思いが溢れすぎて……長い……。
私はドール。
ワサドラ村で、宿の手伝いをしながらおじいちゃんと一緒に暮らしている。
宿の名前は「ホエール」。おじいちゃんの名前をそのまま使っている。
私のお父さんは、ハンターだった。
でも、私が小さい頃に、モンスターにやられて亡くなった。
とんでもなく大きな刀を背負う父が少し怖くて、でも私の頭を撫でるその手はとても優しくて温かかった。
そのことだけは、今でも鮮明に覚えている。
お母さんは、首都ザキミーユシティのギルドで働いている。
なので、私はおじいちゃんと二人暮らし。
寂しくないかと言われれば寂しいけど。
でも、おじいちゃんは、家族としての距離感がちょうどよくて、宿も居心地がいい。
私は、毎日お客さんの為のご飯を作って、宿中を掃除して、ベッドメイキングを丁寧に行っていく。
お買い物も節約しながら、計画的に。
おじいちゃん、お客さんへのサービスにはマメなんだけど、お金に関しては結構ズボラだから。
お母さんの仕送りがあるとはいえ、経営はギリギリ黒字程度。
お母さんに算術は習っていたので、宿の会計は私が担当している。
そんな生活を始めて数年。
とある男性が、宿にやってきた。
名前はソウジさん。
きちんとした装備を身に着けていたので、若いのにハンターとして頑張っているんだな、と思った。
ところが、その人は私が作った朝食を食べながら、変な質問をしてきた。
「モンスターと戦う職業、といえば、どんなのが思い浮かぶ?」
「……え?」
それは、ハンターだ。ハンターしかない。
キョトンとしてしまった。
だって、ハンターを知らない人なんて、初めて見たから。
でも、事情を聞いたら納得。
ソウジさんは、この村に来る前までの記憶を、一切無くしてしまったと教えてくれた。
記憶喪失。
ハンターさんが強く頭を打ったり屈強なモンスターと戦ったりして、そうなる話を聞いたことがある。
「ごめんなさい、ソウジさん。私よくわかっていなくて。」
ソウジさんがハンターだと勘違いしていたのは私。
できる限り力になりたいな、と。そう思ったんだ。
……まさかその後、すぐさま宿を飛び出して、ギルドに向かうとは思わなかったんだけど……。
* * * * * *
ソウジさんはあわてんぼうさんだった。
ハンターは、すぐなれるものじゃなくて。
たくさん訓練をしたり経験を積んだりしなきゃいけないって。そうお母さんから聞いていた。
だから、帰ってきたソウジさんが庭で素振りを始めた時は、何だか……応援したくなった。
記憶を無くした人。
だけどとてもがんばっている。
あれだけハンターにこだわっているんだ。
きっと記憶を無くす前は、ハンターだったんだと思う。
何とか力になりたいと、そう思えるほどに、ソウジさんは必死に剣を振っていた。
「ねぇ、何してるの?」
「おわっ!」
「わわ、びっくりしないでよ。私だよ、ドール。」
驚かせちゃった。
「いつから見てたんだ?」
「えっと、剣を振った音が聞こえて、ソウジさん帰ってきたんだって。それで見に来たらすごい顔で集中していたから。」
「そうか。いや、恥ずかしい……。」
「気に障ったらごめん。続けていいよ。」
この宿にやってくるお客さんは、大体ハンターさんか商人さんだ。
そんな人たちが、庭で練習するのを見るのは、とても楽しい。
だから、ソウジさんがまだまだ新米なんだって、すぐわかった。
……あまり言いたくないけど、下手だったから。
そしたらソウジさんが変なことを言ってきた。
私に練習を見てもらいたいって。
私が?なんで?えっと、見るのは楽しいからいいんだけど。
……でも、少しでも力になれるのならって思っていたから。
OKした。
何回かアドバイス?みたいなものをして。
何度も練習して、少しずつ様になってきたソウジさん。
そしたら。
最後ね、と私が言って剣を構えたら、急にブツブツ言い出したんだ。
「ドール……そこからもう少し離れて見てて。」
「えっ?」
「頼む……。」
「わ、分かった。離れるね。そ、ソウジさん?大丈夫?」
「……いくよ。」
ブツブツ言いながら、私に離れて見るように伝えてくる。
少しだけ怖くなった私は、距離をとった。
そしたら次の瞬間。
ソウジさんが、もう見えないぐらいの速さで剣を振り始めた。
空気を切る音からして違う。
ソウジさんの顔つきが違う。
「すごい…。」
やっぱりソウジさんは、ハンターさんだったんだ。それも、凄腕の。
だって、こんな剣の乱舞、見たことない。
やけに感動の薄いソウジさんだったけど、申し訳なさそうに私に「もう少しだけ練習を見ててほしい」と頼まれて。
なんだかオジさんみたいな低姿勢が面白くて。
久しぶりに、私、大声で笑っちゃった。
* * * * * *
その後、昼食から戻ってきたらしいソウジさんは、いつの間にか部屋にこもっていた。
そしたら夕方過ぎても出てこないから、心配になって部屋に行ってみた。
誰もいなかった。
まぁどこかにフラッと出かけたのかもしれない。
……一言言って欲しかったな……。
……なぜ私は少し怒っているのか。
何だか、自分の心がよくコントロールできていない。
……ここにいないソウジさんは気にしないようにして、体をふくための桶を回収する。
……汚れていないな。そうか、もしかしたら銭湯に行ったのかな。
とか思っていたら。
「うっ……ぃい!!ぁぁあああ!!」
庭から、男の人の叫びが聞こえてきた。
……まさかソウジさん!?
