が出せるような心理状態では無かっただろう。──地に伏したケイエスミラクルからの一言が無ければ

 

 

「いけ! ……ルビー!!!!!」

 

「あ、ああ……!」

 

『坂を上がってさぁ、今度は一気に躱した! 先頭はダイイチルビー! ダイイチルビーやはり強い!! 凄まじい末脚!!』

 

 

「うぁああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

『二番手は接戦ナルシスシュバルツか、先頭はダイイチルビーゴールイン!! ダイイチルビーの圧勝でした!!』

 

 

 

そのアナウンスが響いた次の瞬間、柴中はヒシアケボノの背中におぶさってケイエスミラクルの元へと駆け出す。

 

 

「トレーナー!」

 

「左足を地面に付けさせるな!」

 

「はい!」

 

アケボノとフラワーに手を貸すように指示を出すと、柴中は怪我の程度を見るために脚を見ようとして……絶句した。

 

 

「左第一趾骨の粉砕骨折……!!」

 

当然、今彼らに出来る事は無い。精々骨折が悪化しないように支えるので精一杯である。

 

 

「ッ──担架を! 急げ!!」

 

一つの大レースが終わった後に待っていたのは、柴中の怒号と観客の悲鳴、……文字通り、一つの奇跡が終わった瞬間だった。

 

 

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