行きつけの飲み屋に行く。
学生の時分には憧れていたものだが、やることは大したことではない。
酒を飲んで、話し相手がいるなら愚痴って、愚痴を聞いて、慰め合う。
だが、そんな場所だからこそ、おっさんは足繁く通うのだ。
おっさんとは家族のカースト底辺。
吐き出す場所も欲しい。
俺も前世、よく行っていた居酒屋があった。
そして現世も、よく通う店がある。
ワサドラで話題の食事処、イシザキ亭である。
なぜ通うのか。
1つ目、まず飯がうまい。
現代日本で肥えた舌を持つ俺が言うのだから、間違いない。
まぁ大した食経験などないんだけど……。
2つ目、店員さんが魅力的。
ケイさんは美人でスタイルも抜群。
その上、下ネタにはめっぽう弱いほどの純粋さん。
いつだかマショルク教官がとんでも下ネタを発したとき、恥ずかしすぎて倒れたという逸話を持つ。
それに、気さくで親しみやすい女性なのだ。
多分ファンは多いと思う。
3つ目、これは義理が入ってしまうが……。
このお店の再建に携わったから、気になってしまうという理由だ。
飯もうまく美人若女将もいるのに、かつてこの店は立地の関係か閑古鳥が鳴いていた。
現代知識を利用し、俺はアイデアを量産。
…………現代知識を活かすなんてだいそれた事を言ったが、大したことはしていない。
集客さえすれば、ここは繁盛する下地があったのだ。
ただそれだけである。
以上の理由から、俺が足繁く通う店になった、ここイシザキ亭。
だが、今夜は少し勝手が違う。
「ドールちゃんは、食べ物、何が好きなん?」
「えっと……何でも食べるよ?お肉とか好きかなぁ。」
「ここのアンモミートとかリノプロシュートのシェラスコ、めっちゃうまいで!」
「ショウコちゃん詳しいね……。」
「ウチも飲むときは飲むんや……。」
ドールとショウコ。
この幼い二人の保護者として、責任のある立場にあるのだ。
……まぁショウコは一人でも飲みに出かけるらしいし、あんまり心配してないけど。
絵面が良くない。
アイルー系の亜人は見た目完全に小学生であるからして。
そんな子がジョッキでゴクゴクビールをあおるのだから、まぁ面白いといえば面白いんだけど。
ドールは、夜に町中を出歩くという経験は少ないだろう。
楽しい経験にしてもらいたい。
願わくば酔っ払いの生態を目の当たりにして、ドン引きするみたいな経験はしてほしくない。
吐瀉物の処理をするとか……本当にそんな辛いことはしてほしくないのだ……。
「ご主人様?入りましょう?」
「あ、あぁ、すまん。行こう。」
前世の大変な経験を思い出し、若干落ち込んでしまった。
切り替えよう。
「セツヒトさん、先に来てますかねぇ。」
「……ショウコ、やたらテンション高いな。」
「えっ?だって……ドールちゃんと飲めると思うと、嬉しくて……。あ、無理には飲ませませんよ?」
「ああ、そうしてくれ。楽しい食事にしてやってほしい。」
「はいっ!」
酔ったショウコの姿って、そう言えば見たことないなぁ。
でも、今話した感じだと、大丈夫だろう。
ガチャ。
カランカラン。
ザワザワザワ……。
中に入ると、控えめな鐘の音が鳴った。
喧騒が広がる店内。
飲む時って、声が大きくなるよなぁ。
「あー!ソウジー!こっちー!」
「あ、いた。」
店の一番奥のテーブルに、セツヒトさんが一人。
手にはジョッキ……先に始めていたか。
「遅いよーソウジー。先に飲んじゃったー。」
「すみません、お待たせしました。」
「お、おじゃまします……。」
「あれー?ドール?もしや……お酒デビュー!?」
「ちがうよ。ソウジさんについてきたんだ。お酒は……まだ怖いし。」
「なーんだー。んーでもでもー、だい、かんげーい。」
手を広げるセツヒトさん。
完全に◯しざんまい。
デジャブ。
……出来上がってるなぁ。
「ほらほらー、ショウコちゃんもソウジも座ってー。何飲むのー?」
「あ、じゃあウチもビールで!」
「わわ、こういう時って何頼むのかな。」
「とりあえずジュースとか……林檎王のノンアルコールカクテルとかどうだ?」
「あ、美味しそう。じゃあそれ。」
飲み会が始まる時の、この雰囲気は楽しい。
強要する上司がいないなら尚更である。
「ケイさーん。おねがーい!」
「はいはい……あら!ソウジさん!!お帰りなさい!もう、急なんだから!」
「ははは、いや、すみません。」
「ご無事で何より……ね!よかったわぁ。いないはずのセツヒトさんが急に来るものだからビックリしちゃって!何の用意もしてないわよ?」
「いえ、いいんですよ。それより、注文いいですか?」
「はいはい!もう今日はいっぱい頼んでいってね!」
「はい。えっとまず……。」
キッチンにいたケイさんがホールにやって来た。
変わらず元気そうで安心。
今日はロングスカートにエプロンスタイル。
エプロンには『イシザキ亭』と書かれている。
まぁその……例のアレが大きすぎて、その字はほぼほぼ隠れてしまっているが。
すげぇ。
………………。
いかん!
