女神様とのお話を終えた俺は、朝食をとるべく、食堂にやってきた。
今日からいよいよプロのハンターか。
……正直実感は湧かないな。
後でギルドに行くつもりなので、ハイビスさんがいたらお礼も兼ねて挨拶と報告をしよう。
今日の朝食は、おかゆとかなり塩分強めの漬物。
柑橘やキウイのような果物が、彩りよく小さいボールに盛られている。以上3品だ。
味気ないかもしれないが、二日酔いの弱った胃腸にはなんとも丁度いい。
木製のスプーンで粥をすする。
あー…………染みるぅ…………。
そのまま箸で漬物をパクリ。ボリボリ。
塩分薄めの粥に、ガツンとしょっぱいお漬物。
最強の組み合わせだな!
果物はどれも酸味が効いて、甘みは少なめ。
うーん、二日酔いには素晴らしく効くわぁ。
女神様のお陰で頭がスッキリしたとはいえ、胃腸は弱ったままだろうし、このメニューはありがたい。
ドールが用意したんだろうな。
あの娘は本当に偉い。
弱った胃腸気を配るとは、もう俺は宿を変えられないではないか。
「ごちそうさまでした。」
「あ、食べられた?おはよう、ソウジさん。」
ちょうどいいタイミングで、食堂にドールが入ってきた。
「すばらしいですよドールさん、二日酔いの飲んだくれのことをよくわかってらっしゃいます。」
「あ、ありがとう。……まだ酔ってる?」
「真面目に。感動しているんだ。ありがとう、俺のために。」
「う、ううん。たまにはこんなのもいいかなって、作っただけだから。」
恥ずかしそうに皿を回収するドール。
水場に行ったあと、すぐこちらに戻ってきた。
「ソウジさん、今日はどうするの?」
「ああ、ギルドには行くが、今日はゆっくりする。でも金も厳しいし、明日から本格営業開始だな。」
「わかった。夕飯用意しておくね。」
立ち上がる。
すると、ドールが遮る形で俺の前に来た。
「……行ってらっしゃい。」
「は、はい。行ってきます。」
「…………。」
「…………。」
「…………ん。」
頭を見せてくる。
なんか既視感。
…………あ、撫でろってこと!?
「あー……な、撫でるんですか??」
「ん。」
「…………毎朝?」
「……ん。」
肯定なのか否定なのか!
……まぁいいや。姫がご所望である。
手を伸ばして、優しく撫でる。
ナデナデ。
……。
30秒ほどすると、なにか納得したのかドールがゆっくり離れた。
「……ありがとう。」
「い、いえ。お粗末さまでした。」
心臓に悪い。
こんなところホエールさんに見られたら恥ずかしすぎるぞ。
「いってらっしゃい。」
「あぁ、行ってきます!」
宿を出て大通りに向かう。
アレを毎朝かぁ。いや、嫌じゃないんだが。
…………セクハラで訴えられませんように。
* * * * * *
ギルドに着いた。
でかい石造りの建物だが、今日は少し違って見えるな。
一昨日まで毎日通っていたのに。
講習が終わったからか、心境がだいぶ違う。
入り口を通ると、かなりの人で混雑していた。
しまった、忘れていた。時間帯的に一番混む時だ。
ギルドは朝が最も人で溢れる時間帯だ。
クエストを受けたいハンターが殺到する。
受付に行けばギルドがその人に見合ったクエストを紹介するのだが、クエストボードに貼られたものを見て自分でクエストを選ぶ人のほうが多い。
そして割の良いクエストはすぐに無くなるため、朝早くから人が溢れ返る、というわけだ。
夕方も混むといえばまぁ混むのだが、ハンター達が帰る時間もまばらなため、朝の方が人が多い。
今日はその一番のラッシュの時に来てしまった。
いつもはもっと遅めに時間を調整していたからなぁ。
村をランニングで周回したり、外で調合の練習をしたり。
これではハイビスさんに会うのも相当に難しいぞ。
新人受付窓口の方に行ってみると、こちらはこちらでハンター見習いや新人でごった返していた。
初期装備の人だったり、インナーのみの恰好の人だったりして、まばらだ。
そういや俺の装備って、ランク的にどの辺なんだろうか。
教官は「いい装備だ!大切に手入れして使うといい!」とか言ってくれていたが。
機会があったらセツヒトさん辺りに聞いてみよう。
窓口の中に目をやる。
ハイビスさんではない別の受付嬢のお姉さんが、忙しそうに応対している。
