ティガレックスの狩猟を始めて、何時間経っただろうか。
東の山、ほんのりと空が白み始めてきている。
明けて朝が来れば、近隣の町に支援を求めることができる。
おそらく支援のハンターが来るまで、あと数時間。
それまで、この場を持たせる。
……できるかどうかは、分からんが。
やるしかないのだ。
「ふん!……うおぉっと!?」
「グァァ!ガァァ!!」
先ほどからティガレックスの攻撃を避けながら、その隙に反撃できないか試みている。
ティガレックスが跳躍してからの振り下ろしを、後退し、空中回転乱舞で反撃することはできた。
すでに4回成功している。
だがそれ以降、跳躍攻撃はしてこなくなった。
警戒されてしまったのだろう。
そして今、攻撃の主体は、近距離の格闘になっている。
まるでインファイトボクサーのように、俺を捉えて離さないティガレックス。
方や俺は、避けに避け続け、逃げながらも隙を見て反撃している。
「くっ…!!」
バッ!
バックステップ。
(回復薬グレート……。)
ゴクン。
飲み干した、その直後。
「ギャァァァ!!」
「アイテムなんぞ使ってんじゃねぇ!!」と突っ込むかの如く、突進してくるティガレックス。
(緊急回避ぃ!!)
バッ!
ゴロゴロ。
「……ったく!!ろくに回復もできない……な!!」
削られた体力を戻すための回復薬は、飲んだ後に安静にすることで、最も効力を発揮する。
逆に、今のように飲んだ後急に動いてしまうと、その効果は激減する。
俺は反則技とも言うべき「アイテムポーチ」から、瞬時に回復薬を選択して回復することができる。
だが、ティガレックスがすぐに突っ込んでくるのだ。
体力を回復する隙を与えてくれない。
まるで、アイテムの効力をかき消そうとするかのごとく、である。
(正直……結構ヤバいな……。)
消耗が激しい。
スタミナも体力も、底をつきそうだ。
回復も許してくれないほどの、攻撃の連続。
先ほどは罠で勢いを止め、そこから相手の動きを読んで、反撃に転じることができた。
だが今、その戦法は通じにくいだろう。
根拠は2つ。
一つは、罠の効果時間が少なくなってきたからだ。
これ以上罠を使えば、恐らく武器を研ぐ時間の確保さえままならないだろう。
研磨ができなくなれば、双剣使いは終わり。
大切に使いたい。
それに、本当に本当のピンチが起きた時の為に、切り札は取っておきたい。
もう一つは、ティガレックスの動きが、変化してきているということ。
恐ろしい話だが、フェイントを混ぜた攻撃をしてくるようになってきた。
跳躍攻撃から爪で切り裂くかと思いきや、尻尾で回転攻撃に転じたり。
噛みつき攻撃を行うかと思ったら、キャンセルして咆哮をあげたり。
おかげで何度か攻撃を受けてしまっている。
直撃は免れたが、そんなフェイントをしてくること自体が、衝撃であった。
……やはり、このティガレックス。賢い。
罠を仕掛けようにも、動きを読むのが難しくなってきた。
空振りで終わってしまう可能性も、0では無い。
「はあっ……はあっ……ふぅー。」
「グルルル……。」
互いに疲れている。
ティガレックスも、苦しげな顔をしている……ように見える。
だが、攻撃は依然として苛烈。
むしろ、その威力は増すばかりである。
「ガァァァ!!」
「ぐっ……ちくしょっ……!!」
バッ!
ズザン!
何度目か分からない、ティガレックスの突進。
速い。
横方向に飛び退いて、反撃。
だが、無理な態勢での斬撃は、力が乗らない。
怯ませることすらままならない。
「ギャアオオオオオ!!」
「ふんっ!…………ってあぶねぇ!」
ビュォン!
バッ!
今度は……噛みつき攻撃!
バックステップで回避。
「気抜いたら……死ぬな……。」
「グルルルル……!」
ずっと、一進一退。
いや、押されているのは、俺。
再びのジリ貧。
(考えろ……考えろ……!!)
このままでは、まずい。
回避しながら、頭をマルチにフル回転させる。
何か攻撃できる手立ては無いか。
避け続けているだけではダメなのだ。その結果が、今なのだから。
攻撃の連続。
反撃の暇は、その切れ目にしか…………。
…………?