庭に行くと、なんか変な格好で、白目を剥いて、泡を吹いて倒れているソウジさんがいた。
最初見た時はただの冗談なのかと思ったけど。
本当に気絶していた。
「お、おじいちゃーん!!!!」
慌てておじいちゃんを呼ぶ私。
そこからはもう必死でよく覚えていない。
近くのセツヒトさんに助けを求めに行って。
すぐセツヒトさんが来てくれて、部屋まで運んでくれた。
「だーいじょうぶ。きっと疲れているのに、無理したんだろうねー。後は寝かしとけば目覚ますってー。」
セツヒトさんがそう言ってくれて、少し安心した。
セツヒトさんは元ハンターで、こういう時頼りにするようお母さんから言われていたから。
私のお姉さんみたいな人だ。
次の日。
目を覚ましたソウジさんに、何度も謝られた。
普通で、元気そうで、本当に良かった。
「よかったのぅ、ドール。」
「もう、おじいちゃん…っ!」
おじいちゃんにはからかわれちゃったけど、本当に良かったって思った。
* * * * * *
その日からソウジさんは、本格的にハンターになるための練習を始めた。
講習の教官は、とても強いハンターさんなんだって、おじいちゃんが教えてくれた。
おじいちゃんに何で知ってるの?と聞いたら、「ちょっとの。」とだけ言って、教えてくれなかった。
おじいちゃんも、よくわからないところがある。
「だからの、ドール?心配はせんでええぞ?」
「べ、別に心配なんて。」
「……顔が赤くなっとる……。」
「もうっ!おじいちゃん!!」
……おじいちゃん。からかうのはやめてよ。
……なんだか意識しちゃうから。
何なんだろうこの気持ち。
大丈夫かなって、何か困ってないかなって、思ってしまう。
……気になるっていうか、心配過ぎるっていうか……。
「……。そうじゃドール。そんなに心配なら―――。」
「心配じゃないよ!」
「まぁまぁ。おそらく今日はソウジ君、かなり疲れて帰ってくるじゃろうの。」
「……そ、そうなの?」
「あぁ。じゃから、銭湯にでも案内してあげなさい。」
「あ、それはいいかもね。さすがおじいちゃん。」
「何ならワシみたいに、体を洗ってきてあげたらどうじゃ?」
「あ、なるほ……ど?」
あれ?なんでだろう?
おじいちゃんみたいに洗えばいいんだ。
別に特別なことは何もないのに。
なんか恥ずかしいような……。
その日の夕方。
ソウジさんはボロボロになって帰ってきた。
おじいちゃんの言う通りだった。
なので、ソウジさんを銭湯まで案内する。
おじいちゃんみたいに体でも洗おうか、と尋ねたら、顔を真っ赤にしたソウジさんに断られた。
拒否されて、ちょっとむっとした。
……なんで頭にきているの、私。
やっぱりよくわからない。
* * * * * *
毎日自主練を続けるソウジさんは、本当に、すごいと思った。
講習というのは相当きついんだと思う。
初めの頃なんて、夕飯を食べるのも辛そうだったから。
それでも夜の練習は欠かしていないみたいで。
がんばって、がんばって、と心の中でいっぱい応援していた。
同時に無理をし過ぎないか、ハラハラもしていた。
たまに練習を見せてもらうこともあった。
前は剣と盾を持っていたけど、最近はもっぱら双剣を使っている。
……だんだん様になっていく姿は、ちょっとかっこいいなって思った。
* * * * * *
そんな日々が1ヶ月ぐらい続いた。
明日は、お父さんの命日。
お墓にお参りに行って、いろいろ報告をする日。
お母さんも帰ってくるって言っていたけど、到着は遅れるみたい。
そんな、少しだけしんみりした気分でいた時だった。
いつもはいない時間に宿に帰ってきたソウジさんが、とんでもないことを言い出した。
「実は、大型モンスターの討伐クエストを受けることになった。」
「……も、もう大型モンスターの討伐に行くの!?」
「うん、今から準備をしないとなぁ。」
大型モンスターの狩猟。
早すぎるって思った。
だって、お母さんから聞いていた話だと、ハンターの訓練は1年ぐらいかかるって聞いていたから。
いつか、ソウジさんがそういうクエストを受けるって、分かっていた。
分かっていたんだけど。
分かっていたつもり、だったんだろうな。
いざその話を目の前にすると、大丈夫かなって、心配だなって、不安が襲ってきて。
お父さんが帰ってこなかった、あの日のことを思い出しちゃって。
お父さんは、あの日、大きな手で私を撫でてくれた。
そしてお父さんは、帰ってこなかった。
「ど、ドール?大丈夫か??」
ソウジさんが心配してくれている。
いけない、何か返事しなきゃ。
そう思っていたら。
ソウジさんが私の頭に手を伸ばしてきた。
ちっとも嫌じゃない。嫌じゃないのに。
頭を撫でられたらいけないって。
そうしたら、ソウジさんは……ソウジさんは……。
帰ってこないんじゃないかって。
「っ!」
バシン!
