日も昇ってきた。
イシザキ亭で昼を済ませ、ショウコとは一旦解散した。
久々に集落に顔を出すらしい。
ロアルドロスの討伐に向けた準備は昨日済んでいる。
そのため、今やることは特に無いと言っていい。
トレーニングに勤しんでもいいが、そこまでやる気も起きない。
「ミヤコさん、仕事になると性格変わるタイプだな……。」
先程までいたギルドマスターの部屋を思い出し、ポツリと漏らす。
仕事モード、とでも言うのか。
ミヤコさんの変わりっぷりが、凄かった。
シガイアさんも、その辺分かりやすかった。まぁあの人の場合、素がどっちがわからないんだけども。
だが、さっきのミヤコさんからの圧迫面接は、上手く切り抜けられた……と、自分では思っている。
……上手くいったよな……?
後で確認したい。
自己採点はアテにならん。
今度会ったら、シガイアさんにこっそり聞いてみよう。
さて、これからどうするか。
「あ、そうだ。」
誰が聞いてるわけでもないのに、独り言を発する。
いや、聞かれてたら恥ずかしいんだけども。
(セツヒトさんに武具関係見てもらうのもアリかもなぁ。)
いつでも来てねー、なんて言われてたし。
明日の狩猟に向けての準備にもなる。
休みにはなっていないけど。
(俺にはまだ、仕事モードの切り替えは難しそうだな……。)
デキる人達の仕事モードの切り替えを羨みながら、俺はセツヒトさんの店に足を向けた。
* * * * * *
「セツヒトさーん?入りますよー?」
店に到着した俺は、ドアを開けて中に入る。
アイテムポーチの中に入れていた大きな綿の袋に、装備品の数々を突っ込んでおいた。
ギフトの力を見られないようにしなければ。
大きな袋を抱えながら、受付に向かう。
「セツヒトさん、ソウジです。いますかー?」
「ふぁー……いるよー。ちょっと待ってねー。」
大声で尋ねると、返事が聞こえた。
声がかすれてる。
………寝てたな。
「……お休み中なら日を改めますが……。」
「わーわー、待って待ってー。いーまーいーくー……よっと。」
「おわっ!!」
天井からセツヒトさんが落ちてきた。
繰り返す、天井から、セツヒトさんが、落ちてきた。
……いやいや、何してるのあんた。
「セツヒ―――」
「せっちゃんー。」
「……せっちゃんさん、仕事サボるのも程々にしたほうがいいですよ?」
「でもでもー。ここの店主は私だしー?私しかいないから、……自由?」
「いや、聞かれても。」
何回か来たことあるこの店。
武具はキレイに整備され、配置も美しい。
なのに店主は、こののんびりのほほんさん。
誰が想像つくだろうか。
そして、その店主が真上から降りてくるなんて、誰が想像つくだろうか。
セツヒトさんは、その長い銀髪を整えながら、話し始めた。
「やー、ソウジー。何日かぶりー。元気ー?」
「元気です。セツ……せっちゃんさんも、お元気そうで。」
「そりゃねー!新しく開発した昼寝部屋がねー!これがまたいいんだよねー!」
「昼寝部屋。」
見上げる。
上にはポッカリと空いた穴……2階に続いているのか……?