攻撃の切れ目…………。
……何か、引っかかる。
そういえば以前……セツヒトさんに相談した……。
…………。
『……俺、以前ディノバルドと対峙したとき、空中回転乱舞で攻撃を避けられたんですけど……何でですかね?』
『おー?どゆことー?』
『えーっと……こう、無我夢中で憑依状態で空中回転乱舞を行ったら……なんて言うか、攻撃をいなしながら?反撃できたんです。』
『ふんふん。』
『よくわからないんですけど……その時なぜかできたんですよね……。』
『…………んー。…………ジャスト回避……ってのがあるんだけど……それに近いのかなぁ……いやでも、反撃できたってのがなー……。』
『…………。』
『…………ちょっち、考えてみるー。』
『わ、分かりました。でもそこまで考えてくださらなくてもいいですよ?そもそもできるかどうかも分かりませんし。』
…………。
……あの時は明確な答えは分からなかったけど。
ディノバルドに一撃を見舞うことができた、その理由。
全くわからなくて……セツヒトさんに相談して……。
「グアォォォ!」
「やべっ!!」
横にすっ転ぶ。
直後、爪を立てて、先程まで俺がいた地面を抉るティガレックス。
(考えている暇が、無い……ならっ……!!)
アイテムポーチに手を伸ばす。
掴んだのは、閃光玉。
ブン!
ビカァ!!
「ギャアォォォォ!?」
炸裂する光に、怯んだティガレックス。
2、3歩後退すると。
「ガァァァ!ガァァァ!!」
混乱しながら、辺りを無作為に攻撃し始めた。
(距離を取って……。)
なるべく音を立てないように、俺もその場を離れる。
距離にして、15m程。
その向こうでは、ティガレックスがめちゃくちゃに攻撃をしている。
(よしっ……。)
視界を奪うことに成功した。
ティガレックスは、俺がどこにいるかもわからず、無茶苦茶に動いている。
まぁ、ほんの十数秒ほどだろうけど。
だが、考えをまとめるには十分。
思い出せ。
ディノバルトの時は、俺はどうしたか。
確か、あの時は満身創痍。
ろくに力も入らないまま、憑依状態に移行。
折れた骨など知ったことかと、まだ未習得の空中回転乱舞を繰り出した。
目の前には、ディノバルトの牙が迫っていた。
明らかに、致命傷は免れないようなタイミング。
なのに、縦に回転した俺の体は、攻撃を避けた。
そして、その牙めがけて、一閃。
気づいたら、ディノバルトは倒れていて……。
……ダメだ。思い出せるのはそこだけ。
分かるのは、あのありえないタイミングで繰り出した攻撃が、効いたということ。
俺にはディノバルトの牙が届かなかった……いや、届いていたのに
…………今、それを再現できるか?
……やってみないとわからない。
あの時とは、状況も違う。
タイミングを間違えれば、おそらく終わり。
俺の、命の。
そんな賭けに出られるのか?
このままジリ貧を続ければ、助けが来るかもしれない。
空は明るくなってきている。
救援を待つのも、一つ。
だが…………。
「…………やりたいよな……。」
……悔しいのだ。
ギフトに頼って、罠を張り、アイテムを使って。
自分の力とは胸を張って言えない、そんな戦いでここまで来れた。
……マショルク教官に、セツヒトさんに追いつけるのか。
そんなやり方で。
…………到底無理だろう。
なら。
「…………やるか。」
スウッ。
息を、深く吸う。
ハァー。
吐く。
脱力。
多分あの時、俺の体は力など入っていなかったから。
怪我のせいで。
再現する。
あの時の状況を。
思いだせ。
「…………。」
「ガァァァ…………グアッ!!」
ようやく視界が戻ったティガレックス。
俺を見据え、態勢を整える。
「…………グルルル…………。」
突進をするか。
それとも噛みつきか。
いずれにせよ、攻撃をギリギリまで引き付ける必要がある。
あの時も、ありえないぐらいのタイミングだった。
もう、寸前というレベル。
そんな一瞬を。
(…………読み切る!)
「グァァ!!!」
突如、ティガレックスが走り出す。
俺めがけて、殺しにかかる。
ここまで、こいつの行動を穴が空くほど見てきた。
……首に力が入っている。
このモーションは、おそらく。
(噛みつき。)
ヤマを張る。
多分、閃光玉のおかげで、ティガレックスは怒り狂っている。
そんな時ほど、モンスターの動きは単調になる。
単なる俺の経験則だけど。
ドスン!
ドドドドドド!!
