「……やったんだよな、俺たち。」
真夜中、一人でボソッとつぶやく。
ここは首都ギルド西支部の医務室。
背中が痛いため、ベッドにうつ伏せになりながらの独り言。
(……正式な完了報告は、後でいいってことだし……装備もアイテムも……まぁ大丈夫だし……。)
ずっと気になっている。
心の中のモヤモヤ。何か、忘れてはいけないものを忘れている。
そんな感じ。
* * * * * *
首都に戻ってからは、てんやわんやだった。
キレイな夕焼けの中、西門をくぐってすぐにギルドに向かった。
街の中は普通だったのに、ギルドに入った途端拍手喝采に包まれた。
ギルドマスター直々の獄狼竜の狩猟。
しかも、往年の仲間であるマショルク教官と、超有名人のソロハンターであるセツヒトさんを伴っての猟果。
更には、俺とショウコの古龍の討伐。
その色んな情報が相まってか、それはそれは盛大に迎えられた。
「ソウジさん!ショウコちゃん!!」
大きな声をあげたのは、ハイビスさん。
ギルドにずっといたのだろう。眠ってないのか、目が赤く腫れている。
ただいま帰りました、と言おうとしたら。
何と、俺とショウコ二人に飛びついてきた。
「……ご無事で……お疲れさまでした……。」
「は、ハイビスさん。」
「ウチら、生きてますよ。……ただいまです、ハイビスさん!」
俺たち二人を抱きしめながら、涙を流して迎えてくれた。
もうびっくり。
「おーー!!いいぞー!受付嬢のねーちゃん!!」
「一番の功労者だー!!やれやれー!!」
やんややんや。
周りのハンターたちが、好き勝手に囃し立てる。
「……す、すみません。あまりに、う、嬉しくて……。」
「……いえ、とんでもないです。」
俺たちから離れるハイビスさん。
そのまま、キリッとした顔に切り替わった。
「本当に、狩猟お疲れさまでした。皆様の報告、承ります。」
「……はい!」
これだ。
いつも華麗な受付嬢、ハイビスさん。
帰ってきたって感じがする。
「おう、ありがとな、ハイビスさん。色々と確認したいことがある、部屋に行こうや。みんな、いいか?」
「あ、はい。」
周囲の歓迎ムードも、ハイビスさんの抱擁もお構いなしにぶった切るハスガさん。
流石である。
「もーハスガさーん。無粋ー。」
「せ、セツヒト。そう言うな。」
そしてそんな強面に、いつもの調子で突っ込めるセツヒトさんもすごい。
随分と打ち砕けてるなぁ。
まぁ、昔もこんな感じだったのかも知れない。
周囲にザワザワと声をかけられながら、俺たちは部屋に移動した。
…………。
……。
「と、シャガルマガラの方はこんな感じでした。」
「……。」
「……あー、なので、また出てきたら俺が頑張りますので、はい。」
「……お、おいソウジ。本当か?」
「えっ?」
部屋に着いたら、まず俺の方から報告。
首都を出てから、おじさんにギリギリまで送ってもらって。
それからは禁足地の頂上まで山歩き。
戦闘に突入。
半端ない体力、熾烈な攻撃で圧倒してきたシャガルマガラ。
ショウコの限界、そして俺の負傷。
さらに、止まったはずのシャガルマガラの復活。
絶体絶命の中、不思議と落ち着いて狩猟できたこと。
そして、天廻龍シャガルマガラとは、また戦うことになる、という変な予感。
その流れを伝えた。
そしたら、ハスガさんが変な顔をして俺を見てきた。
……そらそんな反応するわな……。
「とりあえず、お前がすげぇってのは分かったわ……。」
「は、はぁ……。」
「うむ!ソウジくんとショウコくんの死闘、この目で見られなかったことが悔やまれる!!」
「いや、マショルク、そこじゃなくてな……。」
ハスガさんは、スキンヘッドをポリポリと掻いて、静かに、だが重く、俺に問いかけてきた。
「……本当に、復活するのか?」
「……する……と思います。間違いなくトドメは差した、心臓も止まっていた。でも、いつか必ず。」
「……いつだ?」
「……頭おかしいと思われても、構いません。ただ絶対アイツはまた来るとしか、思えませんでした。」
「…………。」
ぶっとい腕を組んで、俺を睨みつけてくるハスガさん。
俺の言動の真偽を見極めているのだろう。
だが、そんなに見られてもどうしようもない。
だって……俺だってただの勘なのだ。
確信はしているけど。
数秒の沈黙の後、ハスガさんが重い口を開いた。
「……わかった。お前がそこまで言うなら、俺は信じる。」
「……マジですか。自分で言うのもなんですけど、俺すっごく変なこと言ってますよ?」
「だってなぁ……倒した本人がそう言ってるし、何なら自分でまたやるってんだ。……別に警戒するに越したことは無いし、ソウジが納得してんなら、俺からは何もねぇよ。」
「……ありがとうございます。」
