宿の庭でドールに剣の振りを見てもらった後、俺は流石に疲れて部屋に戻っていた。
更に他の武器も試そうとしたのだが、ドールは仕事があるし、一時間も付き合わせて悪いことをした。
後でまた、お礼を伝えておこう。
「結局、開放条件は分からなかったな……。」
開放とは、片手剣の<操作方法>が完全に表示されていたことだ。
頭の中で<操作方法>内の技名を選択すると、どう動けば良いかがわかるのだ。
武器の扱いに関してド素人の俺でも、それなりに使えるようになる。
あんなに苦労していた斬り下ろしはおろか、様々な連撃に繋げられた。
ドール曰く「ここまで剣さばきがすごいと思ったのは初めて。」とのこと。
……自分でもよく分からないが、どうやら一端の剣士並みには武器を扱えることがわかった。
これは嬉しい。開放の条件はわからないが、これなら明日の講習会で無様な真似を晒さなくて済みそうだ。
「腹減った……。」
安心したら、急に腹の虫が悲鳴を上げた。
急激に動いたためか、体が栄養を摂れと唸っているだ。
備え付けのポットから水を飲む。
即座に体に吸収されていくのがわかる。喉も相当に乾いていた。
俺は遅めの昼食を取るべく、一式装備に着替えて飲食店に行くことにした。
途中、宿のおじいさんに会えたので、ドールが練習に付き合ってくれたことについて、詫びとお礼を伝えておいた。
「うちの子がお客さんの役に立てたなら何よりだよ。」と笑顔で言ってくれたのでよかった。
ついでにおすすめの店はないか尋ねると、「うちの飯には負けるがね。」と前置きをおいた上で、3つほど教えてもらえた。
もう一度お礼を伝えた後、その中の一つに向かうことにする。
* * * * * *
村の中は、かなりの人でにぎわっていた。
村の住人だけでなく、行商人やハンター、なんだかよくわからない人たちがわんさかいて、正直驚いた。
と同時に、「もう村と言い張るのは無謀では?」と、何度目になるかわからない突っ込みをつぶやく。
それぐらいにはにぎわっていた。
……いい。活気にあふれているし、なんなら人間ではなさそうな種族の人たちまでいる。
自分が異世界にいる、と改めて認識させてくれる。
わくわくするじゃないか。
ひげを蓄えた小さいおじさんや、耳が尖った美人、二足歩行する猫耳の人まで、多種多様な人種が入り混じっている。
ていうか猫耳の人種多いな!
マップの現在地を確認しながら、人混みの中を潜って、めあての店を目指す。
「イシザキ亭……イシザキ亭……あ、あれか?」
大通りから脇にそれた小道。住宅しかない中、一軒だけ木の看板が、入口に下がっている。看板には、無骨に「イシザキ」とだけ書かれている。
中々入るのに勇気のいる店だが、思い切ってドアを開けてみた。
ドアには鐘がかかっていて、うるさくはない程度の音が店内に響いた。
客はゼロ。小さな窓から少し中は見えたのだが、やはり客は誰もいないようだ。
「ご、ごめんくださーい。」
静かな店内に俺の声が響く。奥からは食欲をそそる香りが漂っている。
右手にはカウンター席が並び、左手には上品な木製の机と椅子が5セット程。どれもデザインが洒落ていて、落ち着く雰囲気だ。
きょろきょろしていると、お店の人であろう女性が、奥からやってきた。
「あ、いらっしゃい!ちょっと!お客さんだよ!」
「どうも。やっていますか。」
「絶賛営業中だよ!好きな席に座ってねー!」
奥から出てきたのは、20代後半位の快活な女性だった。
厨房にいる人間に呼びかけていたので、まだ人がいるのだう。
口ぶりから旦那さんだろう。
俺はカウンターに腰掛けることにした。なぜならカウンターには、見たこともない植物やスパイスが、瓶の中に入ってずらりと並んでいたからだ。
前の世界でカレーをスパイスから作っていた俺としては、興味がある。
奥さんはそれからメニュー表を持ってきた。
あるじゃないか、メニュー表。
……文字だらけでどれがいいかわからない。
写真などはまだないのかな?
