オトモアイルーのショウコとともに訓練を行ってから、二人で銭湯に行った。
すっかり忘れていたが、ここは混浴。と言っても湯浴み着を着て、だが。
ショウコは全く物怖じせずに、女性用の脱衣所に入っていき、中で俺と合流。
サウナで汗を流した。
俺の背中を洗うと何度も何度も言ってくるので、お願いすることになった。
「ご主人様は、座っていて下さいね!ウチ、背中洗いは自信があるんです!」
何に自信を持っているんだ……と思ったが、確かに上手かった。
というより誰かに洗ってもらうなど、おそらく子どもの頃両親にされて以来だから、上手いか下手かなどよくわからない。
気持ちよかったと伝えると、とても嬉しそうにクネクネしていた。
何だその反応は。
そして……まぁ何というか、目のやり場に困る!
いくら獣人とはいえ、見た目はあまり人間と変わらないのだ。
銭湯には何度も来ているし、女性のお客もたくさんいたが、今回は距離が近い。
湯浴み着とはいえ、薄生地一枚はちょっと防御力に欠ける。
ショウコには、ソーシャルディスタンスを守っていただきたいものだ。
俺はそっちの人ではないから、大丈夫だけどな!
うん!
「ご主人様、お顔赤ないですか?」
「サウナが暑くてなー。」
ごまかせる要素バンザイ!
そんなこんなで。
何だかとても疲れる銭湯を後にした俺たちは、夜も更けた町並みを歩き、宿に帰ってきた。
「あ、おかえり。」
「ドール、まだ起きてたのか。」
「うん、帳簿の整理をしてて。……銭湯に行ってたんだ。」
「ああ。」
「……ショウコちゃんと一緒にね……。ふーん。」
「あ、あぁ。そうだけど?」
やましいことはなにもない。
なにもないったらない。
「ショウコちゃん?」
「は、はい!?」
ショウコが跳ね上がる。
何だドール、その無駄なプレッシャーは。
「銭湯、気持ちよかった?」
「はい!あそこはオトモもオッケーのいい店です。ご主人様の背中も流させていただきました!」
「……ふーーーーん。」
ど、ドールさん?
何だか怒ってらっしゃる!?
「ち、ちかうぞドール!?何もやましいことなんて―――」
「またまたご主人様!気持ちよかったって言ってくれたじゃないですか〜。ウチ嬉しかったわぁ。」
そ、それは言葉のあやというか何というか―――。
ビキッ
…………空気が凍った!?
「……ソウジさん。」
「は、はい!!」
いかん。
おそらくドールは、怒っている。
ロリ〇ン事案になりかけのこの所業に対して。
確かに背中を洗ってもらった事実は事実!
……でもやましいことは無いんですよ!
とか何とか思っていたら、ドールがとんでもない事を言ってきた。
「……私も。」
「……へ?」
「明日は、私も行くから。」
「…………ぱーどぅん?」
ホワッツ?何を言ってるんだいドールさん?
「……そ、それじゃ!…………おやすみ。」
バタン。
受付裏、自分の部屋に帰ってしまったドール。
…………何で?
あれか!?
本当にやましいことなど無いか、確認に来るのか!?
しまった、素で通そうとしたのに、うろたえたのがまずかったな……。
明日は気合を入れて銭湯に行く必要があるな……。
「いやー、焚きつけるのも苦労しますねぇ。ウチってば果報者です。」
「お前は何を言ってるんだ。」
チクショウ、おっさんハートは繊細なのだ。
ちょっとした刺激でブロークンするのを、彼女たちには分かっていだだきたい。
とはいえ、今日は疲れた。
ギルドでカミングアウト(笑)を行い、ショウコと契約。そしてドールの乱。
部屋に帰った俺は、すぐさま泥のように眠るのであった。
* * * * * *
明け方。
まだ夜も明け切らぬ時間、俺とショウコは村の入口に来ていた。
「これから村周回ランニングを行う。」
「はい!」
気合が入っているショウコ。
ちなみに今朝はショウコに起こされた。
「ご主人様を起こすのは、オトモの特権なんです!」と、朝食を食べながら鼻高々に言うと、それを聞いていたドールが「……明日は私が起こすから。」と宣言。
ドールの乱、第二幕である。
有無を言わさぬ物言いに、俺たち二人は頷くしかなかった。
……ショウコ、お前は何がしたいんだ。
しかも「やってやったぜ」的なその態度。いや、何もしてないから!
