ジンオウガの狩猟にやってきて初日。
広大な草原の中、その姿を見つけることはできず。
その日はのこのこと、放牧の民の移動集落に帰ってきてしまった。
そのことを族長のハンザさんに報告。
「なるほど。いや、すぐに見つかるとは思っていない。寝食の世話はさせてもらう。どうか、捜索を続けてほしい。」
「もちろんです。……すぐに狩猟を終えたかったんですが。お心遣い、痛み入ります。」
対象を見つけられないクエストというのも、中々無い経験だったものだから、どう報告したものかと迷っていたが。
正直に伝えることにした。
嘘つく必要も無いし。
マジでどこにいるのか分からんかったし。
族長と同じテントで休んでほしいと言われたので、そのままお言葉に甘えることにした。
「ご主人さま?イケメンさんと同じテントで大丈夫ですか?」
「お前は俺を何だと思っているんだ。」
ショウコの疑念は尽きない様子。
いや、ノーマルだって言ってるじゃないですか。
* * * * * *
夕飯時。
ハンザさんの指示に従って、やたら豪華な飯が出てきた。
腸詰めにチーズを使ったフォンデュの様なものまで、肉系が中心の温かい料理が眼前に揃う。
めっちゃ美味そうだけど……。
「は、ハンザさん。こんな豪華な食事、いいんですか?」
「どうか、食べてくれ。我々の生活を、命を賭けて守るという者が目の前にいる。もてなさずして、どうするというのだ。」
「そ、それはありがたいお言葉ですが……。」
「…………では、こうしよう。気にせず、食べるといい。我々も打算的にこの食事を用意した、と考えればいいだろう。頑張ってくれという思惑のもと、な。」
「は……はい……。」
集落の人達が精一杯心を込めて作ってくれた食事。
打算的だろうが何だろうが……俺は美味しく食す。
そして、雷狼竜を屠る。
これが俺の仕事なんだ。
そう割り切って、食べることにした。
ていうか、めっちゃ美味そうで我慢できなかった。
心弱いなぁ俺……。
「……ありがたく、いただきます。」
「いただきます!」
「あぁ。存分に食べてくれ。」
ここの方々も生活が厳しくなってくる頃だろうに。
……是が非でも頑張んなきゃな。
ムシャムシャと、食べ進める俺とショウコ。
「そういえば、普段モンスターが出てきた時ってどうしとるんですか?」
「基本的には、我々で追い返す。無論、敵わなそうな相手はすぐに逃げる。」
ショウコがハンザさんに唐突に質問した。
多分俺とハンザさん二人とかだと……ずっと黙りっぱなしで辛かっただろう。
こう言う時、ショウコがいると助かる。
「逃げるって言うのは……。」
「そのままの意味だ。我々は移動して牧畜に草をやり、成長を享受して暮らす民。動くことには慣れている。……無論、雷狼竜には慣れていないが。」
「なるほど。」
ハンザさんの口調は常に淡々と、しかししっかりとしている。
言動の責任を意識してるんだろうな。
族長ともなると、色んなもの背負ってるんだろうしなぁ。
「一人、一際強い者が居た。」
「え?それは……ハンターよりもですか?」
「分からんが……私は体術で勝ったことはない。」
「へぇ。そんなに。」
見た目めっちゃ強そうだけどな、ハンザさん。
「今はここにはいない。ある者に憧れ、その……聖地巡礼、と言っていたか。それを行うからと、居なくなった。」
「それは……奔放な方ですね。」
「真面目で素直で可愛い、私の妹だ。」
「い、妹!?」
「ああ。真面目で素直で可愛く愛くるしい、私の妹だ。」
「…………。」
よっぽど妹さんのことが可愛いんだろうな。
というか……ハンザさんの様子がちょっと変わった?
何か……表情が違うというか……心なしか微妙にデレデレしているというか……。
……もしやとは思うが……シスコンというやつか?
