空には日が昇り、間違いなく朝と呼べる時分。
なのに、辺り一帯は暗い。
目の前の黒蝕竜ゴア・マガラ。
明らかな形態の変化を見せた。
鱗粉が撒き散らされ、もう視界全てが黒い。
ショウコは無事だろうか。
「ショウコ!!」
……。
反応無し。
恐らくあまりの規模の霧に、安全な場所まで退避した……そう願いたい。
しかし戦い始めからずっと思っていたが……翼とは別に4本の脚がある。
手足の数が、生き物としておかしい。
まぁモンスター相手に今更なんだけど。
「……ガァァァァアアァァ!!!」
「何回吠えるんだよ……っ!」
しつこいぐらいの咆哮。
そう何度も聞きたい声ではない。
生物としての本能、体がこわばってしまう。
「……ガァッ!!」
「ぬお!?」
固まってしまっていた俺の体。
そこ目がけて、ゴア・マガラが突っ込んでくる。
大型犬なら可愛いものだが、黒い巨体がやってくるのだ。
恐怖でしかない。
「っ!!ぐあっ!!!」
ドンッ!!
回避は試みたものの、右肩にゴア・マガラの右前脚が激突。
かなり吹っ飛ばされてしまった。
(ダメージは……案外平気だな……。)
新しい装備に感謝だ。
以前の装備なら、吹っ飛ぶだけでは済まなかったかもしれない。
「ガァァ!!」
(しかし……飛ぶの好きだな!!)
その漆黒の翼を広げ、空中でホバリングを行うゴア・マガラ。
だからどうやってそれやってるんだ。
そう突っ込まずには居られない。
ブワァ……!
(!!)
余裕をかましていた直後。
口に沸きたった、黒紫色。
煙弾の構え。
「くっ……!!」
「ガァァア!!」
ドガァ!!
横っ飛びで、その煙弾を回避する。
どこにでも回避できるように、構えていた。
だから、よかった。
恐怖を押し退けて、負けじと突っ込んでいたらと思うと、逆にやられていた。
身震いがする。
(当たったら、おそらくひとたまりも……っ!)
考える間もない。
続けてゴア・マガラが繰り出してきたのは、ブレスの応酬。
「ガァッ……グァァァァッ!!」
(マジかよっ!!)
前方にやってくる、黒紫のブレス。
背後には、崖。
追い込まれた。
どうする。
どうする。
(一か八か……!!)
「ぬぁぁぁ!!」
鬼人化。
身体能力を上げる。
そして、意識を切り替える。
(霧に……突っ込む……!!)
体を捻り上げ、マグナム弾のように進行方向に回転。
息を止め、霧のブレスに突っ込んだ。
ブワァ!!
ザン!
「ガアァァァ!?」
「よ、よぉし!!このままぁ!!」
ザシュッ!ザザン!
ヒュパッ!
「……グゥゥゥゥ……。」
「…………。」
(あ……あっぶねぇぇぇぇ!!)
今やったこと。
ブレスに突っ込んで、回転回避。
それが、たまたま運よく成功。
そしてたまたま運よくゴア・マガラの頭に双剣が当たり。
怯んで地面に着陸した相手に、そのまま剣を入れた。
(二度とできる気がしねえ!怖すぎる!!)
「………ガァァァ!!」
そこから、再び飛び上がるゴア・マガラ。
だから、こいつ飛びすぎなんだよ……。
……落とすには……。
「……行くしか、無いよなぁ!!」
ダッ!
飛びながら、口から黒紫のブレスを吐こうとしているこゴア・マガラ。
先ほどの攻撃からも、その様子は見え見え。
崖に追い詰められ、結構ピンチだったけど、なんとか凌げた。
だが、そう何度もできるような芸当ではない。
追い詰められたら、終わり。
ブレスを吐こうとする、黒蝕竜。
ならば。
「フン!!」
ザシュッ!!
「うらあぁ!!」
ズザン!
ヒュパッ!
「しっ!!」
ザザザ!ズザン!!
ずっとブレスを履き続けるゴア・マガラの足元。
そこは、ぶっちゃけ安全地帯。
飛び回り、あちこちに移動するゴア・マガラ。
だが、足元からは絶対に離れてやらない。
双剣が届く高さギリギリで、しつこく斬り刻み続けてやった。
「ぁぁぁぁああああ!!!!!!」
ザシュッ!!ズザン!!ザシュ!ザザン!!
