実家に帰る。
一人暮らしをして、親のありがたみが分かるというもの。
洗濯に炊事に、様々な家事。
たった一人分なのに非常に面倒。
それが仕事と相まっては、更に面倒に。
挙げ句不摂生になって人間としてダメになって。
そんな状態でに実家に戻った時の安心感と言ったら無い。
自分のことを思い出して恥ずかしくなる。
そして今、目の前の女性は実家に帰って落ち着いているご様子。
とは言っても、娘の元に帰ってきた母な訳だが。
「あー……すっっごく落ち着くわぁ……。」
「……だらけすぎですよ、ミヤコさん。」
「だってね。こんなに安心できる空間なんて中々……ズズ。……ドールの入れるお茶は年々進化しているわね!」
「俺がお茶好きなもので……いろいろ茶葉を探してくれたんです。」
「あら〜……愛ね!!」
「何を言っとるんですか。」
その節はドールの優しさとお茶の味に感動したものである。
この目の前のミヤコさん。
ドールのお母様である。
亡くなったお父さんの命日に合わせて、年に一回帰ってくる。
どこからかって、この人の勤め先は何と首都ギルド本部。
しかも確か総務長とか、結構な役職だったと記憶している。
……去年も思ったが、かなり偉い人だよなぁ。
ギルドの役職の偉さとか全然知らんけど。
「例年、命日に合わせて帰られていると伺ってましたけど。」
「そうなのよー、色々……本当に色々あってねー?ドールには『遅くなってごめんね。愛しの母より。』ってお手紙送ったんだけどね!」
「自分で書く内容じゃない気がします……。」
相変わらずツッコミどころが多いお方である。
俺も去年のしばらくの期間、この宿で生活を共にしていた。
このノリの良さというか、ドールと正反対の性格。
かなり打ち解けてしまった。
「おーミヤコさん。帰られたんじゃな。」
「あらー、お義父さん!本当今帰りました〜!これお土産です!」
「ほっほっ。ありがたく……。本当に、元気そうで何より。今回はどれぐらいいられそうなんじゃ?」
「それがですね、お仕事が立て込んでまして……。しばらくはご厄介になります〜!」
今回も滞在が長いのか。
ドールも喜ぶことだろう。
『……あー!お母さん!勝手に食材いじったでしょ!!』
「あー!ごめんねー。こう、お母さんの料理の腕を久々に奮おうとしたんだけどねー……。」
『もう……今夜は私が作るから、お母さんは座っててね!!』
「むぅー。はぁーい。」
水場から飛ぶ、珍しいドールの大声。
完全に立場が逆である。
実家に帰ってきた娘と、実家の母。
ドール……喜んでいる……よな?
しかしミヤコさん、一体どんな生活を首都で送っているのか。
気になる。
「ミヤコさん、首都で暮らしてるんですよね?」
「ええ!もちろん!シティで働くバリバリウーマンよ!!」
「じゃあその、自炊とか洗濯とかーーー」
「ーーーソウジくん。」
「あっ、はい。」
「それ以上は、いけないわよ……。」
「アッハイ。」
人には聞いてはならないことがある。
スルースルー。
本当に、実家に帰ると落ち着くものである。
「ほっほっほ。」
いつものように笑うホエールさん。
うーん、やっぱり落ち着くぜ。
ここが俺の実家みたいなものだからなぁ。
* * * * * *
翌日。
俺はハンズを連れて、朝のトレーニングに出かけた。
かなり豪勢な夕飯が振る舞われた昨夜。
食べすぎてしまった。
お陰で胃が少し重い。
「私のためにこんなに……!」と、わざとらしく涙を流す(フリをした)ミヤコさん。
「ソウジさんの退院祝いもあるから。」と塩対応のドール。
温度差が半端なかった。
とはいえ、ドールはそこそこ嬉しそうで、今朝でかけるときもかなり上機嫌だった。
