ミヨシ村でであった薄幸の女性ハンズさんを、ワサドラの町中で偶然取り押さえた。
……否、話を聞いた。
すると、何とも不幸な生い立ちにショウコが共感。
事情を聞き、宿を押さえ、更に訓練所登録まで手伝うというのだから、ショウコもなかなか世話焼きさんである。
まぁ応援したくなる気持ちはわかる。
というわけで、俺、ショウコ、ハンズさんの3人で、今日二回目のギルドにやってきた。
……のはいいのだが……。
「教官が休暇を?」
「はい。私も先程確認したら、そのようでして……。」
ハイビスさんに話をすると、とんでもないことを聞いた。
訓練所が休業中なんて初めて聞いた為、もしやとは思ったが……まさか教官が居なくなっているとは。
「教官がいないとなると……。」
「あ、ご安心下さい。シガイアは存じ上げておりまして、代わりの教官は既に。」
「あ、そうなんですね。」
これを聞いてハンズさんもショウコも安心した様子。
……だが、俺としては何か引っかかる。
…………まぁ教官も休みたい時はあるんだろうけど……。
ま、いいか。
俺たちにできるのはここまでだ。
さすがにこれからの生活の送り方や金銭面の工面まではしてやれない。
ハンズさんだって大人なんだし。
こっちの成人年齢がいくつなのか知らんけど。
「では、ハンズさん。こちらに記入を……代筆は必要ですか?」
「あ、いえ。大丈夫です。」
サラサラとペンを走らせるハンズさん。
……左利きなんだな。
「……はい。これで訓練所の登録は終わりになります。ついでにワサドラギルドのハンター登録もしていきましょう。」
「は、はい。」
「こちらに記入をお願いします。」
こっちもサラサラと、止まることなく情報を書いていくハンズさん。
……へぇ、ソロでドス系の大型モンスターや、パーティーでのドボルベルク狩猟歴があるのか……。
……あんまり見ないほうがいいな。
俺は目線を逸らし、ギルドの入口の方を見る。
クエスト帰りと思われるハンターたちが、続々と入り口から入ってくるところであった。
もう少し遅かったら、混み始めていたな。
運がいい。
「……ハイビスさん。」
「はい?なんでしょう?ソウジさん。」
記入も終わり、書類をトントンとまとめるハイビスさんに声をかけた。
「教官って、どこに向かったのかとかは分かりますか?」
「確か……首都に向かわれたと聞きましたが……。」
「首都。」
「はい。あんまりこういう事を伝えるのは良くないんですけど……まぁ、ソウジさんですし。」
「……ありがとうございます。」
いきなりだなぁ、教官も。
一言ぐらいあってもいいと思うのだが。
前飲んだときは……そんな様子、別になかったけどな。
何か言ってたっけ……。
* * *
『……ソウジ君。私は、あの時の一連の流れに、どこか違和感しか感じられなかった。』
『違和感、ですか。』
『はかったような大型モンスターの大発生、生態系の大変動、リオ亜種が首都に夜間のみやって来るというおかしさ、そして観測などされたこともない超強力個体の獄狼竜の発生……それらを同時に起こす、何かがあったと思っている。』
『……それは……確かに。恣意性を感じてしまいます。』
『……優良なハンターの育成は急務。私がここにやってきたのは、ソウジ君のようなハンターをたくさん育て上げるためだ……カホ・チータも、終わってしまったしな……。』
* * *
…………とか何とか言ってたのに。
育成が滞っているではないか。
……まぁ考えてもよくわからんな。
教官のことだから、首都にあるというピンクな街に遊びに行ったのかも知れないし。
……やべぇ、考えておきながら、その可能性を否定できない。
「ショウコさん、ありがとう。おかげでなんとかなりそうです!」
「良かったです!同じ宿同士、いつでも頼ってください!」
「えへへ、ありがとう!……ソウジさんも、ありがとうございます。」
「いえいえ、俺は何もしてませんよ。」
「その……敬語、いいですよ?ソウジさんの方がハンターランク上ですし。」
「そ、そういうものですかね……じゃあ、普通にする。これからもよろしく、ハンズさん。」
「さん付け……。」
「は、ハンズ。」
「……はいっ!!」
こうして、薄幸うっかり一生懸命さんのハンズが、宿の仲間入りをした。
ショウコのお姉さんの様である。タイプも似てる。
身長と髪の色は全く違うけど。
朝とか顔を合わせる機会も増えるだろうし、仲良くやっていこう。
「……あぁ!アカン!!」
「ど、どうしたの!?ショウコちゃん?」
「も、もしかしてウチ、ご主人様の包囲網増やしたんちゃいます……?」
「……そ、それは……否定できない……!!」
ギャーギャー話しているショウコとハイビスさんは置いといて、俺はハンズに、ワサドラの美味い飯処や雑貨屋など教えてあげた。
世話をかけすぎるのも良くないけど、まぁこれくらいはいいよな。
「ソウジさんって、優しいですね。」
「いや、放っておけないだけだよ……。」
本人がうっかりの自覚があるのかないのかわからんが。
がんばってほしいと、思った。
…………。
その後宿に戻り、ドールとハンズが顔合わせ。
こちらは髪の色が似ていて本当の姉妹みたいだった。
身長も近いし。
夕飯はハンズの歓迎会も兼ねて、ご馳走が振る舞われた。
ハンズが飯を炊くのを手伝ったら「ハンズさん、すごく手際がいいよ。」と褒められていた。
親御さんがしっかりしていたんだろうなぁ……。
パリーン!
