ディノバルド討伐を終えたその日。
夕暮れに戻ってきた俺たちは、まず採掘場管理本部に顔を出した。
時間の感覚がよくわからなかったのだが、日が落ちるかどうかのところで戻れてよかった。
建物に入った瞬間、中に居た男たち数名に一斉に驚かれた。
「は?こいつ何?逃げて帰ってきたの?」みたいな顔の人もいれば「え?もう終わったの?」みたいにポカーンとする人まで。
「……んぉ!?何だ、どうしたお前ら!!」
そんな中、すぐにおかしな空気に気付いて、責任者のノジリさんが駆け寄ってきた。
「あ、ノジリさん。すみません。」
「おぅ、ディノバルドは……やっぱり難しかったか……。」
「いえ、倒しまして。」
「……は?」
「えーっと……地図で言うと……この辺りで横たわっていると思います。」
「……ほ、本当か!?」
「え、ええ。」
「……おい!!確認!!急げ!!」
「へ、へい!!」
ガラガラ!
声を上げ、人をそこにやるノジリさん。
部下みたいな人達が、飛び上がって入り口の戸を開け、すぐに向かっていった。
……い、今から!?
多分回収班もじきに現れると思うけど!?
「す、すまねぇな。まさかこんなに早く帰ってくるとは思わなんだ……いやよ?ギルドの知り合いから、場所の難しさもあるし、少なくとも3日は見ろと言われていたもんだからよ……。う、疑うわけじゃねぇぞ!?」
「い、いえ!大丈夫ですよ?気にしてませんので。」
そこからはもうてんやわんやだった。
まずは俺の撃った信号弾に反応してやってきた回収班が、立ち入りの許可をもらいにここまでやってきて。
かと思ったらノジリさんの部下数名が「お、オヤジ!間違いねぇ!ヤツは死んでいた!」なんて言って飛び込むよように帰ってきた。
そこから回収班は仕事に戻り、ノジリさんからは「よくやってくれたぁ!」と背中をバシンバシン叩かれた。
痛い。
そして今日は遅いからと宿に案内され、そこでノジリさんや採掘場で働く皆さんの奥さん方から大量の飯と酒を振る舞われた。
大宴会の始まり。
あれよあれよと始まったものだから、止めることもできなかった。
ちなみにショウコは、奥様方集団にもみくちゃにされていた。
ここではアイルーは珍しいのか、かわいいかわいいの大合唱。
「ご主人様ぁ〜……。」とか何とか言いながら、力強い女性達に次々と頭を撫でられていた。
仕方ないぞ、ショウコ。俺にもそれは止められん。
可愛いのも時としては考えものだな、と言うと「にゃ、にゃぁぁぁあ。」と真っ赤な顔をしていた。
「……よぅ、ソウジさん!飲んでるか!?」
「あ、ノジリさん。ありがとうございます、こんな宴会まで開いてもらって。」
「いいってことよ!仕事もできず、下の奴らみんな腐ってたんだ。まるで息を吹き返したようだぜ!礼を言うのは、こっちだ!」
「いえいえ……。」
「おめぇ……凄いハンターだったんだな。回収班?の奴らから聞いたぜ?急にトップランカーになった、今一番勢いのあるハンターだってな。」
「そ、そんな。」
そう言う風に言われているのか。
一番勢い……あるかなぁ。どうなんだろう。
分からん。
「最初見たときは、生っちょろいやつが来たなぁと思ってたもんだが……まさか一日足らずで倒して、帰ってきちまうんだもんな。」
「初めての相手……ではなかったですからね。何とかなりました。」
「お?何だ、倒したことがあるのか?」
「……いえ、逆です。以前、コテンパンにやられました。」
ノジリさんに、簡単な経緯を話す。
ワサドラにやってきたばかりの新人だったこと。
少し力がついたと思ったら、ディノバルドにボッコボコにされたこと。
今回はリベンジを誓った相手との戦いであったこと、など。
ノジリさんは、手に持ったグラスをあおると、「そうか……。」と急に神妙な顔つきに変わった。
ビールの泡がついた立派なヒゲを袖で拭っている。
宿の中心、みんなが集うその場所を見つめて、ポツリと話し始めた。
「……ここにいる連中は、まぁ、色んな事情を抱えた奴が多くてな。……街で事業に失敗した者、食い詰めてここにやってきた田舎村の出稼ぎ連中、一度罪を犯して捕まったような奴もいる。まぁ、ゴロツキ集団だよ。」
「…………。」
「そう言う奴らを束ねて、時には叱咤して、時には肩組んで……全員家族みたいになっちまった。おかげで本当に家族になっちまった奴らも多くてな。ほら、あいつなんか子どもが生まれたばかりなんだ。」