いや、こんなイケメンの方に限ってそんな。
「妹は可愛い子だ。小さい頃は私にべったりでな。私が長男として厳しく育てられたのに対し、妹は皆に愛された。無論、私もな。」
「そ、そんなに素敵な子がいるんですね!」
シスコン空気を察したのだろう。ショウコが当たり障りなく返事をする。
「ああ。ハンターになり、大型モンスターも何体が倒したとは聞いた。流石私の妹だ。……近頃連絡が無く、心配している。」
「ちなみにお名前は?」
「ハンズ、と言う。」
「「ブーーー!!」」
思いっきりお茶を吹き出す。
えぇ!?
ハンズってハンザさんの妹だったの!?
ま、まぁ生い立ちなんて聞いたこと無かったけど……。
「我々の部族は、父の名前から自身の名前を引き継ぐ。私とハンズは、父の『ハン』の名をそれぞれもらった。……妹と名前が似ているというだけで、誇らしい。」
「そ、それは……いいですねぇ!」
「そうだろう。それだけで私は生きていける。」
「へ、へー。」
やばい。
こらシスコンだわ。
だって違うもの。
ハンズの話をする時の目が。
キラッキラしている。
さっきまであんなに凛々しかった、キリッとした切れ目が。
少女漫画みたいだもの。
「今はどこで何をしているのかは分からない。……ハンズは可愛すぎる。心配している。」
ど、どーしよ。
……これ、言うべき?
『あなたの妹さん、その憧れの人のストーキングしてましたよー。』って!?
それとも言わない方がいい!?
どっち!?
いかん、選択を間違えると大変なことになりそう……。
そ、そうだ!しょ、ショウコはどうする!?
「……あ、ウチちょっと失礼しますねぇ……。」
トトト。
あ!逃げやがった!!
まって!ショウコ!行かないで!
バサッ。
虚しく響く、入り口の布の音。
……トイレに行く振りして消えるとか、お前合コン中の女子大生かよ!
「厠は、外だ。もしソウジ殿も催したら、使うといい。」
「あ、じゃあ行ってきますね!」
ラッキー!
スタコラサッサ。
バサッ。
出た瞬間、聞き耳を立てていたショウコをとっ捕まえた。
「……ショウコ……?」
「わ、わー!す、すんません!もうウチ、耐えきれんなって!」
「だからって置いてくな!ちょっとこのやろう!」
「わー!耳は!耳はやめてくださいぃぃ!!」
だめ、やめてやらん。
俺をあんなに濃いシスコン空間に置いていきやがって。
一通りショウコの耳いじりを終え、お仕置き終了。
「……はぁ…………いや、あんな感じとは思いもよらず……ギャップあり過ぎです、あの人。悪い意味で。」
「……言うべきか、言わざるべきか。」
「……言わん方がええんちゃいます?ハンズさん、冬山に行くまでの経緯とかは、あまり話されてなかったですし……。何か事情があるんかと思いますけど……。」
「……あのお兄さんから逃げたとか……。」
「……あり得なくもない話ですね……。」
とりあえずショウコと話した後テントに戻り、ハンザさんと残りの夕飯を平らげた。
ショウコがうまい感じに話を変えてくれて助かった。
さすが相棒。
ちなみにハンザさんは、ハンズが出ていった理由がとんとわからない、ということだった。
「しっかり者の私の自慢の妹だ。きっとこの集落の為になると、精進しようとしてくれているのだろう。」と、非常にポジティブな見解を述べていた。
…………本人がそれでいいなら、まぁいいか。
そこで夕飯は終い。
ハンザハンズ問題は棚に上げ、早々に俺たちは床についた。
明日も狩猟だしな。
気にしないスキルを発動しよう。
明日は見つかるといいなぁ……。
* * * * * *
ゴソゴソ。
眠りもそろそろ深くなろうかと言う頃合い、ショウコが何やら枕元にやってきた。
なんだ?
(……ご主人さま……。)
(……何だ?ハンザさんも寝ているんだから、俺達も早く寝よう。)
小声で話しかけてくるショウコ。
修学旅行の夜を思い出す。
(その、外の見張りとか、せんでもええんですか?)
(あぁ、そのことか。……一応見張りは立てているらしいぞ?集落内の男たちで、当番で回していると聞いたけど。)
(あ、そうなんですね……。)
(見つけ次第、俺たちに報告をくれる。……今は、休もう。)
(はい……おやすみなさいです。ご主人様。)
(あぁ。おやすみ。)
移動疲れもあり、ぐっすり眠れそうだ。
……眠い……。
…………。
……。
……ォ……。
「!!」
ガバッ!!
