目の前にディノバルドの尻尾が迫る。
一瞬のはずなのに、スローモーションの様になる世界。
このスローになる現象って本当なんだな、とか考えてしまった。
脊髄反射で腕を出す。
その瞬間さえ、スローでわかる。
気づけば俺は、迫り来る尻尾を双剣で受け止めていて。
「ぐああ!!!!」
吹っ飛ばされていた。
砂が口に入った。唾液と混じって泥になった砂が、切れた口の中に染みる。
痛いとかそんな感覚はもはやあまり無く、むしろ感触が気持ち悪くて唾を吐いた。
真っ赤な唾液だ。
体の様子を確認する。
とんでもない衝撃だった。
まだ冷静な頭は働いている。と言うことは、脳味噌をぶちまけたとかそう言うことではなさそうだ。
足は動く。早く立ち上がれ。
腕を地面に置く。
「いいっ!?」
激痛。右腕が猛烈に痛い。
折れているかもな……。
なんとか刀は握れそうだが……そう言っていられるような状況でもないか。
近くに落ちている双剣を手にする。
……マジか、一本曲がってるな。
双剣「ハリケーン」の片方が、刀身の真ん中から、ぐにゃりと曲がっている。
持ち直す。立ち上がる。
それだけの動作で、気を失いそうなほど痛い。
そして目の前には、ディノバルドがいる。
(そろそろ詰んだか。)
王手飛車取りって感じか?何なら角もくれてやろうか。
変なことを考えるぐらいには、頭は驚くほど冷静だ。
死ぬ直前って、妙に落ち着くんだな。
「グゴァァァァァァァァ!!!」
元気だな、ディノバルド。
そもそもお前、暑いところにいるタイプらしいじゃないか。
沼地とかに来るんじゃないよ。
……生きるためなんだな。生活がかかっているんだよな。
奇遇だな、俺もなんだよ。
「お前に何があったか知らないが……」
「グァァァ!!……ギャア!!」
ディノバルドが口を開いて、俺を捕食しようと牙を剥く。
「こっちだって……生活かかってんだよ!!」
双剣を構える。
激痛が走る。知らないそんなの。
牙が眼前に迫る。
もう、間に合わない。
(〈情報画面〉〈操作方法〉「空中回転乱舞」)
一瞬で選択を終える。
突如動き出す体。痛みとか動けないとか、そんなことをまるっきり無視して、勝手に体が動き出す。
ディノバルドの噛みつき攻撃のタイミングに合わせて、
憑依状態の俺は、跳躍し、回転の勢いで牙をいなす。
その勢いのままディノバルドの頭部を切り刻んだ。
「グァァァァァァ!!!」
跳び上がった状態から、今度は斬り下ろし。
幾重もの斬撃を食らわせていく。
着地と同時に、ダメ押しの回転斬り。
「ギャァァァ!!」
ボン!
口から何か爆発させながら、ディノバルドが倒れた。
着地した俺は、憑依状態から戻る。
その瞬間、
「〜〜〜!!!!」
もう声にもならない激痛。
痛すぎる。
「ゔぉえええっ……ぐえっ……。」
吐いてしまった。
痛すぎると吐くんだな。
気休めの回復薬グレートを、無理矢理口に捩じ込む。
そして全身に、特に右腕に薬をぶっかけながら、ディノバルドを見た。
……口の中が爆発して、倒れた?
奴は今、地面をジタバタのたうち回っている。
もう本当に適当に、情報画面から選択した「空中回転乱舞」。
試したことさえない技。
一か八かの賭けだった。
回転した、その力で回避をしつつ攻撃できた……?