今日は俺は責任ある大人!
『ハレンチはいけません!』
…………よし。
ハイビスさんの怒った顔を思い出して、落ち着いた。
「…………以上をお願いします。」
「はいよ!」
「…………ソウジー?目線って、女は分かるよー?」
「ななななな何のことでしょう?」
セツヒトさんよく見てるわぁ……。
カランカランカラン……。
「はーい!いらっしゃーい!」
「こんにちは、ケイさん。」
「あらー!ハイビスちゃん!久しぶりねー!」
ぬぉっ。
噂をすれば。
俺の理性の恩人、登場である。
「ハイビスさん!こっちです!」
「あ、ショウコちゃん!……セツヒトさんにソウジさん、お待たせしまし……あれ!?ドールちゃん!?」
「あ、こんにちは、ハイビスさん。」
「久しぶりだね?元気にしてた?」
「うん。」
二人は知り合いなのか。
親しげである。
「ハイビスちゃーん聞いてよー、さっきソウジがケイさんの―――」
「さ、さあハイビスさん!何飲みます!?」
「えっ!?え、えーっと……きょ、今日はノンアルコールにします。」
「「……えっ!?」」
あのお酒をクピクピと飲むでお馴染みのハイビスさんが!?
セツヒトさんと俺で、揃って驚いてしまう。
「そういう気分でして……はい。」
「じゃあ、私と同じのにする?」
「あ、ドールちゃんも?何頼んだの?」
「何だっけ。林檎王?のカクテルだよ?ノンアルコールの。」
「あ、美味しそう。じゃあ……お揃いにしようかな?」
「うん。」
チラリと俺を見るドール。
そうか、まだ店員さんを呼べるほど度胸はないか。
店員さんを呼ぶって、妙に緊張するよな。
「すいませーん!」
俺は大きな声で追加の注文をした。
飲みの席にいるのは、俺、ドール、ショウコ、セツヒトさんにハイビスさん。
結構な大所帯である。
まぁいいんだけど。
「ソウジー、私の話を遮るとはー、やるじゃーん。」
「……何の事でしょうか。」
隠し通すぜ。
* * * * * *
テーブルに料理や飲み物が並び、宴は進む。
運んでくれたのは、初めて見る給仕の女性。
新しく雇ったんだろう、手慣れた様子でにこやかに料理や飲み物を運んでいた。
俺たちの話題はそれぞれに飛び、今はドールが話している。
内容は、暇な時期のホエールで何をしていたのかというもの。
…………聞けば聞くほど、ドールの宿への献身が分かり、その健気さにおっさんの俺は胸を打たれてしまう。
ドールはええ子やでぇ……。
「……んでもさー、ドールー。何か違うことしたいとかー、無いのー?」
「え?違うこと?」
「そーそー。例えばー、やってみたいこととかー、就きたい仕事とかー……そういうのー?」
「…………考えたこと、無かった。」
ドールの話にちょいちょい教官の話が出るものだから、セツヒトさんも不機嫌になるかと思いきや。
意外や普通。
安心した。
そして話は、ドールのやりたいことについて。
…………確かになぁ。
「例えばー、ショウコちゃんはハンターのオトモになりたくてなったのー?」
「そうです!……狭っ苦しい里から出たくて、というのもありますけど!」
「お、いいねー。……ハイビスちゃんは首都の学校を主席で卒業でー、就職でしょー?」
「は、はい。」
ハイビスさん、首都の出身だったのか。
そして、主席!?
…………この人、もしや一番底が知れないかもしれない…………。
「ソウジはー……まぁいいとしてー。」
「いいんか。」
「まーまー。んでさー?ドールは何かしたいとか、無いのー?」
「そうだね……。」
少し考えるドール。
難しいよなぁ、ドールぐらいの頃……大体15、6歳ぐらい?
