講習漬けの日々が始まって、一ヶ月と少し経った。
岩山登りや体力メニューも何とか突破した俺は、少しずつ実践に向けた内容をがんばっている。
教官は「この短期間で素晴らしいぞ!」と褒めてはくれるものの、いまいち実感が湧かない。
なぜなら、自分の実力がつけばつくほど、教官との差がいかにあるかがわかってきたから。
マショルク教官は、化け物かもしれない。天然の。
まあ焦っても仕方がない。
そんなこんなで、今日も今日とて日課の筋トレを行っていたら。
ある事態が発覚するのだった。
* * * * * *
「ソウジさん、次の宿泊、どうするかい?」
宿のおじいさんに、宿泊の期間を延長するかどうか訪ねられた。
勿論する。もはやここは俺の第二の実家みたいなものだ。
おじいさんの座る受付台を見ながら、そんなことをしみじみと思う。
たった2ヶ月足らずだが、ここの宿にはそれだけ愛着がわいている。
いつまでもいたい。
だが。
……お金がそろそろ底を尽きそうなのだ……!!
だって修行の日々だったわけで。
自分が成長しているのが嬉しいのだ。
キツイけど。
なので、おじいさんにはとりあえず3日分の宿泊代を払った。
さぁ、いよいよ残りの金が少ないぞ。
マショルク教官に相談しよう。あの人、元プロハンターらしいし。
先立つものがなければなぁ。
* * * * * *
「何だそんなことか!ハッハッハッハッ。」
マショルク教官は笑い飛ばす。
翌朝、俺が「実はお金がもう無いんです。」と言うと、笑われた。
いやぶっちゃけ、毎日修行漬けにしたあなたにも責任があるんですよ!
「いや、すまない!小さいことで悩むソウジ君が可愛くてな!」
「死活問題なんですが。」
「それもそうだな!初めて教官をしてみたが、弟子の生活を支えるのも師匠の努め!少し待っていてくれ!」
そういうと、徐に懐を探って袋を取り出すと、俺にポイッと投げてきた。
「ていうか教官するの初めてだったんかい!」という突っ込みもさせてもらえないまま、なんとか受け取る。
ズッシリ。
重っ!
「教官?これは?」
「白金貨10枚ほどある!持って行くといい!」
「は、はく?」
「金貨にして100枚ぐらいかな?まぁ私にとっては端金だ!好きに使って構わないぞ!」
え?
はくきんかはくきんか……白金貨!?
白金貨って、金貨十枚相当のあの白金貨ぁ!!??
「いやいやいやいや!!!こんなん受け取れませんよ!」
「何っ!足りないのか!?全くいやしんぼだな、ソウジ君は!どれぐらい必要なのだ!?」
「違います違います!大金を受け取ることはできないと言ってるんですよ!!」
こんなすごいお金、何でこの人懐に持ってるの!?
ていうか端金!!?金銭感覚おかしいですよ!!
「しかし!他にどうすればいいのだ!?」
「いやいや!普通にハンターとしての仕事があればいいかと思うんですが!」
「………………。」
「…………。」
「……。」
「……。」
「なるほど!それはその通りだな!」
「分かっていただけて何よりです!遅いわ!」
丁重に袋をお返しする。
貰えたらどんなに楽か。
でも稼いでもないのにこんな金額受け取れない!!
