ワサドラのギルドマスターの部屋は、ギルドの外観にそぐわぬ石造り。
冷たい石の地面が、その雰囲気をより重くしてくれる。
今俺がいるその部屋は、ちょっと重い雰囲気に包まれていた。
まだ推測でしかないが、ワサドラやその周辺、または首都にかけて……その規模はわからないが、危機が迫ってきているかも知れない。
しかも、確度は高い。
「シガイアさん……どうにか、先に手を打てないでしょうか。」
足りない脳みそで考える。
シガイアさんほど頭が回るわけではないが、どうにかして最悪の事態は避けたい。
「無くは、無いです。」
「…………。」
「と申しますか、ソウジさんもお分かりかと思います。何故、その女神とやらが、ソウジさんに願いを託されたのか。」
「…………はい。」
分かりきっている。
俺に、何とかする力があるからだ。
少なくとも、赤い目の異常というのは、どうやら俺には分かる。
なぜかは知らんけど。
「ソウジさんのお力……判別能力とでも言い換えましょうか。それをもって、まず周辺のモンスターを狩る。」
「はい。」
「異常のある個体が分かれば、そのモンスターの足跡をたどる……この辺は我々の領分ですね。」
「…………。」
「そして、総力を上げて原因を断つ。…………非常にシンプルな話です。」
確かに、言うだけなら簡単な話。
今言われたように、俺が今までの様に狩猟を行う過程で、異常を見つけ出す。
モンスターは何かしらの影響で赤い目をしていると仮定して。
伝染するものなのか、それとも自然発生するものなのかは分からないが……そうしていればいずれ、原因とやらが分かってくるだろう。
「ポジティブに考えれば……おっしゃる通り、我々は先手を打つことができる、ということです。」
「……そうですね。普通神からの情報なんて、手に入りませんし。」
「ええ。全く、私も有り難い関係を得たものです。ソウジさん、このワサドラギルドにいて頂いて感謝しますよ。」
「いやいや、俺なんて、ただ偶然この町にたどり着いただけですよ?」
「ソウジさんが言っていることが真実であり、且つ我々の仮定が正しかった場合……通常ではありえない程早く手を打つことができる、ということになります。」
「は、はい。」
「いやはや……あなたがいていただいて、よかった。これは本音ですよ?」
シガイアさんは、あの雪山の地で、スタンピードの危機に晒された。
対策の陣頭指揮を取っていた訳だ。
セツヒトさんの活躍もあり、死人も出たが、あれだけの被害で済んだのだと俺は思っている。
あのような惨事をもう起こしたくないと、色々考えていたのだろう。
あれだけの資料を大量に持ち帰らせたわけだし。
仮に例の獄狼竜とやらがワサドラに急襲したとしよう。
ギルドもある訳だし、ハンターも多い。
総力を上げれば、何とかなるかも知れない。
だが万一対応に遅れが出れば、おそらくは……。
「ソウジさん。今から伝える事は、このギルドマスターからの依頼……とさせて下さい。」
「は、はい。」
少し緊張する。
「……ワサドラギルド所属……HR7、ソウジさん。あなたに、異変の起きているモンスターの確認、及び討伐をお願いします。」
「…………。」
「期間は……あまりこういう言い方は好きではないのですが、なるべく早く。情報は逐一伝えてください。ハイビズさんやヒナタさんを通してで結構です。」
「…………はいっ。」
「…………ソウジさん、私は一人の人間として、このような依頼をするのは間違っていると思います。」
後ろを向き、窓から外を眺めるシガイアさん。
その向こうには、微かにミヨシ、タオカカのある山々が見える。
「あの時……セツヒトには多大な負担を強いた。あのような事態にはすまいと、今日まで準備を進めてきました。」
「…………。」
「ソウジさんを始めとした、かなりの戦力が揃った。セツヒトも手伝ってくれれば、相応の防衛は可能でしょう。あの時とは違う。」
「…………そうですね。」
「更に、あなたの存在は大きい。現に、有益すぎる情報をもたらしてくれた…………しつこいようですが、感謝申し上げます。」
「…………はい。」
素直に感謝を受け取ることにする。
まぁ俺の力っていうより、神様の力、なんだけども。
「さて、打つ手は打っておきましょう。私も色々と動きますね。」
「どうも時間を取ってもらって、ありがとうございました。」
「いやいや、こちらこそ、です。」
「いやいや……あ、そういえば。」
社会人おっさん同士のいやいや合戦が始まろうかという時、あることを思い出した。
「シガイアさんが話したかったことって、何だったんですか?」
「あぁ、その件ですね。いえ、ちょっとソウジさんにも首都に行って頂こうとお願いを。」
「そうですか、首都に……へっ!?首都!?」
「はい。」
ぶっ飛んだ話じゃなきゃいいんだけど。
「将来を見越して、マショルクのいる内にその辺の仕事を覚えていただこうかと。」
「えぇ!?仕事!?」
「ゆくゆくは有望なギルドナイトとして私の右腕になっていただき―――」
「いやいやいやいやいや!」
「ははは、冗談ですよ。」
心臓に悪い話である。
な、なーんだ、冗談だったのかー。
…………本当に?
