今まで、様々なピンチに直面してきた。
思えば一番ヤバかったのは、やはりディノバルド戦。
腕もまだまだ未熟だった。
骨を折り、裂傷を喰らい……結局あの時は、教官とセツヒトさんに助けられた。
感謝してもし切れない。
初めてこの世界に来た時のバサルモスも中々ヤバかった。
何せなんの知識もない中、放り込まれていきなり、である。
未熟とかそういうレベルの話ではない。
違法臭い方法で何とか逃げ延びることができたが……あれもよく考えたら、相当に命の危機だった気がする。
ベリオロス……ガムート……ゴシャハギさん……雪山でも結構ギリギリの連続だった。
ティガレックス戦は特にきつかった。
セツヒトさんという極力なバックアップがいない中で、まぁよくやれたと思う。
そして現在。
多分自分史上最高にヤバい。
タマミツネ……おそらくだが、コンディションさえ良ければ、普通に狩ることができると思う。
その位の強さ……だと思う。
だが、今目の前にしているコイツは……ちょっと凄い。
「ギャァァァァァァ!!!」
「よっ……!!いってぇ……!!」
ズドォ!ズァ!!
避けるので精一杯。
上手く剣が握れない。
右腕が振れないので、体も中々自由がきかない。
痛みも走る。
……そう、ただのタマミツネではない。
少なくとも、狩猟始めに俺が相手した個体と同じとは思えない。
挙動も鳴き声も……何だったら見た目も違う。
体色は全体的に黒みがかり、口から漏れる唾液は紫色。
気持ち悪い。
そして何より……強い。
一発一発が、致命傷レベル。
多分ティガレックスとかディノバルドの尻尾とか……それぐらいの力はあると思う。
痛かったもんなぁ……さっきののしかかり。
死んだかと思った。
(装備のおかげか……体が丈夫になったか……。)
バシャッ!!
動きは止めない。
タマミツネに標的にされないように、常に走り続ける。
骨は痛むが、走れないほどではない。
回避に専念すればイケる、と楽観視したい……が。
できない。
懸念がもう一つ。
「グァァァァァァ…………。」
(またこの霧……。)
俺が攻撃を喰らってしまった、一つの原因とも言える。
この黒い霧?煙?のようなもの。
タマミツネのどこから発生しているのかは知らんが、多分これを吸い込んだらやばい。
というか、やばかった。
体の自由が、効かなくなってしまった。
自由が効かない、とは表現が少し違う。
かなり疲れて、体が異様に重くなった……その様な状態になってしまう。
現在も体はだるい。
また体が動かなくなるようなことがあれば、今度こそ……。
(なのになぁ……何でだろう。)
「ギィヤァァァァァァ!!!」
「ふっ!」
ザバァン!!ズドン!!
体スレスレに、タマミツネの尾の先端が振り回される。
ギリギリで避けて、タマミツネを見据える。
状況は最悪。
このタマミツネ、かなり強いし……訳の分からん煙で俺は弱いし。
果ては骨折、避けるしかできない。
いつかはジリ貧。
そんなザマなのに。
(よく、見える。)
心が、落ち着いている。
腕は痛む。うまく双剣が握れない。
体は……まぁ動くけど、万全ではない。
だけど、とても冷静だし、タマミツネの攻撃がよく見える。
「ふんっ!!」
ズザ!ザシュ!!
「グァァァァ……。」
僅かなスキを見ては、タマミツネにカウンターを入れる。
左手だけで。
攻撃力は半減だが、何もしないよりはましだろう。
「グォォ……!」
「……!?よっ……と。」
突然首を伸ばしたと思ったら、タマミツネはその場でグルンと横に回った。
布団の上で転がるかのごとく、俺に向かって。
充分に距離を取り、攻撃を避ける。
「ふんっ!!」
ザン!ザシュ!!
ズザザザ!
「ギャァァァ!!」
「……いってえ……。」
攻撃後のスキを見つけては、一撃、二撃。
それを繰り返す。
軋んで痛む体は、この際気にしないことにする。
はっきり言って、左だけでは大したダメージにはなっていない。
このまま続けてもあまり意味は無いだろう。
……だが、やるしかない。
どうせジリ貧なら、少しでもコイツにダメージを入れる。
体力なら負けない。
さぁ、タマミツネ。
「やれるところまで、やろうか。」
「…………グァァァァ…………!」
それは返事なのか。
正気を保たぬモンスター。
傷を負ったハンター。
俺たちの泥沼の殺し合いが、再び始まった。
* * * * * *
「ふっ……はぁっ!!」
ザン!ザシュ!ズザザン!!
「グァ……ギャァァァァ!!」
「ぐっ!!」
ドガァ!!
バシャア!!