黒髪のポニーテールが特徴の、若い女性だ。受け答えも堂々と。凛としてかっこいい感じ。
しかし受付嬢の方って美人さんが多いよな。
ハイビスさんも、あれだけ美人でたまにドジだけど有能な方だ。
新人ハンターが頼りにしている存在である。
新人や見習いは特に慎重にクエストを選ばなければならない。
技量も体力もまだまだ未熟なので、内容によっては死ぬ確率が簡単に跳ね上がる。
なので、基本的にクエストボードから勝手にクエストを選ぶことは許されていない。
なぜ俺は許されたのか?教官のマンパワーだろうな……。
そして、この若手ハンター保護や育成の制度を充実させたのが、ハイビスさんらしい。
…………とんでもなく有能である。
「ソウジさん、おはようございます。」
「おわっ!ハイビスさん!おはようございます!」
コソコソと後ろから声をかけられて驚いた。
見ると、新人窓口横のドアから顔をのぞかせて、ハイビスさんが隠れながらも俺を手招きしている。
壁に背をもたれて立っていた俺は、完全に不意を突かれた。
しかし何故隠れているのだ。
そして相変わらず隠れ方が下手だ。
「すみません、こちらへ…………!」
「は、はい?」
招かれるままにドアに入ると、バタンと閉められる。
ギルドの喧騒が少し小さくなり、ここには今二人だけ。
ここはギルド内部のはずだ。
入っていいのか?
「えーっと、ハイビスさん。これはどういったことでしょう。」
「詳しくは後で申し上げますね、急にごめんなさい。ひとまずはソウジさん、バサルモスの討伐成功、おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます。」
少しテンション高めにおめでとうと言われて、面食らう。
「本当は昨日報告をしようと思ったのですが、ハイビスさんお休みなので、辞めておきました。」
「そこです!私も今朝話を聞いてド肝を抜かされました!早すぎますよソウジさん!」
「そこは、私も驚いています。」
わざわざこれを伝えるために、ここに連れてきたのかな?
確かにあちらじゃうるさいが。
……とか考えていたが、どうやら違うらしい。
ハイビスさんが続ける。
「で、ここに呼んだのは、他でもありません。ソウジさんがギルドマスターに呼び出しを食らってまして。」
「よ、呼び出し!?ギルドマスターに?誰がですか?」
「ソウジさんですよ?直々に、今すぐとのご指名です。」
ギルドマスターとは何か。
昔、「一番偉いやつだ!」とマショルク教官に聞いたことがある。
シンプル。
「何故一番偉い方が、ハンターになったばかりの俺を?」
「んー……正直ギルマスのお考えはよくわからないのですが……悪いことではないと思いますよ?」
「……本当に?」
「…………さぁ!着いてきてください!案内しますね。」
妙な間があったぞ……。
心配だが、呼び出しを食らって無視するわけにはいかない。
高校生が職員室の呼び出しを無視するのとはワケが違う。
こちとら生活がかかってるので!
失礼の無いようにしなければ……!
* * * * * *
建物の奥、階段を上がって正面にある大きな開き扉。
そこがギルドマスターの部屋らしい。
社長とか校長とか、偉い人の部屋の入口ってすぐわかるよなぁ。
雰囲気が違うもの。
コンコン。
「ギルドマスター。ソウジさんをお連れしました。」
「ああ、ありがとう。入っていいですよ。」
ガチャッと扉を開くハイビスさん。
促されるままに部屋の中へ。
「失礼します。」
「やや、どうもどうも。わざわざすみませんね、ソウジさん。ハイビスさん、お茶を出して頂けますか?」
「はい、かしこまりました。」
中に居たのは、シュッとした40代後半ぐらいの男性。
黒いダブルのスーツで、ショートの黒髪がきちんとワックスで整えられて、細めのメガネが似合っている。
いかにも仕事ができそうな感じの人だった。
この人が、ギルドマスター。
勝手に俺の中で、小太りで体格のいい禿げた中年のおじさんを予想していた。全然違う。
「いやいや、あ、どうぞそちらにおかけください。」
「は、はい。失礼します。」
石造りのテーブルに案内される。
革張りのソファだ!かっこいいな!
