昼前のギルドは、昨日の夕方の盛況ぶりとは打って変わって、静かなものであった。
石造りの扉を抜けると、受付には人もまばら。
チラホラと重装備のハンター達がいる程度である。
やってきたのは、情報収集……もとい暇潰しの為である。
ハンター達の動向を知るのも大切だ。
あまり誉められたことではないが……一つの集団に、遠くから耳を立ててみた。
「ザシュー、確認終わったぞ。」
「そうか。では、行こう。」
「禁足地の近くに行くのは初めてだな……。」
「まずは移動だ。護衛もいるから、気楽なものだ。」
「それもそうだな。車の中で打ち合わせをしておこう。」
……どうやら遠方に長期間をかけて狩猟に行くようであった。
四人組で一人は女性。あとはむさい男達。
顔を見たことがある程度である。
あの人の名前なんて言ったっけな……などと考えていると、リーダー格の男性と目が合ってしまった。
会釈を返しておく。
俺はいつもソロ……ショウコとばかりクエストに行くため、あの様に仲良くパーティーで狩りに向かうのは、実は少し羨ましい。
すると、その目があった男性が仲間に断りを入れ、俺に向かってきた。
…………えっ?
何か俺やってしまった?
「…………ソウジさん、ですか?」
「あ、はい。」
返事にどうしても「あ、」が入ってしまう。
悲しいかな、日本人おっさんの性である。
「…………自分は、HR5で双剣使いのーーー」
「ザシューさん、ですよね?確か以前ギルドでお話しした。」
「あ、はい。」
ギロリと怖い目つきで睨んでくるザシューさん。
なんで覚えているかって、めちゃくちゃ怖いのである、この人。
まるでプロレスラーの様な体格。
双剣を使うなんて聞いて度肝を抜かれたのを、今でも覚えている。
だって明らかにハンマーとか大剣とか、その辺の武器を扱いそうな感じなのに。
「…………お、覚えていてくれたんですね。」
「え、えぇ。それは、まぁ。」
「…………嬉しいです…………。」
「…………。」
会話が途切れる。
えっ、何?
やばい、ガンくれやがって、的な話になるなら、完全に非は俺にあるわけですけど……。
ぶっちゃけちょっと怖い……。
「……お、同じ双剣使いとして、尊敬しています。」
「そ、それは……どうもありがとうございます。」
「その低い姿勢も、見習っています。……お時間頂戴して、すみませんでした。失礼します……。」
ドスッ、ドスッ……。
でかい足音を立てて去っていくザシューさん。
……あー怖かった。
あんな人に睨まれたら誰でも怖いに決まっている。
しかし、尊敬か……俺何かしたっけ?
……まぁいいか。
悪い感情を持たれていなかっただけでも、よしとしよう。
うーん……モンスター相手なら慣れてきたけど、やっぱりガチンコのハンターさんは未だに怖い。
パーティーを頻繁に組めば克服できるのだろうか。
……でもなぁ、ギフトとか秘密を隠したまま過ごす自信がないし。
そもそもそんなのシガイアさん辺りはまだ許してくれないと思うし。
「うーん……。」
「ソウジさん、どうかされましたか?」
「おわっ!!……は、ハイビスさん。」
「そ、そんなに驚かれなくても。」
「すみません……考え事をしておりました。」
「考え事?」
突然ハイビスさんに声をかけられて驚いてしまった。
声のした方を振り向くと、今日も今日とて、受付嬢の制服がよくお似合いのハイビスさんがいた。
手には小さなバッグを持っている……これから外出するところだろうか。
ハイビスさんに、先程あった事の顛末を話す。
ザシューさんについてだ。
「あぁ、ザシューさん、ですね。」
「はい。急に声をかけられてビビり倒してしまって……。」
「あの方、とても強面ですけどとてもいい人ですよ?クエストの報告とかも非常に好印象ですし。」
「あぁ……。」
以前冬山でハイビスさんと生活していた時。
たまに出る愚痴の中に、報告するハンターさんでふざける人がいて困る、という内容のものがあった。
「付き合ってください」とからかわれたり、終始ニヤニヤしていたり、と。
ハイビスさんが美人さんだからだよなぁ……なんて思いつつ、聞いていたけど。
「仕事をきっちりやってくださる方、ですね。……あ、そう言えば。」
何かを思い出したようで、上を見上げるハイビスさん。
…………よく見ると口の下に何か食べ物のカスがついている。
これは言うべきか言わざるべきか。
…………黙っておこう。
「ザシューさんが以前尊敬している方がいる、と仰っていましたが……ソウジさんのことなんでしょうね。」
「えっ?」
「いえ、双剣使いに転身した、というので何故か尋ねたらそう仰っていて……。」
「へ、へぇ。」
少し身構えてしまう。
だって以前、俺の熱狂的なファンがいると聞いていたから。
……そんな俺の空気を察してか、ハイビスさんが補足してくれた。
「間違いなく、悪意のある方ではありませんから。安心してくださいね。」
「…………す、すみません。疑心暗鬼になっちゃってて……。」
「お気持ちはわかります……私もよくわからない手紙とか花束とか受け取って、どうして良いかわからない時がありますから……。」
すげぇなこの人。
アイドルさながらである。
「それで、今日はギルドにどんな御用ですか?」
話題を変えてくるハイビスさん。
とっとと建設的な会話に戻ろう。
「実は右腕を折りまして。」
「ええ、聞いてます。」
「そんなに大きなけがでは無いんですけどね。それで、昨日のクエストのことについてはシガイアさんに報告しました。……ハイビスさんは、どこまで聞いてます?」
「え、えっと……。」
少し思案顔のハイビスさん。
顔を近づけて俺に耳打ちしてきた。
…………近い!まつげ長い!