むしろ引っ掻き回してるから!
ドールもよくわからん。昨日からちょいちょい怒ってるし!
これはあれだな。トラブルメーカーショウコにお灸をすえる必要がある。
よし。
ランニングは教官との練習のように、ハードモードでいこう。
「大体10周だ。一時間で終われる様、がんばろう。」
「はい…………って10周ぅ!?しかも一時間ですか!?」
「どうした?だって今日はクエストを受けないと、金も、稼ぎたいし、ショウコの動きも確認したいし。」
「いやいや!いくら時間がないからって、そんなに走れますか!?いや、ウチはアイルーやし体力には自信がありますけど……。」
「じゃあ問題なし。出発!」
「にゃああぁ!?」
明け方特有の澄んだ空気を吸い込みながら、ランニングを始める。
「ちょっ、速いですって!ご主人様っ!!」
いやーいい空気だ。気持ちも体も軽やかになる。
「ちょっ……ご主人様ぁ!こんなアホみたいなペース、もちませんって!!」
よーし、気持ちもいいからスピードアップしよう。ショウコも体力には自信があるようだし!
「ペースが更にぃ!?ちょっ!ご主人さまぁぁぁぁあ!?」
………………。
…………。
……。
「どうしたショウコー。まだ3周半だぞー。」
「ご主人さ、まぁ…………ウチが悪かったです……!も少し、ペースを……。」
「喋れる体力はあるな!よし!続けるぞ!」
「にゃ、にゃぁぁぁぁあ…………。」
………………。
…………。
……。
「…………まだ半分なんだが。」
村の入り口を通過、今から6周目。
……というところでショウコがリタイアしてしまった。
「きゅう……。」
目がクルクル回っている。お星様とか周りに飛ばせれば、完成だな。
何の完成か知らんが。
…………教官ならここで水をぶっかけて起こすんだろうな……よく生きてるな俺……。
まぁ初日だし、この後の予定もある。
心配してやってきた門番のおじさんに言伝をお願いして、俺は残りの5周をさっさと終わらせることにした。
* * * * * *
「ご主人様は化け物です……。」
宿で朝ごはんを食べて少しは体力が回復したのか、ショウコが失礼なことをのたまう。
何を言うか、真の化け物はマショルク教官やセツヒトさんなどを言うんだぞ。
ちなみに、宿を出る際、今日もドールの頭を撫でている。
少しぞんざいだったか、「今日は調子悪い?」と言われてしまった。
心を込めろということか。
うーん、難しい。猫とは撫で方が違う。
猫なら得意なんだけどなぁ……。
そんなこんなで。
そう、俺たちはギルドにやってきた。
これからクエストを受けるのだ。
ハンターとして認められてからは初めてのクエスト。
何があってもいいように準備はしてきたつもりだ。
クエストボードに目を向ける。
「ご主人様ご主人様、あそこ、あそこのクエストはいかがです?」
「ん?」
「あのボードの左上にある……。」
俺は、依頼書を手に取る。
「バギィ20頭の討伐……よし、やってみるか。」
そのまま依頼書は戻さず、ギルドのカウンターに向かおうとする。
と、途中で肩を叩かれた。
「おはようございます、ソウジさん。」
「あ、ハイビスさん。おはようございます。」
昨日ぶりだ。
全てを打ち明けた昨日のことを思い出す。
「あ、そうか。クエストを受けるときはハイビスさんに依頼を持っていくんでしたね。」
「そうですよ、ソウジさん。気をつけてくださいね、私が専属って、ギルドマスターの命令なんですから。」
「いや、失礼しました。……これなんですが。」
俺がハイビスさんに依頼書を見せると、ハイビスさんは空いているカウンターに来るよう誘導をしてくれた。
「バギィ20頭の討伐……間違いないですか?」
「はい。まずは小手調べ、と思いまして。」
「ソウジさんの実力なら、全く問題はないかと思います。依頼されたバギィの数が多すぎるので初心者向けとは言いませんが、大丈夫でしょう。バギィ自体は、好戦的ですがそこまで強いモンスターではありません。」
「数が多いと危険ですか?」
「はい、特に眠らせる攻撃が厄介です。数を集めて襲撃されないようにしてくださいね。」
「眠らせる……わかりました!」
「はい……ところで、そちらのアイルーさんは?」
しまった、紹介するのを忘れていた。
ショウコに俺の横に来させる。
「この子は、昨日契約したオトモアイルーのショウコです。まだ試用期間なんですが、討伐クエストは何度もこなしているらしく、頼りにしてます。ショウコ、ギルド受付嬢のハイビスさんだ。とてもお世話になっている。」
「よ、よろしくおねがいします!」
「あらあら、元気なアイルーですね。しかし、これはアリですね。」
「……?」
アリというのは?