「あぁっ!すみませんすみません!」
「だ、大丈夫だよ。ホウキホウキ……。」
……前言撤回。
ドジっ子も追加で。
* * * * * *
「よしっ、10周、ハイスピードで行ってみようか!」
「はいっ!よろしくお願いします!!」
「ご、ご主人様?ハンズさんも同じペースで?」
「まぁやれるとこまでやってみよう!」
「はいっ!」
「ご主人様……。」
ショウコが止めるが、一度ハンズの体力を見ておきたい。
教官の時も、確かこんなだったなー。懐かしい。
「出発!」
「はいっ……って、は、はや!?」
「最初置いてかれるとキツイですよ!急いでハンズさん!!」
「は、はい!!」
さて、どこまでいけるか。
もちろん負けるつもりは毛頭ない!
…………。
「ゼェ……ゼェ……はぁ……。」
「ふぅ……はぁ……。」
「まだ5周なんだけど……。」
「ウチはまだいけますけど……。」
「わ、私もぉ……うへぇ……。」
「む、無理はやめておこう、ハンズ。」
「無理させたのはご主人様です……。」
早朝のランニング。
ジンオウガのクエストに行く前に体を温めておこうと、ペース早めにしてみた。
バンズも走るというので連れてきたけど……。
「教官みたいにギリギリを攻めるのは難しいなぁ。」
「今日のところはここまでにしときましょう?」
「……俺まだ温まってすらないんだが。」
「ご主人様は化け物の領域なんです……ちょっと自重して下さい。」
「はいごめんなさい。」
ヨロヨロのハンズを連れ帰った。
そしたらドールに怒られた。
「あんまり無理させちゃ、だめだよ?」
「ごめんなさい。」
「……ドールちゃん、ご主人様にはもっとキツく言わんと、わからんで?」
ショック。
* * * * * *
ガラガラガラガラ……。
「……さて、一応武具の点検は終えたわけだが……。」
「人っ子一人居ませんねぇ……。」
ギルドでクエストを受けて出発した俺たち。
今日はジンオウガの狩猟だ。
ガーグァ車に揺られながら、ショウコと打ち合わせ。
……一応「マップ」を開いて周囲を確認しているが……小型以外の反応がない。
縮尺を変えると明後日の方向に何か大型は居るんだけど……まぁコイツじゃないよな。
このマップ、精度はまぁいいとして、反応の基準のようなものがよくわからん所がある。
いや、便利なんだけど。
「だだっ広い草原やなぁ……何回か来ましたけど、街道沿いに誰もおらんのは……初めてです。」
ショウコは以前来たことがある様だった。
ワサドラの北、タオカカに向かう道とは東にそれる街道沿いは、低い草原地帯が広がっている。
ショウコが言うには、いつもなら街道沿いに少しは人間がいるらしい。
道を走る車とすれ違ったり、放牧をする人が遠くに見えたりするのだが……。
誰もいない。
とりあえず御者のおじさんには、移動して放牧する人達を見つけてほしいとお願いをした。
そんな無茶振りなんて、普通の御者なら二つ返事でお断りである。
……だが、今回の御者のおじさんは、あの人である。
「おっ!?多分この辺だ!」
「おじさん、詳しいですね。助かりますよ、本当に。」
「他ならぬソウジさんの頼みだしな!まったく最近の御者連中と来たら、腰抜けばっかりよ!」
「ジンオウガと聞いてガーグァ出してくれるって、おじさんぐらいちゃいます?」
「ははは!ショウコの嬢ちゃん、それはちげぇねぇ!」
愉快そうに笑うおじさん。
だが、事実そうだった。
今回は、放牧地帯に現れたという雷狼竜ジンオウガの狩猟。
覚悟はしていたが、便利なガーグァ車を出してくれる御者は無いかと思っ危惧していた。
そんな折、たまたま見つけたおじさんが二つ返事で快諾。
移動して暮らす放牧地帯の人々のルートまでなんとなく分かるというのだから、有り難いことである。
「ガーグー達も元気そうですね。」
「グァっ!」
「ガッ!」
「コイツら元気過ぎてなぁ……厩舎で隣のメスに発情した時はどうしようかと思ったもんよ。」
「…………。」
そういう時はどんな補償をすればいいのか。
ていうかオスメス一緒の厩舎ってそもそもまずいんじゃ。
おじさんは「そんときはそんときよ!」と笑った。
うーん、ベテラン。
…………。
「おっ、見えたぜ!あれが移動集落だ!」
「おぉ……本当だ。よく分かりましたね。」
「北のジンオウガに追われてるんならこの辺か、ってな。当たりだ。」