「いえ、首都に行っていただこうかという話は本当なんですがね?」
「へっ?な、何でですか?」
「マショルクが心配でして……。」
「……教官が?」
「はい……ほら、酒飲むとあの人、とんでもないことになるでしょう?下手に目立つと最悪ですからね……。」
「…………。」
「コントロールできる人物……ソウジさんが適役でしたから。」
俺だってコントロールできるわけではないが。
たくさん酒の入った教官は、ある意味世界一厄介である。
「それにまぁ……不思議とモテるんですよね……。心配です。女性関係が。」
「あぁ……。」
「とはいえ、そこは別の者に任せることにします。マショルクの中央とのコネクションは相当に強い。悪い言い方ですが、利用させて頂いております。」
教官はいつぞや、ケイさんのお店にも偉い人を連れてきていたらししいし。
人脈……凄そうだよなぁ。
「ソウジさんは、先程の件もあります。まぁこの話は保留としましょう。……では、どうぞよろしくおねがいします。」
「は、はい。それでは……。」
「はい、どうか、ご武運を。」
スタスタスタ……。
ガチャ。
ギルドマスターの部屋を抜けて一段落。
「ふぅ……。」
思わず息をついてしまう。
やるべきことの大きさに、少しだけプレッシャーを感じている。
そんな自分が分かる。
「まぁ……こういうときはアレだな。」
とにかく前にあるやるべきことを片付ける。
大目標は、異変の元凶を断つこと。
その為にやること、これは言うだけなら簡単。
今までの様に、モンスターを狩っていく。
そしたら自ずと、異変のあるモンスターにも当たるだろう。
「…………やることを、やるだけだ。」
こちとら元現代日本の社会人。
理不尽なことにも、それに対応するための心持ちも分かっている。
やりゃいいんだ。
おっさんを、なめんなよ。
俺は意気込んで、ギルドの受付のところへ戻ることにした。
めぼしいクエスト……前回からの目標であるところの、装備を整えるためのモンスター討伐を進めていこう。
やってみるか。
そのぐらいの気持ちで。
よし、そうしよう。
* * * * * *
そこからはやることは単純。
まずはハイビスさんに、ギルドマスターへの取り次ぎの礼を言い、話した内容も合わせて伝えておいた。
「ソウジさん……それって体よくとんでもない事を引き受てしまったのでは無いですか……?」
「そうですよねー。」
ハイビスさんが心配しながらそう言ってきた。
まぁその通りである。
ただ……報告したのは俺であるわけだし、異変が俺にしか分からないのだから仕方ない。
割り切っていこう。
……。
その後、明日行う予定のクエストの選定。
オロミドロの討伐を頑張ることにした。
ギルドを出たら、商店に顔を出した。
そこで回復系アイテムなどを買い足しておいた。
「泥を扱うモンスター」と聞いていたので、消散剤を買おうか迷ったが、オロミドロには必要ないと店主に言われた。
え?なんで?ボルボロスでは必須でしたよ?と思ったが、俺だって見たこともないモンスターである。
うーん……。
…………。
そして明朝。
「泥を扱うモンスター……ウチ、正直イヤです。」
「そう言うなって……確かに後で装備洗ったりするの面倒だけどさ。」
日付が変わって次の日。
ショウコと、オロミドロの討伐に向けて、ガーグァ車に乗り込んだ。
目指す場所は沼地。
最近オロミドロのクエストが頻発しているらしい。
異変の兆候か?とも思ったが、数年に一回はよくあることとの事だった。
大発生という規模でもないとの事。
ハイビスさんが言うのだから、まぁ間違いないだろう。
「それで……モンスターの目がおかしなってたら、ギルドに報告するんですよね?」
「あぁ、そうだ。シガイアさんからの別途の依頼でな。」
「ジンオウガはやっぱり変やったんですね……目まではウチ、分かりませんでしたけど。」
