現世日本で、俺は一度職質を受けたことがある。
冬の深夜に、自転車に乗ってコンビニに行っている途中、いきなり脇から出てきた警官に止められた。
防犯登録番号などを伝え、持ち物検査をされ……まぁいい気分ではなかった。
見た目が怪しかった。
寒くてフードを被り、壊れかけのライトを使っていたのも良くなかった。
今となってはいい思い出である。
なぜそんなことを今になって思い出したのか。
「……ご主人様……あの方、何されてるんですかね……。」
「…………何をしてるんだろうなぁ……。」
ディノバルドを討伐してワサドラに帰ってきたその日。
ショウコと昼飯を食って宿に帰る途中。
怪しい人物を見つけてしまったのである。
宿「ホエール」の目と鼻の先、通りの向こうで、建物の影に隠れながらコソコソしている。
目深に被った薄茶色のフード。
ローブのような服は、太ももの所までの長さがある。
怪しいことこの上ない。
「しかも……ウチらの宿を見つめてませんか!?」
「…………うーん、角度的にはそうかなぁ……。」
何かをジロジロと眺めては、メモをとる姿。
まさか……ドールのストーカーっていうやつか!?
ストーカーは昔の小説じゃ純愛とか痴情の縺れとか、素敵?な表現がなされていたが……。
現代日本では、単なる迷惑行為の一つである。
昔は可愛い呼び名だったかもしれんが、やられる方としてはたまったものではない。
「……ご主人様……ど、どうします?」
「……ドールを狙っているなら、証拠を押さえて、捕まえて憲兵に突き出す。」
「し、証拠なんてどうやって?」
「それなんだよなぁ……。」
ストーカーが一番めんどくさいのは、事件性が疑われるような行為に及ばない限りは警察は動かないというところにある。
嫌がらせですね、の一言で片付けられれば、それで終わり。
厳重注意で釈放、また繰り返すのが関の山である。
以上は俺のただの知識でしかなく、実際は知らん。
ただこの世界では……。
「とっとととっ捕まえて、吐かせましょう!」
「物騒だからやめておけ、ショウコ……。」
多少の暴力的解決も許されてしまうかもしれないのである。
ドールを狙ったストーカーなら、純愛だろうが何だろうが、捨て置けない。
あんないい子を変な目で見やがってみろ。
殺意が湧くぞ。
「……ご主人様も……殺気、抑えてください……。」
「あ、あぁ、すまん。」
思わず殺気を放っていたらしい。
……自重しよう。
俺がモンスターになってどうする。
「…………まぁでも、話を聞けばいいんじゃないか?あのまま放っといたら、多分他の人が怪しんで捕まえるかもしれないぞ。」
「そうですね……あいつホンマ、何しとるんでしょうか……。」
よく見るとその不審人物、歩き出そうとして二の足を踏んでは建物の影に引っ込む、という行為をずっと繰り返している。
…………ドールが心配とかそんな事は置いておいても、怪し過ぎる。
いかにも「俺、不審者だけど。」みたいな恰好なんだもの。
アホか。
「…………ウチがとっ捕まえます。ご主人様はフォローを。」
「お、おぅ。」
ショウコが躍起になって言う。
……まぁ、いいか。
「行きます………………っ!」
瞬間、目にも留まらぬ速さで走り始めたショウコ。
フードを被った不審人物まで、一直線。
「何しとるんや!」
「ひっ!?」
……速い。
ものの2秒くらいじゃないか?
不審人物の横にたどり着いたショウコが、肩を叩いて要件を聞いている。
「何をしとるんか聞いとるんや!次第によっちゃ、ただやおかんで!」
「わ、わわわ、す、すすすすすみませんん!!」
「謝るってことは……やましい事があるんやな!!」
「ち、ちちち違います!わ、私はただ……あれ?」
「お?」
「あ、あなたは……そ、ソウジさん!?」
「何で俺を知って……あぁ!!」
フードを被った人物。
それは、雪山で見知った人だった。
「ハンズさん!?」
「お、お久しぶりです!ハンズです!」
「え!?ご主人さま、お知り合いですか!?」
宿の向かいでストーキングをしていた人物。
それは、雪深いミヨシ村で出会った、あの可哀想なハンター、ハンズさんであった。
* * * * * *
「…………見つけたのが俺たちで良かったですね。町の人間に見つかってたら、面倒だったかもしれませんよ?」
「うぅ……そんなに私、怪しかったですか?」
「ハッキリ言いますけど、ストーカーにしか見えませんでした。」
「す、すと!?……うぅ……。」
とりあえず、ドールを狙った人間ではないとわかり、一安心。
宿の食堂を借り、話を聞くことにした。
ハンズさん。
ミヨシ村で出会った、下位ハンターの女性。
ブラウンのボブカットの髪型、可愛い女子大生みたいな容姿だが、性格は至って真面目。
ゴシャハギ討伐後の宴会で、熱心に俺の話をメモっていたのを覚えている。
その後、その宴会で出会った男女二人組とパーティーを組むも、クエストで偶然遭遇したザボアザギルを前に囮として勝手に置いていかれ。
それが元でパーティーは解散したらしい。
更に野生のポポをソロ討伐する折、今度は突如ティガレックスが急襲。
ケガこそなかったものの……まぁ実に運のない人である。
以上の経緯をショウコに説明。
「何や……ウチ、めっちゃシンパシー感じます……。」
先程まで聞いたことも無いような怒声で迫っていたショウコが、今度は同情を禁じえない様子。
…………まぁショウコも色々と苦労した側だからなぁ。
「そ、それで……雪山を後にして今度はワサドラに行こうと考えまして……。」
「それは……セツヒトさんがいるからですか?」
「う……はい……。そ、それに、若手の育成機関があると言う噂も聞きまして……。」
ハンズさんは、かなりのセツヒトさんファンである。
ミヨシでセツヒトさんと出会った時は、緊張しまくっていた。
あの憧れの人が目の前に!みたいな。
「まずワサドラギルドに向かいましたが、あいにく訓練所は一時休業中と聞きまして……それで途方に暮れていた時、セツヒト様がやっているという武具屋を思い出して……。」
「…………セツヒトさんを見張っていた?」
「うっ……。」
「……フード被ってメモ取って?」
「うぅ……はい……。」
そして俺たちに声をかけられた、と。
完全にやってることストーカーさんじゃないですか。
しかしなるほど、角度的に分かりづらかったが、ドールではなくて、宿の先の武具屋を見ていたのか。
そして訓練所は休業中?