「……その、色々聞いてます……大変なことになっていますね……。」
「え、ええ……そのことで、モンスターに異常が無いか自分なりに調べようと思いまして。腕も折ってちゃ、クエストにも行けませんし。」
「なるほど……。」
そう言うと顔を離して、何か考え込むハイビスさん。
一体何をお考えかはさておき、やはりこの人美人さんである。
さっきファンレター?やら花束やら、色々貰っているって話していたけど……。
この人、彼氏さんとかいるのだろうか。
…………いや、いないな。
冬山で散々セツヒトさんに愚痴ってたし。
「婚期が遅れるぅ〜」とか何とか、酔って話していたなぁ……。
……もちろんこの話は墓場まで持っていく所存であります。はい。
「……ソウジさん、わ、私今から外出する用事がありまして……。」
「あ、はい。」
「その件について、お、お伝えしたいことがあるんですが、何分込み入った話になりそうで……。」
「……は、はい。」
急にテンパりだすハイビスさん。
先程までとの落差がすごいな。
仕事モードが急にしどろもどろになっている。
ギャップがあるなぁ……。
「そ、その、ソウジさんさえよろしければ……お、お食事でも取りながら、その件のお話をし、しませんか?」
「食事って……ランチってことですかね?」
「そ、そうです!ランチデー……ちゅ、昼食を取りながらなら、お話もまぁ長くてもいいかなぁ?と。」
「なるほど……。」
特に断る理由もないよな。
暇なんだし。
そもそもそういう情報集めの為にギルドに来たわけだし。
「はい、いいですよ。喜んで。」
「は、はい。それでは……イシザキ亭に昼、でどうでしょう?」
「分かりました。……俺、左手で不器用な食べ方するかもしれませんけど。その辺はご容赦願えたらと。」
「い、いいですいいです!何なら私が…………な、何でも無いです!」
「…………?」
焦っているように見えるけど……まぁとりあえず飯を食いながら話そうっていうことだろう。
俺の発言に嘘は無い、喜んで、である。
「で、ではまた!」
「はい。それでは。」
スタスタスタ……。
ギィィ……。
ギルドの入り口を開けて、颯爽と出ていくハイビスさん。
いや、なんか足取りがギクシャクしているような。
……まぁいいか。
一先ずは、やるべきことをやろう。
そう思い立った俺は、ギルドの中央、クエストボードに貼られた依頼を見てみることにした。
この中に異常が感じられる様な依頼があれば、ちょっと職員さんに聞いてみよう。
今はハンターが少ない。
チラホラとクエストボードとにらめっこしている人はいるけど、依頼がよく見える。
(大量発生……ジャギィにクンチュウ……そんなに異常って感じではなさそうだな……あ、オロミドロの依頼が減ってる……結構倒されたのかな?…………リオレウスにリオレイア……アンジャナフもあるな……アオアシラ?しかも撤退要請?ぎゃ、逆に難しいんじゃ……。)
さまざまなクエストの依頼内容を見ては、考えを巡らす。
とは言っても、異常な内容というのは見当たらない。
そういったクエスト依頼は、多分ギルドの方で預かっているのかもしれない。
だが一つ、いつもとは違うところがある。
クエストボードの中央下、でかでかと紙が貼り出されていた。
こう言うものの大体はハンターに対する注意事項が書かれていることが多い。
・モンスター乱入案件が多数。
原因はギルドで現在調査中。
異変を感じた場合、早期撤退推奨。
(キャンセル料無し)
・異常個体発見には報奨金が渡されます。
別途相談を。
ワサドラギルド ギルドマスター シガイア
(……なるほど、こうなったか。)
昨日から一晩開けて今日。
おそらくシガイアさんが動いてくれたのだろう、ハンターに向けての注意事項が貼り出されていた。
相変わらず仕事が早い。
クエストに向かうこと自体を禁止するのは厳しいだろう。
ハンターも生活がかかっている。
異常を持つ個体の報告が沢山出てきたのであれば話は別だが……昨日の話ぶりでは、そのような様子は見受けられなかった。
こういう注意書きをして、ハンターたちに喚起するに留めたんだろうな。
その後、一応クエスト依頼文をひと通り見てみた。
だが、どう見てもいつも通りにしか、俺には見えない。
これ以上の情報は、クエストボードからはわからないだろう。
(まぁ、この後ハイビスさんに聞けばいいか。)
二人で話せる時間を取ってくれるとは、大変ありがたい。
もしかしたら、色々人前で話せないこともあってか、気を使ってくれたのかも……。
ランチ代ぐらいは出させてもらおう。
…………あれ?