ノジリさんが指差す先、随分と顔の怖い方々と笑いながら酒を酌み交わすスキンヘッドの男性。
失礼ながら、とても堅気の人間には見えないんだけど……いい笑顔だった。
ここで伴侶を得て、家庭を築いたってことか。
いい話だ。
「採掘場奥の溶岩洞からモンスターがやってくることは、まぁたまにはあったんだがな?あんなデカくて強そうなやつぁ、見たことも聞いたことも無かった。すぐに溶岩洞に帰るかと思ったら、居座りやがって……。採掘場にいたハンターの奴らも、挑みはしてくれたんだがな。」
「あ、倒そうとはしたんですね。」
「おうよ。でも、ダメだった。ハンターってのは、モンスターを狩るプロの奴らだ。そんな奴らが裸足で逃げ出すようなモンスターなんて……もう終わった、なんて諦めている者もいた。だからよ、俺達の生活を守ってくれて、感謝している。……最初は何かヒョロいやつが来たと思ったが……いや、今はもうそんなこと思ってねぇぞ!?」
取り繕うように言うノジリさん。
正直な人なんだろう、顔は厳ついが、どこか人を惹きつける魅力にあふれている。
さすがこんな連中を束ねてきただけはある。
頼りがいのある、いいおじさんだな、と思った。
「大型モンスターが出てくるのは、珍しいんですか?」
ふと気になったことを俺は聞いてみた。
「アグナコトルっていう溶岩のバケモンが出てくることはあったんだがよ。基本、採掘場にはエサになるモンスターも食い物もねぇ。現れてもすぐに溶岩洞に帰っていっちまうんだ。」
「あぁ、なるほど。」
「まさかあそこにあんなに居座られるとはな。本当に途方に暮れてたんだ。ありがとうなんてもんじゃないぜ。」
何度目か分からない礼を言われる。
慣れていないのでこっちも戸惑ってしまうが、どういたしましての気持ちを込めて頭を下げた。
「ソウジ……だったか?おめぇ、若いのにどこかおっさんみたいだなぁ……。」
「え!?そ、そうですか!?」
「いや、だってよ……それぐらいの歳だったら、こう、もっと天狗になってもいいと思うぜ?酒の飲み方も、どこか大人しいしよ。」
「い、いやぁ……色々ありまして……。そういう風に見えるのかもしれませんね。」
「そうか……苦労してきたんだなぁ。」
グビリとビールを流し込むノジリさん。
俺もチビリ、と。
……すんません。
中身はまごうことなきおっさんです。
……所作でバレるもんだな。気をつけなきゃ。
そこからノジリさんと飲み交わし、いろんな話を聞いた。
モンスターの生態の話は面白かった。
小型モンスターであるウロコトルが、ノジリさんの尻に激突し、逆にウロコトルが気絶してしまった下りは笑ってしまった。
盛り上がる中、顔の怖い男たちが続々と集まってきて、「俺なんて……。」と、次々にモンスター話を始めた。
どれもこれも面白くて、手を叩いて大笑いしてしまった。
その中で一番興味が湧いたのは、溶岩洞の奥に凶悪なモンスターがうようよ潜んでいるという話だった。
「お?さすがハンターだな!目の色が変わったぜ!」「あんたなら狩れるんじゃねえか!?」と言われてしまった。
だって気になるだろう。
その数々のモンスターの中に、炎戈竜なんて呼ばれるモンスターがいると聞いたら。
モンスターの名前は、先程ノジリさんとの話にも出てきた、アグナコトル。
(そうか、まだまだ強いやつはいるんだな……。)
無意識に双剣に触れている自分に気がついた。
ウズウズしている。
……俺ってこんな好戦的だったのか……。
「そ、ソウジさん……あんた結構やべぇやつだな。」
「へっ!?」
どうやらその滾る気持ちが漏れてしまっていたらしい。
周囲をビビらせてしまった。
俺は頭を下げ、謝っておいた。
「どっちがモンスターかわかんねぇよ!」
「はははっ!ちげえねぇ!!」
ドッ。
周りを笑い声が包んだ。
うん、洒落にならん。
自重自重。
* * * * * *
「もみくちゃにされましたぁ……。」
「お、おぅ。お疲れさまです、ショウコさん。」
「うぅ……ご主人様は助けてくれへんし……ウチはもう、お嫁に行けへん……。」
「な、何をおっしゃいます。」
ボロボロになってショウコが部屋に入ってくる。
宴は終わり、俺は宿の部屋に戻ったが、中々ショウコが帰ってこなかった。
