コンコン。
『はーい、どーぞー。』
間の抜けた声が部屋の中から聞こえる。
セツヒトさんの声だ。
ガチャッ。
「失礼しまーす……。」
「おー、ショウコちゃんにソウジー。おつかれー。」
「いえ、どうですか?体調の方は。」
「あー、問題なっしんぐー。」
やってきたのは、俺もいつだか世話になった入院用の部屋。
ディノバルドにやられた際、1日だけ入院させてもらった。
夜には女神様が来て、翌朝には教官とイシザキさんがなぜか俺のベッドを枕に寝ていて、全く休んだ気がしなかった覚えがある。
部屋にいたのはセツヒトさんだけ。
三角巾を首から右腕に掛け、ベッドに座っていた。
ハイビスさんもいるかと思ったけど……もう戻ったのだろうか。
しかしセツヒトさんがこの部屋にいるということは……。
「問題なしって……この部屋にいるってことは、入院なんですよね?大丈夫なんですか?」
「あー、私の場合さー、例の古傷もあるしねー。当たったところ、まさにそこだしー?毒も食らってるから、様子を見たいってさー。」
「あ、なるほど。……腕は上がるんですか?」
「……試したくなーい。」
「……は?」
「だからー……試したくないのー。」
駄々っ子のようなことを言うセツヒトさん。
何を今更。
骨を折ってリオを狩った方のセリフとは思えない。
「ほらー、これでさらに悪化してー、もう狩猟は行けませんなんて言われたらさー……そ、ソウジに嫌われないかなーって……。」
「……そ、そんな理由ーーー」
「そんなって何さー。もうこっちは本気なんだよー。こうなったらソウジにガンガン行こうって決めた矢先にこんなさー。怖いじゃん……。」
「…………。」
俺に嫌われたくなくて、腕が上がるかどうか試してないってこと?
……。
……い、いやなんだそりゃ。
え、えーっと……セツヒトさんが俺のことを……まぁ、そういうお気持ちなのはありがたいと思いつつ……。
それとこれとは別問題。
というか俺がそんなこと気にするわけなかろう。
「……せっちゃんさん。」
「……何さー……。」
何故かムスッとしているセツヒトさん。
完全に意地を張る子どもである。
「……まず、セツヒ……せっちゃんさんの体調がとても気になるんです。その、俺を庇ってできた傷な訳ですし。それに……あんまり考えたくないですけど……万一、腕がどうにかなってたとして……そんなことで嫌いになるわけないです。」
「そんなことってー……だって私はソウジにとって最強なんでしょー?……強くないとーーー」
「いいえ、関係ないです。……これから俺とセツヒトさんがどういう間柄になろうが、この件は関係ない。……もう一度聞きますけど、腕、本当に大丈夫ですか?」
俺の為に傷ついてくれた。
そんな人の体調を気にして、何が悪いというのか。
心配なのだ。
割と、本気で。
「……。」
「…………せっちゃんさん。どうなんですか。」
「……ちょ、ちょっとだけ……痛い。」
「……動かしたり、上げたりは……。」
「…………。」
セツヒトさんは少しの無言の後、ベッドに座ったまま三角巾を取り、腕をゆっくり上げ下げした。
「……っ………ちょっとまだ痛むけどー……だ、大丈夫、かなー。」
「……本当ですか?」
「ほ、本当だよー。痛むのは傷のところでー、その、獄狼竜の時みたいに筋とかじゃないからー……多分、大丈夫。」
「……よかった……。」
安心した。
いや、まだ分からないけど。
とりあえず大事は無さそう。
「ご主人様、よかったですね。」
「ショウコ。」
「だって、めちゃくちゃ心配してましたよね……セツヒトさんの怪我。」
「そ、そりゃあ……。」
「『俺の為に怪我して……くっ……。』なーんて、言うとったやないですか。」
「言ってない!……いや、そこまでは言ってない!!」
「……ソウジー。」
ショウコが随分と盛った話をしてくる。
いや待て、そこまでは言ってないぞ。
なんて返してたら、セツヒトさんがニヤニヤし出した。
いつものセツヒトさんだ。
「……へー、ソウジー、そんなに心配してくれたんだー。」
「そ、それはもちろん……でも、ショウコはかなり盛ってますよ!」
「でもー、心配だったー?」
「……そ、そりゃまぁ……はい。」
「ふーん。んー……ふーーん。」
ご機嫌。
ニマニマしながら自分の腕をさするセツヒトさん。
…………この人には色んな意味で、いつまでも勝てない気がする…………。
「…………ありがとー、ソウジー。嬉しいよ、すっごく。」
「あ、さいですか……。」
「とりあえずこの件はまー置いとこー。話……するんでしょ?」
「……はい。退院して、落ち着いたら。」