……教官がどこかに行ってるんだろうか。
「タイミングが悪かったですね……。少なくとも、教官……訓練所が休みになったって、俺聞いたこと無いですよ?」
「え?そ、そうなんですか?」
「はい……。」
「うぅ……やっぱり運無い……。」
頑張ってたどり着いたミヨシでなんとか仲間を得たと思ったら見捨てられ。
再起してソロで頑張ろうとしたら轟竜ティガレックスに襲われ。
仕方なく憧れの人と訓練所を求めてワサドラまで来たら、訓練所は休業中。
うーん……。
「ま、まぁ無事にこうしてワサドラに辿り着いたわけだし、良かったじゃないか。」
「そ、そうですね。本当に、ガーグァ車を乗り間違えた時はどうしようかと思いましたけど。」
「え!?」
「え?」
「ま、間違えた?」
「は、はい。間違えて、ザキミーユ行きに乗ってしまいまして……。発覚した瞬間に青ざめてしまいましたけど、お金はお支払いして、途中から歩いてここまで……そして先程、着いた感じです。」
「おぉ……。」
不幸にうっかりさん体質も追加。
この人、大丈夫かなぁ……。
「……ご主人様……!」
「わ!な、何だショウコ!?」
「ウチ、何だかこの人放っておけません!」
「そ、そうだな。」
「この方からは……どこか、私と同じニオイがします!」
「えっ!?私から……えぇぇ?」
鼻を鳴らして腕をクンクンしだすハンズさん。
……そういう意味ではないですよ。
「セツヒトさんに会ってもらいましょう、ご主人様!」
「まぁ、別に全く知らない同士ではないわけだしな。」
「ついでに、ハイビスさんに話通して、訓練所も通えるように!」
「ショウコ……。」
やけにヤル気である。
シンパシーでも感じたのか。
「ショ、ショウコさん……でしたっけ?ありがとうございます……でも、そこまでしていただかなくても……。」
「宿は?」
「へっ?」
「宿は……取ってはるんですか?」
「い、いえ!まだですが……。」
「……ウチにお任せ下さい!」
タッタッタッ……。
行ってしまったショウコ。
二人取り残される。
……まさかホエールの空き部屋でも確認しに行ったのだろうか。
「あ、あの、ソウジさん。」
「は、はい。何でしょう。」
「……私、昔からこう、要領が良くないと言うか、運もなくて……ハンターになるのも、大反対されました。」
「そ、そうなんですね。」
返答しにくい!