……今、明らかに……!!
「……ショウコ!起きろ!」
「ふぁっ、ふぇっ!?」
「来た!ヤツだ!多分!」
「えっ……わ、わかりました!」
寝に入ってしばらく。
確かに聞こえた。
かすかだったけど……。
あの冬山で聞いた、雷狼竜の雄叫びが。
「ソウジ殿。」
「ハンザさん……俺の杞憂でしたら、後で謝ります……。とりあえず、皆さんを起こして下さい。嫌な予感がしました。」
「……わかった。すぐに行動に移る。……誰か!すぐに支度を!」
俺のことを信頼してくれているのかどうかは分からないが、そこからのハンザさんたちの動きは早かった。
静かに、だが迅速に、月明かりの元荷物をまとめるハンザさんたち。
移動に慣れている、というのは、どうやら本当らしい。
ハンザさんの指揮の元、素早く動き出す人々。
…………これで勘違いだったら、本当に申し訳ない。
だが、嫌な予感がする。
咆哮も、かすかだが聞こえた。
「ご、ご主人様!?ウチには何も―――」
「わからん。確証は無いんだ。だけど……。」
何か、心が焦ってしまう。
意識とは別の、俺の本能的な何かが、動けとうるさいのだ。
「マップ」を起動しても、見張りの担当に聞いても、ジンオウガの影も形もない。
だが……わかる。
ハイビスさんがいつか言っていた、達人の感覚。
そういうものなのかどうかは分からないが……絶対に、
「ショウコ!北北東、何か分かるか!?」
「………………あ…………分かります…………空気が、違う…………。」
「よし……打って出る。準備はいいか!?」
「愚問です!」
ハンザさんたちに大体の方角を告げ、すぐさまそこに走ることにした。
放牧の民たちを巻き込みたくない。
少しでも離れたところで、戦う必要がある。
「ソウジさん!出たのか!?」
ガーグァ車のおじさんが、血相変えてこちらにやってくる。
「勘違いだったら、すみません。ただ……あの時と同じような声がしました。」
「そうか……ソウジさんが言うんなら間違いねぇ!俺にゃ何もできねぇが……頼んだ!」
「はいっ。」
おじさんもさすが、準備が早い。
既にガーグー達を待機させ、すぐにでも出られそうだ。
移動集落の人たちにも声をかけ、荷物を載せてあげている。
助かるよ、おじさん。
「武運を祈る!」
「ソウジさん達!無茶すんじゃねえぞ!」
ハンザさんと御者のおじさんの声。
返事をして手を振り、俺達は一目散に走った。
狙うは、雷狼竜。
そこで待ってろ、動くんじゃないぞ。
* * * * * *
「アァォォォォォォン!!!」
バチッ……バチバチ!
バチィィィィ!!!
視認できた。
というか、わかり易すぎた。
月明かりの下、優しく風が抜ける草原の、その上に。
光り輝く大型モンスターが、鎮座していた。
「ご主人様……あれが?」
「あぁ、ジンオウガだ……。」
「うわぁ、わかりやす……めっちゃ光ってますね……。」
帯電状態……と表現していいのか、ジンオウガはその身を光り輝かせ、雄叫びをあげた。
顔の向きを上から正面へと移し、鋭い瞳で俺たちを射殺さんとしてくる。
「…………グゥゥゥゥ…………。」
「……自己紹介は、いらないみたいだな。」
「あっちもウチらが来ること、分かっとったんですかね。」
「さてな……おい、ジンオウガ。」
ジャキン!
双剣を取り出す。
気を引くことができれば、御の字。
…………俺たちの後ろに向かわせるわけには、いかない。
「俺たちが生きるため、みんなが生きるため……お前を、殺す。」
「…………グゥゥゥゥ!!」
「…………来いっ!」
「ガァァァァァァァァ!!!」
辺りに何もない、ただただ草原が広がるそのど真ん中。
俺達とジンオウガの、戦いが始まった。
「ガァ!!」
グルン!
ドン!
グルン!
ドンッ!