「りょーかーい。……それでー?報告はどうなったのー?」
セツヒトさんの方から話を切られ、話題はシガイアさんへの報告の件に。
元々そちらの話もする予定だったので、スラスラと内容を伝えた。
…………。
……。
「……てな感じです。」
「なるー。……やっぱあの黒いの、おかしなやつだったんだねー。」
「一先ず観測する、ということでしたけど。」
「……狂竜症の広がり次第では、早急に手を打たないとまっずいよねー。大元を断ち切れば、改善すると思うしー。」
「そうですね……。」
大元。
狂竜症を振りまく、ちょっとやばめのモンスター。
どういうからくりかは知らないが、あの黒い霧を吸い込むと俺の体は異変を起こした。
基本無害だが、急に力が抜けたりパワーアップしたりする。
それが普通の人にも同じように起こるなら、ちょっとまずい。
それに、シガイアさんの口ぶりからして、症状を引き起こしたモンスターは凶暴になり、強くなるという。
放っておいて、いいはずがない。
「セツヒトさん……お願いがあります。」
「…………防具、だよねー?」
「はい。……ラージャンに対して、俺の今の防具だとかなりキツかった。……ヤツ並みの、それ以上の相手をするとなると、より強い防具があったほうが、いいです。作成、お願いできますか?」
「もち!おっけー!実はもう準備は進めてたんだよねー!……よーし、明日退院したら、ソッコーで作るからねー!」
「い、いや、そんなに急がなくても。」
「何をいうー!ソウジのためなら、たとえ火の中水の中ー!」
「……お気持ちは嬉しいですけど、体優先ですよ?」
「そ、それはー……わかってるよー。」
口を尖らせ、上目遣いで恨めしく俺を睨むセツヒトさん。
だが、無茶はさせられない。
まずは体の無事を完全に確認してから。
「おぉ……珍しくご主人様にセツヒトさんがタジタジや……!」
ショウコが失礼なことを言う。
そして、俺も完全に同意。
しおらしいセツヒトさんなど中々見ない。
ちょっと可愛いとか思ってしまった。
「……ま、まー無理はしないからさー。体丈夫な方だしー、明日には取り掛かれるよー。」
「はい、無理はなしで、よろしくおねがいします!」
「はーい。」
セツヒトさんが、とりあえず大事なさそうで良かった。
ショウコもいたし、入院中だし、あの話はできなかったけど。
次会うときは、きちんと返事、しないとな。
* * * * * *
宿に戻ると、いの一番に俺を心配してくれたのは、ドールではなくハンズだった。
どこかでラージャンの狩猟の話を聞いたのだろう、俺の体は無事かどうか、たくさん質問をされた。
「お、お体は大丈夫ですか?ラージャンなんて……私、お伽話でしか聞いたことがないです!!」
「あ、あぁ。平気だぞ。」
「あ、あぁ……良かったぁ……。」
この子、以前修練場で双剣を教えてから、何だか俺にすごく懐いている。
…………一人の人間に懐いているなんて言い方は失礼かもしれないが…………何というか。
犬っぽい。
「でも、お怪我とかあんまりなくて……良かったです……。」
「いや、怪我はしたぞ?というか死にかけた。」
「…………へっ!?」
「教官が来るのが遅かったら、多分ここにはいない。」
「………………えぇぇぇ!?」
「ついでに言うと、セツヒトさんも負傷した。賊の矢が当たってな。」
「うぇぇぇぇぇえええ!!??」
リアクションが大きい。
とりあえず俺もセツヒトさんも無事なのだが、そこはぼかして伝えたものだから、ハンズの顔が真っ白になっている。
…………反応が面白いとか思う俺は、Sなのかも知れない。
……だがあんまり心配かけるのも申し訳ないので、大丈夫だと伝えておこう。
荷物をテーブルに置きながら、背中越しにハンズに伝える。
「…………安心してくれ、俺もセツヒトさんも、多分大事はないよ。セツヒトさんは医務室で寝てるし、俺は一日寝たら殆ど痛みは―――」
「ご主人様、ご主人様。」
「な、何だショウコ。」
「…………ハンズさん、いなくなりました。」
「…………パードゥン?」
気づいたら、ハンズは居なくなっていた。
い、いつの間に……。
「ご主人様が『セツヒトさんは医務室』辺りで、こう、ピューッと出ていきました。」
「…………マジで?」
「はい。……ウチより速いんちゃいます?ハンズさん。」
セツヒトさんフリーク、ハンズ。
その愛は、俺の認識をも上回った。
恐るべし。
「……というか、ご主人様、途中から楽しんではりましたよね。」
「さて、ドールはどこにいるかなー。」
「あぁ!無視した!ご主人様の都合のいい耳!」
