ワサドラギルドのギルドマスターの部屋。
その重厚な部屋の内装は、ギルド全体の外観と非常にマッチしている。
床から壁まで石造りの部屋、その正面奥にはシガイアさんのデスク。
そのまた後ろには、大量の資料や書類がまとめられ、整然と並ぶ。
デスクを正面にして左には、革張りのソファと大きな机。
何度も足を運んできたが、やはりここに来ると一段と気が引き締まる。
「……そうですか。やはり、妨害が。」
「……はい。すみません、わかっておきながら防げず。」
なので、話の内容も相まってどうしても緊張してしまう。
セツヒトさんの負傷、しかもモンスター由来ではなくおそらく誰かしらの差し金によって。
クエスト前のシガイアさんの心配が的中したことが、また雰囲気を重くしていた。
「……色々とご報告、ありがとうございます。ひとまずはラージャンの狩猟が出来たこと、安心しております。」
「ギリギリでしたけどね。……教官がいなかったら、多分俺、今頃ここにいません。」
「マショルクが間に合ってよかったですよ……マショルク、助かったよ。ありがとう。」
「正直、最高のタイミングだったと言わせてもらおう!ソウジ君が私に惚れてもおかしくなかったな!」
「惚れるか!」
「…………その話はひとまず置いておきましょう。……うーん。」
一通り報告を終えた俺は、ソファに深く腰掛けた。
隣にはショウコ、向かいにはシガイアさん。
なぜか教官は俺の後ろに仁王立ち状態である。
座ってじっとするとか、苦手なんだろうな……。
考え込んでいるシガイアさんが再び口を開いたのは、それから10秒ほど経ってからだった。
「……マショルク、捕まえた奴は、今どのように。」
「首都ギルド北支部に直接連れて行くように仕込んでおいた!中央には中々伝わるまい!時間の問題だとは思うがな!」
「本当か?」
「イパスというあの女傑に頼んでいる!金銭と私の立場も添えてな!あれは相当に慎重で頭が回る人物であった!滅多な事にはならないと思われる!」
「……いいでしょう。マショルクにしては、及第点です。」
「うむ!……それにしても、あのフェニクという女性は優秀だ!大体の事情は割れた!尋問も相手を傷つけない素晴らしいものであったぞ!」
「いい人材がいて助かった、か……。いいですね、運がこちらに向いています。」
教官とシガイアさんの会話。
詳細がよく分からないが、マショルク教官がかなり動いてくれていたようだ。
しかし、中央とか北支部とか、よくわからない単語が続く。
なんのことだろう。
以前少し聞いたことがある気がするけど。
「ご主人様……ウチ、ちんぷんかんぷんなんですけど……。」
「安心しろ。俺も半分もわからない。」
「あぁ、これは失礼しました、ショウコさん、ソウジさん。少し業務の進行具合を確認しておりました。」
「は、はぁ。」
シガイアさんが「説明しますね。」と言うと、スッとソファから立ち上がり、自分のデスクの引き出しから何かを持ってきた。
くるくる巻きにされた紙。
机に広げられると、中身はどこかの地図のようであった。
ショウコが興味津々で見つめている。
「お待たせしました。こちらは、首都の地図です。」
「あ……へぇ。結構大きそうですね……。」
「実際とても大きいんですよ、ショウコさん。……土地面積だけでも、ワサドラの10倍。人口で言うと……ざっと20倍、ほどあります。」
「にっ!?……そんなに……?」
「はい。首都だけではなく、その周辺も合わせて、ですが。……比例して、ハンターの数も凄まじいです。そのため、ギルドは一つではまかない切れません。ですから……。」
「……東西南北の支部と、中央本部が存在する……でしたっけ?」
「おぉ、覚えてらっしゃいましたか。流石ソウジさん。」
以前シガイアさんから軽く聞いたこと。
首都も一枚岩ではなく、それぞれに支部がある。
そして、それぞれが仲良くやっている……というわけでもない。
人の世はどこも似たようなもんだなぁ、と妙に納得してしまった記憶があるけど……。
「私の掴んだ情報ですが、今回襲撃してきたハンターをけしかけたのは、首都ギルドの中央本部、そこに近い人間です。」
「……中央。」
「はい。……長くなりますが、背景から説明します。」
そこから、シガイアさんによる大陸の歴史の授業が始まった。
この大陸の歴史は、割と浅いらしい。
まず、別の大陸から入植が始まったのが今から数百年前。
いきなり驚かされたが、この大陸以外にも文明があるという。