そりゃ嬉しいよな。
年一で帰ってくる母。
それを迎える娘。
……若干立場が逆の気もするが、それは家庭の事情それぞれであって。
ウキウキしているドールの姿は、正直年相応で可愛かった。
「ド、ドールちゃん……喜んで……ましたね……!」
「な。何か、分かるよな。」
「はい……、わ、私も実家に帰ろうか、なぁ……はあっ……はあっ……!」
「…………無理して話さなくていいぞ?ハンズ。」
走りながら俺と会話を行うハンズ。
以前は、町の周りを5周もすればヘトヘトになっていたのに、今はきっちり付いてくる。
特訓を欠かさなかった成果が出ているなあ。
うんうん、偉い偉い。
……。
俺たちは九周目を終え、最後の休憩を取った。
話題は、実家の話。
「しかし、実家なぁ……。」
「ソウジさんはご実家は……あ、す、すいません……。」
「あ、いや。気にしなくていいぞ。」
ハンズが謝ってきた。
この子には、俺の事情は特に伝えていない。
記憶喪失でここにやってきた、とだけ言ってある。
気を遣わせてしまったな。
「……俺の実家は、この町のあの宿だ。ホエールさんにドールに……世界で一番落ち着く場所だよ。」
「……そうですね……ソウジさん、あそこにいると本当に優しい顔をしています。」
「そ、そうか。」
そんなに見られていたのかと思うと。
ちょっと恥ずい。
「ハンズは、実家はいいのか?」
「……実は、次の秋にでも一度帰ろうかと思っています。冬支度の手伝いも兼ねて。」
「あぁ、そうなのか。」
ハンズの実家はワサドラの北西に有る大草原の移動集落。
そこの長、超絶イケメンのハンザさんの妹。
若いのに威厳も有り、とにかくモテるらしいのだが。
「……兄が私の事を大切にしてくれているのは嬉しいです。けど……。」
「……大切に、ってレベルじゃなかったような……。」
「ですよね……。」
いかんせん。とても妹想いのお兄さんであった。
いや、完全にシスコンと言って、差し支えないレベル。
「……もうしばらく、鍛えながら考えてみます。」
「あぁ、そうするといい。家族の話だし、俺何にもできないけど。」
「……こうやって一緒にランニングしてくれますし、色々と武器の扱いにもアドバイスを頂いてますし。……感謝しています。ソウジさん。」
「ハンズは飲み込みが凄いからなぁ。言うだけで済むんだから、凄いよ。」
「え、えへへ……そ、そうですか?」
「ああ。」
嬉しそうにはにかむハンズ。
後ろにはしっぽが振られる幻覚が見える。
犬っぽい……。
そういえば二人っきりで走るというのは、今まであまり無かったな。
こういう話をすることも無かった。
新鮮。
「……俺にできることなら、何でもするぞ?」
「じゃあ……兄に紹介してもいいですか?私のお婿さんとして。」
「ッブーー!!!」
いきなりの爆弾発言に、思いっきり吹き出す。
な、何を言い出すのこの子!?
「兄は……手紙を見た感じ、ソウジさんの事を大変に気に入ってました。ソウジさんなら、こっちに来てもうまくやっていける、と。」
「だ、だからって……。」
そんな、いきなり。
口を袖で拭いながら、慌ててしまう。
「……ふふ、冗談ですよ。だ、第一、そんなことになったら、私色々と敵を作りそうです……!」
「…………。」
敵。
うーん。
「…………それ以外なら、何でも言ってくれ。」
「……はい!ありがとうございます!」
「……あぁ。……じゃ、ラスト一周!飛ばすぞ!」
「はい!……って!えぇ!!速っ!!」
なまった体に鞭打って走り出す俺。
ハンズもまだ余裕そうなので、全力で行かせてもらう。
……からかわれた気がしてムキになったわけではない!
ないぞ!