周りのみんなも、アホなことを言う俺に突っ込むかと思ったら、100%信じている様子。
いいのかそれで。
「まー、ソウジは嘘つくようなヤツじゃないしー?私も信じるー。」
「ご主人さまは少しはこっちを頼って下さい。」
「ソウジ君!その時は私を呼ぶといい!!私もシャガルマガラとやらとやってみたいぞ!!!」
「い、いくらマショルクさんでも、狂竜症はどうしようもないのでは無いでしょうか……?」
「そん時はまた俺が送っていくからな!二回も三回も変わらねえ!」
「……みんな……。」
うん、信じてくれている。
なんなら次の予定まで決めだしている。
いや、そんなすぐに復活されたら流石に困るんだけども。
「あー、とにかく、だ。」
すると、場を制してハスガさんが話し始めた。
「この件はギルドのトップで預かる。現在回収班が現地に行っているはずだ。その辺の情報と加味して、判断する。それまでは全員他言無用で頼む。変な混乱は招きたくねぇ。……またミヤコに相談しねぇと……あいつすげぇ顔しそうだなぁ……。」
判断が速い。
この辺、伊達にギルマスをやっていないよな。
頼り甲斐という言葉が何とも似合う人である。
「じゃあ俺たちの方だが……まぁ何てこたねぇ。数年前……大陸北部に急遽出現した獄狼竜が、シャガルマガラのスタンピードの影響でどういうわけか出現。場所は首都から北西の山地帯。途中まではマショルクとセツヒトが狩猟。途中、俺が参戦して討伐完了。以上だ。」
「だいぶ端折ってるけどー、私なんてあんまり役に立たなかったよー。いやー、強かったー。」
「トドメを差した張本人が何を言う!素晴らしい狩猟だったぞ!セツヒト!!」
「うるさいよー……ありがと。」
……おお、セツヒトさんが教官にお礼を言うとか……!
明日は雨が降るぞ。
「その個体は、あの時の獄狼竜だったんですね。」
「うん、間違いないよー。あの角の折られ方、私が見間違うわけないしー。」
気になったことを俺が聞くと、即答で返事が返ってきた。
セツヒトさんは呑気に言うが、それだけあの時の獄狼竜を常に頭に思っていた、というわけだろう。
決していい思い出ではなかろうに。
……いつか必ず倒すと、決めていたもんな。
まぁ本人は、そこまで感慨は無さそうだけど。
* * * * * *
報告はそこまで。
「細かくはまた。とりあえずもう遅い。怪我人は医務室。他は飯食って寝るぞ。」とハスガさんが締めて、お開きとなった。
俺はハイビスさんに付き添われ、ショウコとセツヒトさんと医務室へ。
セツヒトさんは腕を、ショウコは特に体の中を診てもらった。
意外にも俺が一番重症だったため、そのまま経過観察で入院。
数時間おきに看護師さんが背中の薬を貼り替えなければならないとのことだった。
医者には、「何でアンタ立ってられるんですか!?」と驚かれた。
やたらとエグい傷だったらしいが、俺には見えん。
見えないものはわからん。
よって、俺は無事なのだ。
Q.E.D.
「そのワケワカラン怪物理論はご主人さまにしか通用しません。今夜ばかりは、大人しく治療されて下さい。」
「はい。」
バッサリとショウコに切り捨てられた。
ひどい。
そして現在に至る、というわけである。
ちなみに、先程二回目の薬の塗替えをしてもらった。
看護師さんに、めちゃめちゃ容赦なく薬を塗ったくられた。
「はーいめっちゃ痛いですから覚悟してくださーい。」なんて言われて、0.5秒後には激痛が走った。
まさしく白衣の悪魔であった。
ギルドの医務室の職員なんて、そんなものらしい。
真夜中、眠い中俺のためにやってくれているのだ。文句は言えない。
とはいえ……ワサドラの医務室が懐かしい……あの優しい看護師さんに会いたい……。
そんなどうでもいい郷愁に駆られながら、俺はうつ伏せ状態のまま、眠りについたのだった。
……………………。
…………。
……。
夢を見た。
場所は禁足地。
目の前に浮かぶのは、天廻龍シャガルマガラ。
不思議と怖くはなかった。
戦う……のではなく、ただただにらみ合うだけの俺たち。
そんな始まり方。
急にシャガルマガラが空を見上げた。
そしてそのまま、暗雲立ち込める空に突っ込むように飛んでいった。
急に開ける雲。広がる青空。
シャガルマガラの姿は、もう無かった。
ただ、大きな一枚の鱗が落ちてきた。
白い、そしてどこか神々しい。そんな一片の鱗。
手に取り、じっと見つめる。
また相まみえる時は、これを持っていこう。
『すべての生物の頂点に喧嘩を売るとか、正気の沙汰ではありませんね。』
(……そうですよね……俺とんでもない約束しちゃったかなぁ……。)
『ご安心下さい。約束とかそんなもの、あっちは全く気にしてないようです。』
(えぇぇ!?マジですか!?)