「雷球!曲がるぞ!」
「はい!」
開始してすぐ、飛び道具を使ってきた。
巨体をクルッと回し、軽々とした着地と同時に、光り輝く何かを射出してくる。
ジンオウガは、その身にまとった雷の力を使って、多彩な攻撃を繰り出してくる。
その一つが、雷球。
距離のある相手に放つ、飛び道具。
ぶっちゃけ、あんまり速くない。
……だからこそ、厄介。
タイムラグがあるので、注意を払う時間が長い。
それに、曲がる。
散漫になってしまうのだ。
(この間に……来るな。)
雷球を丁寧に避ける寸前、ジンオウガが突進を始める。
やはりだ。
同時に仕掛けてきた。
「ショウコ!後ろ、取れるか!?」
「やってみます!」
気負いのない返事。
いいな、余裕がある。
「ガァァァ!!」
右腕を振り上げるモーション。
鋭い爪が襲う。
俺はそれを、寸前で避ける。
ズドォン!
(まだ。二回目……。)
鬼人化、身体能力を上げる。
……集中!!
「グァァ!」
(来たっ!)
次の一手、左腕の振り降ろし攻撃。
俺は極限まで力を抜き、対の二刀の切っ先を、合わせる。
ディノバルドよりは、遅い。
「ふっ……!」
ギキン!!
爪とかち合う、俺の双剣。
セツヒトさんが打ってくれた、ベルケルブリザード。
空中回転乱舞をお見舞いする。
剣先をジンオウガの爪から腕に走らせ、その勢いを受け切り。
俺の体は、無数の攻撃を当てた後、浮いた。
ズザザザザザサン!
「アォォ……。」
「しゃっ!」
スタッ。
着地を、こちらも軽やかに。
……いきなりだが、上手くいったな。
その爪の振り下ろしは、見たことがある。
冬山では、避けるしかなかったけど。
今は、反撃の術がある。
「ナイスです!ご主人さま!」
ヒュパ!
シュザン!ザン!
言いながら、後ろ脚と尻尾にダメージを加えていくショウコ。
「ショウコもナイスだ!このまま挟撃態勢!尻尾に気をつけてな!」
「はいっ!!」
ブォン!
指摘されて腹が立ったのか、尻尾を振り回してきた。
(……尻尾……あいつの方が数枚上手だな!)
ディノバルドよりも、数段遅い。
回避攻撃をするまでもない。
跳躍して尻尾を避け、その攻撃の中心に剣を向ける。
「っらぁ!!」
ズザン!ザシュ!ザン!
「クォォ……!」
体をぐらつかせるジンオウガ。
回るコマは、その軸こそが弱点。
……カウンターの餌食だ。
「ショウコ!叩き込め!」
「はいっ!!」
ザシュ!ザザザザザン!!
ザザン!!
ヒュパッ!ザシュザシュ!
スキが生まれたジンオウガ。
一斉に攻撃を行う。
だが。
(…………?…………様子が何か違う…………!?)
「やべぇ!!離れろ!ショウコ!」
「えっ―――」
余裕を持つことと油断することは、そこまでの過程が全く違う。
努力は、強さに繋がる。
強さは、余裕を生む。
余裕は、視野を広くする。
油断は、逆。
根拠のない自信。
それは視野を狭める。
ハンターにとって、視野は生命線。
「グァ―――」
離れたと同時、放電を始めようと構えたジンオウガ。
かすかなモーション。
だが、俺には分かった。
ジンオウガが、必殺の攻撃をしてくることを。
そして、ショウコがまずい状況にあることも。
(ショウ……間に合……これしか……!)
一瞬の思考。
放電にショウコが巻き込まれる。
少しだけ反応が遅れている。
あの一撃は、まずい。
「――――おぉぉ!!」
「うぇっ!?」
俺は、半秒にも満たない時間で判断し。
ショウコを。
ドガッ。
「ぐうっ!!」
蹴った。
苦しげなショウコの声。
(すまん!)
頭の中で謝った、その瞬間。
「グオォォォォォンン!!!」
バチバチバチバチバヂヂヂヂ!!!!
「ぐぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
「ご、ご主人様ぁ!!」
俺は、ショウコを蹴り飛ばし、避けることはかなわず。
咆哮と共に放たれた雷撃に、直撃した。