…………。
タマミツネの攻撃を避けては一撃、避けては二撃。
重い体に鞭を打ち、攻撃を入れていった。
何度か判断を誤り、吹っ飛ばされている。
文字通りの、泥まみれ。
何度も何度も転がされ、体中ビチャビチャ。
幸い、致命傷は食らってはいない。
が、小さなダメージがコツコツと累積している。
……だが、それはタマミツネも同じだ。
先程から、動きが鈍い。
流石にスタミナ切れしたのだと思っている。
そして、変化したことが一つ。
(体が軽くなってきた……。)
俺の方は、徐々に回復してきている。
酷い風邪をひいたかの様にだるかった体が、だんだん微熱程度のそれまでにおさまってきた。
理由はわからんが……まぁいい兆候だ。
(回復薬グレート。)
スッ。
ポーチに触れ、回復薬グレートを即座に2つ選択。
2本のうち、1本を飲み干し、もう1本は体にぶっかける。
(薬の効き目がすごいのか……俺の体がおかしくなったのか……。)
骨折の方の痛みは相変わらずだが、スキル気にしないを発動しているので何ともない。
……嘘です。
めっちゃ痛いのを我慢してます。
(ま、まぁ……ディノバルドの時よりは数段マシか。)
辛い基準があるから耐えられる。
ブラックな社畜のような考え方だが、今ばかりは社会人経験に感謝である。
「グゥゥゥゥゥゥ……。」
恨めしそうに俺を見つめるタマミツネ。
相変わらず苦しそうな表情だ。
「ガアァァァァァ!!!」
「しっ!!」
ドガァ!!
ヒュッ……。
(うまくいった!!)
ザシュッ!ズザザザザン!!
「ギャァッ!!」
馬鹿の一つ覚えのようにのしかかりを繰り返してくるタマミツネ。
その疲れ様も込みで、攻撃範囲は読み切っている。
右腕を庇いつつ、左の双剣で回転斬り。
カウンターが綺麗に入った。
(よしっ!)
ビキッ!
「いぃっ!!??」
強烈な痛みが右腕に走る。
……調子に乗るとこれである。
アホか。
(慎重にいかないと。)
右腕をカバーしながら左手で双剣を振り回す。
当て木でもしたいが、そんな悠長なことはしていられない。
俺の見た目はもう片手剣である。
「ギャァァァァ……!!」
「ん……?」
ダッ。
急に間合いを取ったと思ったら、タマミツネが咆哮をあげる。
顔を上げて口の周りに小さな泡……ビームか?
「やらせるか……!」
パシャッ!
無事な両足で、急いでタマミツネに近づく。
ブレスや長い咆哮の時間は、チャンスタイムだ。
タマミツネは、細長い水のビームを扇状に繰り出してくる。
その扇の要が、狙い目だ。
右側面に回り込みながら、近づき。
「うらあ!!」
ザシュ!ザザザザザン!!
左だけの鬼人化乱舞を入れる。
「ギャァ!!」
ゴロン!ゴロゴロ……。
タマミツネが派手に転んだ。
チャンスだ。
(頭部!!)
転んだタイミングと体勢を見て、最も頭部に近くなるだろう位置に、先に回り込む。
左手でしか攻撃ができない。
少しでもダメージを多く大きくしたいのなら、こちらは頭を使うしかない。
左手で剣を振るその瞬間、ちょうどタマミツネの頭部が目の前にやってきた。
(タイミングバッチリ……!)
「ふっ……!」
ザシュッ!ザザザザザン!!
ズザン!ザシュ!!
二段斬り、ならぬ一段斬り。
それを皮切りに、左手一本の攻撃を入れていく。
焦れったい。
いっそ右手も使ってしまいたい。
でもできない。
だって折れてるし。
焦りは禁物なのだが、欲張ってしまう。
(慎重に……今は少しずつ……。)
「うらぁ!!」
「ギャオォォオ……!!グゥゥゥ……!」
らしからぬ声を上げ、ようやく立ち上がるタマミツネ。
……ようやくダメージが入ってきたか。
「おまけぇ!!」
「グァ……!!」
負傷しているその赤い右目に、もう一閃。
……入れたのだが。
ヒュパッ!
「!!」
「ギャァ!!!?」
たった一撃。
それだけなのだが。
「グァッ……ガァ……グゥゥゥ……!!」
身をよじり、痛みをこらえる様子のタマミツネ。
今のは……。
「…………ガァッ!!」
「うおっ!?」
ズガガガガガ!!
蛇がその身を動かすように、突如突進してきた。
沼を抉りながら進むのを、ギリギリで避ける。
(危なかった……。)
突進に、爪撃を混ぜて攻撃してきた。
喰らえば致命傷だった。
考え事をしながら戦うと良くないんだが……。
先程の一撃。
感触が違った。
いつもの攻撃ではない。
軽い一撃が……とてもきれいに入った。
(もう一回……。)
タマミツネを見据える。
さっき当てたところは、右目。
狙うには、ちょっとリスクは高い。
見極めて……。
「グァ―――」
(……今っ!)