「ま、待ってくださ〜い!!」
………………。
…………。
「ソウジさん。前も言ったけど、めっ、だよ?」
「はい。」
疲れ果てたハンズを宿に搬送。
お姫様抱っこなんてしたら何を言われるかわからなかったので、おんぶして連れてきた。
ドールに怒られた。
はい、ムキになってごめんなさい。
「尻に敷かれてるわねー。」
ミヤコさんが何か言っていた。
* * * * * *
今日は一日フリー。
何の予定もない。
いや、何もなくは無い。
一つ、大事な話をする相手がいる。
「…………入りますよー?」
ギイィ……。
『開いてるよん』と書かれた、力の抜ける掛札。
そのドアノブを開くと、少し立て付けが悪くなった戸の音が、店中に響いた。
「……セツ……せっちゃんさーん。いますかー?」
呼びかけるも、返事はない。
そう、やってきたのは武具屋。
セツヒトさんの店である。
「…………。」
静かな店内を見回す。
人のいる気配が無い。
だが、カウンターには湯気の上る湯呑み。
あ、裏庭か?
…………。
ビンゴ。
裏庭に勝手に入らせてもらうと。
いた。
セツヒトさんが、大剣を構えて集中していた。
身の丈ほどもあるその大剣。
ゆっくりと振りかぶって。
「…………ふっ。」
ビュオン!!
「…………。」
こちらにまで風が来そうな程の素振り。
地面に当たる直前、ビタッと止める。
まるでプラ製の子どものバットのように軽々と扱っているが……あれ、俺にできるかなぁ……。
すごいパワーだ。
「…………ふぅ…………ごめんねー、ソウジー。今終わったからー。」
「あ、いや。大丈夫ですよ。」
どうやら俺が来たことは分かっていたみたいだ。
流石である。
「腕が鈍るといけないからさー、こうやってたまにねー。」
「いや、凄かったです。あんなに軽々と。」
「お、そーおー?……ソウジに褒められると照れるねー。」
少しも照れた様子には見えないが、照れているのか。
相変わらず表情が読めないなぁ。
「…………でー?やってきたってことはー?」
「……はい。話をしに、来ました。」
「んー。おけー。とりあえず戻ろっかー。」
ヒュン!
肩に大剣を担ぎ、悠々と歩きだしたセツヒトさん。
揺れる長い銀髪が、とても美しかった。
* * * * * *
「お茶、飲むー?」
「あ、頂きます。」
コポコポコポ……。
きちんと急須でお茶を入れるセツヒトさん。
こういう家庭的な一面は、あまり見なくて新鮮。
「そちゃですがー。」
「これはこれは、ご丁寧に。」
「……ふふ。あんまりガラじゃ無いねー。」
「ズズ……いや、うまいですよ。似合ってます。」
「そーおー?」
ゆったりとした時間。
セツヒトさんは基本のんびりさん。
お茶だけでこの雰囲気を作り出せるのは、セツヒトさんならではだと思う。
「……でー?話に来たんでしょー?」
「はい。その……今の気持ちを、伝えようと。」
「おー。ドキドキするねー。」
「俺もです。その、結論から言いますと。」
「うー……はい。」
意を決して伝える。
今の思いを。
「……今、お気持ちには、お応えできないです。……ごめんなさい。」
「……そっかー。」
「……はい。」
決めていたセリフを、伝える。
心が、重い。
「……一応さー?理由とか、聞いてもいーいー?」
そりゃそうだ。
断るにしても受け入れるにしても、納得というものが必要だ。
納得は難しくても、理解だけでも。
「……その、セツ……せっちゃんさんの気持ちは、とても嬉しかった、です。」
「うんうん。」
「俺なりに悩んで、それで、一つ思ったことがあって。」
「……んー?」
「……ほら、俺、というか、俺たち、こんな仕事していますよね。」
「うん。」
ハンター業。
モンスターの命をもらい、植物や鉱石などの採取を行い。
時には危険と隣り合わせの、明日もわからぬこの仕事。
「……好きな人、好き合う人と共に生きていく。そんな時、相手が失われたら。」
「…………。」
「少なくとも俺は、自分の愛する人がいなくなったら。……正直、やっていけないです。」
「……それがー、理由ー?」
「……はい。」