「……モンゴルみたいだ……。」
「?もんごるってなんです?ご主人様。」
「……あのテントみたいなのに近い物を、本で見たことがあるんだ。」
「へぇ……ご主人様って物知りですねぇ。」
前世の知識だが。
確かゲルとか言ったっけな。
小6の頃、社会科の資料集で見た気がする。
「あのテントは一つ一つ移動できるんだ。ガーグァやムーファっていう家畜を引いてな。」
「ムーファ?」
「何だソウジさん、知らねぇのか?毛の服が有名で……チーズが絶品だぜ?」
「チーズ……。」
言われて辺りを見回す。
想像通りのゲルのような形をしたテント。
その向こうに、何か耳の長い羊のような生き物がいた。
「うぉぉ……か、かわえぇ……。」
「うわぁ……子ムーファですねぇ……むっちゃかわえぇ……。」
親のムーファだろうか、その後をちょこちょこ歩くちっちゃい子どものムーファが見えた。
これハイビスさんとか居たら大変だったな。
あの人かわいいの好きだし。
「ちっちゃいのは柔らかくてウメェぞ!」
おじさんはどちらかというとセツヒトさん側だな……。
…………。
ようやく集落を見つけたが、既に昼は過ぎていた。
おじさんは知り合いの行商と一緒にテントを張って、寝床にするらしい。
もし泊まるところがなければ、お邪魔しよう。
とりあえず話を聞こうとその辺の人に訪ねたら、移動集落の中で少し大きめのテントに案内された。
ノック……はできないな、この入り口。
何かの皮でできている。
「す、すいませーん!ワサドラギルドより来ました、ハンターですが!」
『入ってくれ。鍵は無い。』
「は、はい。失礼します。」
バサ……。
ゆっくり入り口?を開けて、ショウコと入った。
返事をしたと思われるその人は、四角い帽子を取り、立ち上がった。
おぉ……身長が高い……。
そしてイケメンだなぁ……アジア系の俳優さんみたいな、凛々しい顔立ち。
チャイナ服……とは違うが、全身をスラッと包むように上下薄い青の服。
足も長いし……何だろうなぁ、かっこいい。
(大丈夫です、ご主人さまも負けてませんよ!)
小さい声で何を言うか、ショウコ。
というか言う必要あるのか。無いだろチクショウ。
「……失礼。私が族長、ハンザだ。よろしく。」
「は、はい。よろしくおねがいします。」
「よろしくおねがいします!」
ハンザさんか。
名前が近いハンズさんと混同しそうである。
ややこしいけど……まぁ気にしないようにしよう。
しかし、イケメンだからか?ショウコ。
テンション高くない?
「ギルドに要請を出したばかりだが。すぐに来てもらって、助かる。」
「いえいえ、緊急性が高いということで。早速、話を聞かせてもらえますか。」
「わかった。」
ショウコと俺は案内されて、ハンザさんの正面に座った。
椅子は無い、絨毯の上で座るスタイル。
正座しようかとも思ったが「楽にしてくれ。」というイケメン族長のイケボに甘えることにした。
堂々と座るその姿、まさにこの集落の長って感じ。
若そうなのに……すごいなぁ。
ショウコは地面に座ることに戸惑っている。
……そうか、そういう習慣って、ワサドラとかにはないもんな。
「話を始める。」
「あ、はい。」
日本人の悲しい性、「あ、」からの返事。
何かもう男として負けた気分。
……勝負にすらならないからまぁいいや。
「半月ほど前、我々はより北東の豊かな牧草地帯に居た。」
「はい。」
「次の移動をしようと、一匹のムーファを殺した。我々は移動の度に、その無事を祈って子ムーファを仕留める。……血の匂いが漂い、皆がささやかな宴を楽しみにしていた。そんな夜だった。」
「…………。」
「雷狼竜の声が、静寂を破った。私と男衆でガーグァで走らせ、女と子供は夜の移動の準備を急いだ。……ヤツは、目と鼻の先に居た。」
「……大きさなどは。」
「遠目だが、このテントよりは大きいだろう。」
「…………。」
ジンオウガの個体は、あの雪山で出遭った一体しか知らないが、それよりも大きい気がする。
強そうだな……。
「……とにかく急いだ。我々に対抗する手段などない。先祖の教えを守り、毒を仕込んだムーファとガーグァの肉を置いた。ヤツの居た反対、南に下り、この場所に着いた。……ギルドには、族長依頼でクエストを発注した。」
「…………なるほど。」