思わず手を払ってしまった。
あぁ。違う、ソウジさん。
ソウジさんが嫌いなんじゃない。
行ってらっしゃいって、そう言えばいいだけなのに。
気付いたら私は、宿の外に飛び出していた。
涙が流れていた。
どこか心の冷静なところで、「いってらっしゃい」って言えばいいのにって。
そう思うのに、心は言うことを聞いてくれない。
ソウジさんを思うと、胸が痛い。
そこで気づいた。
わたし、ソウジさんが好きなんだって。
好きな人が、帰って来ないかも知れないなんて考えたら。
悲しくて、寂しくて。
あてもなく走り続けて。
そしたら心配してくれた野菜売りのおばさんに声を掛けられて。
「心配かけてごめんなさい。」って謝った。
少し落着いた私は、おばさんに送られて、宿に戻った。
そしたらおじいちゃんに慰められた。
そして、今回のクエストでは、滅多なことにはならないだろうと教えてくれた。
……ソウジさんに謝りたいと思った。
でも合わせる顔もない。
その日私は初めて、体調不良以外の理由で、宿の仕事を休んだ。
おじいちゃんにも休んでおくよう言われて、正直安心した。
* * * * * *
「お父さん。」
明朝、まだ日も明け切らない時間。
何だかよく眠れなかった私は、おじいちゃんに一言断りを入れ、お父さんのお墓に向かった。
墓前でお父さんに話す。
「お父さん、あのね……。今、私、好きな人がいるんだ。」
言葉にすると、恥ずかしいな。
「その人は、何だか放っておけなくて、記憶が無くて大変なのに、でもすごくがんばっていて、かっこよくて、でも心配で……ごめんね、よくわからないよね。」
村近くの見晴らしの良い丘にあるお墓で、お父さんに話をする。
「……今からその人は、大型モンスター討伐のクエストに行くの。……でも私、ひどいことしちゃって……どうすればいいんだろう。……ねぇお父さん―――。」
その時。
急に風が吹いた。
周りの草花が揺れる。
風が吹き抜けた、その先。村の入口のガーグァ車乗り場に。
ソウジさんが見えた。
「……お父さん、ありがとう!私、行ってくる!」
走りだす。
間に合えって、願った。
風を切る音が、耳に入る。
丘を下り、無我夢中で村の入口まで走り続けた。
「ソウジさん!」
「ど、ドール!?」
息が切れて、うまく話せない。
周りに人がいるし、恥ずかしい。
「昨日はごめんなさい。……私、お父さんのこと、誇りに思ってる。ソウジさんが頑張っていることも、よく分かってる。だから―――。」
言うんだ。
行ってらっしゃいって。
「気をつけて、行ってきてね。それだけ、伝えたくて。」
「……あぁ、任せておけ。ただいまって、必ず帰るから。」
よかった、言えた。
心配だし不安。だけど、頑張ってほしいから。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい。」
手を振って、見送った。
ソウジさん……心から応援しているからね。
帰ってきたら、いつか伝えたいな、この気持ち。
だから、今は祈ろうと思う。ソウジさんが帰ってくる宿「ホエール」で。
ソウジさんの無事を。
* * * * * *
……結論から言うと、ソウジさんはその日に帰ってきた。
「た、ただいまー……。」
ばつが悪そうに宿の扉を開けて言うソウジさん。
おじいちゃんはお茶を噴き出して。私は、キョトンとして帳簿を落としちゃって。
聞いたら、何か早く討伐できちゃったって、気まずそうに言うものだから。
なんだかロマンのかけらもないな、とか思っちゃって。
3人で、心から笑い合った。