考えた。
俺なりに。
セツヒトさんやハイビスさん、そしてショウコ。
俺の周りには、どうやら俺のことを好ましく思ってくれている人たちがいる。
だが、今回の狩猟で思い知らされた。
自分が傷つく覚悟。そして相手の命を断つ覚悟。
これは段々と身についてきた。
だが、自分の大事な人が傷つき、下手をすればいなくなってしまうような。
そんな状況の覚悟。
全くと言っていいほど、できていなかった。
どこかで、俺自身が傷付けばいいと。
そう、簡単に片付けていた。
だが、違った。
ショウコが動かなかった、あの時。
絶望した。
最悪の状況を、飲み込めなかった。
何で連れてきた、と。
俺のせいだと。
ショウコがいなくなるという。
その覚悟が、無かった。
逆に考えて、俺が死んだとして。
その確率はそう低くは無い。
……その時、俺と愛し合う、そんな人がいたら。
その人はどんな気持ちになるのか。
……絶望するよな。
「……大切な人を失ったら。……そんな状況を、作りたくない。だから今、セツ……せっちゃんさんのお気持ちに応える訳には……いきません。」
「……。」
「嫌とか、そんなんじゃ全然無いです。ぶっちゃけ、美人で髪がキレイで強くて、憧れもあって……そういう気持ちに応えたい想いは、正直あります。でも……。」
「……んーん。いーよー。……ソウジの言いたいこと、なんとなくわかったからさー。」
「……。」
「私だってさー……ミヨシの時、いろいろ考えたからねー……。」
ミヨシ村の壊滅。
セツヒトさんは、その当事者であったわけで。
……大切な人を失うという悲しみを、その目でたくさん見て、そして味わったはずだ。
……。
「……。」
「……んー、話が重くなっちゃったねー。いやー、ごめんねー。私も勢いで告っちゃったようなもんだしさー?ソウジに色々、考えさせちゃってー?」
「い、いや。自分と自分の周りを見つめ直す、いい機会でした。だから……ありがとうございます。」
「おー……まさかフラれて礼を言われるとはー……。」
「い。いや、すみま……いえ。はい。」
これ以上謝りはしない。
何だかセツヒトさんに失礼な気がして。
「…………。」
「…………。」
静かになる俺たち。
居心地はあまり良くないが、これで別に俺とセツヒトさんの関係が終わるわけではない。
お互いに、いい大人だ。
そんな、中高生じゃあるまいし。
お茶を口にして、少しの間を空けて。
セツヒトさんが話し始めた。
「まぁでもさー……別にいいよねー?」
「……はい?」
相変わらず主語も目的格も少ないセツヒト語。
解読に時間を要する。
「んー、だからさー、私がソウジを好きっていう気持ちは、変わらないわけでしょー?」
「は、はい。それは。」
ストレートに言われると、照れる。
「そしてー、それ自体を拒否されたわけでもなんでも無いわけだよねー?」
「ま、まぁそうですね。」
「…………決めたー。ソウジが引退するか、絶対に死なない程強くなるまでー、私はこのままでいまーす。」
「…………………………な、なるほど?」
何がなるほど、なのか。
えっ。
じゃあ今までと大して変わらないんじゃ。
「せっちゃんさ―――」
「私の気持ちは変わらない。ね?ソウジ。」
「うっ……はい。」
「……んふふー、それにー、私の気持ちは嬉しいんだよねー。それって完全に脈アリじゃんねー。」
「そ、それは……。」
「いつでもいいからねー、ソウジー…………待ってるよー?」
「…………。」
ニヤニヤと、そして嬉しそうに笑うセツヒトさん。
……敵わねえなぁ……。
今のは効いた。
心の臓に。
ドキッと来た。
「よーし……とりまー、この話は一旦置いといてー、装備の話でもしようかー。」
「えっ!?」
「何よー。嫌なのー?」
「い、いえ、嫌じゃないです。むしろお願いします。」
「ほいほい、オッケー!」
そこからは、いつもの様に武具の話題になった。
もちろん、俺の新しい装備について。
さすがセツヒトさんというか、やはりというか。
いつもと同じように接してくれる。
あれ?これ今までと変わらないんじゃね?
