宿に戻ると、ちょうど夕方ぐらいだった。
ショウコは戻るかわからないと言っていたので、久々に一人で過ごす夜だ。
夕飯を食べて、訓練して風呂に行ったら、今日は早めに休むとしよう。
明日は初のロアルドロス戦。万全を期す。
「ただ今戻りましたー。」
いかん、語尾が伸びた。
セツヒト語がうつってしまった。
「おぉ、ソウジさん。お帰り。」
「ただいま帰りました、ホエールさん。」
出迎えてくれたのはホエールさん。
ドールの姿はない。
「あれ?ドールはいないんですか?」
「おお、すまんの。伝え忘れておったわ。」
「というと?」
「ドールはほれ、ミヤコさんと墓参りに行っておる。」
あ、なるほど。
そういえばそんな事を話していたような。
「ソウジさん、すまんが夕飯が準備できんでの。……外で食べてくれるかの?」
「ええ、大丈夫ですよ。……二人、大丈夫ですかね?遅くなるとか。」
「ああ、もうすぐ帰るじゃろうて。しかし、ドールも疲れておるじゃろ。今日は休ませるわい。」
「なるほど、了解です。」
フランクな会話。
ほぼ家のようなもの、俺も長いことここの住人としてお世話になっている。
夕飯は外でとろう。そういう事情なら構わない。
「すまんの、ソウジさん。わしが用意してもいいんじゃが……うまくはないぞ?」
「いえいえ、ホエールさんの料理も、俺好きですよ?」
実は何度か、ホエールさんのお手製の料理を頂いたことがある。
何というか、すごく豪快な料理だった。
マンガ肉、とでも言えばいいのか、骨付きの肉を炙ったメインに、ボウルいっぱいのサラダ。
具材をありったけぶち込んだ味噌仕立てのスープと、ツヤッツヤの大盛りご飯。
もちろん料金はいっしょ。
大食いのハンターとしては最高なのだが、ドールは、「宿が続けられなくなる。」と突っ込んでいた。
味は、美味い。スープなんて、いろんな旨味が染み込んで絶品だった。
ただ、毎日食べるなら、レパートリー豊富なドールに軍配が上がる。
そんな感じ。
「ほっほ。世辞でも嬉しいわい。また食材が余るようなら、作ってやるからの。」
「ええ、楽しみにしてます。」
「それじゃの。明日はロアルドロスの狩猟じゃろ?早めに休みなさいよ。」
「はい、それでは。」
受付に戻るホエールさん。
じゃ、予定変更。
訓練、飯、風呂の順で済ますか。
ん?俺、ホエールさんにロアルドロスを狩ること言ってたっけ?
ミヤコさんが話したのかな?
……まあいいや。
予定を立てた俺は、特訓から済ませるため、その足で庭に向かった。
* * * * * *
「あー……きもちいい……。」
銭湯にやってきた俺。
銭湯と言っても、湯船があるようなものではない。
サウナがメインの風呂……と言えばいいのか。
湯舟は無い、そして混浴。
脱衣所は流石に男女別だが、意外とカップルとか夫婦家族でやってくる人たちもいる。
俺のルーティンは、まず貯めてあるお湯を桶ですくって体を洗ったら、すぐサウナ室へ。
その後冷水で汗を洗い流して、火照った体を休ませる。
そしてまたサウナへ。
これを4回繰り返すと、もう何とも気持ちよくなるのである。
前世でこれを知っておけばよかった……。
サウナに通い詰めていた同僚の気持ちが、今ならよく理解できる。
訓練の後夕飯食べてからのこれ。最高の贅沢である。
欲を言うなら、湯船が欲しかったな。水風呂。
そうして、超リラックス状態の俺は、完全に気を抜いていた。
「……ソウジ様。」
「ひゃあん!!」
耳元で囁かれてびっくり仰天。
俺は耳が弱い。
「お、驚かせてしまいました。失礼しました。」
「ひ、ヒナタさん!?」
振り向いたら意外な人物だった。
ギルドのクールな受付嬢、ヒナタさんがそこにいた。
「ど、どうも、ヒナタさん。驚きました。」
「すみません、ソウジ様。奇遇ですね。」
「ええ、変な声を上げてしまって、こちらもすみません。」
ヒナタさん、いつもはビシッと制服を着て、キリッとポニーテールをまとめた、ザ・クーレスト・レディって感じなのだが……。今日は違う。
お団子にしてアップにまとめた髪、いつもとはだいぶ違う印象だ。
湯浴み着もダボッとして、ちょっと可愛い感じになっていた。
「お隣、よろしいですか?」
「はいはい、どうぞどうぞ。」
休憩スペースは数台の大きめの椅子が並ぶ。
隣に座ったヒナタさんは、椅子に背をもたれると「ふうっ」と言って息を吐いた。
気持ちいいよな、その姿勢。
どこからか取り出したうちわを仰ぎながら、火照った体を冷ましている。
そのうちわ、アリだな。俺も買っておこう。
「……ソウジ様は、いつもここに?」
「ええ……ここ、いいんですよ。」
「……分かります。この銭湯は素晴らしいですね。」
クールな印象を与えがちなヒナタさんだが、実はそうでもない。
受付嬢を何度もしてもらってわかってきたことだが、案外お話が好きな子である。