思わず覗いてしまう。
「お、何々ー?興味津々?」
「いやいや、違います。」
「お姉さんの寝床見てみたいとか……ソウジ、すけべー。」
「違いますって!きょ、今日は装備を見てもらいたくて来たんです!」
「おー?これー?」
俺のでかい袋をヒョイッと片手で持つと、中の装備を作業台に並べ始めるセツヒトさん。
この細い腕でどうして持ち上げられるのか……興味が尽きない。
いかんいかん、本題へ移ろう。
「明日、ロアルドロスを狩るんですが、装備自体の確認をしてもらったことって今まで無くて。」
「あー、なるへそー?」
「今日はたまたま空いてしまったので、見てもらおうかと。」
「ふんふん……めっちゃキレイだよねー、ソウジの装備って。あ、でも傷はっけーん。あと、ソウジの匂いもするね。気にならないぐらいだけど。」
そう言いながら、一つ一つ真剣な目で点検し始めたセツヒトさん。
匂い、するよな……。少し恥ずかしい。
……集中しているので、静かにしておこう。
今日もシルバーのロングヘアーが、白い襟付きのシャツによく似合っている。
スキニータイプのジーンズは、スタイルの良さを際立たせていた。
……こうして黙っていれば、男たちが放っておかないのでは、と思う。
20分後。
「おーまたせー。いやーキレイキレイ。あんまり言うことないっすわー。」
「あ、そうですか。それは良かった。」
まぁ、綺麗さには自信がある。
ポーチには、自動でキレイにしてくれる機能が備わっている。
ある程度、ではあるのだが。染み付いた匂いとか傷までは対処してくれないらしい。
セツヒトさんが続ける。
「ただねー……ちょっと耐性に不安が残るかなー。」
「耐性?」
あまり聞き慣れない言葉。
「そーそー。ロアルドロスでしょー?この装備、水耐性が低いのさー。んでー、ちょっち、不安かな。」
「……ダイミョウザザミの時も、そう言えばかなり痛かったような……。」
「あー、あの水アタック?うん、あれより痛いかもー。」
「マジですか……うーん……。」
困ったぞ。
ザザミの時は、「今から水出します!」って構えで分かりやすかった為、避けることも何とかなった。
しかしこのロアルドロス、首を振りながら水を乱れ打ちしてくると<情報画面>で確認している。
下手したら、1発や2発、食らってしまうかもしれない。
「んー、壊れるってことはないと思うんだけどねー。」
「……耐性を上げることって、可能なんですか?」
「できなくはないよー?でも、装備を変える方が、よっぽど建設的ー。」
「マジすか。」
正直言おう。
俺はこの装備を気に入っている。
まず、なんと言っても使いやすい。とにかく軽いし、素早さが命の双剣使いにとって、小回りがきかないのは致命傷だ。
それに、発動スキルも結構美味しい。
<見切り>
<精霊の加護>
<防御>
<砥石使用高速化>
この4つだ。
会心率を上げるスキルである<見切り>は、何というか、こう「ズバッ」としっかり敵に当てることができる確率が上がる……らしい。
<精霊の加護>と<防御>は、俺の防御力を上げてくれるし、たまに敵の攻撃が全く痛くないときがある。
<砥石使用高速化>は、そのまんま砥石の使い方が上手くなる。
……なぜこのようなスキルが発揮されるのか、原理は全くわからん。
この世界の理と言えばそれまでなんだが、不思議でしかない。
それらを踏まえ、イケるところまではこの装備でいきたかったのだが……ここいらで替え時がやってきたのかもしれない。
「……装備に愛着が湧くの、わかるよー?」
セツヒトさんが話しかけてきた。
「命を預けてきた、相棒だもんねー。……ソウジがこの一式を持ってきたときは、何の因果か、とか思っちゃったけど。」
「えっ?」
「んー、いやー、こっちの話。」
気になることを言ったぞ、セツヒトさん。
「……セツ、せっちゃんさんも、この装備使ってたんですか?」
「……おー?女の過去をほじくり返す気かー?ソウジ、よっぽど私の事が気になるみたいだねー。」
「……。」
「……あー、マジトーン?……んー。あんまり人に話したことはないんだけどさー。まー…………ソウジならいっかなー?」
セツヒトさんの過去が気にならないと言えば、嘘になる。
教官と何か因縁めいた関係らしいし、明らかにこの人は強い。
いつだか、シガイアさんが「『百手』セツヒト」と言っていた。
だから、正直、過去を聞いてみたいとは思っていた。
でも……。
「せっちゃんさん。」
「んー?」
「……俺も、実はとんでもない秘密を持ってます。おいそれと人には言えないレベルのやつです。」
「おー……うん。」
「セツヒトさんと対等な立場になりたい。セツヒトさんが過去を俺に教えてくれるのなら、俺だって言うべきだ。それがフェアってもんでしょう。」
「うん……。」
「そして、俺はまだそれを伝えるべき領域には達していない。」
セツヒトさんが言いにくいような、過去を聞くのなら。
俺だって、ギフトの事を打ち明けるべきだ。
そして俺は、まだそのことを色々打ち明けられるほど、強くはない。
「俺の秘密は、悪い奴らからすれば、喉から手が出るほどほしいようなやつです。」
「……。」
「だから、そんな奴らから、俺がみんなを守れるようになるまでは……。」
「……まではー?」
「……せっちゃんさんも、打ち明けないでください。いや、めっちゃに気になるんですけどね!教官とのこととか!何でそんなに強いのかとか!」
すっごい気になるけど!