俺のマップもそこまでは表示されないので、目から鱗だった。
大陸の一番南の大きな港街、ナニンチ。
入植初期に、最も栄えた街だという。
だが、海棲のモンスターの被害が絶えず、その北の内陸側、大きな川がナニンチとつながるところに街が移りだした。
そこが、ザキミーユシティ。
この2つはセットで覚えるといいようだ。
大陸との交易で相当に栄えたザキミーユは、さらに入植範囲を拡大。
肥沃な土地、チダイ村周辺を一体とする一大農産地、チダイ平野。
さらに北、俺たちがいる大陸中央のワサドラ。
そして更に北西、北部山地のタオカカとその周辺。
北東には大草原が広がり、大陸先住民である放牧の民が移動集落を構える。
そういった様々な地方に、人間が次々に入っていった。
入植が進み、人口も増える。
次第に大陸からの交易はもとより、この大陸で生まれる様々な資源で、どの町も潤ってくる。
特にモンスター素材は重要。
その際、交通の要衝、いろいろな地域にアクセスも良く、ハンター達の人流もどんどん増える街。
ワサドラが台頭してくる。
「ワサドラって、かなり重要な所なんですね……。」
「このワサドラだけではなく、どこもかしこも最近かなりの発展を遂げていますが、近年の勢いで言えばここが一番でしょう。何よりも大切なハンター人口というリソース、これが増え続けているのが大きい。」
「……なるほど。……でもそうすると……。」
「はい、ソウジさん。気づかれましたか。」
「へっ!?ウチ、よう分からんのですけど……。」
「……多分だけどな、ショウコ。こういうことだと思う。」
この大陸で覇権を取ってきたのは、ザキミーユ。
まぁ、それはこれからも揺るがないだろう。
ところが、最近になって大陸内部での需要と供給のバランスが取れ始めてきた。
当然その大陸の地理的中心として位置するワサドラは発展する。
美味しい思いをしている、と悪い方に勘繰る輩もいることだろう。
そしてそんな輩は……恐らく首都に多くいる、ということになるだろう。
「さすがですね。ソウジさん、おそらくあなた……高等教育は修了されていたのではないですか?」
「ま、まぁ……そういう世界にいましたからね。」
「こ、こうとう……?ご主人様ってそんなに頭よかったんや……。」
「いやまぁ、そういう社会だったからな……。それにこれは、与えられた材料から推測しただけだぞ?」
「そ、それすら出来ひんかったウチって……。」
うなだれる様子のショウコ。
だが、落ち込むことはない。
これに似たような話は、俺の前世でも吐いて捨てるほどあったわけで。
そこから考えたに過ぎない。
そして、更に考えられること。
なぜ、今回のような事態に至ったのか。
「シガイアさん、今回のクエストは、ラージャンの狩猟でした。その貴重な機会を、首都は俺たちに譲った形、ですよね。」
「はい、そうなりますね。」
「それを邪魔したかった、という背景は分かりました。……歴史的な部分でも、どうやら一筋縄ではいかない、ということも。」
「はい。」
「それで、今回消極的な妨害に及んだ。俺が負傷して、狩猟に失敗、首都に泣きついてくればそれでよし。ラージャンに俺が殴り殺されでもすれば、それもまた良し。実力の見合わないハンターを派遣したワサドラギルドの失態ととれる。そこを非難して発言力を弱める……こんな所ですか?」
「……はい、大変素晴らしいです。私の見解とソウジさんの見解は、概ね一致します。」
お褒めの言葉を頂いた。
なるほど、それで一人だけの下手人、だったわけだ。
別に俺を抹殺することが目的なら、より大人数を寄越せば済むわけだ。
ところが、足がついたらそれはそれで面倒なことになる。
だから、辿っても足がつかないような、下っ端の食い詰めたハンターに依頼したわけか。
「ソウジ君は聡明だな!前世の知識とやらはかなり有用なようだ!ぜひギルドナイトにーーー」
「マショルク。ショウコさんもいるんだぞ。」
「いいではないか!聞かれて困る話でもあるまい!」
「困るんだよ、本当に……ショウコさん、ここで聞いた話は、他言無用でお願いしますね。」
「は、はい……。」
俺の後ろでソワソワしていた教官が、意気揚々と声を上げる。
そんな大きな声で褒められたら……少し恥ずかしい。
その前でショウコは縮こまっている様子。
余計にちっちゃくなってしまって、こんな色々な秘密に片足突っ込んでしまって……可哀想に。
……俺なんか全身どっぷり突っ込んでいるけどな!