おしゃべり、というわけではないが、こうして会話のキャッチボールをしっかりしてくれる。
オフの姿に遭遇するのは初めてだが、それはあまり変わらないようだ。
「ソウジ様。今日は……。」
「ああ……すみません、同士ヒナタさん。ショウコは今日はいないんです。」
「そ、そうでしたか。」
「あーそうか、この銭湯は、アイルーOKですからね。」
「はい、そうなんです。控えめに言って……最高です。」
うん、ヒナタさん。その発言は少し危ないですよ。
女性なら許されるのかな。
うーん、男女の格差とはかくも難しい。
「……すみません、同士ソウジ様。気軽にこのようなアイルーへの愛を語れるのは、身近にいないものでして……。」
「えっ、そうなんですか。ハイビスさんは?」
「先輩は、何と言いますか、高貴すぎて……。可愛いものはお好きなようですが、私たち若手受付嬢の高嶺の花、エースみたいな方ですから……。」
お、ハイビスさんってそんな感じなのか。
割と付き合いのある俺の印象は、仕事がとてもデキる、少しおっちょこちょいなところもある受付嬢だ。
……確かに、ギルドマスターのシガイアさんにものすごくフランクに話していたし、立場的にすごい人なのかもしれない。
しかし、ハイビスさんも相当アイルー好きに見えたが。
じゃあ何だ、猫好き仲間が親しい中にいないってことか。
「同じ趣味で、私の心をよくわかって下さる方は、ソウジ様しかおりません。」
「え、ええ。」
「なので……またもしここでお会いできたら、アイルーへの愛を語り合いましょう。」
「……わかりました。お安い御用ですよ。」
ヒナタさんの目は、至って真剣だった。
同じ趣味の人って、話すだけで楽しいものだ。
俺も趣味友だちが欲しかったし。
「ソウジ様は、これからサウナへ?」
「ええ、俺は何回かサウナへ入って休んでを繰り返すタイプなんです。今日はあと一回入るつもりですが。」
「……ご一緒します。」
「はい、わかり……えっ?」
「サウナでも、語り合いましょう。ええ、そうしましょう。アイルーの可愛い耳の形について、誰かととことん議論したい気分だったのです。」
「……今から?」
「はいっ!!」
キャラ変わってるよヒナタさん!
趣味仲間ができるって、まぁ確かにうれしいけどさ。
……まぁいいか。
俺だって、アイルーをはじめとした猫関係について語り合える人が欲しかった。
更に言えば、こんな美人と一緒にサウナやらなんやら過ごせるなんて、ちょっと嬉しい下心。
「じゃあ……行きましょうか。」
「はい、ソウジ様。」
こうして、俺は新たな仲間と共に、サウナ室の中でたっぷりとアイルーの可愛さについて語り合うことになった。
ちなみに、15分後、のぼせ上がったヒナタさんを介抱する羽目になり、迎えに来てくれたハイビスさんに怒られてしまった。
* * * * * *
「ソウジさん!いいですか!この子はちょっと世間知らずなところがあるんです!」
「はい。」
「同じ趣味をお持ちなのはよくわかりましたし、アイルーが可愛すぎるのは私も完全に同意いたしますが!」
「はい。」
「女の子がのぼせるまで語らせるのはダメだと思います!し、しかも!こここ、混浴のサウナ室で!」
「はい……。」
俺は、きっとサウナで頭がどうかしていたのだ。
いくら混浴とはいえ、女性と語り合うような場ではないことは分かり切ったこと。
だって、湯浴み着一枚の下は裸だよ?
それを、いくら趣味が同じである程度見知った仲の女性とは言え、二人で密室のサウナで過ごすとか。
しかものぼせ上がるまで一緒にいるとか。
どこの恋人だよ!と、突っ込まれること間違いない。
……はい、正直スケベ心もありましたごめんなさい。
それに、キラキラした目でアイルーの耳の形について話すヒナタさんを止められなかった。
「今日は私が迎えに来られたから良かったようなものの!」
「はい。」
「そ、その!サウナで二人きりとか、背中を洗うとか、そういうのは……なんと言いますか!」
「は、はい。」
「こ、ここ恋人同士でするようなことですよ!」
「は……はい?」
「何ですかその返事は!知らなかったなんて言い訳、通じませんよ!」
ハイビスさんものすごい剣幕。
いや、知らなかった。
そうなの?
混浴はOKなのに、そういうのはタブーなの?
…………何だこの世界の倫理観。よくわからん!
「聞いていますか!?」
「は、はい聞いてます!」
「とにかく!そういったハレンチな行為は、と、特定の女性と懇意になってからですね!」
「はい……。」
ハイビスさんのお説教は、長く続いた。
銭湯の入り口で繰り広げられたそのお説教タイムは、銭湯利用者の目にたくさん止まっていしまい……。
結果、女二人を侍らすいけ好かない野郎のレッテルを貼られてしまう俺なのであった。
理不尽…………。