「あぁ、今回のクエストに向いているかもしれませんね、という意味です。眠らせてくる攻撃は、眠気を誘われたタイミングで強い衝撃を受けたり、元気ドリンコを飲むと回復します。オトモ……ショウコさんがいるなら、殴ってもらえばいいんです。」
「な、殴る?」
「はい、こう、頭の辺りをバチコーンと。」
「……。」
痛そうだなぁ……。
「ショウコ、いざというときは頼む……。」
「う、ウチそんなご主人様を殴るなんて、そんな……!!」
シュッシュッ!シュッ!
シャドーボクシングをしているショウコ。
……言動の不一致が見られるが、頼りにさせてもらおう。
「クエストは、これからすぐに行きますか?」
「はい、そのつもりですが……。」
チョイチョイ。
ハイビスさんが俺を手招きする。
耳を貸せということか。
耳を寄せる。ハイビスさんも俺に寄る。
……ち、近いな。ドギマギしてしまう。
だってすんごい美人なんだよハイビスさん。
「ギルマスからの司令で……。」
「はい……。」
小声が耳に響く!息が当たって思わずゾクゾクしてしまう!
ええぃ!心頭滅却!集中集中!
「……小型モンスターの多頭討伐の際、ギフトを存分に活用してほしい、とのことです。」
「……存分に活用?それはつまりマップの機能を……。」
「はい、クエストクリアのタイムにどれだけ影響が出るか知りたい、と。」
「なるほど。」
「無理に、とは申しません。ソウジさんが自力で行いたいなら、その意思を尊重するように、とも言われておりますので。」
ハイビスさんが俺から離れる。
あー、ソワソワゾワゾワした。
「ふーん……。」
なんだ、ショウコ……ニヤニヤしながらこっちを見るな。
だが、シガイアさんが言いたいことはわかった。
俺のギフトの影響力をはかりたいのだ。確かにモンスターが、エリアのどの位置にいるか正確にわかるなんて、普通はありえない。
観測班と連絡が取れれば、大体の位置は分かるらしいが、それは大型モンスターに限った話。
脅威ではない小型モンスターの位置までわざわざ把握するなんてこと、忙しい観測班がするわけない。
「分かりました、なるべく早めに、討伐をしてみます。」
「はい。ありがとうございます。そのように伝えておきますね。狩猟場所の草原には、ガーグァ車を使ってください。」
「助かります、使わせてもらいますね。」
「はい。ではご武運を。」
丁寧に礼をするハイビスさん。
……顔をあげると、まだ何か言いたげな顔をしている。
「……ハイビスさん?まだ何か?」
「えっ!?いや、えーっと……ちょ、ちょっともう一つだけお願いがありまして……。」
何だろう、シガイアさんの依頼がまだあるのか?
「あ、いえいえ。私の個人的なお願いです……その、ショウコさんの頭を……撫でてもよろしいでしょうか?」
「…………。」
「ち、違うんですよ!?その、やましい意味なんて何もございません。ただ、その、撫でたいだけです!」
「……ショウコ?」
ショウコを見る。
尻尾をゆらゆらして少し警戒しているのがわかる。
「…………撫でさせてもらっても、いい?」
「う、ウチは構いませんけど……。」
そう言って、カウンター越しに触れるよう、ハイビスさんに近づくショウコ。
ハイビスさんはおずおずと、右手を優しく頭に載せた。
ナデナデ。
「…………っ。」
「…………はぁぁ………………。」
「……んっ!」
「わっ!すみませんショウコさん!耳に当たりましたか?」
「んん、だいじょーぶ………続けていいです…………。」
「は、はい!では失礼して…………。」
ナデナデ。
何だこの時間。
美女が、可愛い獣人の頭を撫でている。
カウンターに乗り出すんじゃないかと思うほどの勢いで、しかし優しく撫で擦るハイビスさん。
ショウコも満更じゃないのか、撫でられ続けている。
そしてそれを棒立ちで見つめる俺。
そのまま5分ほど、俺はそこに立ち尽くすしかなかったのだった。