「あまり眠れなかったな……。」
日課にしていた筋トレだけ軽くすませて風呂に入り、夕飯をとってとっとと就寝。
したまではよかったのだが。
中々寝付けなかった。
怖くて緊張しているのか、初めてのクエストにドキドキしているのか、わくわくしているのか。
自分でもよくわからない。
「朝ごはん食べよう……。」
日も昇り始めの時間帯。
そう言えばドールと気まずいことになっていたことを思い出し、少しだけ憂鬱になる。
だが、俺は帰ってくるんだ。
この宿に。
ドールに「ただいま」と、言ってやるのだ。
「……よしっ!」
両頬をパンッ!と叩くと、俺は食堂に向かった。
受付にも食堂にも、ドールの姿はなかった。
おじいさんに挨拶をすると、
「朝ごはんを用意した後、どっかに行ったわい。……父親の墓にでも、お参りしてるのかも知れんの。」
と教えてくれた。
そうか、今日は、ドールの父親の……。
昨日のことを思い出し、少しだけ、胸が苦しくなる。
「あまり気になさんな、と言ったじゃろう?わしからも昨日伝えておいた。マショルクがいるんじゃ、滅多なことにはなるまいて。」
「はい、ありがとうございます。」
「うむ。ハンター試験、頑張りなさいよ。」
朝食を食べる。
今日はいつものハムエッグにパンとスープではなく、厚切りの食パンにベーコンとレタス、スクランブルエッグが乗っている割と豪華な朝食だった。
スープも、芋とよくわからないキノコなどが入ったクリームシチューだ。力が湧いてくる。
かなりのボリュームで前世の俺なら半分でギブアップだったと思う。
だが、今の俺ならぺろりといける量。
ドールが朝、頑張って作ってくれたのだと思う。ありがたくいただこう。
準備もそこそこに、ガーグァ車乗り場の前に向かう。
そういえば、教官は無事だろうか。
セツヒトさんとただならぬ仲らしいし、今朝は同じガーグァ車乗り場に来るはずだ。
……気にしないことにしよう、そうしよう。
武器の斬れ味、楽しみだなー。
* * * * * *
「おはようソウジ君!準備は万端かな!」
「おはようございます教官!準備は何とか終えました。」
朝から〇岡修造ばりにテンションが高いマショルク教官。
心の中で、昨日存在を売ってごめんなさい、と謝っておく。
「すばらしいぞ、ソウジ君!だが、見たところあまり眠れていないようだな!ガーグァ車の中で少し寝ているといい!」
「はい、そうします。ていうかよくわかりますね!?」
「いつもより少し目の下が黒いような気がしてな!観察眼はハンターの基本だぞ!どれ!私はガーグァ車の内装でも確認してこよう!」
そう言ってガーグァ車の方に向かっていくマショルク教官。
この人、俺のこと見てないようで見ているからなぁ……。
教官としては本当にいい人なんだと思う。
…………天然だし!人の話聞かないし!スパルタが過ぎて何度か逃げようと思ったけれども!
トントン。
不意に背中を叩かれた。
「おはようございます、ソウジさん。昨日はよく眠れましたか?」
「あ、おはようございます、ハイビスさ……ん?」
今日も可憐なハイビスさん
だが……何だか非常にギンギンの目で微笑んでいらっしゃる……。
「ハイビスさん、わざわざ来ていただいてありがとうございます。」
「いえいえいえ、新人ハンターの初クエストや試験の際は、担当受付嬢は見送るようにしているのです。」
「それはそれは、重ね重ね―――」
「決して!決して心配で来たわけではありませんからね?なにか質問があったらすぐ答えられるように、ずっとギルドで寝ずの番をしていた訳ではありませんからね?ええ、ちぃっとも私、心配しておりませんので!怒っておりませんので!」
……ああ!そういえばそんな話もしていたような!
……アカン、怒ってらっしゃる。
しかもこう、ぷくーっと頬をふくらませるタイプの怒り方!