バシャッ。
その巨体を捻らせ、俺の左に位置取ろうとするタマミツネ。
その動きはもはや見飽きた。
移動先を読む。
(ここっ!!)
ヒュパッ!
ザン!
「グァァァァ!!」
(また
「入った」という表現が、一番しっくりくる。
タマミツネの動きを読んで先に回り、合わせる形で入れた左の剣。
まるで切っ先に何も当たっていないかの様であった。
軽く透き通るような、でも手応えは充分の一撃。
これは……。
(……考えてもわからん。)
深く考えるのは辞める。
とりあえず、弱点である目に、いい感じの攻撃を入れることができる。
そこまでは確実。
…………確実、に持っていくまでが大変なんだけども。
「グァァァァ!!」
「よっ。」
ヒュパッ。
「ギィヤァァア!!」
「ほっ。」
ヒュン!ヒュパッ!
ザザン!
(すげえ。入る。)
タマミツネの動きを読み、カウンターを合わせる。
狙うのは顔ばかり。
その数撃全てが、入る。
かなりの集中力を要するが、回避攻撃のタイミング合わせよりは楽だ。
(先を読んで……。)
ヒュパッ!
ズザザン!!
「グァァァァ!!…………グゥゥゥ……。」
「おぉ……。」
自分でも驚き。
かなりのダメージが入っている。
タマミツネに、反撃らしい反撃ができている。
心無しか、体も軽い。
先程から体の重さは少しずつ無くなり、膝をついていた時が嘘のようである。
(……何が起きているのかわからんが……チャンス。)
集中力の持続。
自信のある体力。
剣は一本しか使えていないが。
(このまま……押す!!)
左手の剣を再び強く握りしめ。
俺はタマミツネに猛攻を仕掛けた。
* * * * * *
「グァァ……ガァ……。」
「…………。」
それから一刻ほど。
タマミツネは見るからに消耗していた。
「…………やっ!」
ヒュパッ!
ザン!!
「グァァァァ…………!」
ドン!……ダンッ……。
「尻尾、切れたか……。」
タマミツネのその自慢の尻尾を、体から切り離すことに成功した。
変色したその尻尾が、沼地に転がる。
「グゥゥゥ……。」
「……辛いよな……今、やるから。」
バシャアッ。
沼地を蹴り、一瞬で間合いを詰める。
目の前に来て尚、タマミツネは動かない。
(限界か……。)
ヒュパッ!!
ズザン!!
首の付け根に、再び剣を入れる。
この感触、忘れたくない。
「ギャァァァァァァ…………グォォォォ…………。」
「……じゃあな。」
ヒュン!
ズザン!
「ガァ………………。」
ズン…………。
「………ふぅ………。」
「…………。」
「倒した……か……?」
沼地にその身を横たえたタマミツネ。
……そのまま動き出すことは、終ぞ無かった。
「はあっ…………しんど……。」
バシャン!
水などお構いなしに、地面に尻をつく。
じんわりと冷たい感触が下半身に広がるが、正直動きたくない。
「…………正気のお前と、最後までやりたかったよ。」
タマミツネの骸に、返りもしない言葉を投げかける。
分かっていても、声をかけてしまう。
自分の心の整理のため。
(勝ったぞ!って……そこまで思えないわ。)
追い詰められて、死にかけて……。
何故かは分からないが回復して来て。
左手一本しか使えないという状況で、何とか倒すことができた。
「…………お前は、何でそうなったんだ?」
タマミツネの目を見る。
青く鈍い色をした眼球。
先程まで赤く妖しく光っていた目から、元に戻っている。
…………どういう理屈なんだ。
……だが、何かの外的要因でこうなったとしたら。
それを仕向けた……何かがあるとしたら。
「…………許せないな。」
最初の頃のタマミツネの流麗な様。
オロミドロと2体で、仲睦まじげにしていた、あの姿。
一変してしまった。
荒々しい攻撃、耳をつんざくような苦しげな叫び声。
そして、赤い目……。
それを仕向けた第三者がいるというのなら。
許すことは、できない。
ジャボ……。
「……とりあえず信号弾打って、ギルドに戻って報告―――」
立ち上がり、ふと目を落とした。
水面に映るのは、俺の顔。
ギョッとした。
「…………は?」
確かに、間違いなく。
「今……俺の目……。」
赤く光っている。
妖しく、自分の目なのに、恐ろしくもあった。
「…………。」
俺は意味もわからず、ジッと水面を見つめた。