いや、いいんだけども。
「ふふー。……いいカラダしてるねー。」
「オヤジか。」
「あ、ひどーい。思いを寄せるー、こんないたいけな女性をそんな扱い……。」
「いたいけて。」
「……ふふー。あー、ソウジー、顔真っ赤ー。」
「これはしょうがないんです生理現象です仕方ないんです!!」
「ふふふー……いやー、やっぱり楽しいねー、こういうのー。」
多少気まずくなるだろうと思っていたけど。
軽口を言い合う程である。
それが、セツヒトさんは嬉しそうだった。
……まぁ、いいか。
* * * * * *
その後、俺はセツヒトさんと分かれ、ギルドに向かった。
今夜行われるという、宴。
その前に、一つやっておきたいことがあるからだ。
ギィィ……。
重く厳ついギルドのドアを開ける。
「…………。」
人のまばらなギルド内。
時間帯的に、ハンターの数は少ない。
そこを通り過ぎて、修練場に向かう。
「久しぶりだなぁ……。」
以前来たのは、確か骨折した時。
何か勉強になるならと、ハイビスさんにお誘いされてやって来た。
色んな初心者ハンターの方々と情報交換をしたり双剣を教えたりした。
ここに来たのは、例のアレを試してみたいから。
(……丁度いいな。)
修練場は人っ子一人居なかった。
珍しいが、ある意味チャンスか。
「……ふぅー……。」
ジャキン!
深く呼吸して、二対の刃を構える。
夜天連刃ではなく、修練場備え付けの双剣。
目の前には、からくり蛙。
(鬼人化……!)
スゥ……。
体にいつもの感覚。
(ここから……。)
思い出す。
あの時を。
ゴア・マガラに追い詰められた、あの時の状況を。
「…………ふんっ!!」
…………。
……。
変わらない。
駄目か……。
(どうやったら再現できるか……。)
ここにやってきたのは、「獣宿し」の習得のため。
使うことを控えるように言われたが、これを常態で出せるようになればいいな、と。
コントロールできるようになれば、扱いも楽になると考えたからだ。
だが。
(鬼人化……!)
スゥ……。
鬼人化して、心と体を一段階研ぎ澄ませる。
これだけでも集中力を多少要する。
慣れてきたのは、成長の証。
教官に習った頃は、感覚でやっていたけど。
今は自覚して、瞬時に発動できる。
(ここから…………!)
「…………ふんっ!」
…………。
……。
できない。
……まぁ、そりゃそうか。
あの時の状況をできるだけ再現しようとするならば、ここでは無理。
ここには、動かないからくり蛙しかいない。
追い詰められる、という状況が作れない。
(……あっ。)
一つだけ、思いつく。
からくり蛙には、動くギミックがある。
それを動かして……。
ギ……ギギ……ギギギ…………!
ズドン!!
(おっ、よし。)
修練場脇にあった歯車を合わせて、蛙の攻撃機能を追加する。
これは、初心者ハンターが攻撃を避けたり防いだり……より実践に近い形で訓練をするためのギミック。
俺も何度も使ったのに……今の今までわすれていた。
ついでに、防具もポーチにしまっておく。
全身完全に普段着、武器は修練場備え付けの双剣。
これで、防御力皆無。
攻撃力も低い。
そんな状態になれた。
(あとは……。)
……ズドォン!
まるで四股を踏むように、その足を地に叩きつけるからくり蛙。
規則的に動くそれを、敢えて喰らう。
……ズドォン!!
「ぐぁ……!」
痛い。
思わず双剣で防いだけど、防具なしだと怖いな……。
(追い込まれる状況……意図的に傷ついて……。)
やっていることは、かなり馬鹿げている。
からくり蛙の攻撃をわざと受けて。
痛みに耐えながら、身を削って。
命を削る「獣宿し」の習得を目指す。
……削られっぱなしである。
(割に合わないなぁ……っ!)