ハンザさんの淡々とした言い方に、重みを感じる。
毒を仕込んだ肉、というのはジンオウガの気を引きつつ、人間の持つ食料は美味しくないと学習させるためだろう。
先人の知恵ってやつか。
クエストにも、色んな種類がある。
討伐や捕獲などの達成条件が違うものの他に、依頼主による違いというものがある。
個人で依頼されるもの、団体など何かしら集団を代表して依頼されるもの、そして集落や町から依頼されるもの……様々だ。
基本的に自治体を代表するようなものはギルド預かりとなる。
依頼文書の中の依頼主がハンザさんではなかったのは、そういうことか。
「北の方に、ジンオウガがいるということですね。」
「少なくとも、私がギルドから聞いている限りは、だが。」
「ちなみに最後の報告はいつでしたか?」
「……今朝だ。観測班から報告を受けた。」
「……ありがとうございます。」
早朝に北方にいたのは確認済みか。
「放牧にはルートがある。……このまま居座られれば、我々の生活が立ち行かない。今も、家畜たちの動きを極力制限している。怯えながらの放牧は……辛い。……どうか、ヤツに引導を。」
「……はい。分かりました。やってみます。」
「ウチも、がんばります!」
「……ありがとう、ソウジ殿。アイルーの少女。」
かすかに微笑む族長さん。
……ぬおぉ、やばい、破壊力がすごい。
めっちゃかっこいい。いかん。
「……ご主人さま、何で顔赤くしてるんですか?」
「えっ!?いやいや!……い、行こうか!ショウコ!それでは失礼します!」
「え!?ご、ご主人さま!?な、何やの!?」
簡単に礼をして、早々に現場に向かうことにした。
うん、緊急性が高いクエストだ!
急ごう!
「……ご主人様……まさかイケメンに弱いとか!?」
「なななにをいうか。……いや、あの人は反則だろ!流石にかっこよすぎだ!だ、だから何というか、こう、不意を突かれたの!」
「……こ、こらあかんでぇ……帰ったらみんなに報告や……。」
誰に何を報告するというのか。
……マジでやめて、ショウコ。
* * * * * *
「さて気を取り直しましてショウコさん。」
「何でしょうか疑惑のご主人様。」
徒歩でやってきたのは草原の北部。
ここに来るまでは徒歩。
簡単に最終打ち合わせをしておいた。
……話もそこそこに、ショウコから様々な疑問が飛んできたけど。
「ご主人様はどちらなんですか?」、「攻めるのと守るのはどちらが好きですか?」、「イケメンやったらいいとかそういうことですか?」なんて質問が飛んできた。
「ノーマルです。」、「質問の意味がわからん。」、「そういうことではないです。」とそれぞれに返事をしておいた。
……ショウコの疑惑の目が続いているが、知ったことではない。
政治家のようにコメントを差し控えないだけ、むしろ褒めてほしいぐらいである。
そんなこんなで、一応現場に到着。
真面目な雰囲気などぶち壊しである。
「…………ショウコさん。そろそろちゃんとしましょう。」
「そうですね……いやこっちも死活問題なんですけどね。」
目印となるものが少ない草原だが、だだっ広い丘の真上に行くと3本の低い木がある、と言われた。
そこから北の辺りが出現ポイントということらしい。
…………はっきり言わせてもらおう。
「これ、絶っ対いないな……。」
「広すぎますねぇ……。」
遠くに山が見えたり、ちょこちょこ低木は生えていたりはするのだが、申し訳程度。
見晴らしがいいだけに、見渡してもジンオウガがいないことが丸わかりである。
「どこに居るのかも分からんし……ここで張り込むか。」
「私達が餌になるってことですね。」
「まぁ大人しく餌になるつもりはないけどな。」
しばらく待つことにした。
………………。
30分ほどした時、「マップ」に動きがあった。
少し気にしていた、小型モンスターの集団。
おそらく野生のガーグァか何かだと思われるそれらが、激しい動きを見せた。
「ショウコ……もしかしたら、来るかも。」
「えっ!?分かりました!?」
「いや、確実では無いが……小型が逃げ惑っているみたいだ……。」
「ありえますね……用心しましょう。」
「あぁ。」
辺りを警戒して、集中を研ぎ澄ませながら。
俺達は、雷狼竜の出現を待ち続けた。
だが。
ついぞジンオウガが出てくることは無かった。