「ようし!ではソウジ君!」
「サーイエッサー!」
「実践だ!モンスターを狩るぞ!」
「サーイエッ…………はい?」
また何か言い出したぞこの人。
そう言うと「ついてきたまえ!」と言って、ギルド内部に向かい出す教官。
え?本当に?実践って……。
「今からぁ!?」
「うむ!思い立ったが吉日!ちょうどよい機会だ!」
足早にギルドの受付に向かう教官についていく。
「ソウジ君!今からクエストの受注方法を教える!次回からは自分でできるようにしてほしい!では行くぞ!」
「アカン。本気のやつや。」
結構な付き合いで、この人の性格は分かっている。
一度口に出した以上は、これはもう「絶対」なのだ。
「ハイビス君!ハイビス君はいるかな!」
「ブフォ!はい!」
受付のハイビスさんを呼ぶ教官。
新人受付窓口にいつものように座っているハイビスさんは、お茶を吹き出しながらも返事をしていた。
器用な方だ。
「マショルクさん!ギルド内部で大声を出されては困ります!」
「ハッハッハッ!すまない!」
瞬時にお茶を拭き取るハイビスさん。
しかし教官はそんなことはお構いなく続けた。
「すまないついでに、一つ頼みがあって来たのだ!」
「えっ、えっと、何でしょうか?」
こちらをチラチラ見ながら、応対するハイビスさん。
正直、めちゃくちゃ美人なので、そんな姿も素敵に見える。
ブロンドヘアーが今日もきれいにセットされ、受付嬢の制服がその美しさを最高に際立たせている。
まぁ、建物から隠れてこちらを見るときにバレバレな時があったり、実は隠れてお菓子を食べててほっぺたにカスがくっついたまんまだったり、色々ドジなところもあるのだが。
そういったところも人気の理由なんだろうな。
教官がハイビスさんの目の前にやってきた。
俺もついていく。
「うむ!頼みというのは他でもない!」
「は、はい!何なりと!」
「この一番弟子、ソウジ君に、大型モンスター討伐のクエストを受けさせてはくれまいか!?」
「かしこまりまし…………えぇぇぇぇ!?」
「いやその反応になりますよね普通……。」
たった一月ほどトレーニングした素人が、モンスターの討伐に行くとか、頭おかしいとしか……。
ハイビスさんが続ける。
「ち、ちなみに具体的にどのようなクエストをお探しですか??」
「場所は岩山地帯!バサルモス討伐だ!」
……。
……。
「「できるかああぁぁぁあ!!」」
ハイビスさんとハモるとは、なんとも光栄な。
ちがうちがう。
無理ですよ教官!
この前たまたま撃退できたような相手を、今度は討伐!?
「なに、問題はない!今のソウジ君ならいけると踏んだまでだ!と言う訳でハイビス君!ちょうどよいクエストなどはないだろうか!」
「お……お待ち下さいマショルクさん!まだソウジさんは、一月ほどしか訓練を行っておりません!いくらマショルクさんとパーティを組むとはいえ、流石に許可は―――」
「いや違う!ソウジ君一人で討伐するのだ!」
「………………へ?」
今日何度目か分からないキョトン顔を見せるハイビスさん。
数多いるハイビスファンの皆様、普段なかなか見せない顔が見られますよー。
「師匠として保証する!彼は既に狩猟可能な領域にいる!私が言うのだから間違いないな!」
「つまりそれは……ハンター最終試験のことを仰っているのですか!?」
「ああ、それでよい!早すぎるかもしれないが、受けること自体に問題はないだろう!?」
俺を置いてけぼりだが、何かバサルモスをソロで撃破しろってことらしい。
しかも最終試験とかなんとか聞こえたぞ。
「し、しかし……ですが……。」
「難しいだろうか!」
ハイビスさんが考えに考えていらっしゃる。
そして俺の方を向いた。
「…………ソウジさん。」
「は、はい!」
何だか久々に面と向かって話したような。
「……訓練校に通ったり、弟子になったりしてハンター試験に合格するには、通常最低でも一年は必要です。それだけ経験を積まなければ、それは命を投げ出しているようなもの。」
ハイビスさんの雰囲気が、急に重苦しいものに変わる。
とても、実感がこもっていた。
「正直に申し上げますと、この一月と少し、私はあなたをとある理由で観察しておりました。詳しい理由は申し上げられませんが、ソウジさんの実力は相応にレベルアップをしていると思います。」
「うむ!私も太鼓判を押す!」
教官が相槌を入れる。
構わず続けるハイビスさん。
「ですが!私はこれまでに何度も、実力を見誤り、あるいは過信し、不遇のまま消えていく新人さんを見てきました。それを踏まえて、問います。」
少しの間。
重苦しい雰囲気そのままに、ハイビスさんが凛とした目で俺を見つめる。
「……バサルモス討伐一体。場所は岩山。制限時間は3日。試験監督としてマショルク教官が同行。こちらのクエストを……受けられますか?」
俺の返答を待つ体制になるハイビスさん。
やはりいい人だな、と思った。
実力があり、人を見る目も確かでハンターからの信頼も厚い。
何よりこの優しさが、彼女の良さなのだろうなと思う。
だが、申し訳ない。
これが命を投げ出す程のクエストならば、教官は絶対に討伐しろとは言わないはずだ。
ハイビスさんの心配はご尤もだ。
だがここは、男として、ハンターとして、意地を張りたいと思った。
「……受けさせてください、ハイビスさん。そのクエスト。」
「……かしこまりました。…………ソウジさん、ご武運を。」
こうして、俺の人生初めての大型モンスター討伐クエストが始まるのだった。