多分同性が見たらイラっとするやつ!やめた方がいいですよハイビスさん!
「……申し訳ありません、ハイビスさん。試験ということで躍起になって、自分でできることは自分で、と意気込んだ次第です。」
「で、ですから、謝る筋合いなど―――」
「本当に、申し訳ありませんでしたぁ!」
こう、謝るなら謝るで100%全開で謝る!
日本古来の……必殺!土下座!
「いやいやいや!そこまでしていただかなくてもいいですから!分かりましたから!顔を上げてください!」
「ほんとおおおおおにいいい!!すみませんでしたああああ!!!」
「もういいですぅ!わかりましたからぁ!」
よぅし、何とかなった。
営業時代に培った謝罪スキル、生かされました。
ありがとう、前世の営業部の先輩。
「もうっ……実は昨日、ソウジさんにお伝えし忘れたことがありまして。」
「それは……?」
ハイビスさんが何かチケットのようなものを俺に手渡した。
「ネコタクチケットです。今回は行きはガーグァ車を利用しますが、帰りはこちらのチケットを使ってください。アイルーがお迎えに参ります。」
「アイルー?」
「ええ、我々ギルドと、昔から懇意にしている猫人族です。正式にハンターとして認められれば、アイルーオトモを随伴してクエストを受けることも可能になります。今回ソウジさんは正式ハンターではありませんが、帰りのネコタクチケット使用は認められましたので。」
なんと。
そんな便利な猫さんがいらっしゃるのか!
ねこ……。
ねこ……。
知らなかった、後で教官に聞いてみよう。
「ありがとうございます。わざわざこんな朝早くに。」
「いえいえ、むしろ早く行っていただいて、私はベッドに潜り込む予定です。」
「あははははー…………。」
笑顔が怖いよ、ハイビスさん。
いかん。話題を逸らさなければ!
そんなことを考えていたら、通りの方から武具を担いだセツヒトさんがやってきた。
「おーはよー。ソウジ、おまたせー。約束のブツ、持ってきたよー?」
「おはようございます、せつ……せっちゃんさん!」
救いの女神現る。
ナイスタイミングですよセツヒトさん!
「んー。一応確認してくれるー?いやー気合い入れたら朝までかかっちゃってねー。おまたせして、ごめんねー?」
「いいんですいいんです、時間通りですよ。」
「そー?よかったー。」
むしろ完璧なタイミングです。
そう思いつつ、包みを広げるセツヒトさんを見る。
セツヒトさんは鞘に入った二刀を俺に手渡すと、使ってみて、と言わんばかりに微笑んだ。
糸目から本気の瞳がちらりと見える。
「それでは失礼して……。」
周囲を確認して、刀を抜く。
青光りする刀身、見た目にはあまり変わりないが、これはかなり斬れ味が良くなったのでは?
思わず情報画面で武器の情報を確認。
「……ハリケーン。」
ツインダガーの派生。段階としては5レベルも上がっている……。
これってかなり強いんでは?
「おー?良くわかったねー。初心者用双剣、ツインダガーの派生強化、ハリケーン。刀身の青さがそのまんま斬れ味。それを維持すればー、多分、バサルモスにも攻撃通るよー?」
「おおっ……!すごいですね!こんなに強くしてくれるとは……?」
「いやいや、おねーさんむしろキミの知識にびっくりだよー。よく知ってたねー?」
情報画面を見ていたことがバレてしまう!
