春が近いとはいえ、寒いものは寒い。
ホットドリンクを飲み、狩りに備える。
狩猟対象は、轟竜ティガレックス。
……勝てるかなんて分からないが、やるだけやってみよう。
目標は、支援のハンターが来るまでに、村を守ること。
無理なことはしない。
できるなら討伐したいところだが、いかんせん、こちらは初見である。
できる、などとはとても言えない。
でも、やるしかない。
村を、この集落一帯を、守る。
「マップ」を開いて、現状の確認を行う。
……ハイビスさんから受け取った資料よりも、更に村に近づいているな……。
やはり打って出て正解だった。
村を背にギリギリの戦いを長時間など、正直言って自信がない。
できるだけ村から離れさせて……安全圏で、やる。
これが今の所のプランだ。
……プランなんて立てられたものではないが。
………………。
村を出て半刻ほどで、視認できる距離にまで接近できた。
(ヤツは……あそこか……。)
木の陰に隠れながら、ノソノソと歩く巨体。
月明かりでよく見える。
おそらく狩り自体に問題はなさそうだ。
一応照明弾……一定時間辺りを照らす弾は、ありったけ持ってきた。
というか、ポーチに入っていた。
だが、使わないに越したことはない。
余計な動きを一つ入れるだけで、使う頭が増える。
天候が変わったり月が沈んだりしない限りは、使わないようにしておこう。
(しかし……四つん這いで歩く竜、か……。)
遠くから見えるティガレックスは、明らかに強者の風格だ。
飛ぶためには向かなそうな翼。
しかし、それを支える腕と爪は、明らかに強靭。
尻尾も厳ついが……一番気になるのは、その顎。
大きく開きそうなそれは、獲物を食いちぎるのに特化しましたと言わんばかりである。
(……情報の確認……。)
徐にポーチに触れる。
【モンスター名】ティガレックス
【種族】
飛竜種
【別名】轟竜、絶対強者
【詳細】
原始的な骨格構造を色濃く残したまま進化を遂げた大型の飛竜種。
黄色の外殻に青い縞模様の体躯と、歩行に適した形状に発達した前脚が外見的特徴で、飛竜種でありながら飛行を苦手とする反面、陸上での運動能力に徹底的に特化している。
性質は極めて獰猛。
生態系の頂点に立つ飛竜の一種であり、「絶対強者」や「大地の暴君」などの異名で知られる。
ティガレックスを象徴する最大の特徴として、轟々たる大音量の咆哮が挙げられる。暴力的なまでの膨大な音量を誇る咆哮は、放たれた瞬間に衝撃波のように周辺の物体を破壊してしまうほどの威力を誇る。
かなり離れた位置からも耳に届くその咆哮から、《轟竜》とも呼ばれる。
寒冷地域での活動に有利となる肉体的特徴は特に見受けられないが、これはティガレックスがポポの肉を好物としており、そのポポを捕食するために自ら積極的に寒冷地に出向いているためと考えられている。
ただ自らの本能にのみ従って様々な地方に出没するため、突如として予想外の地域に襲来し、大きな被害をもたらす事例も多々確認されている。
脅威となるのは速度だけではなく…………
…………。
ポポが好物、か……そういえばセツヒトさん言ってたなぁ。
ポポを好む、と。
あそこまでのモンスターになると、ポポを狩るなど容易いことだろう。
親ガムートには追われたみたいだけど。
…………ガムートのほうが強いっていうなら、俺にもチャンスはあるかもしれない。
だが、狙いを村の家畜のポポに変えて、少しずつ接近しているのかもしれない。
そういうしたたかな個体だったら、やだなぁ……。
(行くか。時間は無いぞ。)
ノソノソと歩くティガレックスは、確実に村に近づこうとしている。
木々を抜けようとするその先、開いたところに出てくるタイミングで。
(…………行くぞ!)
俺は、狩猟を始めることにした。
ザッザッザッザッ。
足音を殺すことは、この雪の地面では厳しい。
だが、今回は逆手に取る。
村の反対方向から周り、敢えてティガレックスを誘う。
(…………!気づいたな!)
「…………グルルル…………!」
「うっわ、こえぇ……。」
距離にして30mほどまで接近。
ティガレックスは、完全に気づいた。
警戒しているのか、喉を唸らせながらこちらを睨みつけている。
「……後ろに逃げるなよ?……こっちだぞ。」
「………………グギャァァァァァアアア!!!」
「!!」
物凄い咆哮。
空気がビリビリと震える。
この距離でこの振動。近くで聞いたら……まずいだろうな、これ。
情報画面によれば、叫び声だけでふっ飛ばされることもあるという。
声デカすぎだろ…………!
「くっ!……こっちだ!ティガレックス!…………お前の相手は、俺だ!」
「グガァァァァ!」
ズン!
更に身を低く構えたティガレックス。
地面に爪を立てる。
両翼が逆ハの字に向いて、威圧感が半端ない。
「来いっ!!」
「グァァァァァ!!!」
次の瞬間、いきなりティガレックスは口を開け。
ドドドドド!!