ドガッ!!
「ぐぁっ…………!!」
再びの一発。
痛い。
……何してるんだろ、俺。
* * * * * *
その後、何度からくり蛙の攻撃を受けても、獣宿しには至らず。
今日のところはタイムアップ。
「……やっぱり実践じゃなきゃ無理かぁ……。」
からくり蛙でももしかしたら、なんて考えてみたが、虫が良すぎた。
やはり、相当に追い込まれるような状況じゃないと、厳しいみたいだ。
残念。
「あの……。」
「うわっ!?……あ、ど、どうも。」
「…………お久しぶりです……。」
急に声をかけられた。
相手は、あのザシューさんだった。
相変わらずの強面。
スキンヘッドが、よりその顔の厳つさを強調している。
装備はしていないから……訓練ってわけでもなさそうだど。
「…………。」
「…………。」
無言。
気まずい。
以前俺がお見かけしたのは、ゴア・マガラに上位ハンターチームがやられて帰ってきたとき。
女性の遺体の前で、なんとも言えない顔をしていた。
……大切な人、だったのかな。
「…………あの、その……大丈夫、ですか?」
「えっ……。」
心配になって、声をかけてしまう。
大丈夫なワケ無いのに。
心配りができない自分が情けない。
だが、そんな俺の心情を汲み取るかのように、ザシューさんは大人の対応をしてくれた。
「すみません、ソウジさん。ご心配をおかけして。私は平気です。」
「……そうですか。」
平気。
そんなわけ無いと思う。
だが、俺に気を使って。その言葉を選んでくれたのだと分かる。
俺の馬鹿……気を使わせるとか。
「……ソウジさん。」
「は、はい。」
低い声で俺の名を呼ぶザシューさん。
な、何だろう。
気を悪くさせてしまったのなら、謝らないと―――
「―――本当に、ありがとうございます。」
「……へっ?」
予想してなかった言葉。
素っ頓狂な返事をしてしまう。
「…………俺のミスで、仲間たちが死んだ。事前の情報を加味すれば、被害は抑えられました。なのに……。」
「いや、それは……仕方のないことかと思います。ザシューさんのせいでは……。」
「俺のせいだと……そう思わないと……やっていけないんです……。」
「…………。」
責任を負うことで、自分を保つ。
自分を責めないと、やっていけない。
張り詰めた顔と絞るような声に、そんな心情が伺えた。
「ヤツが……ゴア・マガラが、憎かった。だが……敵わない相手、でした。ソウジさんとショウコさんは、そんなやつを屠ってくれた。……勝手な思いかもしれませんが、敵を打ってくれた。なので、礼を。」
「あっ……。」
スッ……。
頭を下げるザシューさん。
「…………ザシューさん。」
「…………。」
「……大切な人を失うというのは……多分、どんな悲しみよりも辛い。俺、励ます言葉なんか持ち合わせてないんですけど……。」
「いえ……そんなことは……。」
「……前を向いて、ほしいと思います。だから、顔を上げてください。」
「……ありがとうございます。」
そう言うと、ようやくザシューさんは顔を上げてくれた。
もし、俺が大切な人をモンスターに殺されたら。
逆に俺がモンスターにやられて、大切な人が絶望したら。
……やってられないよな。やっぱり。
しかし気のせいか……ザシューさんの顔がより厳つくなっているような……。
* * * * * *
そこから、修練場ということもあり、二人で特訓した。
双剣なら俺に1日の長がある。
ザシューさんはその体格を生かした豪快な剣の振りであった。
試しに力の抜き具合と足の動かし方を教えてみたが、混乱していた。
……正直言って、ちょっと面白かった。
「俺の方がハンター歴長いのに……さすがソウジさんです……。」
「い、いや、俺双剣しかできないですし……。」
落ち込んでいた。
励ますつもりが……なんかすみません……。