「ギャァ…………!!」
ズドオォン!
巨体が、遂に落ちた。
「チャンス!!」
今だ。
この時を、待っていた。
全身全霊を、ぶち込む!!
ズガァ!ズザザザザザザザザザザ!!
ザザザザン!!
(鬼人化乱舞!鬼人化乱舞!空中回転乱舞!!)
ザザザザザン!!ヒュパッ!!
「……グァッ!!……グァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
「っ!くっそ!!」
折り切れなかった。
その、おどろおどろしい角。
狙ったのは、その破壊だったのだが。
頑丈だ。
「……グァァァァァァ……。」
だが、ヒビが入っているのは確認できる。
もう少しで、いける……。
(……ん?)
「……グゥゥゥゥゥ……。」
辺りの暗さが、幾分か収まった。
急に、明るくなり出す空。
ふと見れば、ゴア・マガラの頭は元通りのっぺりとした丸いものに戻っている。
雰囲気も、始め見た時と同じような風貌。
(……戻ったのか……?強化形態だったとして……解けた?)
強化形態。
強くなり、ある程度の変化を行うモンスターは、今まで数多くいた。
ジンオウガなんて最たる例だ。
あいつは分かりやすい。
そして、一定のダメージを与えればその形態は解除される。
ゴア・マガラもまた、同じなのか。
……疑問は残るが、とりあえず戻った。
まずは、よしとしよう。
どんなカラクリか知らんけど、周りも明るくなってきたし。
「……ふぅー……。」
アドレナリン全開の頭を、深呼吸で冷やす。
心が、妙に滾っているな……。
コントロール、コントロール……。
「よし……。」
「……グアァァァァ!!!」
「こいっ!!」
再びの、開戦。
ゴア・マガラは、その後も技の応酬を続けた。
飛び上がり、ホバリング状態から突っ込んできたり、地を蹴って俺に突っ込んできたり。
距離を離せば煙弾を打ち、中距離からはブレスを吐き。
鋭い爪の音を間近で聞き、振り回される尻尾に驚かされつつも。
その悉くを、俺は見切った。
張り付いて、時には距離をとって。
飛び上がり時には、回転乱舞で無理矢理ねじ伏せた。
その瞬間、翼に当たって左腕を切ってしまったけど。
問題ない。
大した傷ではない。
「ガァァァアァァアァ!!!」
「っ……!!」
飛ぶ事と同じ位、どうやらコイツは吠える事も好きみたいだ。
だが、そのモーションもわかった。
タイミングを掴んで、翼と顔に咆哮無視の回避攻撃を入れていく。
何度もやってくる形態変化を解除させながら。
徐々にダメージを蓄積させていく。
「……しっ!!」
「グアァァ!!!」
ブワァ……。
3回目の、形態変化の解除。
……見るからに、ゴア・マガラはボロボロになっていた。
翼は俺によって切り裂かれ、その先の爪も、前脚の爪も、妖しい色の角も、折ってやった。
「……満身創痍だな……。」
「……グゥゥゥゥゥ……。」
ダメージは、正直かなり稼いだ。
いける。
いけるぞ。
あと少しだ。
「……グァァァァァァァァァァ!!!」
(……最後まで、気を抜かない!)
……コイツも、生きているだけ。
ただ、生きているだけの、モンスター。
ちょっとばかし、いや、かなり異常で、周りに迷惑をかけてしまうから。
だから、俺が狩る。
完全に、それはもう完全に、人間の都合でしかない。
モンスターに、罪は無い。
だから。
「恨んでくれ……!!」
「ガァァァーーー」
地を蹴り上げ、巨体を反らせ。
振り上げられた、その右脚。
横なぎにやってくる、その攻撃に合わせて。
(鬼人化……回避……!!)
ザッ!!
ヒュン……!
「ーーーアァァァァ!!」
(……攻撃!!)
ザシュパ!!
シュザザザザ!ザザン!!
ズザアア!!
