回想。
少なくとも、俺が中学とかの頃には、俺の母さんはかーちゃんだった。
何言ってるか分からないと思うが、まぁつまり、おばちゃんだった。
平日、ワイドショー見ながらせんべいをボリボリ食ってブツブツ言ってる、まーステレオタイプかーちゃんだったわけだ。
別に不満に思ったことなど無い。
それが普通だし、どこの友達の所のお母さん方も、漏れなくかーちゃんだったし。
なので、よくドラマやアニメにいる「美しいお母さん」なんて、もはやツチノコレベルの存在であった。
では、今目の前にいる人は?
俺とドールとショウコとホエールさんと、いつもの四人と共に朝ごはんを食べているこの美しい人は?
何とドールのお母さんというではないか。
見つけましたよ、ツチノコ。ありえない存在。
美しいお母さんがここに!
「うーん!ドールちゃんのご飯って、やっぱり一番美味しいのよね〜。ザキミーユシティってなんでもご飯美味しいけど、これには敵わないわ!」
「お母さん?」
「は〜い?」
「そ、その。褒めてくれるのは嬉しいんだけど……まずはソウジさんに謝って。」
「あらあら、そうね。ソウジくん?」
「は、はいぃ!」
なんで緊張してるんだ俺。
というか家族の朝食に紛れ込んでるみたいなこの感じ、いいのか。
ドールのお母さんは、Yシャツとタイトスカートという、できるキャリアウーマンスタイルをビシッと整え、俺に向き直った。
うん、スタイルいいです。
「自己紹介がまだでしたね。ドールの母、ミヤコです。……先程はすみません。いくら身内とはいえ、朝から起こしに行くのはさすがにやりすぎでしたね。お詫びします。」
「い、いえいえ。気にしていませんから…………身内?」
「ええ、ドールちゃんは娘でしょ?そして、ソウジくんはその―――」
「おかーさん!?」
「ひゃっ!も、もう。冗談じゃないの〜。」
「冗談に聞こえないの!」
宿「ホエール」の朝ごはんは、大体いつもショウコがうるさくしている。
「おいしいです〜!」「ウチ、ドールちゃんの味噌汁を毎日飲みたいわぁ!!」とか何とか言いながら騒がしく食べている。
それに「ショウコちゃん?それ言う人、違うよ。」とかよくわからんツッコミをする。ここまでがデフォ。
だが今朝は、お母様のマシンガントークが止まらない。
ドールのお母さん、ドールとは正反対の性格だ。
「……え、えーっと。ドール?」
「あ、ご、ごめんね、ソウジさん。実は、この時期にお母さん帰ってくるんだ。今年は少し遅れてね。」
「あー……なるほど。」
この時期に。
……おそらく、ドールのお父さんの命日のことか。
だとしたら、少し前のことだから確かに遅れてる。
「いつも旦那の命日に間に合わせるんだけど、ごめんねドール。お母さんギルドの仕事、なかなか終わらなかったの……。」
「そ、それはいいって。気にしないでよ。」
ん?ギルドの仕事?
「ミヤコさんって、ザキミーユシティでギルドの仕事をされているんですか?」
「そうなのよ。これでも偉いほうなのよ?あ、そうそう!ソウジさん!こっちでも少し話題になったのよ〜?完全新人でいきなりHR3なんて、前代未聞だし!」
「あ、そうなんですね。」
やっぱりすごいことなんだよなぁ。
うーん、HRは数値として分かりやすいけど、実感がわかない。
そんな時、ショウコが話に割って入ってきた。
「ミヤコさん……やったっけ?初めまして、ソウジさんのオトモアイルーのショウコです。よろしくおねがいします。」
「あらあら……礼儀正しいアイルーちゃんね!!」
ガバッ!
「フギャッ!」
「うーん、この肌、この耳の毛並み……あなた、いい仕事してるわね……。」
ナデナデ。
スリスリ。
急にショウコに抱きつき、触りまくるミヤコさん。
おぉ、撫でるの上手いな!