(突進!?)
俺めがけて一心不乱に突進してきた。
迫りくる巨体。
そして、口。
(食べる気満々じゃねえか……っ!!)
全力で横っ飛び。
狙いが外れてもなお、ティガレックスは諦めない。
「グァァァ!」
(引き返した!)
地面を抉りながら、めちゃくちゃに方向転換したティガレックス。
更に来る気だ。
「のわあぁっ!!」
ドドドドドド!
まるで工事中の音。
雪などお構いなしに、地を踏み鳴らす、轟竜の足。
何とか横飛びで避ける。
「……大きめに避けないと踏み潰されるな。」
ゾっとする。
だが、間合いを測ることはできた。
『まずは、見!』
教官の言葉が頭に響く。
(サーイエッサー!!)
落ち着け、そうだ。
まずは見る。避けるに徹する。
こちらの狙いは、まずは助けが来るまでこの場をもたせること。
焦るな。
「グギャァァァァァ!!」
再度吠えるティガレックス。
あまりの大きな声は、強烈、の一言である。
(離れているのに…………っ!)
この距離で耳が痛いぐらいだ。
山中に響いているのではないだろうか。
「……ギャァァアアア!!」
「またかよ!?」
再び突進をしてくるティガレックス。
念の為間合いに余裕を取りながら避ける。
(正面に立たなければ……いける!)
思ったより冷静な自分。
まだ双剣を構えず、避けるに徹しているからだろうか。
「グァァァ!!」
(また引き返して…………。)
無理矢理身を翻して、またも突っ込んでくる。
それも、回避。
だが。
「グァァ!!」
「3回!?」
しつこいぐらいに突進を繰り返すティガレックス。
…………技のレパートリーが少ないのか?
「よっ……と。」
「グァァァァォ!!」
闘牛士の様に突進を回避。
何回も繰り返したからか、間合いをしっかり掴んできた。
(右に大きく3歩ほど……。)
「グギャァァ!」
ギリギリに避けてみる。
躱す。
「グァァァ!!!」
(…………ここっ!)
ギリギリに避ける。
躱す。
…………何回やるんだこれ!?
「グゥゥゥゥ……。」
執拗に突進ばかり繰り返すティガレックス。
固まっている。
「まるでバカの一つ覚えだ……なっ!?」
ザッ!
ズゥン……。
初めて違う動きをした。
もう一回突っ込んでくると思ったら、いきなり後ろに飛び退いたのだ。
(何だ?何をしてくる?)
「…………グァァァ!!」
右前脚を振りかぶったティガレックス。
突如、地面を殴った。
「岩っ!?」
その瞬間。
俺の体の半分は有ろうかという岩が、目の前に。
「マジか!速っ……。」
思うより早く、体は右に倒れる。
左肩を掠める岩石。
チッ、という音ともに、その岩が遥か後方にとんでいった。
スドォン!!
「…………あぶねぇ…………。」
とんでもない速度で過ぎていった岩が、木に激突。
幹に深く食い込んでいる。
昔バッティングセンターで見た、高速ストレートより速かった……と思う。
「当たったらやばいな…………って!?」
「グァァァ!!!」
心のスキをつくように、再び突進をしてくるティガレックス。
(間に合ぇぇ!!)
バッ!!
ズザッ!!
横っ飛び。
形振り構わず避けたため、ゴロゴロと雪原を転がる。
「グァァァ!!」
吠える轟竜。
(2回目は!?……無いか。)
流石に疲れたのか、思惑が外れて次の攻撃に移ろうとしているのか。
とにかく、ティガレックスは止まった。
(岩石飛ばしと突進のコンビネーション……厄介だな……!)
ティガレックスが、仕掛けてきた。
間合いを取って岩を飛ばし、動揺したところに防御不能な突進。
昔見た格闘ゲームのうまい友人をふと思い出す。
牽制の飛び道具。接近して必殺技。
回避後はどうしても体が止まる。一瞬だけ。
そのスキを突かれた。
(コイツ…………。)
ティガレックスというモンスターの「普通」など分からないが……。
(……頭がいいんじゃないか?)
大きく口を開けて愚直に何度も突進する姿。
もがきながら地面をえぐって方向転換する姿。
正直、頭の良いモンスターには見えなかった。
だが、やはり流石、大型モンスター。
戦うことに慣れている。
頭も使っている、と見ていい。
それほどまでに、先ほどの攻撃のコンビネーションは、厄介だった。
「……グァァァァァ!!」
「っ!?」
なんて考えている場合じゃない!
次の動きを始めるティガレックス。
ドドドドド……!
また突進をして……。
……いや、違う!姿勢が高い!
俺めがけて……。
(……嚙みつき攻撃!)
「ガァ!」
「うおおぃ!!」
ガキン!!
空振りした噛みつき、牙と牙がぶつかり合う音。
聞きたくもない、恐ろしいほどの噛みつき音。
「くっ!!」
「グゥゥゥ……ガァ!!」
噛みつきが終わったと思ったら、次は……。
(わからん!けど!絶対何かしてくる!!)