「グァ……!!」
「………。」
力ない、声。
終わりが近いと、なんとなく分かる。
俺の、勝ちだ。
「……最後だ。」
宣言し、双剣を強く握る。
までは、よかった。
「……あ……?」
カラン。
カラン。
どこか、遠くに聞こえる音。
いや、近い。
地面に、何か落ちた?
ん?
俺は。
今、何をしている?
なぜ、地面を?
地面を前にしてーーー
ドサァ……。
「……え……あぁ……?」
動かない。
体が、全く。
「……うぅ……ぶぼぇ……。」
込み上げる、嗚咽感。
視界に見えるのは、赤い吐瀉物。
血、か?
頭が、働かない。
(な……んで……。)
先ほどまで、俺はゴア・マガラに対して、互角の、いやそれ以上の狩猟を見せて……。
追い込んでいて……。
なんで、倒れている?
(…………ッ!!……!!)
やばい状況だと、ようやく分かる。
そこに至るまでにどれだけかかったのか。
数秒か、それとももっと?
分からない。
分からないけど。
「……グァァァァァァ……。」
運がいいのか悪いのか、耳はよく聞こえていて。
ズン…………ズン…………。
地に伏せているからか、ヤツの動きも振動でよく分かって。
ズン……。
(止まった……?)
俺の近くにやってきて、止まった。
と言うことは。
「……ガァァァァァァ!!!」
「……〜〜!!」
咆哮。
叫び声。
何度も何度も聞いた。
その声色は、さっきまでと違って、どこか勝ち誇っているように聞こえて。
(やばい!やばい!!……起きろ!起きろ起きろ!!起きろってぇ!!!)
「ぐぅ……!!」
小刻みに震えながら、精一杯の力で体を起こす。
腹が痛い。
胸も痛い。
頭は、痛すぎてもうよく分からない。
切れた腕は、あまり痛くない。
足も。
ただ、力が入らない。
……だからって。
「ぐぉぉぉ…………っ!!」
立たないと。
教官に怒られる。
死ぬまで、俺は諦めないんだ。
絶体絶命。
ようやく、顔を上げた。
そこには。
「……ガァァァ!!!」
俺への攻撃を振り下ろす、ゴア・マガラの姿があった。
ドガァァァ!!!!!
「ぐぶぉ……っ!」
ドン!ドン!
ゴロゴロゴロ……。
視界がぐるぐると、回る。
力が入らないせいで、制御できない。
まるでぬいぐるみを蹴り飛ばしたかのように、地に跳ねる俺の身体。
「……ガァァァァ!!」
「……ぶほぉ!!……っ!!」
そして、煙弾を叩き込まれた。
衝撃で一瞬だけ起き上がった俺は、再び倒れ込む。
今度は、仰向けに。
「……ん……んぐっ………!」
腕を立て、肘をつき、何とか上半身を起こす。
(ポーチ……ポーチ……。)
触れて、情報画面を起動。
(……マジか……。)
起動しない。
起動しないというより、反応が無い。
ディノバルド戦の時と同じか?
際の際まで気力を使い果たしたら、起動しなくなった、あの時。
同じ状況、ということか?
ゾクリ。
頭によぎるのは、ギルドで見た、ハンターたちの遺体。
寒気が、止まらない。
「……グァァ……!!」
グワァッ。
何とか身体を起こした俺が見たのは、飛び立つゴア・マガラ。
そのまま行ってくれるのかと、僅かには期待したが。
そんなことをするほど、間抜けな相手ではなかった。
「……グアァァァ……。」
じっくりと、品定めでもするかのようなゴア・マガラ。
目が、俺と合った。
……おそらくは、こうやって相手が弱った後に屠るということを、何度もやってきたんだろう。
だからこその、あの余裕。
ちょっとでもアイツに同情した自分を、叱り飛ばしたい。
さっきまで、勝ち誇っていた自分を。
……諦めては、ならない。
諦めたら、終わりなんだ。
何とか、生きる道を、探るんだ。
思考は、戻ってきた。
だが体は、ほとんど動かない。
そして頼みの綱の情報画面は、動かない。
……奴が突っ込んでくる前に横に転げてやろうか。
易々と、死んでたまるかってんだ。
生きるんだ。
俺は、生きるんだ!
「……ガァァァァ!!!!!!!!」
ビュオン!!