「ひとまずは、ラージャンの素材を得ることができた。しかも完全に我々の手で。これは大きいです。もちろんソウジさんの新しい防具、これに必要な素材は都合をつけさせてもらいますよ。」
「あぁ、助かります……ようやく揃った……。」
「『ハンターの素材集めは修羅の道』といいますからね。おめでとうございます。……で、ここからはマショルクの報告に移ります。マショルク、首都の動向を端的にまとめてもらえるか?」
「うむ!……シガイアさん!ソウジ君たちに聞かせても大丈夫だろうか!」
「えっ。じゃ、じゃあ俺たちは席を外してーーー」
「ええ。大丈夫です。お願いします。」
……。
ま、巻き込む気満々ですね……。
まぁいい……もう引き返せないところまで来ているし。
毒を喰らわば何とやら。
「よし!では……。」
何が「よし」なのかは知らんが、教官がまたも意気揚々と話し始めた。
シガイアさんもメモを取り出している。
……本当に俺たちがいていいのか。
「中央はその西方、禁足地に目を向けている!!」
「禁足地……あんな何もないところに?」
「うむ!中央幹部の話であるからして、確度は高い!数年前のリオレウス・リオレイア首都襲来に関連している、ということまでは掴んでいる!」
「関連とは、どのような?」
「……調査中だ!」
「……いいでしょう。十分すぎる情報だ。」
リオ夫婦の襲来って……教官が「カホ・チータ」に居た頃、首都で防衛に当たったという……あの?
関連しているって……どういうことだろう。
「ハンターたち、それもかなりの手練れを、大陸の外やザキミーユ全体から集めているな!数はそこまでではない!実力は私には劣るようなハンターたちだが、積極的に狩猟を行っている!」
「……リオ夫婦襲来の時と同じ、か。」
「うむ!……考えたくはないが、大陸全体のモンスターの動きが活発になっていることと関連しているのかも知れん!……首都に舞い込むクエストの数も急増している!にも関わらず、中央は王族依頼のクエストに躍起だ!各支部の中央への不満も、相当に溜まっている!」
「……各支部長とコンタクトは?」
「中央以外は、いつでも連絡できる状態にある!」
「素晴らしい……流石ですよ、マショルク。」
この二人の関係性がよくわからない。
だが、教官がどうやらいい仕事をしている、というのはわかる。
ニコニコと笑うシガイアさんが、正直怖い。
……この人は、やはり読めないなぁ……。
「……ソウジさん。」
「あ、はい。」
話の途中で、シガイアさんが俺に話しかけてきた。
「話を二人で進めて申し訳ありません……ただ、今回の件、ソウジさんも無関係ではなさそうなんですよ。」
「えっ?ラージャンの狩猟がですか!?」
「いえ……赤い目の件です。」
「赤い目……。」
おそらく狂竜症の症状の一つであろうという、俺のこの赤い目。
ギルドに帰る際、窓の中の自分の目は変わらず赤かった。
もう一生このままか、とも思ってしまうが。
「報告にあった……黒い竜、なのですが。」
「は、はい。」
「……おそらく、ソウジさんの赤い目の原因は、十中八九その竜でしょう。見た途端、ソウジさんに痛みが走ったなど、もう間違いないとしか言えません。……その足取り、現在すでにギルド……ワサドラギルドで掴んでおります。」
「…………本当ですか!?」
「はい。観測班が頑張ってくれましたよ。」
すげぇなギルド職員って。
ラージャン討伐からまだあんまり時間経ってないのに。
尊敬。
「現在もそのモンスターの足取りを追っていますが……ワサドラ西部の先の丘陵地帯。そこに行き着いたそうです。」
「……おぉ……。」
「さて、ここからが本題です。ソウジさん……確か以前、黒い霧を体から出しているタマミツネ。その討伐時に、体調に異変が起きた、ということでしたよね。」
「あ、はい。そこからこの赤い目が始まりました。」
「これは推測ですが……まずその黒い煙というものは、どうやら狂竜症として伝染する。モンスターからモンスターに。また、人間も例外ではなく、影響を与えていく。ソウジさんも、大量に霧を吸い込んで発症した。ソウジさん自身が黒い霧を出す、ということは今の所なさそうですね。……そして今回、黒い龍を見て、ソウジさんは体に異変を覚えた。」
「は、はい。」
「まぁおそらく、黒い霧の原因は、その黒い竜である、ということです。」
「……アイツが……。」
段々と繋がってくる。
俺は、沼地でタマミツネの討伐を行なった際、黒い霧を吸い込みまくった。
そして、いきなり体力が無くなっていった。
避け続け、攻撃し続け、何とか回復したけど……あれはかなり辛かった。
それが狂竜症の初期症状。
なぜ克服できたのかは知らん。
そこから目が赤くなった。
あんまり影響もないかとも思ったが、湖で黒い龍を確認、その時に体が疼くような痛みが続いた。
ラージャン戦でも症状は再発。
一時だけ急激にパワーアップして、そこから急に力が入らなくなった。
死ぬところだった。
……つまり俺って、その黒い龍とやらの影響を受けて、強くなったり弱くなったりしているってこと?
しかもこれ、モンスターや人間に関わらず、誰にでも起こりうるってこと?
