猫はある程度の高さまでなら、無傷で着地が可能だ。
これはどんな動物も可能かと言われれば、そんなことはない。
小学生の頃、飼育委員をしていた時、うさぎを抱っこしたことがある。
俺の持ち方が下手で、ジタバタしたうさぎがぴょんと飛び降りてしまい、委員会の先生から注意を受けた。
うさぎは高いところから飛び降りると骨を折ってしまうから、しっかり優しく座って抱いてあげる様にしましょう、と。
うさぎはよく跳ねるから大丈夫、などと勘違いしていた俺は、いたく反省した。
小さい頃の思い出である。
では、今目の前の獣人はどうか。
優しく受け止めようとしたら、不安定な俺の腕に見事に着地したのだ。しかも余裕で。
やっぱり猫ってすごい。
そんなことを考えながらキョトンとしているしかなかった。
オスズが目をまん丸くして、驚いている。
「こ、こらー!ショウコ!とりあえずそこから降りるにゃ!」
「あ、オスズさん!ウチ!ウチこの方のオトモになりたいです!」
「わ、わかったからにゃあ!ひとまず降りるんだにゃ!」
「え?…………わーーー!す、すんませーん!!」
腕を出したまま中腰というマヌケな体勢を維持していた俺から、ピョンと飛び降りる。
俺の腕にいることに気づいてなかったのだろうか、凄く申し訳無さそうにしている。
金髪のショートヘアーから飛び出す猫耳は白色。尻尾も白色。
下は動きやすそうな濃い茶色のハーフパンツ、上は白い半袖のTシャツなのだが、少し大きめなのか七分丈のようにも見える。
カジュアルな格好で、快活そうなイメージが見てとれる。
「まったく!ショウコ!受付サボってどこに行ってたにゃ!しかもハンターさんに何て失礼な!謝るにゃ!」
「え、えーっと……どっちを?」
「どっちも謝るんだにゃ!」
ギャーギャーワイワイちっちゃい獣人たちが言い争っているのだが。
正直言おう。
うん、可愛い。
なんだろう、どんなに凄んでも結局可愛いオスズとか、さっきからペコペコ謝っているショウコ?っていう子とか。
「ほ、ほら!ソウジさんがポカーンとしているにゃ……。ソウジさん、本当に申し訳ございませんにゃあ……。」
「す、すみませんでした……。」
「い、いやいや!気にしないで下さい!別に嫌じゃなかった……じゃなくて!特に怪我とかもしてませんし!腕も…………。」
そう言って腕を見る。
しっかり爪の傷が付き、そこから血が滲んでいた。
「あああ!!血が出てるにゃあ!しょ、ショウコオオオオ!!」
「わ、わーーー!!ご、ごめんなさああああぁぁぁい!!!!」
二人?二匹?はその後しばらくずっと謝りまくっていた。
* * * * * *
「…………お、落ち着きましたか?」
あのままでは日が暮れるまで謝っていそうなので、無理矢理先程座っていた机のあるところに戻らせ、二人を座らせた。
腕の方は回復薬をかけて包帯を巻いておく。
そんな深い傷でもないし、すぐ治るだろう。
大体こんな傷、教官との講習じゃ珍しくも無かった。
手早く処置を終わらせると、ようやく二人が落ち着いたようだった。
「……こ、こほん。ソウジさん、改めてショウコが失礼しましたにゃ……。重ねてお詫びしますにゃ。」
「う、ウチも、ごめんなさい。」
「……お二人とも。傷も大したことないですし、もう謝るのは終わりましょう。こんなのすぐ治りますよ。」
うん、謝るのを見るのはもう申し訳ないので、終わりにしよう。
オスズが口を開く。
「ソウジさん、あなたは神のようなお方にゃ……。オトモはハンターさんを守るもの!なのにショウコったら全く!」
「気にしないでくださいね。本当に無事です。」
「ソウジさんは敬語で私達に丁寧に人としてお話をして下さる……。ありがたいことですにゃあ。」
そうなの?
アイルーって冷遇されているのだろうか。
不安になってしまう。
「……そ、ソウジさん!」
「は、はい!」
急にショウコと呼ばれるアイルーに話しかけられる。
ショウコはオスズと同じで、獣人……のはずなのだが、語尾は普通だな。
関西弁のようなイントネーションが特徴的だ。
「さっき言ったことだけど、もう一度言います!ウチをオトモにして下さい!」
「ショウコ……何でお前はそんなに頑ななんだにゃ。」
そう、オスズの言う通り。
やたらそこにこだわってくる。
樹上から落ちてきてまで言いに来るんだから、何か大きな理由でもあるのか。
「大体、何でショウコは上にいたのにゃ?今日は受付をするよう言っていたはずにゃ。」
「い、いや〜、お昼を食べたあとで、すこーし眠くなりましてスヤスヤと……それで目を覚ましたら、ソウジさんが見えたんです?こう、直感で『あ!あの人や!』と。それでいても立ってもいられんなって…………ごめんなさい!」
直感……特に理由はなかった!