もう俺の野次馬魂が燃えまくってますけど!
セツヒトさんとフェアでいたいと思うから。
打ち明けるときは、俺が強くなった時だ。
「……ふ、ふふー。」
「な、何ですか」
「……かっこいいじゃーん?ソウジー。」
「うわわっ!」
セツヒトさんが近づいてきたと思ったら、急に抱きついてきた。
繰り返す!抱きつかれた!
「えっ!?ええっ!?」
「うわー、ソウジー顔真っ赤っ赤ー。」
「いやいやいやいや!そりゃ赤くもなります!」
「んー、いやねー。かっこよかったのよー。」
「わ、分かりましたから!分かりましたから!離れて……力強っ!!あいたたただただだっ!!」
「んー、よしよし。」
ポンポン。
とんでもない力で抱きしめられて頭をポンポンされた。
……うん、俺女の子ならこの人に惚れている。
なんてたくましいの……。
……で、でもわたくし、男の子ですのよ!
セツヒトさんがようやく離れたのは、30秒ほどしてからだった。
心の中では名残惜しかったのだが、そうも言ってられない。
恥ずい。
「いやー。今のは効いたよー。キュンって感じー?」
「は、はぁ。」
「……私とフェアとか、そんなこと言うやつ、居なかったからねー。やっぱ、ソウジー。いいよー、キミ。」
うん、よく分からんが、良かったのかな。
「そしたらさー、その強くなるお手伝い、しよっかー。」
「へ?」
「この装備……ミヨシ村一式。確かに使い心地がいいんだよねー。わかるわかる。だから、装備強化しようかー。」
「装備強化?」
強化とな。
強くできるのか。
「うん。耐性を上げるんじゃなくて、防御の強さをそのまま上げるのさー。」
「な、なるほど……?」
「鎧玉っていうの使って、少し重くなるんだけどねー。」
「重く……。」
「そう。まぁソウジなら大丈夫……かな?」
不安だ。
でも強くなるというなら……。
「あと、装飾品も付けるといいよー。」
「装飾品?」
またよく分からん言葉が出てきた。
「そそ、ソウジの装備、装飾品3つ付けられそうだからー……耐水珠3つぐらい付けてみたらー?ロアルドロスなら有効かもー。」
「装飾品って、付けると何ができるんですか?」
「そらあれですよー。好きなスキル……モリモリできちゃう。」
「おぉ……。」
付ければパワーアップ的なやつか。
うーん…………やって欲しい。
「せっちゃんさん!」
「はいはいー?」
「是非お願いします!」
「まいどー。……でさー……アイテムとお金、あるー?」
……必要なんですね!
そりゃそうだよ!無料なわけがない!