だが、ショウコが固くなっている。
ミヤコさん、それは正解ではない……。
相手が嫌がるナデナデ、それはただのエゴに過ぎない!
「ふにゃー!やめー!!」
「あんっ!」
ほら、ショウコが飛び退いて俺の後ろに隠れてしまった。
「あらー、つれないアイルーちゃんね。」
「お母さん!ショウコちゃんに何てことするの!!」
「……スキンシップ?」
「もはやセクハラでしょ!!」
うん。
このお母さんがいると、ドールはツッコミ役に回るんだな。
いい発見をしたぜ!
……冗談は置いといて。
こんなに賑やかな「ホエール」の朝食は初めてかもしれない。
ショウコがいると賑やかなんだが、1人うるさい感じだもんな。
今日はみんな騒いでいて……何か、うん。
楽しい。
心なしか、終始プンプンしているドールも、俺には嬉しそうに見える。
気のせいではないだろう。
「ほっほ。やはりミヤコさんが帰ると、家が明るくなるの。」
「ホエールさん。」
「いつも命日には帰ってくるんじゃがの。間に合わなかったところに、遺跡の大発見があったとかで、かなり遅れてしまったそうじゃ。」
「あー……。」
俺が原因だった……。
すまん、ドール。
ホエールさんはいつも通り淡々と食べ終わったあと、他の宿泊客の対応を始めた。
ドールも通常営業に戻る。朝は特に忙しい。
「じゃあ、俺たちもそろそろ行くか。」
「はい!」
「それじゃ、ミヤコさん。俺たちギルドに行くので。」
ミヤコさん、と呼ぶことにした。
今日はロアルドロスの狩猟だ。朝の騒動でランニングをサボってしまったが、ここから通常営業といこう。
そんなことを考えていると、ミヤコさんが思いがけないことを言い出した。
「あー、ちょっと待って!ソウジくん!」
「えっ、何ですか?」
「ギルドでしょ?私も一緒に行くからね。」
「……は?」
思わず失礼な返しをしてしまう。
「えっとね……お仕事なのよ、ソウジ君と一緒にギルドに行くようにって。じゃあドール!お母さん行ってくるわね。」
「うん、わかった。」
「お父さんのお墓参りは、帰ってきてから行こうね。それじゃ、ソウジ君。行きましょう!」
「は、はい。分かりました。」
ミヤコさんは、目の前の朝食をきれいに平らげた後、すぐに出口まで向かっていく。
俺とショウコは慌てて付いていく。
……あ、ドールを撫でてないぞ。
振り返ってドールを見ると、同じように目があった。
ジェスチャーで「行って行って!」と促している……今日はいいのか?
……まぁ確かに、親に見られたいものでもないわな。
俺はコクリと頷くと、ミヤコさんとショウコを追いかけながら宿を出ていった。
ミヤコさん歩くのはやいな!既に20m近く離されている。
俺は急ぎながら、すっかり慣れてしまった大通りを小走りで進んでいった。
* * * * * *
ギルド前に着いた時は、既にハンター達で大混雑だった。
朝遅れてしまったな。ハイビスさんを見つけるのも一苦労しそうだ。
ミヤコさんの方を見る。
「ミヤコさん、じゃあ俺達はこれで―――」
「ささ、ソウジ君とショウコちゃん。シガイアさんのところに行くわよ〜!」
「えっ!?」
「ここのギルマスよ?知らない?」
「いやいやいや!知ってますけど、なぜ俺たちも!?」
先程から何か噛み合わないと思っていたが、なんだ?