一般人……子どもやお年寄りも?
……それってまずいのではないだろうか。
「……民衆の皆が皆、ソウジさんのように症状を克服できるとは到底思えません。ソウジさんはモンスターに立ち向かい続け、いつの間にか克服したようですが……普通の人間には厳しいでしょう。そして霧の影響で強化されたモンスターの個体も、すでに何体か確認できています。更に、黒い龍が飛んできたのは、ワサドラの近く。」
「……あ、あれ?……ヤバくないですか!?」
「はい、ヤバいんです。」
飄々と言ってのけるシガイアさん。
だが、雰囲気は至って真剣だ。
「既にモンスターの動きはおかしいことは、以前お話したとおりです。数年前、タオカカ近辺に獄狼竜が現れたケースとは少し違いますが、出没するモンスターの種類が半端ではない。そして狂竜症を発症していると思われるモンスターも既に確認。いずれも、桁違いの強さ。」
「………。」
「もうお分かりでしょう……ワサドラ周囲一帯が、すでにまずい状況にあるかもしれない、ということです。」
「……マジですか。」
「ご、ご主人様……。」
ショウコが不安そうな声を漏らす。
それもそうだ。
俺たちの街やその周辺が、ピンチに陥りかけているかもしれない。
そういうことなのだから。
「観測班からの情報では、黒い竜は丘陵地帯にねぐらを作り出している、ということでした。」
「じゃ、じゃあこのままだと……?」
「……その見立てが正しければ、周囲一帯のモンスターの狂竜化が止まらないだろうな!」
教官が不吉な予測を立てる。
……マジで?
だってタマミツネの狂竜化個体、めっちゃ強かったぞ!?
そんなモンスターが溢れたら……。
あ、マジでやばい気がしてきた。
「とはいえ、まずはワサドラギルドの上位ハンターたち、彼らにパーティーを組んでもらい、その黒い竜の観測に向かってもらいましょう。いけるなら、そのまま討伐してもらいます。」
「お、俺は……。」
「早急に、傷を癒して防具の新調を。今のところマショルクもいますし、負傷はしていますがセツヒトもいる。ですが、他のモンスターのスタンピードが始まったら……ソウジさん、HR7のあなたにも狩猟に出てもらいます。」
「……。」
真剣な目で俺を見てくるシガイアさん。
セツヒトさんから聞いた、ミヨシ村壊滅の悲劇。
二度と引き起こしてなるものかと、シガイアさんは躍起になっている。
もちろん、俺だって同じ気持ちだ。
俺だけならまだいいが、他のいろんな人たちまで、変な病に犯されているのなんて……見たくはない。
力になりたい。
「……承知しました。俺がどこまで力になれるかわかりませんが、やります。」
「ありがとうございます。ご負担ばかりをお掛けします。」
「いえ。俺の周りを力が及ぶ範囲は、できるだけ守りたい。その為なら、骨が折れたって、やりますよ。狩猟。」
「骨が折れる前にウチが止めますけどね!」
「はははは……いや、ショウコさんはいいオトモですね。」
「ええ。俺の最高の相棒です。」
「そ、そんな……生涯最高で最上の伴侶やなんて……。」
「何を言ってるんだお前は。」
テレテレしているショウコ。
なぜ体をくねらせる。
「それでは……それぞれ行動に移りましょう。マショルク、早速だが、竜便を飛ばしてほしい。」
「うむ!承知した!」
「急ぎで頼む。禁足地とやらに目が向いている今がチャンスだ。首都各支部に連絡を。」
「あ、じゃあ俺たちは一旦宿に戻っても?」
「はい。どうも、ラージャンの狩猟、そしてご報告、お疲れ様でした。またよろしくお願いします。」
「はい、失礼します……行くぞ、ショウコ。」
「は、はい。」
スタスタスタ。
バタン。
報告も終わったので、早々に出ていくことに。
「よ、よかったんですか?まだ色々話をされてましたけど……。」
「あれ以上関わってもなぁ……。」
まぁ既に手遅れなんだけど。
「ウチ……よう話がわかりませんでしたけど……ご主人様!」
「ん?どうした?」
「……がんばりましょう!ウチも、力になります!」
「……あぁ。一緒に頑張ろう!」
「がんばってください」ではなく、「がんばりましょう」。
やっぱりショウコは俺の最高の相棒だ。
「とりあえず……セツヒトさん、見に行こうか。」
「そうですね。」
結局ここにはやって来なかった。
状態も気になるし、一度見に行こう。
ラージャンの討伐。
黒い竜の出現。
そして、ワサドラの周辺の状況。
気になることは色々あるけれど。
一先ずは、俺の命の恩人のセツヒトさんが一番心配だ。
俺たちは揃って、医務室に向かうことにした。