うかつに声を出してはいけなかったな……。
「い、いえ。以前教官から教えてもらいまして……。」
「あー……そういえばそうだったねー。……あいつ、今ここにいるの?」
やばい、うまく交わしたつもりが違う地雷を踏んでしまった。
教官、もう再度ごめんなさい。
「おー!ソウジ君!武器も強化したのか!それならば、バサルモスなど恐るるに足らず!準備がよくできる弟子を持って私は幸せ…………。」
「……よー、マショルク。元気にしてたー?」
「…………せ、セツヒト…………。」
あぁぁぁバッドタイミング……。
教官、間が悪すぎます。
というか、教官がここまでタジタジになるの、初めて見たぞ……。
そんな感情を持ち合わせていたことにも驚きだ。
よし、俺は黙ってよう。そうしよう。
というかいつの間にかハイビスさんが俺の後ろで縮こまってらっしゃる……。
まぁ怖いよねぇ。殺気放ったセツヒトさん。
「久しぶりだねー、マショルク。」
「あ、あぁ。……数年ぶりになるかな……。」
「んーまぁ?こんな場所で色々言うのもあれだしー?一つだけ。」
「…………っ!」
見えなかった。
セツヒトさんが、とんでもない速さで教官の前に立ち、拳を教官の顎の下に構えていた。
……速っ!!えぇ!?見えなかったんですけど!
ていうか教官の反応速度を超えたぁ!?
セツヒトさん、やっぱり半端ないお人だったんだ……。
教官を睨みつけながら、セツヒトさんは続ける。
「ソウジに何かあったら、マショルク。お前を許さない理由がまた一つ増えると知れ。」
「…………。」
「返事ー?」
「…………あぁ。任せておけ。そこは抜かりなく。それにな……。」
バッ!ズザァ!
今度は教官がセツヒトさんの拳を払って、腕を掴んだ。
うん、動きがかろうじて見えた。
やっぱり教官は教官だな!
もうこの二人何!?次元が違いすぎる!!
「ソウジ君は、強いぞ。おそらく、私やお前以上にな。」
「なっ……。」
「それに、私はソウジ君の師匠だ。私が死んでも、生きて帰す。」
「どの口がっ……!」
振りほどこうとしたのだろう、セツヒトさんの腕に力が入り、目に見えて太くなる。
だが、ビクともしない。
教官ってすごい。改めてそう思った。
「……すまなかった。また改めて話そう。」
「……ふんっ!」
腕を振りほどくと、セツヒトさんが申し訳なさそうにこちらを振り向く。
いつものセツヒトさんの表情だ。いやもうどっちが「いつも」なのか分からなくなってきたのだが。
「あー、あははー。ごめんねー。……ソウジ、頑張ってきてねー?」
「は、はい!」
「ん。応援してるよー。じゃ、おやすみー。」
手をヒラヒラさせてのんびり帰っていくセツヒトさん。
……嵐が去った。
* * * * * *
「……さて!そろそろ出発しようか!」
「切り替え早いよ!説明もなしか!」
マショルク教官は、何事もなかったかのように話を進めようとする。
気になるわ!でも聞けないわ!
いつか二人が話す時が来るまでは、俺からは控えておこうと思う。
「お二人共……そろそろガーグァ車が出発できそうですよ?」
「あ、すみません、ハイビスさん!」
空気になっていたハイビスさんが、車の準備ができたことを教えてくれた。
さて、そろそろ出発だ。
そんな時、予想外の声がした。
「ソウジさん!」
「え!?……ど、ドール!?」
驚いた。ドールまで見送りに来てくれるとは。
「走ってきたのか?」
「うん……。」
息を切らしながら、見送りに来てくれたのかと思うと、胸が暖かくなる。
「あの、ドール。俺ーーー。」
「ソウジさん。」
「…………うん。」
「昨日はごめんなさい。……私、お父さんのこと、誇りに思ってる。ソウジさんが頑張っていることも、よく分かってる。だから―――」
泣きそうな顔で、でも笑顔で、ドールは言う。
「気をつけて、行ってきてね。それだけ、伝えたくて。」
「……あぁ、任せておけ。ただいまって、必ず帰るから。」
ドールに悲しい思いはさせない。
優しいこの娘に、涙は似合わない。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい。」
ガーグァ車にそそくさと乗り込む。
手を振る。
ドールとハイビスさんが振り返してくれた。
ニヤニヤしているマショルク教官がうっとおしい。
セツヒトさんとの関係を、根掘り葉掘り聞いてやろうか。
こうして、色々な人の思いを胸に、俺は初クエストに向かうのだった。