「それも俺しか分からないらしいからなぁ……分かったら、すぐに伝える。よろしくな、ショウコ。」
「はいっ!!」
ショウコの元気の良い返事を聞き、安心する。
昨日は俺の変なファンに、少し引いていた様子。
一応ワサドラのアイルーの里にも顔を出して、自分の様子を見に来たヤツはいないか確認しに行っていたらしい。
俺のファンねぇ……いまいちピンとこないけど。
まぁ、いるんだろうな。
その程度。
宿では少し元気が無かったが、ここまではさすがにファンとやらも付いて来られないだろう。
ショウコの安心も良く分かるというものである。
ちなみに宿の方は、セツヒトさんがたまに見に行ってくれるらしい。
「変なやつが来たら私に任せろー。」と、シャドーボクシングを披露してくれた。
恐ろしい拳速だった。
むしろファンの方々が心配である。
俺も安心したところで、ドールの頭を撫でて必勝祈願、宿を後にした次第である。
「しかし、このクエストの文章、すごいよな。」
「そうですねぇ……恨みというか……気持ちがこもった文面ですよねぇ……。」
ガーグァ者に揺られながら、クエストの依頼文書を広げる。
中身はこんな感じである。
【クエスト名】調子乗りすぎ髭泥野郎に鉄槌を!!
【目的地】沼地
【時間】2日以内
【ターゲット】オロミドロ一頭の討伐
【報酬金】84,200z
【依頼主】ワサドラギルド下位ハンター 男性
【依頼文】
私の昇格試験を邪魔した、あの憎き髭泥野郎を抹殺して下さい。
討伐の暁には、生首を見て酒を飲む所存です。
捕獲じゃなく、抹殺……討伐です。
どうか私の代わりに、鉄槌を下してください。
絶対に許せない。
「…………。」
「…………。」
内容を確認して、二人で黙ってしまう。
非常に恨みがこもった内容。
ちょっと怖い。
ショウコが沈黙を破って話だ。
「……自分でやったる!みたいな気概は無いんですかね……。」
確かに。
この文面を見たら、まず思うところはそこだ。
「下位ハンター……だからかなぁ。一応名前が伏せてあるのは、その辺の配慮かもしれん。名前が割れたら、その人の信頼に関わるからな。」
「あぁ、なるほど。」
「今は討伐が難しい……だが、腸は煮えくり返っている。とにかくこの憎しみを今すぐにでも何とかしたい……ってところか?」
「よほど腹に据えかねてるんですね……。」
オロミドロって、そんなに大変な敵なのか……?
確かセツヒトさんは、『オロミドロとかちょーめんどいんだけどー、まーソウジならイケるイケるー。』とか言ってた。
…………うん、心してかかろう。
何せ初見だ。
警戒して何も損はない。
「お兄さん、あとどんくらいです?」
「あぁ、もう一時間ほどで着くと思いますよ?スタート地点は泥が多いので、その手前で降ろさせてもらいますけど……よろしいですか?」
「はい、大丈夫ですよ。ギルドから聞いてますので。」
今日の御者の人は、いつものおじさんではない。
見た目は若い、20とかそこらの年齢だろう、お兄さん。
精悍……というよりは、どこか可愛いような印象を受ける。
手綱さばきは詳しくはないが、上手だと思う。
「有名なお二人に乗ってもらえて、嬉しいですよ。」
「あ、ご存知でしたか。」
「御者仲間じゃ有名ですよ?とっても低姿勢なのに、あの轟竜を赤子の手をひねる様に倒してしまう猛者がいる、と。いやぁ、感動していますよ。」
「その話。めちゃくちゃ尾ヒレ付いてますよ!?」
「美女を数人侍らして暮らしてるって聞いて嫌な感じがしてたんですが、悪い噂はアテになりませんね。」
「何だその話!?」
俺はその後「マップ」でこっそり周囲を警戒しつつ、お兄さんの誤解を解くことになった。
こんな噂、誰が広めたんだ……。
…………御者のおじさんかな。
…………。
…………。
沼地にたどり着いた。
お兄さんは話通り、池沼地帯の手前で俺たちを降ろし、帰っていった。