これっていわゆる……ランチデートってやつじゃ……。
ま、まぁいいか。
深くは考えまい。
俺はその後もなんとなくギルドの人並みを眺めて、時間を潰した。
なにせ暇である。
三角巾をつけた男がただただギルドでブラブラしているなんて、怪しいだけ。
視線を感じるような……。
俺はしばらく後、コソコソとギルドを退散した。
* * * * * *
時刻は昼前。
イシザキ亭の昼は混む。
いや、夜も混むんだけど。
早めに席を取っておくことにした俺は、大通りから外れた路地に入り、店の前までやってきた。
カランカラン……。
ドアを開けると、心地よい鐘の音が鳴る。
久々に来たが、懐かしい……というよりは帰ってきた感じ。
「いらっしゃ……あー!ソウジさんにゃ!」
「あ、オスズさん。ご無沙汰してます。」
イシザキ亭。
俺がこの町に来て、最初に常連になった飲食店である。
来店当時は閑古鳥が鳴く、ひっそりとした店だったのだが……俺なりにアイデアを提供して、繁盛するようになった。
ちなみに、今出迎えてくれたのはオスズさん。
この町のアイルー集落の取りまとめをする、実は結構偉い人である。
見た目は完全に小学生。
猫耳に尻尾が完璧に似合う御仁。
「しばらく来ないから、死んじゃったかと思ったにゃ!おかえりなさいにゃ!」
「シャレになってませんって。でも、久しぶりです。バイトの方はいかがですか?」
完全にノリがメイド喫茶のそれである。
このオスズ、かなりのドジっ子さん。
皿を割るわ注文を間違えるわ、人手不足を解消するために紹介した俺が責任を感じるほどのドジっ子ぶりだったのだが……。
誰にでも取り柄はある。
事務作業……特にお店の収支や経費、税金の計算に関しては滅法強いことが判明した。
更に可愛らしい見た目と愛嬌で、弁当売りとしてちょっとこの界隈では有名である。
らしい。
まぁ店員として……というよりは、裏方として頑張っているようである。
「わわ!お怪我されているにゃ!平気ですかにゃ!?」
「大丈夫ですよ。そこまで大きなものでは無いです。ご安心ください。」
「よ、よかったにゃ……無理はしないようにしてくださいにゃ!……それで、今日はお一人ですかにゃ?」
俺が色々な経緯を思い出していると、オスズから声がかかった。
そうだった。とっとと席に着こう。
「あ、いえ。待ち合わせをしてまして。……まだ連れはいないようので、先に座って待っていてもよろしいですか?」
「あー……も、申し訳ないですにゃあ。実は今日のランチ、テーブルが全部予約済みなんですにゃ……。」
「あ、そ、そうなんですか。」
あらら。
目論見が外れた。
……どうしよう。
「か、カウンターならご案内できますにゃ!どうしますかにゃ?」
「本当ですか?あ、じゃあカウンターでお願いします。」
「はいにゃ!一応お連れさんが来たら教えて下さいにゃ。テーブルが空いたら優先してご案内しますにゃあ!」
「ありがとうございます。」
……完全にしっかりした店員さんである。
素晴らしい。
成長したなぁ、オスズ。
席に俺を案内すると、ピコピコと猫耳を動かして厨房に入っていく。
尻尾もピンと立って、猫好きにはたまらない後ろ姿である。
ヒナタさんとか居たら、食い入るように見つめているに違いない。
「あらー、いらっしゃいソウジさん!お怪我されてるじゃない!大丈夫?」
「ええ平気です。すぐ治してみせますよ。」
「ハンターさんって強いのねぇ……あ、ごめんなさいね。今日は特に盛況で……カウンターでよかったかしら?」
「大丈夫ですよ。むしろ、忙しい時にすんません。」
「いいのよー!それで……お連れさんはやっぱり女性?」
「や、やっぱりってなんですかやっぱりって。」
店の看板娘?のケイさんが、カウンター越しに話しかけてきた。
なるほど、カウンターは店の人とお話ができる。
一人なら断然ありだな。
しかし、俺がいつも女性連れで来ているみたいな言い方である。
遊び人みたいな言い方は心外だ。
「……まぁ、女性となんですけど。」
「ほらやっぱりー!……もしかしてハイビスさんかしら?」
「えっ、アタリです。よくわかりましたね。」
「女の勘ってやつよ!もう、隅に置けないわねぇソウジさんも。この町のアイドルとランチデートなんて!」
「いやいや、仕事ですよ?仕事。」
「そうなの?それでもハイビスちゃんと仲良いなんて、ここにくるお客さんたちが聞いたら、羨ましがるわよー!?」
「そ、それは光栄な事です。」
「それじゃ、ゆっくりしていってね!兄貴が腕を振るうから!」
そう言うなり二の腕をポンッと叩くケイさん。
腕を振るうのはお兄さんであるが。
まぁそれはいい。
問題は、その衝撃で揺れる、ケイさんのマーベラスでグラマラスな2つの武器である。
バルルン!