しばらく部屋で待っていると、ヨロヨロと帰ってきたショウコ。
……俺がバカ話で盛り上がっている間、何があったんだろう……。
「奥さん達に……頭を撫でられたまでは良かったんですけど……。」
「けど……?」
「次から次に私をペットの様に撫でくりまわすもんで……うぅ……力強すぎですよぉ……。」
本心から可愛がってくれたからか、断りづらかったんだろうな。
ノーと言えないショウコである。
……な、何だろうこの気持ち。
唯一無二の相方であるオトモが、今日初めて出会った方々にもみくちゃにされていたズタボロで帰ってきて、「もう嫁に行けない」なんて言っている。
このプチ寝取られ感。
いや、寝取られてはないんだけども。
前にもこんなことがあったような。
あ、ハイビスさんがショウコを撫でくり回した時だ。
「す、すまん……助けに行ってやれなくて。」
「ええです……ご主人様が来てたら、多分もっと大変でしたから……。」
「そ、そうか?」
「奥様方に大人気でしたよ?ご主人様。モテモテでした。」
モテモテなのはショウコの方だろう、と言うのは自重しておこう。
奥様方、若い女性ばかりだったからなぁ。
ショウコのマスコット的可愛さに、女の子的感性が刺激されてしまったのでは無いかと推測できる。
ヤンママというか、強面の男性の奥さんってみんな若い気がする。
……これは俺の完全な偏見である。
「とりあえず、今日はお疲れさま。……明日朝には、ワサドラに帰ろう。」
「……そうしましょう。奥さん方にご主人様がもみくちゃにされちゃかないません。」
憔悴しきったショウコは、ベッドに入るなり爆睡し始めた。
疲れているなあ……まぁそれもそうか。
数時間移動して、そこからすぐに狩猟だったし。
お疲れ様、ショウコ。
これからも、がんばろうな。
俺は心の中でショウコの労をねぎらい、寝ることにした。
…………今度ここに来るときは、あの溶岩洞にいるという、炎戈竜アグナコトルの狩猟かもしれない。
目を瞑り、体の力を抜く。
頭が冴えて、中々寝付くことができなかった。
* * * * * *
「それでは、皆さんお元気で。」
「おぅっ!本当に助かったぜ!また遊びに来いよ!ショウコもよ!」
「は、はい……次はお手柔らかに……。」
「……ソウジよ……ショウコ、何か疲れてねぇか?」
「色々あったみたいです……ショウコ、行こうか。」
たった一晩なのに、ノジリさんやその他の方々と随分と仲良くなった気がする。
始めは顔が怖くて仲良くなるなんて想像もしてなかったが……酒の力、恐るべし。
「また来いよー!」
「次は尻尾触らせてねー!」
色んな別れ言葉を聞きながら、手を振って返事をした。
……いいところだったな。
狩猟云々抜きにして、遊びに来てみたいと思った。
「夜の飲み会だけは……ウチは遠慮したいです……。」
……別れ方は、人それぞれ。
…………。
……。
御者のお兄さんに礼を言い、俺達はギルドに向かった。
ワサドラに着いたら、既に昼。
帰りはそこまで腰は痛くならなかった。
なぜなら、横になって寝ていたから。
「ご主人様、車の中でずっと寝てましたねぇ。」
「昨日は中々寝付けなくてな……。」
ショウコはずっと、周囲を警戒してくれていたらしい。
ありがたいことである。
ギルドに着くと、さすがに人は閑散としていた。
昼間は一番ハンターが少ない時間。
今頃、それぞれの猟場で頑張っているのだろう。
俺達はむしろ終わった側。
報告を済ませよう。
「わっ……そ、ソウジさん……?」
「あ、ハイビスさん。お疲れさまです。クエスト、完了したので、報告しにきました。」
「回収班から連絡は来てましたけど……もはや驚きもしませんよ……。ご無事で良かったです、ソウジさん、ショウコちゃん。」
「ウチら、やっぱ早かったですか?」
「予想通りといえば予想通りね……ショウコちゃん、怪我はない?ソウジさんに何かされなかった?」
「な、何かってなんです?」
「え、えっと……それはぁ……と、とにかく、こちらにどうぞ!」
今はぐらかしたな。
俺がショウコに何かするわけないだろう……。
……しないよ?
「ご主人様、行きましょう?……どうしました?」
俺の手を引くショウコ。
変なタイミングで握られ、ドキリとしてしまった。
「……いや、何でもない。行こうか。」
言えるわけなんてない!