ニャアニャア言うショウコは流して……。
ドールはどこだろう。
ガチャ……。
「……おや、帰ったの、ソウジさん。」
「あ、ホエールさん。ただいま帰りました。」
「ホッホッ、無事で何より。……だいぶ危なかったそうじゃの?」
「あ、はい。よくご存知で。」
「ドールは買い出しじゃ。もうじき帰る。よかったら部屋に荷物でも置いて来るといい。昼は食べたかの?」
「いや、まだです。その辺でとろうかと。」
「そしたらワシが作ろうかの。できたら呼ぶわい。」
「あ……いいんですか?」
受付の後ろの部屋から、バケツとモップを持ったホエールさんが出てきた。
多分宿の掃除中だったのだろう。
仕事の邪魔をして、申し訳ない。
「何、わしとドールの分を倍作ればええだけじゃしの。……掃除も済んだ。」
「…………お言葉に甘えます。ショウコも、いいか?」
「ウチ、ホエールさんのご飯も大好きです!お願いします!」
「ホッホッ、じゃあしばらく待っとってくれ。」
ガチャ。
ガシャ……ザッザッザッ……。
そう言うなり、ホエールさんが炊事場に消え、調理を始めた。
申し訳ないけど、お言葉に甘えよう。
ホエールさんの作る飯は、実は結構うまい。
ドールとはうまいのベクトルが違っていて……何というか、男の飯、という印象。
材料費などまるで無視した盛り付け、とにかく量がある。
でもうまいんだよなぁ。
……いかん、腹減ってきた。
「とにかく、荷物を置きに行くか。」
「はいっ!」
ショウコも楽しみなのだろう、元気のいい返事が聞こえてきた。
宿「ホエール」は基本昼食は出さないため、このようなことは珍しい。
つまり今回は完全にホエールさんのご厚意である。
サラッと「昼は食べたかの?」と聞いて、作り出すホエールさん。
何だか家族みたいな扱いに、ちょっと心が温かくなった。
* * * * * *
そんなこんなで、昼食を頂いた。
メニューは、肉丼とスープ。
以上。
…………戸惑う無かれ、これがめちゃくちゃうまかった。
まかない飯っぽく、「簡単に肉と野菜を丼ものにしたぞい。」とホエールさんは言うのだが……。
ホロロースとリノプロシュートが甘辛いタレで炒められ、ご飯にもう超合う。
更にキノコにクルミが入り、食感のアクセントに。
ご飯何杯でもいける。
更にスープは真っ赤っ赤。
別に辛いわけではなく、トマトの色らしい。
完熟シナトマトとベルナス、サイコロミートが入ったボリュームたっぷりのスープ。
底の方には何か穀物が入っており、スプーンで掬って食べるとまぁ美味かった。
高玄米、というやつらしい。
すごく健康に良さそうなスープだが、これが丼ものの油っぽさに丁度いい。
あっという間に食べ切ってしまった。
「余りの食材で作ったが、うまいじゃろ?」
「いやもう……大変美味しゅうございました。」
「ごちそうさまでした!」
ショウコは少食。
ホエールさんの作る量は俺が腹一杯になるぐらいで作られるため、かなり多い。
そのため、少なめに盛り付けがされた皿が出されたが……ちょうど良かったみたいだ。
お腹いっぱい、というポーズをしながら、満足げである。
温かい飯って、最高だよな……。
「ありがとうございました。ご相伴に預かって。」
「気にせんでええぞ?ドールとワシの分にしては、多過ぎたしの。」
「いや、本当にごちそうさまでした。」
幸せな気分に満たされた。
もう今日はこのまま寝てしまいたい気分である。
風呂は行きたいけど。
しかしドールは帰ってこないな。
などと呑気な気分で居たとき。
急にドアノブの音が、宿中に響いた。
ガチャガチャ!!
バタン!
「おじいちゃん!ソウジさんとセツヒトさんが怪我した……って…………。」
「………………。」
「…………あれ?ソウジさんとショウコちゃん…………。」
「…………た、ただいま、ドール。」
「…………ソウジさん、怪我は……?」
「ん?いや、痛かったけど……まぁ大丈夫だぞ?」
「…………よ、良かったぁ…………。」
ハンズと同じように、安心した顔になったドール。
随分と慌てた様子だったが……。
「す、すまん。心配かけて。先にギルドに行ったものだから、帰りが遅れて……。」
「……う、ううん……ごめんね、慌てちゃって。」
「い、いや。いいぞ。うん……その、何だ。」
「……うん。」
「…………ただ今、帰りました。」
「……うん、おかえり。ソウジさん、ショウコちゃん。」
ただ、ただいまを伝えるだけなのに。
な、なんでこんなに照れるんだろうか……。
「流石や……ドールちゃんの正妻力は半端ないでぇ……。」
制裁力?