バッ!!
距離をとった。
その直後。
「グアッ!」
ブォン!!
一回転。
その巨体を軽々と振り回し、尻尾の横薙ぎを行うティガレックス。
間一髪のところで、避けることができた。
(風が来たぞ……。)
風圧が、その威力を物語る。
とっさに後退して正解だった。
その巨体の周りを、回転しながら攻撃してきた。
避けるには、これしか無かった。
(距離をとっても岩飛ばし……こっちがジリ貧になったら突進……近づけば噛みつき、尻尾の回転攻撃……。)
距離を問わない、技のレパートリー。
技が少ないとか言ってすんません。
すごいよ、このモンスター……。
(……つっ……。)
当たっていないはずだが、尻尾の攻撃の余波なのか。
頬には、わずかだが血が流れていた。
(間合いとってこれかよ……。)
威力もさることながら、攻撃の範囲も大きい。
咆哮の威力も考えると、正面にいることは得策ではないということは分かる。
分かるのだが……。
(……教官……見に徹していて尚、こいつのスキが……見当たりません……!)
感じる。
絶望してはいけない。
だが、感じる。
こいつに敵う、術が……隙が……。
「見当たらない……!」
* * * * * *
小一時間ほど経っただろうか。
少しずつ村から引き離すことには成功している。
裏を返せば。
俺はこいつ……轟竜ティガレックスの攻撃を、ずっと避け続けているわけである。
キツい。
気を抜いたら、一気に畳み込まれる。
間違いなく、致命傷を食らってしまう。
敵う術が見当たらないまま、時間だけが過ぎていく。
俺にとって、その時間は永遠に感じられた。
(頭は冷静……ケガもない……だけど……っ!!)
「グァァァァ!!」
跳躍したティガレックスが、俺めがけて爪を立てる。
「くっ……!」
寸でのところで回避。
直後。
「ギャオァァァァ!!」
「……!!」
突進攻撃。
牙を剝き出しにしながら、迫る轟竜。
休む暇もない。
「よっ……とぉ!!」
ドドドドドド!!
俺のすぐ脇を、凄まじいほどの速さで駆け抜けていく。
……間違いない。
こいつ……さっきよりも……。
(速くなっている……!!)
戦いはじめよりも、突進のスピード、噛みつきのスピードが、徐々に上がってきている。
筋肉が温まり始めたのか、それとも緩急をつけて翻弄しようとしているのか。
とにかく、攻撃がやむことがない。
文字通り、波状攻撃。
寄せては返し、寄せては返し。
その間隔も威力も、徐々に上がってきている。
(厄介どころじゃねぇ……!!)
なぜ自分がここまで避け切れているのか、分からない。
体力も上がった、訓練も続けた。
初見の敵も、何とか倒し続けてきた。
その成果だとは思う。
だが、ティガレックスは、明らかに今までの敵とは違う。
グラビモスのように、重く。
トップスピードは、ジンオウガの攻撃にも匹敵する。
ゴシャハギのように、一撃を食らってしまえば最後、そんな強さ。
そして、ディノバルドのように、怒涛の攻撃を繰り返してくる。
これまで出会ってきたモンスターたちの、総決算。
「グァァァァァ!!」
またしても、突進攻撃。
(またか……よ!!)
もう一度、回避を試みようとして。
ズリっ。
「!?」
右足が、滑った。
注意してきたはずの、足運び。
村に来て当初から、鍛えてきたはずの、雪山での動き。
それが。
「グァァァ!!」
「ぐおっ!!」
ドガァ!!
失敗した。
吹っ飛ばされる。
景色が回る。
咄嗟に受け身をとった。
転げまわる自分が、止まらない。
(こなくそっ……!!)
体は……動く!
落ち着け!
「ふんっ!!」
右足を伸ばし、手をつき、体制を立て直す。
滑りながら、自分の体を止めた。
(いてぇっ……!!)
腕……足……腹……。
(動くか……。)
一瞬で体全体の無事を確認する。
『顔を下げない。常に相手を確認!!』
頭の中の教官が、檄を飛ばす。
そうだ!すぐにティガレックスを……。
(あれ……?)
いない!?
見失った!?
……いや!!
違う違う違う!!そんなわけないだろう!!
(緊急回避ぃぃぃぃ!!!!)
咄嗟に
「グァァァァァ!!!」
ズドォォン!
直後、俺のいた場所に爪を立てて、ティガレックスが
いや、落ちたのではない。
俺の死角から、跳躍して攻撃してきたのだ。
(こいつ……俺の見えないところに移動して……!)
モンスターを見失う。
これほど恐ろしいことは無い。
一瞬の判断が、功を奏した。
回避する方向が前方であったら、おそらくそのまま引き裂かれていた。
右後方に、何か嫌な予感がした。
だから、左後方に避けた。
「お前……頭いいな……。」
思わず口に出してしまった。
「グルルルルル……。」
唸るティガレックス。
反撃の術が、無い。
「マジで……どうしよう……。」
俺は、いつまでたっても。
双剣を構えることができなかった。