しかし、この男の人ものすごーく低姿勢、こちらも申し訳ない気持ちになってしまう。
「お茶です。」
ハイビスさんが入れてくれたお茶を並べる。
「ギルドマスター?では私はこれで……。」
「ハイビスさん、話がスムーズになりますので、同席していただいてもいいですか?業務の方は、彼女がいますよね。」
「は、はい。一応。新人窓口には、ヒナタが居ます。」
「彼女なら問題ないでしょう。ハイビスさん、よろしくお願いします。」
「は、はい……。」
そう言うとハイビスさんが、ギルドマスターの隣りに座った。
気分はまるで面接。居心地は良くない。
「自己紹介がまだでしたね。ハンターズギルドワサドラ支部のマスターをしています、シガイアです。急にお呼び建てしてすみません。」
「いえいえ、お気になさらず。……それで、私はなぜ呼び出されたんでしょうか?」
シガイアさんが、一瞬間を置く。
「……ええ、まずはソウジさん、バサルモスの討伐、おめでとうございます。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
「ええ、ギルドではこの史上初の事態に驚きを隠せませんでした。ですが規定通り、ソウジさんをハンターランク3、下位ハンターとして認めようと考えています。」
「そ、そうですか。」
…………。
……何だこの沈黙!
「あ、あの?どうかしましたか?」
思わず声をかけてしまう。
すると少し驚いたようなトーンで、シガイアさんが答えた。
「なるほど……。これですね、ハイビスさんが言っていたのは。」
「はい、そうです……。」
「あ、あの、よく事情が分からないんですが……。」
「いやいや!すみません。こちらの話です。……ソウジさん、ハンターランクってわかりますか?」
ハンターランク?
……情報画面にもそういった説明はなかったような……。
「いえ……すみません。私、記憶が喪失しているらしく。説明を頂いてもいいですか?」
「はい。まず、お気を悪くしないでほしいのですが、ハンターランクの制度は、ハンターならば誰もが知るものです。……マショルク、やはり教えてなかったかー。」
知らなかったし聞いてないぞ!
教官!お願いしますよ……。
そこからシガイアさんが説明をしてくれた。
まず、ハンターにもランクがある。
それがこのハンターランク、HR制度。
見習いからハンターになるとHR1となる。
そこからモンスターの狩猟履歴やクエスト達成の数などを総合し、徐々に数字が上がっていく。
大まかに分けて、HR1〜HR3までが下位ハンター、HR4〜HR7が上位ハンター、更にその上はG級という、一番上のクラスがあるとか。
それで、いきなりHR3になるというのは……。
「ええ、はっきり言います。これは前代未聞です。」
シガイアさんが話す。
「ハイビスさんの報告、そして教官があのマショルク、更に今回のバサルモスのソロ討伐。しかも一日足らずでの狩猟。この事から、ハンターズギルドのトップとして、私がHR3に認定するに至りました。」
「…………。」
「いやー、村付きの猛者がHR2にいきなり昇格することは無くはないんですが、全くの新人でこれは、私も初めてですよ。」
「……えっ?」
状況がよく飲み込めていない。
俺はじゃあ何か?結構すごいことやっちゃった感じか?
「ソウジさん?」
「は、はい!」
「ははは。あまりそう固くならずに。誇っていい。あなたの実力ですよ。」
うん。
嬉しいです。
正直めっちゃ嬉しい。
こうやって数値で自分の頑張りを評価されるのは、素直に嬉しい。
ようやく俺が笑みを浮かべると、シガイアさんもハイビスさんも笑った。
「中々無いことなので、私が直接面接をすると、そういう流れで今回来てもらいました。」
「いえ、そういうことなら来てよかったです。」
「ええ、人となりも問題なさそうです。…………うん、それではいくつか質問をさせてください。よろしいでしょうか。」
「はい。」
そう言うと、シガイアさんがメガネを取って息を吐いた。
隣のハイビスさんが急にビクッとなった。
何だ?部屋の空気が変わったような。
シガイアさんが俺を見つめる。
「ソウジさん……あなたは何者なのですか?」
急に冷たくなったシガイアさんの言葉に。
俺は少しだけ怖くなった。