……もし俺が思春期の中学生男子なら、凝視して鼻血ものである。
しかし、俺は中身おっさん。
見ないように心がけるぜ。
「あら、ソウジさん……お連れさん、いらっしゃったわよ?」
「へ?」
アホなことを考えていた為、気づかなかった。
後ろを振り向くと、見慣れた制服を着こなした金髪の美人さんがいた。
「…………ソウジさん。お待たせしました。」
「い、いえ、ハイビスさん。俺も今来たところです。」
セリフが完全にデート始めの男女のそれである。
いかん、ランチデートなんて言われて、意識してしまった。
しかし少し浮き足立つ俺とは裏腹に、ハイビスさんはどこかムスッとした顔をしていた。
「…………そうですか。席を取ってくださって、ありがとうございます。」
「は、はい。」
「それじゃあ、注文決まったら呼んでちょうだいねー!」
そう言うと、スタコラサッサとケイさんが足早に厨房に消えていった。
…………ハイビスさん、何か怒っている?
も、もしやテーブルをご所望だった?
「……す、すみません。どうやらカウンターしか空いていない様でして……。」
「いえ。大丈夫です。私、カウンター席は好きなので。」
「は、はい。」
…………。
あれ?空気が重い?
き、気のせい?
俺が不安になっていると、ハイビスさんがとんでもない爆弾発言を投下してきた。
「…………お、お胸!」
「えっ!?」
「…………ソウジさんはお胸は大きい方がお好きなんですか!?」
「…………へ!?」
ちょっと待て。
なんでそんな話になるの!?
「ちょちょちょいお待ち下さい?質問の意図が―――」
「そ、その!先程ケイさんの、その……お胸を、よく見てらしたので……。」
「ふぁ!?」
……バレとるやんけ!!
いや見てなんかないけど!!
…………しまった、もしかしたら無意識にデレデレしてしまっていたのかもしれない。
ふ、不覚……!
……下手に取り繕うとだめなパターンだな、これ。
よし……諦めよう。
俺は正直に伝えることにした。
「見ていた……わけではないのですが、その、男として意識はしておりました。す、すみません。」
「い、いえ、謝られる事では……じゃ、じゃあそれでですね!」
「は、はい!」
早急に話を変えるつもりなのか、大きめの声で仕切り直すハイビスさん。
良かった……男の精神衛生上、この胸に関する話題はあまりよろしくない。
とっととトークテーマを変えて頂いたほうが―――
「ソウジさんは大きなお胸が、その、好きということで!よ、よろしいですか!?」
「あれ!?話が変わってない!!」
「わ、私もケイさんほどではありませんが!その、結構いい線いってる方だと!」
「何言っちゃってんの!?」
「そ、ソウジさんの理想の女性像に近づくためにも、ぜ、ぜひソウジさんの趣味嗜好を―――」
「ちょっと!ストップ!ストップですハイビスさん!」
まるで酒に酔った時の様に暴走しまくるハイビスさんをなだめる。
何の騒ぎかとやってきたケイさんにもその話の流れ弾が当たり。
イシザキ亭は混乱を極めるのであった。
「ほ、ほら!やっぱりケイさんのお胸を見てます!」
「み、見てませんよ!」
「でもさっき興味があるって―――」
「きょきょきょきょうみぃ!?」
「い、いやケイさん、誤解ですよ!?男は何と言うか、どうしようも無いところがありまして!」
「………………きゅうううう。」
「「ケイさん!?」」
下ネタ耐性ゼロのケイさんが再起動するまで。
オスズも加わり、俺たちは介抱を続ける羽目になった。
勘弁してぇ…………。