ドールにそんな力はないと思うが……。
そこから、ちょっとだけ経緯を聞いた。
何でも、市場の中でハンズに遭遇。
ハンズときたら、俺がここにいることも伝えずに、とりあえず俺とセツヒトさんが怪我をしたと言っていたらしい。
慌て者、ここに極まれり、である。
それを聞いたドールは、急いで宿に戻ってきた、ということであった。
「ドール、飯は食うかの?」
「あ、うん……あ、おじいちゃん!まさか……。」
「ワシが作ったぞい。」
「あぁ……もしかして肉類使い切ったんじゃ……。」
「台所にあったもんでの、チョチョイと使わせてもらったわい。」
「…………あぁ!リノプロシュートも!ホロロースも!あんなにあったのに!!」
「お、こりゃあすまん。まずかったかの?」
ホエールさんは、まぁ結構どんぶり勘定なところがある。
そして、この宿の財務大臣はドールである。
然るに、このような口喧嘩……もといドールのプンスカ怒る姿を見られるのは、大体こういう時。
「おじいちゃん……シナトマトは、夜に使うって言ったよね……?」
「…………。」
「…………おじいちゃん?あれ?」
「ドール、ホエールさん、どっか行ったぞ?」
「…………もう!おじいちゃん!!」
ドタドタドタ……。
ホエールさんは気配なく消えるのがうまいなあ……。
さり気なく後退りしたあと、裏手から出ていったぞ。
「もう……こんなに使って……。」
「い、いや、かなり美味かったぞ?ホエールさんのご飯。おかげで腹いっぱいだ。」
「…………ソウジさん、おじいちゃんが暴走しそうになったら止めてねって、前言ったよね?」
「す、すまん……。」
「だめ。今晩は簡単なもので済ませます。」
「そ、そんな……ドールの飯、楽しみにしてたのに……。」
「ご主人様、ご愁傷さまです……。」
「ショウコちゃんも。」
「ええっ!?ウチもぉ!?」
「もちろん。イシザキ亭も、行っちゃだめだよ?」
「「ええっ!!??」」
ワーワー。
騒がしい宿、ホエール。
帰ってきたなぁ、と、実感できた。
俺とショウコの夕飯と引き換えに。
ドールの飯……。
うぅ……。
「他のご飯屋さん行くのもなしって……ドールちゃん、殺生な……。」
「だめ。ソウジさんも、だよ?」
「い、イエスマム。」
ドールはこの宿の最強の人間である。
このお方を怒らせたら、俺たちに
素直に従い、その晩は茶漬けをすすった。
まぁめっちゃ美味かったけど。
* * * * * *
翌朝。
すっかり傷も癒え、ショウコにお馴染みの回復化け物扱いを喰らいつつも、いつもの日常に戻った。
お仕置きも兼ねて、ハンズとハード目のランニングを済ませ、朝食を取った。
ハンズは「いつになったらソウジさんに追いつけるのかな……。」と言っていた。
だが、この子の身体能力と体力の伸びは半端ない。
すぐ追いつける、と言うと、すぐにやる気を取り戻した。
まるで尻尾を振るかのごとく、喜ぶハンズ。
うーん、犬っぽい。
ちなみに、セツヒトさんは何食わぬ顔で武具屋に戻ってきていた。
「すぐに取り掛かるからねー!」と言って、早速防具づくりに励んでいた。
本当に大丈夫か、ちょっと心配。
「無茶は駄目ですよ?」と伝えると、「「誰が言う(んです)か!」」と、セツヒトさんとショウコ二人に返された。
ぐうの音も出なかった。
ギルドに顔を出すと、ヒナタさんに話しかけられた。
細かい事はまだ知らない様子だったが、今日の昼にも上位のハンターチームの調査班が組まれ、未知のモンスター……例の黒い竜のところに向かう、という話だった。
流石、ギルドは仕事が早い。
上位のハンターチーム、しかも調査が中心というなら、滅多なことにはならないだろう。
ちなみに、ヒナタさんに会うのは久々。
相変わらずの凛とした立ち居振る舞いであった。
これで新人に毛が生えた程度の年数しか働いてないというのだから、恐れ入る。
中身おっさんの俺より落ち着いているし。
……まぁアイルー亜人を見つけたら、豹変するのだけれど。
その後はアイテムの補充に行ったりイシザキ亭に顔を出したり……結構充実した休日を過ごした。
ドールの怒りのボルテージもとっくに収まり、美味しい夕飯を頂いたし。
満足満足。
そして明くる日の午後。
調査に出ていた調査チームが帰還した。
死人が出たと、急な知らせが入り。
俺は、ギルドに駆け出した。