いや、何にそこまで惹かれたのかは分からんが。
ショウコさんのオトモアイルー的な部分に引っかかるものがあったのだろうか。
「お前は全く……!」
「ご、ごめんなさい!」
まるで母親と娘のようだな。
しかし寝てサボるとは中々大物なのかもしれない。
「ソウジさん、ここは隠さずに正直に言うにゃ。こいつ、ショウコは、オトモアイルー経験がありますにゃ。」
「そうなんですか?」
「はいにゃ。運動神経は言う事なし。ハンターさんと一緒に大型モンスターのオトモ討伐も何回も達成しておりますにゃ。まぁ素行に難がありますが、実力じゃウチでもかなり高いほうですにゃ。」
マジか。
本当ならすぐにでも雇用契約したいところ。
だが、と続けてオスズが言う。
「……何故か、オトモをするハンターさんが、連続して不幸なことに巻き込まれるということがありましてにゃ……。ついたあだ名が『招き猫』。もちろん、悪い意味で、ですにゃ。」
「おぉ……それは……本当なんですか?」
ショウコに向き直る。
「はい……受注したハズのクエストが破棄されていたり、ハンターさんがアイテムポーチを無くしたり……挙句の果てには、新人さんのクエストに付いていったら手に負えないモンスターに遭遇した、なんてこともありまして……。」
「……。クエストの破棄はギルドの手落ちだし、ポーチをなくすのはハンターの責任でしょう?予期せぬモンスターに出遭ってしまうなんてことも、まぁ珍しいことではないのではないですか?」
「……9回。」
「えっ?」
「モンスターに出遭ってしまった回数、です。前回はハンターさんが……死にかけました……。」
おぉぉ……。
……かける言葉が見当たらない。
運が相当悪い、としか言いようがない。
ゲンを担ぐハンターは多い。
勝負のクエストでは、そうやって運も味方につけようとするのだ。
その時に自分のオトモが「招き猫」なんて呼ばれてたら……。
「おかげで前回の契約から約半年。ショウコには全くお声がかからない状況が続いておりますにゃ。」
オスズが現状を教えてくれた。
半年は長いな……。
「幸い村の発展のおかげで、オトモ業以外の仕事も多くありますにゃ。器量もいいので試しに受付なんぞをやらせてみましたが……。」
チラリとショウコを見るオスズ。
ショウコは縮こまって気まずそうにしている。
「……はぁ。……と、いうわけなんですにゃ。」
大体の事情が飲み込めた。
不幸は不幸として仕方がない、と割り切れればいいのだろうが、それを気にするハンターが多いのも事実。
「……ウチは、やっぱりオトモがいいんです。このまま静かにこの集落で過ごすなんて、考えられへん……。」
「…………。」
「そんな時、ソウジさんが見えた時、この人や!って思ったんです。見る目には自信がある。」
「…………。」
「ソウジさん、オスズさん、お願いします!これが最後やと思って。お願いします!」
オスズさんが、俺を見る。
最終決定は、俺ということだろう。
もちろん答えは決まっている。
「いいですよ。俺で良ければ。」
「「えっ!?」」
「実力も経験も申し分ない。むしろ俺が教えてもらいたいぐらいです。ぜひ、お願いします。」
一生懸命にお願いしていた。
不名誉なあだ名のせいで、望まぬレッテルのせいで苦しんでいた。
同情の心が無いわけじゃない。
でも、頑張りたいと言っているんだ。
応援したいと思うのは、そりゃ当たり前だろう。
「ほ、本当ですかにゃ?あちしが言うのもなんですが、運の無さは折り紙付きですにゃ!」
「はい、本当です。二言はない。」
「……あ、ありがとうございます!精一杯、オトモさせていただきます!!」
「ソウジさん……やはりあなたはいい人ですにゃ。……ショウコ!頑張ってくるにゃ!不幸なことなんて無いって、証明してくるにゃ!」
「は、はい!!」
そこから二人にお礼を言われ続けながら、俺は契約を結ぶ用紙にサインをした。
これからオトモとして、俺のサポートをしてもらう、アイルー猫、ショウコ。
彼女は目をウルウルさせながら、また大きな声で、「よろしくおねがいします!」と言った。
不幸なことなんてない。
あっても跳ね返してやろう。
そして、ショウコの自信と名誉の回復ができたらいい。
俺も精一杯やろうと、心に誓うのだった。