「でも……私、がんばります!ここでソウジさん達に見つけてもらえたのも何かの縁!精一杯、ハンターをがんばります!」
「…………ええ、いいと思います。」
何だろう。
ショウコはショウコでシンパシーを感じていたけど。
俺だってそうだな。
ワケもわからんままこの世界に放り出され、何とか死にものぐるいでここまでやってきた。
この娘にも、そういう良い運の向きが来ればいいと。
そう願わずにはいられなかった。
しばらくしてホクホク笑顔のショウコが戻ってきた。
ホエールさんを連れて。
どうやら部屋も取ることができたらしい。
しかもたまたま空きが出たという事である。
「ほら、不幸なんか無いですよ!」
「うん!ショウコさん!ありがとう!」
若い二人の笑顔を見て、なんかこういうのいいなぁと思うのだった。
「お主はちと精神年齢が高すぎるのぉ。」
ホエールさんにツッコまれた。
* * * * * *
「それでー?ご用向きはー?」
「あ、え、えーっと、ぶ、武器です!武器を探しに!」
「はいよー。んー、確かハンズは太刀使いだよねー?そしたらー……。」
「あ……覚えていてくれてるなんて……。」
所変わって、やってきたのはセツヒトさんの武具屋。
まさか「この人、ストーカーです。」なんて言うわけにもいかず、その辺で偶然出会ったことにした。
まぁ問題はないだろう。
ハンズさんは、受け答えこそ普通にしているものの、セツヒトさんを見る目が完全にファンそのものである。
この目に俺は覚えがある。
そう、ミヨシ村で見たセツヒトさんのファンの方々と同じ目だ。
「これとかどーお?使い勝手の良さはお墨付きだよー?」
「ヒドゥンサーベル……ね、値段は?」
「素材コミコミでー……28万ぐらいかなー。」
「にっ!?…………う、わ、分かりまし―――」
「ハ、ハンズさん!よく考えてください!」
慌てて、セツヒトさんの言われるがままに即決しようとするハンズさんを止める。
ファンの根性の一端を見た……。
「まー、たっかいよねー。もちっと上達してからにしようかー。」
「は、はい!」
「なら勧めないでくださいよ……。」
「ごめんごめんー。ほら、目標があった方が、燃えるー?」
「なぜ疑問形。」
確かにそうだけども。
そのヒドゥンサーベルという太刀は、ナルガクルガ素材由来のものらしく、鈍く光る青黒い刀身は、あの迅竜を彷彿とさせる。
ハンズさんはとりあえず今回は保留とした。
まぁ顔合わせが今回の目的だし。
……そういえば俺も武具で相談があった。
「セツヒトさん。」
「せっちゃんー。」
「セツヒトさん。」
「えー?何で呼んでくれないのー?」
「いやだって、ファンの前ですし。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「せ、せっちゃんさん。」
「んー?何ー?」
意地でも呼ばせる気か。
何のこだわりだよ……。
「ショ、ショウコさん……お二人ってその……。」
「あー、安心してください。まだそんなんじゃないらしいです。」
ハンズさんとショウコの二人が何やら話している。
放っておこう。
「せっちゃんさん、例の武具のことなんですが。」
「あー、あれねー。集められそうー?」
「……実は、ラージャン素材は厳しくなりそうなんです。」
「……あー、やっぱりー?」
「はい。どうやら俺ではまだ実力不足らしく。」
「そっかー。まー、しょうがないねー。……素材を買うって手もあるんだけどー……高いよー?」
「ですよね……。」
予想はしていたけど……。
セツヒトさんがメモを持ってサラサラと何かを書いている。
必要な素材と、その値段の相場。
…………軽く六桁は越えそうである。
「……何とか、してみます。」
「私も知り合い当たってみるよー。」
「はい。よろしくおねがいします。」
「オッケーオッケー。ちなみに明日は何に行くのー?」
「ジンオウガです。」
「…………おー。遂にかー。」
「はい。……あ、以前作ってくれた双剣。あれでやってみようと思います。」
ミヨシ村に滞在中にセツヒトさんが打ってくれた双剣。
ベルケルブリザード。
氷属性のそれは、多少ジンオウガに有効と言うことで作られたが……そのまま使わずじまいだった。
「おー、あの氷双剣ねー。うんうん、やってみー?」
「はい、そうします。」
「んー、順調だねー。ハンズはー?」
「えっ!?」
急に話を振られて素っ頓狂な返事をするハンズさん。
セツヒトさんの話題の振り方はいつも急である。
慣れていくしかないんですよ、ハンズさん。
「わ、私は……このあと、ギルドの育成機関に紹介して下さる事になりまして……。」
「ウチがお連れします!」
「……ショウコちゃーん、やる気満々だねー。」
「はいっ!」
気合の入った返事。
ショウコが世話焼きさんモードに入っている。
「若い人はいいねー。ショウコちゃん、よろしくねー。ハンズは、伸びるよー。」
「えっ!?そ、そそそそうですか!?」
「うん。真面目だしー……あんまり言いたくはないけどー、マショルクとは気が合うんじゃないかなー。」
「や、やった……。」
おお、ハンズさんめっちゃ嬉しそう。
まぁ憧れの人にそう言われては、気合も入るというもの。
良かったですね。
俺達はそこで話を終え、セツヒトさんに別れを告げた。
「私は寝るー。」と訳のわからんことをのたまってから、屋根裏に上がるセツヒトさん。
……仕事はいいのかとか思わんでもないが、今更である。
武具屋を後にして、次の目的地に向かうことにした。
おっと。
「よいしょっ……と。」
「何してるんですか?ご主人様?」
「いや、札をひっくり返しておこうと。」
カラン。
武具屋の入り口に掛かっている札をひっくり返す。
「おやすみなさーい。」と書かれたその札に、ガクッと力を抜かれる。
「…………経営とか、大丈夫なんですかね……。」
「…………セツヒトさんの生計事情は、俺にも分からん。まぁ……大丈夫なんだろう。」
「えぇ……。」
仕事に邁進する俺たち。
のんびりワーキングのセツヒトさん。
そのギャップに、何も言えないまま、俺達はギルドに向かっていった。