「すいません。」
「はーい、お決まりですか?」
カウンター越しに、俺に水を出しながら尋ねてくる。
奥さん、めちゃくちゃ美人さんだ。右の泣きぼくろが非常に色っぽい。肩にかかる程度のウェーブがかかった髪が、とても良く似合っている。
しかも……で、でかい。カウンターにアレが乗っている……!
オレンジ色のエプロン、その奥にはたいそう立派な山二ツ。
「…………えーと、おすすめはありますか?」
いかんいかん。俺は見た目は若いかもしれないが、中身はやはりおっさんのままだ。
こういう目線に女性は敏感だと聞く。早々に目線をメニュー表に戻し、おすすめを聞いてみる。
「今は、そうねぇ。ガーグァの卵のオムライスとか……キノコとリノプロ肉のソテーがおすすめだよ!」
「じゃあ、その二つください!」
いかん、聞いただけでよだれが出そうだ。
「あいよ!」と江戸っ子のような返事をした奥さんは、厨房に行って、旦那さんに注文を伝えていた。
一瞬旦那さんが見えたが、スキンヘッドで腕が丸太のようないかつい男性だった。
さっきのエロ目線がバレたら、俺殺されるんじゃないか。
自重しよう。目立たないように……。
* * * * * *
「うまぁぁぁぁぁい!!!!」
目立たないなんて無理でした。
何このオムライス、ふっわふわの半熟卵とデミグラスソースが合うにもほどがある。
ライスはケチャップライスではなく、少しスパイスの効いたピラフのような味わいで、ナッツのような、食感のよい食材がアクセントになっている。
そのライスが、濃厚な卵とソースに合う。合い過ぎ。
それにこのキノコ!何だこれ、こんな食感初めて!
リノプロ肉?ってやつも、めっちゃうまい。
歯ごたえがあるのにぷりぷりで嚙み切りやすく、アツアツの肉汁がキノコとばっちりマッチングしている!
味付けはシンプルなのになあ……素材もよく、下ごしらえも丁寧に行われている。
「あはははは!そうだろ!ウチの自慢の味さ!」
「いやこれめっちゃうまいなにこれうま」
返事も忘れるほど熱中した俺は、10分程で完食してしまった。
量はかなりあったのだが、空腹もあいまって、一瞬で食べきってしまった。
「……こんなうまい飯、初めてです!」
「嬉しいね、アイツにも伝えておくよ。」
アイツとは、厨房の旦那さんのことだろうか。
ものすごい腕の太さで、ものすごくおいしい料理。
かっこいいわぁ……。
「でもねえ、最近お客がめっきり減っちゃって。困ってるんだよ。」
「確かにお客さん、俺だけですもんね。」
隠れた名店を見つけた気分でいたが、この昼飯時に誰もいないってどうなんだろう。
「実はね……大通りの方に、街で人気の大手のレストランが新店舗出しちゃってさ。味は絶対に負けてないんだけど、値段がちょいとあちらの方が安いんだ。」
「な、なるほど……。」
通い詰めて通い詰めて、全メニュー制覇したいと思うほどには、この店はうまかった。
だがこのままでは、店が無くなってしまうのではないか。
それは困る。
「奥さん!俺この店の味好きです。通い詰めますよ。」
「あら、ありがたいねぇ。常連さん出来上がり〜♪」
また来よう、ここはとにかく美味かった。
別に奥さんが気になるわけではないぞ。繰り返す、気になるわけではない。
そんなことを自分に言い聞かせていると、不意にこんなことを言われてしまった。
「ちなみに!私は、『奥さん』じゃあないよ?」
「へ?」
「奥にいるのは兄貴、よく間違われるんだよね〜。こんな店だけど、またよろしくね!若いの!」
背中をバンっと叩かれた。
めっちゃ痛い。
痛いけど、なんだろうこの気持ち。
おっさん心に刺さる。
このお胸の大きい気さくなお姉さんの感じ。
「……ごちそうさまでした。」
「また来てね!待ってるよ〜。」
笑顔で見送るお姉さん。
おっさんがキャバクラにハマる気持ちがわかった気がする……。
……また来よう。