…………俺、何も考えてなかったなぁ。
「…………あ、あった。」
「お、なになにー?」
「えっとね。笑わない?」
「笑わないよー。そういう夢を語るのもー、飲み会の醍醐味ー?」
「じゃ、じゃあ……。」
ドールのやりたいこと、か。
ちょっと興味がある。
少し言い淀んだ後、ドールが話し始める。
「えっとね……お嫁さん。」
「…………ふぇ?」
「お嫁さん……宿のお仕事、私嫌いじゃないし……お料理も好きだよ?だから、それを続けながらやるなら、お嫁さんかなあって。」
「…………お、おおお。」
セツヒトさんが見たことのない顔をしている。
笑っているわけではない。
無いのだが。
何かに圧倒されているような。
「わー!素敵な夢や!ええな!ドールちゃん!」
「そ、そうかな。」
「女の子の憧れやー!」
ショウコが実に女の子らしい反応をしている。
対して……。
「ハイビスちゃん……私は汚れてしまったんだねー……。」
「セツヒトさん……私も自分が何だか恥ずかしくなってしまって……。」
大人の女性人二人は、グラスを手に俯いてしまった。
……汚れたとか……まだそんな年齢でもないだろうに。
「……と、というか、ドールちゃん?その、お、お相手はいるのかしら?」
「お相手?」
「ほ、ほら、お嫁さんということは、旦那さんもいるわけであってね?」
「……あ……。」
ボフッ。
音を立てて赤くなるドール。
今頃気が付いたのか!?
「そ、そういえばそうだね。考えて、無かった。」
「あ、そ、そうなの!いいのよ?そんな無理して考えなくて!」
「そ、そーそー!そういうのはー、頑張って探すものでもないしねー!」
何故か声が大きくなるハイビスさんとセツヒトさん。
どこか焦っているような。
「あ、でも……。」
「で、でも!?」
「……そうなったらいいな、っていう人なら……いるよ?」
「え、えええええええっと!?それは今言ってもいいのかしらいやよくないかしら!!」
「落ち着いてーハイビスちゃーん!ていうか言わせちゃダメな気がするよー!」
「うん。言わない方がいいよね。」
「「ホッ……」」
「今はまだ。」
「「まだぁ!?」」
ギャーギャー。
うーん。
飲みの席、騒がしくなるかと思ったが、まあ予想通り。
でもドールも話が弾んでいるし、何よりである。
「ソウジさん。」
「ん?どうした?」
ドールが、顔を赤くしてこちらを向いた。
酒も入っていないが、今日は饒舌な気がする。
恐るべし、宴の雰囲気。
「……飲み会って、楽しいね。」
「……あぁ、そう思ってくれたなら、今日連れてきてよかったよ。」
「うん。よかった。」
「あぁ。」
その後もセツヒトさんとハイビスさんは、「汚れてしまったねー……。」「やはり強敵ですよね……若いし。」とか何とか言って、酒のペースを上げていった。
ていうかハイビスさん。あなた飲まないんじゃなかったんですか。
それ結構度数高いやつですよ。
いつの間に……?
「私も!お嫁さんになりたいと!漠然と思っていたあの頃に戻りたいです!!」
「おー!いいぞー!ハイビスちゃーん!」
……後の祭りか。
ひどく酔っていたら、送っていこう……。
* * * * * *
宴も半ば。
それはもうベロンベロンになったハイビスさんが撃沈。
椅子に寝転んでセツヒトさんの膝枕に頭を載せている。
「散々私も膝借りたからねー。お返しー?」
「自覚はあったんですね……。」
顔を赤くしてちっちゃく寝るハイビスさん。
幸せそうな寝顔である。
…………今日もとんぼ返りですぐ仕事だったのだ、寝かせてあげよう。
俺は席を立ち、厨房へ顔を出しに向かう。
イシザキさんにお礼をするためである。
「お疲れさまです。」
「あら、どしたの?ソウジさん。」
「お兄さんに挨拶をしようと思いまして……ってそう言えば、オスズが居ないですね。」
今の今まで忘れてた。
「オスズちゃんは、夕方までよー?ほら、新しく入った子がいたでしょ?その子と交代でね。」
「あー、なるほど。」
弁当とランチ専門になったか。
「ま、まぁ……お弁当と会計だけ、お願いしてる感じねぇ……。」
「な、なるほど。」
前言撤回。
弁当と会計専門か。
「で、でもね!稼ぎの方はすごいのよ!?オスズちゃんたら、何十食も毎日売り切るものだから、兄貴もてんてこ舞いでね!」
「それはすごいですね。」
「それに会計はもう言うこと無しね!授業員が増えたから、雇用調整とか税金とか諸々あったんだけど……その申手続きをほとんどやってくれたの!」
「…………それ、もはや事務員さんでは…………。」
というか、まんま事務員である。
「『里でやっていた事ですから、わかりますニャ!』とか言ってたから任せてみたら……ほんと、いい子雇えたわー。」