瞬間、速度を上げ、空中から俺に詰め寄るゴア・マガラ。
(動かせ!体を動かせ!!最後まで、生きるんだ!動けぇ!!)
だが、その甲斐虚しく。
ただただその場に倒れ込むことしかできない俺は。
死を覚悟した。
ドォン!!
ゴロゴロゴロゴロ……。
ものすごい衝撃が、体を襲った。
「……ぐぁ……あ……れ……?」
肘で体を支えて、顔を上げる。
そして、見えた景色は。
……なんで。
なんでだ。
「……な……んで……。」
力も入れられない。
ただただ、虚しく響く俺の声。
心は、こんなにも嘆いているというのに。
なぜ。
なぜ、ショウコが、ここにいる。
なんで、ショウコが、あそこに倒れている。
俺がいた場所に。
血が、傷が。
どうして、動かない。
『ご主人様、無茶せんよう、お願いしますね。』
ふとよぎるのは、狩猟前のショウコとの会話。
無茶するなって……あれだけ……。
お前が……ショウコが……言っていたんだぞ……。
「ショウコォ……!」
冷え切った俺の頭。
「ショウコ………!!」
呼びかけても返事のない、俺の相棒。
「…………ぁぁぁぁぁあああ!!!」
ザッ!
「ガァァァァ!!!」
体を起こす。
不甲斐ない自分の身体を。
右足を立てる。
その膝に、両手を置いて、体を支える。
そして、立ち上がる。
「……。」
少しでも気を抜くと、倒れてしまいそうだ。
だが、俺の心の中に。
燻る、何かがある。
(……狂気に満ちてもいい。)
クエストの前から、ずっと滾っていた、俺の心の内。
怒れ、昂ぶれ、解放しろと、ずっとうるさかった心。
セーブしながら、戦ってきた。
だが。
今はもう、いらない。
必要ない。
(アイツを……殺す……!!!!!!!!)
ピンッ―――。
頭の中の何かが、弾け飛んだ気がした。
身体中、死ぬほど重い。
だが、動く。
十分だ。
(武器……。)
視界が、赤い。
「ーーーガァァァーーー」
奴が、叫んでいる。
ちょっと待ってろ。
得物が無いと、お前を殺せない。
真っ赤な景色の中、双剣を探す。
あった。
ザッ!
ヒュッ!
速度を上げ、双剣を持ち上げた。
「ガァアァァァ!!」
そのすぐ後ろに迫る、ゴア・マガラ。
「……しっ!!」
「ガァァァア!?」
速度を上げる。
やって来たヤツの、
「ーーー鬼人連斬。」
ザヒュッ!!
ズシャ!ザザザザザザ!!!
「ガァァァァ!!!」
バッ!!
たまらず飛び立つゴア・マガラ。
逃すか。
「空中回転乱舞。」
トン。
ヒュン!
ヒュパパパパパパ!!
ズザザザザザザザ!!
「ガァアアアア!!!」
グラッ……。
ズゥン……。
墜落する、巨体。
「……ふんっ!!」
俺は落ち様に、尻尾に一撃。
そこを皮切りに、一気に頭まで回転攻撃。
ザザザザザザザシュ!!
「ギャアアアアアア!!」
「……終わりだ。」
ズザシュ!!
ザザザザザザザン!!!!!!!
ドシュッ!!
「グァ…………。」
ズゥン……。
倒れて、ゴア・マガラが動かなくなった。
「………ぐあぁあ………っ!!」
安堵した、その瞬間。
割れるように痛む頭。
その痛みが、感覚として認識できた時には。
俺は、正気に戻っていた。
赤く霞んでいた視界が戻ると、目に入ったのは横たわるショウコの姿。
「………しょ……ウコ……。」
ショウコが倒れているところまで、歩き出す。
再び、体が重くなる。
ザッ。
膝をつき、体は倒れる。
ズリッ……ズリッ……。
這いずり、這いずり。
何とか、ショウコの元ヘ。
「ショウコ……!!ショウコ……!!」
呼びかける。
声にも力が入らない。
「……ショウコォ!!」
返事が無い。
そんな絶望を味わいながら。
「ショウ……コ……。」
俺は、意識が無くなっていった。