重機のような音を立てて、俺に迫るティガレックス。
強張るな。力を抜け。
直前まで。
ヤツが肉薄する、その直前まで。
(集中……。)
フゥー。
息を吐きながら、ダランと構える。
ティガレックスは何を思うか。
或いは、何も思ってないか。
こんな隙だらけの俺を見て。
「グァッ!」
声を上げると同時に、大きく口を開けるティガレックス。
やはり、噛みつき。
しかも、特大の。
「絶対に食いちぎってやる」という意思を感じる。
(まだ……。)
スローになる世界。
集中が、研ぎ澄まされている。
本来の回避タイミングは、過ぎた。
ここからは、未知の領域。
傍から見れば、ただの自殺にしか見えないだろう。
そんな、嘘みたいなタイミングで。
(………………今っ!!)
倒れ込むように、前へ。
瞬間、鬼神化。
加速。
右足を、地につけ。
(空中回転乱舞……!)
避けられるわけもない、そんなタイミングで。
俺は、
高速に縦に回転する。
あのときと同じ。
肉薄するティガレックスの牙。
捻転を駆使して、更に回転を上げる。
確か、こんな感じだったと思うから。
「……ぬぁぁぁぁぁぁ!!!」
モーターでも付いてるのかと思うほどに、体をひねり、回して。
ザン!
俺は、跳躍した。
跳べた。
肩には、痛みが残る。
おそらく、ティガレックスの牙に当たった。
だが、それ以外にダメージはない。
そのまま俺は、斬撃を返して。
「グァァァ!?」
ヤツの攻撃をいなした。
否、いなして、反撃した。
ザン!ザシュッ!!
……ストン。
ティガレックスの左側に着地。
(成功した!?ヤツは!?)
振り向く。
「……グァァァ……!」
ティガレックスが、苦悶の表情を上げていた。
憎々しげに、こちらを睨みつける。
その口には、血。
(反撃……できた……!)
ポタポタと滴る、ティガレックスの血が見える。
……どうやら、威力は十分だったらしい。
不意に口を開けたティガレックスの牙は、数本欠けていた。
…………鬼人化し、回転して、攻撃をいなす。
おそらく、このカウンター技に大事なのは、そこ。
その回転に必要なのは、脱力。
そして何より、タイミング。
もはや、当たるために回避をしているかのような。
言葉は矛盾しているが……やっていることは、そうなのだ。
事実、俺はティガレックスの牙を折った。
「……いける!」
ダッ!
近づく。
狙うは、弱ったティガレックス。
「グァァァァ!!」
負けじと右脚を上げ、牙を振り下ろしてくる。
(タイミング!!)
再び、鬼人化、回転。
次は、跳躍を低く。
脱力。
捻転。
「ふんっ!」
ギイン!
双剣で爪を受ける。
そのまま……。
(縦回転!)
振り下ろされるティガレックスの前脚。
その勢いを受け、再び空中に剣を放る。
力を、利用して。
激しく回る。
(これ……きっつい……!)
両腕に来る圧が半端ない。
出来得る限り脱力して、ムチのようにしなる肩から先。
コントロールが難しい。
だが、ティガレックスの振り下ろしは、俺をかすめて地に刺さり。
一方の俺の斬撃は、ティガレックスの右足から翼にかけて深く抉りこまれた。
ズサ!ズザザン!
手応え、あり。
「ギャオオオ!!」
苦しげな声を上げるティガレックス。
俺の方は……肩の痛みと、肋骨の激しい痛み。
そして、顔に裂傷を食らった。
頬から顎にかけて滴る血。
だが、問題ない。
直撃を免れ、相手には深くダメージを与えられる。
この技……いける!!
「ぬぁぁぁぁ!!!」
「ガァァァァァ!!」
激しく攻撃を繰り返すティガレックス。
その手が止むことは無い。
俺は、そのほぼ全てに対して。
(カウンター!!)