『はい。そもそもが輪廻転生を繰り返し、この世にまた現れる。そんな摩訶不思議常識なにそれおいしいの生物です。人間のことなんて、ほとんど興味ありません。』
(……おれみんなにめっちゃ「約束したぜ!」みたいに触れ回ってしまったんですけど……。)
『はい。かっこ悪いですね。』
(容赦ないツッコミ!!)
『……「…………まぁその時は、またやるよ、俺。モンスターハンターだもん。」とおっしゃってましたね。』
(うぐぅ!!)
『「……頭おかしいと思われても、構いません。ただ絶対アイツはまた来るとしか、思えませんでした。」とも、おっしゃってました。』
(ぐはぁ!!)
やめて!女神様!!もう掘り下げないで!!何この気持ち!?
中学生とかその頃の恥ずかしい思い出を、同窓会とかで周囲にネタにされたときみたいな甘酸っぱい気持ち!!
血吐きそう!!
『でも……。』
(……へ?)
『あちらは、ソウジさんのことはインプットしたようです。』
(い、インプット……?)
『おめでとうございます。無事、最強生物に目をつけられたみたいですね。』
(…………いや、なんかその言い方だと、俺が自殺願望のある変態みたいな感じに。)
『そのつもりで申し上げております。』
(ですよねぇチクショウ!!)
気づいたら何か女神様といつものやり取りをしていた。
懐かしい、いつものやつを。
女神様がボケて、際限なく俺が突っ込んで。
場所も変わって…………。
……ん?
ここは……覚えがある。
白い、ひたすらに白い風景が広がって……水が張っているこの地面……。
……!?
ここは、俺が……。
俺がこの世界に来た時のーーー
* * * * * *
「ーーー女神様!!」
「わぁ!?」
「……あれ?」
夢から覚めた。
……はっきりと。
はっきりと思い出した。
俺は、この世界にやってきた、異世界の人間。
変な女神様に言われるがままに成り行きで助けてもらって……。
そこから……。
「そ、ソウジー?」
「……のわっ!!セツヒトさん!?」
「そ、そうだよー?ていうかせっちゃ…………ソウジ、どしたのー?……だいじょぶー?」
「え、えぇ……。」
セツヒトさんが、心配そうに俺の顔を見つめてくる。
……何で。
何で忘れていたんだろう。
一生忘れない、忘れるわけもない、俺の恩……神。
俺が、この世界に生きる、その始まりの、超俗っぽいあの……。
「……ソウジー?」
「あ……すみません……取り乱して。」
不安そうな顔をするセツヒトさん。
長い銀髪をベッドに垂らして、俺の顔を覗き込んでくる。
「……女神様って……ソウジが言っていた、あのー?」
「……あ、そ、そうです!おれ、さっきまでそのこと忘れていて……な、なんで……。」
忘れていた?
俺の、俺自身の事を。
大切な事を。
「……んー、よくわかんないけどー……。」
そういうとセツヒトさんは、当たり前のように言った。
「……大切なことなら、思い出してよかったんじゃないー?」
「あ……。」
「もう二度と忘れないように、何か書いたり残したりしておくとかさー。……わたしもー、覚えておくよー。」
そうか。
単純に考えれば。
俺は思い出せた。
大切な事を、思い出した。
二度と、もう二度と。
忘れたくない。
すると、セツヒトさんが姿勢を正して、俺に向き直った。
いつものニヤケ顔ではない。
美しい、凛とした。
それでいて、どこか抜けているような、そんないつもの表情を浮かべていた。
「私の、大切な人のー、大切な……思い出ー?一緒にさー……覚えておくからさ……。」
「…………セツヒトさん。」
「だからー……そんな顔しないでー?……ソウジが泣きそうな顔してると……わ、私も……何か泣きそう……。」
泣きそう?
俺が?
……あ。
俺は。
俺は。
今、悲しいのか。
「…………。」
「……ねー、ソウジー?」
「……は、はい。」
「わ、私がそばにいるからさー?」
「…………。」
「……今だけ、思いっきり悲しんでいいよー?……そしたらさー……。」
「…………。」
フワリと、抱きしめられた。
温かい、セツヒトさんの、腕。
誰よりも強く、誰よりも悲しみと憎しみを背負ってきた、そんな腕。
それが今、俺を包み込んでいる。
「またワサドラでー……美味しいもんたべよー?」
「…………う…………。」
「…………ねー?」
「うぁぁ…………。」
……俺は、泣いた。
恥ずかしげもなく、静かに。
恥ずかしくは、ない。
この人なら、俺は、全てを預けられる。
だから、言われたように、今だけは。
今だけは……。
このよくわからない喪失感を、共有してもらおう。
ありがとうございます、セツヒトさん。
俺は、古龍を討伐した。
多分、自分で言うのも恥ずかしいけど、かなりの功績。
成し遂げたって気はしない。
だから、これからも、生きていく。
みんなを、俺の大切な人たちを守る。
モンスターハンターとして。