「お金はまぁあります。アイテムは何が?」
「んーとねー……水光原珠と、ヨツミワドウの上皮が3つずつにー、鎧玉いっぱい、ってトコかなー。」
「…………。」
「お?ある感じ?」
アイテムの確認は、今すぐできる。
俺のギフトは、その辺の管理はめっちゃ楽だ。
だけど、ここでやるわけにはいかない。
セツヒトさんにはまだ打ち明けられてないしな。
そもそもモンスター素材はほぼ全てギルドに預けているし。
ちなみにヨツミワドウとは、バカでかいカエルのモンスターである。
ブニョブニョなのに力がめっぽう強く、何だかお相撲さんのようであった。
「……承知しました!確認してきますので、少々お待ち下さい!」
「おー。待つ待つー。いってらー。」
俺は、どっちが店の人かわからなくなる言葉を残し、アイテムを取りに行くため店を飛び出した。
* * * * * *
10分後。
「……た、ただ今戻りました!」
「お、早かったねー。んでー?モノはあったー?」
「ありませんでした……。」
無かったです。
ヨツミワドウの上皮なんて、一つも。
宿に戻って画面とにらめっこすること1時間。
見つからなかった。
あれ?おかしいな。俺ヨツミワドウ2、3回倒しているんだけど。
「……まーやっぱりないよねー。上皮とか水光原珠とか、上位個体由来のものばっかりだもんねー。」
「じょ、上位個体?」
「そそ。まだソウジって下位でしょー?上位になると、強いのが居るエリアにも入れるのさ。そこのヨツミワドウとか鉱石の採掘で見つかるのよー、そのアイテム。」
「……じゃあハナから無いじゃないですか……。」
「あははー、ゴメンゴメン。もしかしたらソウジならってねー。」
何だ、じゃあ装飾品は諦めるしかないのか。
上位に上がるまでお預けである。
けど、上鎧玉っていうのならけっこうあったぞ。
いろんなクエストを受けている時期に、鉱石を見つけては、ピッケルで掘っていたからな。
「でも、鎧玉?ってやつなら、これだけ。」
ドンッ。ジャラジャラジャラ。
テーブルに予め入れておいた麻袋を置き、鎧玉を見せる。
「おー!すごいすごい、じゅーぶんだよー。さすがソウジー、品質も文句なしだねー。」
「じゃ、じゃあ……。」
「んー、装飾品は、また後日。でも、装備強化はできるねー。」
「おーー!やったー!」
良かった、これで少しは防御が楽になるぞ!
「まーあんまり装備に頼るのも良くないんだけどさー。もうすぐ上位になるし、装備一式初期のままは辛いと思うよー?あとは……お金、足りるー?」
そう言って指を7本並べるセツヒトさん。
「7000zですか?それくらいならまあ。」
「んー、桁が違うー。」
「…………な、70000zですか!!??」
「そー。……ちょっち、キツイかなー?」
「……いえ、払えます。」
「わぉ。男前ー。」
この前の遺跡発見でもらったお金はまだ余っている。
命を預ける大事な防具だし、ここはケチるべきではない。
「70000z……です。」
「……うん、たしかにー。わーい、臨時収入だー。」
「どうか、よろしくおねがいします。」
「うん、最優先でやらしてもらうよー。明日の朝、宿に持っていくからねー。」
「えっ!?明日の朝で間に合うんですか!?」
セツヒトさんすごいな!
防具の全てに加工を施すって、かなり大変では!?
「まー、いけるよー。冗談じゃなくねー。……久々の大仕事だー。おまかせー。」
「あ、ありがとうございます!」
正直、超助かる。
二、三日は、インナーでアイテム採取だけやろうかなと考えていた。
「じゃ、早速やるからー。ソウジー?期待して待っててねー?」
「は、はい!」
「出るときー、店の看板、裏返しておいてくれるー?」
「わかりました!」
てことはつまり、俺の防具を本気で最優先にしてやってくれるのだろう。
セツヒトさん、やっぱりあなたすごい人ですね。
「……ソウジー。わたし、ここまでやってあげるのって、初めてだからねー?」
「えっ、ええ。はい。本当にありがとうございます。」
「んー……伝わらないかなー?……まぁいいやー。」
「は、はぁ。」
な、なんだ?
……よく分からんが、頑張ってくれるってことだろう。
「……んふふー。んじゃ、ソウジ、また明日の朝ねー。」
「は、はい!よろしくおねがいします!失礼します。」
そう言って、俺は店を出た。
看板を裏返すのも忘れない。
看板には「おやすみなさーい」の文字。
つまりは、閉店の印。
装備の点検だけのつもりが、思わぬ装備の強化に繋がった。
明日からの狩猟が、少し楽しみになった。
明日の受け取り、期待しておこう。
……セツヒトさんが抱きついた記憶がまだ消えない。
多分、一生消えない気がする。
いい匂いがしたなぁ……。
…………変態か。
物悲しいおっさんの独白を心のなかでつぶやきながら、宿に帰った。