ミヤコさんは俺の手を掴んで、グイグイと引っ張る。
反対の手はショウコを掴んでいる。顔が渋いぞ、ショウコ。
「ミヤコさん、俺たち今からロアルドロス討伐のクエストを受けるつもりだったんですが。」
「……ごめんね。強引で申し訳ないけど、付いてきてほしいの。」
「は、はぁ。」
予定は狂うが仕方ない。
朝もだいぶ遅くなってしまっている。むしろ今日を休みにしておいて、明日ロアルドロスを狩るか。
高度な柔軟性をもって臨機応変に対応しよう。
しかし、ミヤコさんが俺たちを強引にギルドマスターの部屋に呼ぶ理由がわからない。
分からないが、ドールのお母さんということ、ギルドのスタッフであるという2点において、俺は付いて行かざるをえない。
まあ、なるようになるか。
* * * * * *
人生二回目となるギルドマスターの部屋の入り口は、前回と変わらず厳かだった。
威厳があるところって、委縮してしまう。初めてやってくるショウコも、尻尾を縮こまらせている。
「(ご主人様……ウチら、何か……しました?)」
「(さっきから考えてるんだがなぁ……。もしかしたらギフトとかそこら辺の話になるかもしれない。先に伝えておくが、俺の力の事はギルドマスターは知っている。ミヤコさんは知らない。その辺、気を付けてくれ。)」
「(はいっ!ウチしゃべらんようにします!)」
ヒソヒソと話す。
いや、しゃべってもいいとは思うが……ショウコは黙っていた方がいいかもな。うん。
沈黙は金。
ミヤコさんがドアにノックした。
「ザキミーユ本部より参りました、ミヤコです。」
「どうぞー。」
ガチャッ。
部屋に入ると、立ち上がって歓迎するポーズのシガイアさん。
思いっきり目が合うと、ニッと笑ってきた。
うーん、意図がよく分からんからこっちも笑っておこう。
ナイスミドルと中身おっさんが笑い合うという何とも不思議な時間。
シガイアさんはミヤコさんに向き直ると、話を始めた。
「ミヤコ総務長、お久しぶりです。」
「その呼び方やめてください、シガイアさん。いや、ワサドラ支部ギルドマスター。」
「いやいや、何を言うんですか。その若さで役員クラス。畏まって当然でしょう。」
「本当にやめてください〜!……もうっ、シガイアさんったら。」
二人が開口一番、お互いをヨイショしあっている。
あれだな、こういうのを既視感って言うんだな。
見たことあるもの、こういうのを。前世で。
シガイアさんがこちらに向く。
「ソウジさんも、お久しぶりです。前回はわざわざ来てもらってすみませんね。」
「とんでもないです。お世話になってます。」
「ハンター業の方も順調なようですね。」
「お陰様で、なんとかやっています。」
「流石です。下位から上位への間、ソウジさんぐらいが最も難しいところなんですがね。期待の新人ですよ。」
「やめてくださいよ、まだまだ実力不足ですから。」
これも既視感。
あぁ、大人な付き合いを思い出してしまうな。
謙遜の文化、日本。
どこも似たようなものなんだなぁ。
しかし妙な三人が集まってしまった。
ミヤコさん、総務長って言われてなかった……?
名前だけではわからないが、相当いい職についているのでは……。
「ごめんねぇ、ソウジくん。強引に連れてきちゃって。……怒ってなぁい?」
「いやいや、怒りませんよ。問題ないです。でも、理由を知りたいですね。」
「ええ、勿論よ。シガイアさん、私から説明しても?」
「はい、よろしくおねがいします。」
何やら説明があるとのこと。
なんだろう。雰囲気的に悪いことではないと思うんだが。
ちょっと緊張してしまう。
ショウコはずっとピーンっと尻尾を伸ばして直立不動。
目はアワアワしている。
……うん、緊張ほぐれた。
「えっとね……、ソウジくん。」
「はい。」
間を空けて話し始める。
「……あなたに、ザキミーユ本部所属のハンターになって欲しいんだけど、興味はない?」
ミヤコさんからの言葉は、想像を越えてとんでもないことだった。