タイミングをきっちり合わせ、反撃を食らわせた。
* * * * * *
「はあっ……はぁっ…………。」
「グルル…………ガァァァ…………。」
俺が反撃を試みてから、またしばらく。
ティガレックスの息が浅く、力もない。
空は完全に明るくなり、陽光が眩しく辺りを照らし始めた。
眼前には、傷だらけの轟竜。
そして、傷だらけの俺。
(浅い傷だが……繰り返すとかなりキツイ……。)
ジリ貧の中、編み出したカウンター技。
強烈な回転を何度も何度も繰り返したため、体の側部から末端が痺れている。
血液が、偏っているのか。
それに、タイミングがシビアで、精神的な消耗も激しい。
疲れ切ったところに、俺はアイテムを口にした。
イシザキさんからもらった、秘薬。
体力がもどり、意識がクリアになった。
それでもなお、ティガレックスの攻撃は苛烈。
秘薬を飲んだとはいえ、体の状態が万全になったわけではない。
猛攻を避け、いなし、反撃し。
カウンター技で、追い詰めた。
「…………グァァァ…………。」
「…………。」
目に見えて苦しそうな、ティガレックス。
「お前は、何でここに来たんだ……?」
「グルルル……。」
返ってくるわけもない、問いかけ。
それでも俺は、続ける。
「まぁ、生きるため……ただそれだけ……なんだよな?」
「…………グァァァァ!!!」
咆哮。
だが、力はない。
怯まされることも、無い。
「ガァッ!!」
すっかり折れた爪を立て、なおも攻撃するティガレックス。
ヒュッ。
短く息を吸って、双剣を繰り出す。
ザン!ザシュ!!
「ギャァァァォ!!!…………グァ!!」
「…………。」
俺は、ハンター。
命の上に、立たせてもらっている、ただのハンター。
ティガレックス。
お前は強かった。
何度も追い詰められた。
でも、諦めるわけにはいかなかった。
「俺も、生きるためなんだ。俺が生きるため、俺の周りの人たちを守る。その営みを、守る。それが……俺なんだ。」
「……グルルルル。」
「許さなくていい。」
「……ガァァァァ!!!」
「……恨んでくれ。」
短く跳躍。
既に牙の折れた、その噛みつき目掛けて。
(鬼人化……!!)
タイミングを図った、回避。
まるで攻撃に突っ込むように回転斬りを繰り出す。
ザシュ!!ザザザザン!!
「グァッ!!」
ザザザザザン!!ザン!!
「グァァァァ……。」
スタッ。
俺が着地すると同時に。
ズゥン……。
音を立てて、ティガレックスが崩れ落ちた。
「ガ……ガァァァ……。」
地にひれ伏してなお、目は俺を睨みつけている。
「お前は……強かった……。」
「グゥゥゥ……。」
「……っ!!!」
ヒュッ!!
ザン!!!!!
その脳天目掛けて、俺は双剣を振り下ろした。
「ガァ………。」
…………。
* * * * * *
ボシュッ!
シュウウウウ……。
「……おぉ……飛んだ飛んだ……。」
ティガレックスの亡骸の横。
俺は信号弾を飛ばした。
「あー……しんどい……。」
ボスッ。
雪に身を預ける。
フカフカの雪ではない。
水気を孕んだ、少しシャーベット状の雪。
「冷ってぇ……あぁ……生きてるわ、俺。」
頭が冷えてきた。
今更、自分が行った狩猟のアホさ加減に、反省している。
モンスターの攻撃を避ける。
それはまぁいい。
だが、自ら当たりに行くアホが、どこにいるというのだ。
しかも、それをいなして反撃を試みるアホなど、どこにいるというのだ。
……ここにいるんだよなぁ……。
何とも恐ろしいことをしたと思う。
だって……あんな怖いヤツの攻撃、受けに行くんだぞ?
おっそろしい。
……もう一度、ティガレックスの亡骸を見る。
……口から下をデロンと出して、横たわる巨体。
いや、怖い。
よく集中が続いたと思う。
死んだ姿を見て怖いのだ。
生きている姿なんて、もう心底怖かったのに。
……どこかスイッチが入ったんだと思う。
人が変わったように、集中できた。
次の狩猟からは、この集中力を持続して……あのカウンター技を磨くことにしよう。
強敵を屠ることができた。
……100%自分の力、とは言えないが。
5割ぐらいはギフトに頼らず、頑張れたと思う。
「……ハイビスさんと、ポポノタン食べなきゃな。」
昨夜の約束を思い出す。
そういえば、ティガレックスの好物もポポだった。
……死闘を繰り広げた相手の好物を食べるなんて……何か罰当たりな感じもする。
だが、俺もポポが好きだ。
ティガレックス、お前の代わりに食べることにするぞ。
だって、うまいんだもん。
ポポノタン。
「……ーーい。おーい!!」
「お?」
遠くから聞こえる人の声。
「おーーーーい!!生きてるかー!!」
「あー!!大丈夫だー!!」
遠く、タオカカ方面から人がやってくる。
厳つい装備をしたでかい男……多分ハンターだな。
俺は大きく手を振り。
「ふぅー。」
深く、息を吐いた。
白く濁る吐息が、朝日を受けて立ち昇る。
見上げると、快晴の空が広がっていた。