変な噂を鵜呑みにしないよう、リテラシーというものを懇懇と説いてあげた。
全く、誰が美女を侍らせてるっていうんだ。
「………ご主人様。」
「ん?なんだ、ショウコ。」
「火のないところに煙は立たないって言いますよ?」
「な、何を仰る。」
「自覚はあるようですね……。」
…………。
確かに俺の周りに女性は多いけど。
おっさんも多いぞ。
教官にホエールさん、シガイアさん、イシザキさんに……ハンザさんという超絶イケメンも追加されたのだ。
「男女問わず、知り合いが多くなってきただけ―――」
「ウチとトツバにフェニクさん、ドールちゃんにハイビスさんにセツヒトさん、ヒナタさん、ハンズさん……。」
「さ、さぁ。行きましょうショウコさん。」
「ちょっと自覚はあるんや……いや、これはむしろいい傾向かもしれん……。」
何かブツブツとショウコが話しているが、気にしない事にする。
徐にポーチに触れる。
辺りは大型などいない……と「マップ」では分かるが、正直コイツはアテにはならん。
気を引き締めて行こう。
…………。
……。
辺りは水の音以外、静かなものだ。
とは言え、俺たちの進むその足音は、嫌な音を立てる。
グチョ、グチョ、グチョ。
うーん……帰ったら即、足を洗いたい。
そんなどうでもいいことを考えている時だった。
…………グァ…………!
遠くから、大型モンスターの声が聞こえた。
「ご主人様、今の……?」
「あぁ、聞こえたか?」
「はい……うちにもバッチリです……多分この先やと思います……。」
「よし。」
息を潜め、声がしたその場所に近づく。
沼地は、何も沼ばかりの場所では無い。
起伏に富んだ凸凹……というよりも崖と滝がたくさんある場所……と言えばいいのか。
切り立った崖は迂回すれば登ることができるし、そこは別にぬかるんではいない。
高い土地は乾いていて、沼のある崖の下とは植生もまるで違う。
崖下の沼は……まぁ、ビチャビチャの地面。
くるぶしの上まで水に浸かるため、そこを進むたびにショウコが嫌な顔をしている。
念の為「マップ」を開く。
…………しっかりと大型のモンスターの位置が分かる。
場所は、やっぱり沼。
……何だ、ちゃんとマップ動いているじゃないか。
「マップにも付いている……あれ?」
「どうしました?ご主人様?」
マップを見て変なことに気づく。
「大型が……2体、居るぞ?」
「へ?……オロミドロがたくさんおるってこと……ですか?」
「いや、分からん……ちょっと遠くから見てみるか。」
「はい。」
方向転換。
向かう先を崖上に変更して、観察を行うことにした。
山道を登り、崖の上へ。
「ふぅ……ここなら見え…………る…………。」
「どうしましたご主……ふぇ!?」
二人して驚く。
俺たちが今いるのは、切り立った崖の上。
眼下に見える沼地、その中央に鎮座するのはおそらくオロミドロ。
茶色い全身、骨格は海竜種のそれ。
情報通りのヒゲ、頭から背にかけてヒレのような突起が生えている。
かなり長く、尻尾が巨大な体の半分はありそうだ。
沼に全身を横たえ、リラックスムード……まぁそれはいい。
問題はその周囲。
泥翁竜オロミドロの周りを、ゆっくりと移動する巨体があった。
優雅にさえ見えるその動きは、オロミドロに対しての敵意などは微塵も感じられない。
「ご主人様……あれって?」
「分からん。ちょっと待て……。」
初めて見るモンスター。
息を潜めながらポーチに触れ、ギフトを起動。
モンスター情報を照合する。
「姿形は何となく海竜種だと思うんだけど……あった、これか?」
中空に浮く情報画面を、頭の中で操作する。
事情の知らない奴からしたら、頭のおかしいやつに映るだろう。
「泡狐竜……タマミツネ……?」
「ほうこりゅう?」
見下ろす崖の下。
聞いたこともないモンスターの出現に。
俺たちは頭を悩ませてしまった。