「オスズさん、すごいなあ……。」
オスズは、皿を割るわ注文を間違えるわで、初め予定していた接客はからっきしダメだった。
だが、元はアイルーの里の取りまとめをする結構すごい人。
本職の経験を活かし、バリバリ事務仕事&弁当販売を請け負っている。
適材適所、素晴らしい。
「あ、兄貴だったわね!ちょっとまっててね!」
「あ、すみません。」
スタスタスタ……。
厨房に消えていくケイさん。
うーん、オスズは心配だったが、どうやらうまく?やっているようだ。
今度また、昼にお邪魔してみよう。
「ソウジさん、こっちこっち。入っていいわよー?」
「えっ!?中、いいんですか!?」
「いいわよー!」
厨房まで俺を連れてくると、ケイさんはホールに戻ってしまった。
目の前にいるのは、筋肉ムキムキのたくましい男性。
怒っているように見えるが、これがデフォである。
「ど、どうも。急にすみません。」
「…………。」
「イシザキさんに頂いた秘薬のおかげで……ティガレックスというモンスターに勝てました。」
「…………。(コクン)」
「その、お礼に来ました。」
「…………。(ニコ!)」
「…………。」
「…………。」
「……何か喋れよ!」
ダメだ。
思わず突っ込んでしまった。
…………何故かご満悦な顔をするイシザキさん。
ウンウンとうなずいている。
「…………そ、それだけです。本当に、助かりました。」
「…………。」
「…………。」
「…………秘薬は…………。」
「うわぁ!!喋ったぁ!?」
「…………。」
「いやいやいや!すみません!いきなりで驚いちゃって!すみません、続きを!」
「…………秘薬は…………その使い所が肝要だ。…………役に立って、良かった。」
「はい。本当に助かりました。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………あ、終わりなんですね……。」
会話、終了。
普段どんなコミュニケーションを取っているんだろうか。
見当もつかない。
ひとまず礼は言えた。
初めて会話らしい会話もできた。
それで良しとするか。
「それでは、失礼しますね。」
「…………。(コクン)」
俺が厨房を出ると、イシザキさんはまた忙しなく動き始めた。
教官はこの人と意気投合したというが、一体どうやって…………?
…………まぁいいか。
俺はショウコたちのいるテーブルまで戻っていった。
* * * * * *
イシザキ亭はまだまだこれから混雑する、といった時間帯。
だが今夜はドールもいるということで、宴を早めにお開きにした。
健康的である。
「うぅ……セツヒトさぁん…………。」
「ハイビスちゃん、とりあえず私がお持ち帰りしちゃうねー。」
「はい、よろしくおねがいします。」
早めに切り上げたはずなのに、泥酔してしまっているハイビスさん。
途中からペースが早すぎた。
セツヒトさんが家に連れて帰るらしい。
助かる。
セツヒトさんの店まで辿り着く。
この武具屋と、宿「ホエール」は近い。
「じゃーまたー。」
「あっ、せっちゃんさん。明日朝、ギルドに集合ですよ?」
「わかってるよー。シガイアさんも人使い荒いよねー。おやすみー。」
「はい、おやすみなさいです。」
ガチャ。
鍵もかけていないドアを開けて、中に入っていく。
……防犯上、鍵はかけましょう……。
「ご主人様。ご主人様。」
「ん?どうした?ショウコ。」
「ウチ、今日はドールちゃんと休んでもええですか?」
「ん?いいぞ?……というか別に許可は取らなくても。ドールもいいか?」
「うん。ショウコちゃんと寝るの、久しぶり。」
どこかポーッとしているドール。
酔ってはいないと思うのだが……飲み屋の雰囲気に当てられたか?
「ウチ、一緒にいますね。」
「あぁ、助かる。」
ショウコは心配して言ってくれたのか。
相変わらず気の利くオトモである。
…………。
ショウコたちと別れ、ベッドに入る。
今日は色々あった。
正直、セルレギオスをあそこまで早く狩猟できるとは思わなかった。
冬山特訓の成果は、確実に出ているな。
宴会も楽しかったし、新たな出会いもあった。
フェニクさんとトツバ。
個性的な二人だが、いい奴らだ。
親交を深められたらと思う。
「おぉ……眠い……。」
ベッドにインするなり、強烈な眠気が襲ってきた。
明日はシガイアさんのところ行って話を聞いて……。
……ダメだ。頭が働かない。
久々に帰ってきた、俺の第二の実家、ホエール。
フカフカのベッドに包まれる。
あぁ、ただいま。ワサドラ。
温かな感触に負けるように、俺は深い眠りについた。