……この気持ちは墓場まで持っていこう……。
…………。
「……はい、以上で終わりになります。お疲れさまでした。」
「ありがとうございます。」
「ありがとうございます!」
元気よく礼を言うショウコ。
これを受けてハイビスさんも笑った。
さすがショウコ、雰囲気を明るくしてくれる。
「ハイビスさん、ついでにもう一つ、お願いしたいことがあります。」
「はい、何でしょう。」
普通に応対してくれるハイビスさん。
昨日は怒っていたから心配していたが、良かった。普通だ。
「明日もクエストを受けようと思います。」
「ええと……以前相談されていたという、例のクエストですか?」
「はい。」
ディノバルドと戦う前に、受付の知的イケメンお兄さんに確認したクエスト。
それを受けようと思い立った。
「もちろんショウコさえ良ければ、だけど。」
「愚問です!ウチも臨むところですよ!」
「ありがとう、ショウコ。それじゃ、ハイビスさん。」
「は、はい。」
「……アンジャナフ、ジンオウガ、リオレウス、オロミドロ、そして……ラージャン。この辺で緊急性が高いクエストはありますか?」
「…………はい、あります。」
「良かった。モンスターは?」
「…………。」
何故か押し黙るハイビスさん。
……何かヤバいのか?
「す、すみません、特に沈黙に意図はないですよ?……ソウジさん、強くなったなあと……こう、モンスターの名前を見て感慨深くなりまして……。」
「あ、ありがとうございます。」
確かに。
一年前の俺だったら、こんなこと言い出したらハイビスさんにキレられてるだろう。
自殺でもするのかと疑われるレベル。
「そうですね……まず、ジンオウガ。雷狼竜と呼ばれる大型モンスターです。」
「あいつか……。」
俺のギフトの情報画面。
「モンスター一覧」の中にその名前はある。
雪山に向かう途中にやられかけた、そいつ。
リベンジを誓うもう一つのモンスターである。
「そこが一番、ギルドとしては狩猟をお願いしたい対象です。放牧地帯の広い範囲で出没が確認され、手を焼いています。」
「なるほど。」
「次に……優劣はつけられませんが、リオレウスとオロミドロはできるだけ早いほうがいいですね。アンジャナフは、そこまでは。……そして最後の、ラージャンですが。」
「はい……。」
俺が挙げたモンスターの中で、最も警戒すべき相手。
ラージャン。
何故か俺のモンスター一覧にも名前が載っている存在。
理由はよくわからんが、どこかで見かけたんだろうか。
「……このモンスターの狩猟は、許可できません。」
「…………。」
「ソウジさんとショウコちゃんの腕を疑うわけではありません……ただ、これはもう、次元が違うんです。凶暴性、強さ、賢さも含め……おそらくこの大陸に出るモンスターでも最強と言っていい存在です……。」
「お、おぉ……。」
あのセツヒトさんがヤバイと言うもんだから覚悟はしていたが……これは相当に強そうだ。
…………何故か笑えてくる。
「ご、ご主人様?なんで笑うとるんですか?」
「あ、いや。すまん。……俺達は頑張ってきた。なのに、それすら簡単に凌駕する存在がいることが……ちょっと面白くて。」
「お、面白いですか?」
「…………変だよな。すまん、忘れてくれ。」
この世界って、広いなぁ。
まだまだ知らないことだらけ。
案外その最強というラージャンさえ凌ぐモンスターもいるのかも知れないし。
……敵うかどうかは別にして、一度刃を交えたいと。
そう思ってしまった。
「……このクエストは、首都ギルドに依頼する予定です。その、素材が必要でしたら……。」
「はい、別の方法を考えてみます。」
「はい。……すみません、以前のようなことは……もう、嫌なんです。」
俺が大怪我して帰ってきた、最初のディノバルド戦のことを言っているのかな。
「あれは……俺の実力不足ですよ。それだけです。」
「ソウジさん……。」
「とりあえずそのジンオウガのクエスト、受けたいと思います。」
「……分かりました。……明日の朝、出発でよろしいですか?」
「はい。」
「では、そのように。……気を付けてくださいね、お二人とも。」
ジンオウガだって、強敵に違いない。
また明日もリベンジ戦だな。
俺達はハイビスさんに礼を言った後、ギルドを後にした。
数人のハンターがこちらを見ている気がしたが……まぁ気にしないことにしよう。
「ショウコ。昼飯を食ったら、ジンオウガに備えて用意をしよう。」
「はいっ!……何が必要です?」
「とりあえずウチケシの実かなぁ……。」
「うわ……ウチ、あれ嫌いです……。」
「俺はいいとして、ショウコは最悪の場合、口に加えながら戦ってもらう事になるけど……。」
「絶対嫌です!」
「だよなぁ……。」
昨日はディノバルド、明日はジンオウガ。
ハイビスさんの言う通り、モンスターの名前を並べると恐ろしい限りだ。
だが、頑張っていこう。
装備……というか素材の相談もしないとなぁ。
俺とショウコは明日の話をしながら、ゆっくりと町の中を歩き出した。