何ができたのか、なぜうまくいったのかは分からないが……多分偶然だろう。
だって目の前に来てたよ牙。口。臭いわアイツ。
ディノバルドは、それでもなお元気な様子。
こいつ、どうやったら倒せるんだ……。
〈操作方法〉を使った攻撃で、何とか一矢報いることができた、ってところか。
そんなことを考えていたら。
意思に反して、俺の体は横に倒れた。
「あれ……?なんで……。」
何でって。無理したからだろうな。
本当にどこも動かない。何を念じても、体が一つも言うことを聞かない。
かろうじて起こした首でディノバルドを見据える。
「グルルルルル……。」
もう起き上がってらっしゃいますね……。
さっきみたいな偶然は、もう起こせそうにないかな。
「操作方ほ……!!」
最後の最後の悪あがきで、〈操作方法〉を選択してみたら、〈情報画面〉自体がブレて、よく見えなくなった。
頭の中で「プツン」と何かが切れたような感覚。〈情報画面〉が出て来なくなった。
……ついにギフトも働かなくなったか……。
目の前には、ゆっくりと迫るディノバルド。
かなり疲れているように見える。
顔の皮とか腿の部分とか尻尾とか、所々破壊できているし。
「……痛かったか?ざまぁみろ……。」
「グルルルル……。」
これが最後か。
芝居がかった捨て台詞をディノバルドにぶつける。
第2の人生、ここまでか……。
女神様、すみません、ご期待に応えられなくて。
ドールごめんな、ただいまって言えそうにないよ。
ショウコ、ごめん。またトラウマになっちまったよな……。
教官、すみません。命を守ることが、できませんでした。
ハイビスさん、ヒナタさん、後処理面倒そうです。シガイアさんも、すみません。
セツヒトさん、武器も防具もやっちゃいました。ごめんなさい。
ホエールさんの飯、また食いたかったなぁ。ケイさんのところの飯も、まだまだ食べたいのに。オスズが働いているところ、見たかったよ……ごめんなさい。
色んな人に、心の中で謝っておく。
食べられる、捕食される。
妙に落ち着いている自分が怖い。
どうか、痛く食べられませんように。
目を瞑った。
ガギン!
音がした。
何だ。意外と痛くないもんだな。
……ん?
……なんか様子がおかしい。
「ソウジー、よくやったねー。」
「……?」
「わー、ディノバルドだー。なーんでこんなところにいるのー?」
「えっ……えぇぇぇ?」
力なく声を出す。
心の中は大騒ぎである。
「さすがのソウジも、まだキツかったよねー。でも安心してー?」
「な、何で……?」
「助けに来たよー?」
「セツーーー」
この声は。
この間延びしすぎて力の抜けるこの声は。
「せっちゃん、でしょー?」
「せっちゃんさ……ゲホォゲホォ!」
「わわわ、あんま喋っちゃだめー。」
なぜ!?
なぜセツヒトさんが!?
鎖帷子というのか、腹部はそれで覆われて、所々露出が激しいでも厳つい装備をしていて……。
ディノバルドと対峙して、双剣を牙に突き立てている!?
あまりの驚きに、目を見開いた。
救援に来てくれたのか!?
セツヒトさんは、俺に話しかけながら、常にディノバルドと睨み合っていた。
「おーい、ディノバルドー?ちょっとおイタがすぎたかなー?」
ギィン!!
「グゥゥ!」
双剣を振り切ると、ディノバルドが後退した。
すげえ、圧倒している。カッコ良すぎるだろこの人。
「これ以上、私の大事なソウジをやるようならー?」
「グルルル……。」
「……殺すよ?」
「……グァァ!!」
ざっと飛び退いたディノバルドは、それでもなおこちらを睨みつけている。
「おー、威勢がいいねー。さすがは斬竜。」
ゾクっとした。殺気ってここまでゾクゾクするのか。俺に向けられたわけでもないのに。
「まぁいいやー。」
クルッとこちらを向いたセツヒトさんは、しゃがみ込んだ。
「ソウジー?大丈夫―?これ、飲めるー?」
「せ、せっちゃんさん……!今、アイツに背中を向けたら……!」
「あー、問題ないよー?だって……。」
突如。
ズガガガガガガガガガガガガガ!!!!!
銃弾が当たるような音が、ディノバルドからしてきた。
いや、違う……!
実際に銃弾が当たっている!?
どこから!?誰が!?
「チッ……派手にやりやがって。跳弾がこっちきたらどうすんだっつーの。」
セツヒトさんが普段の口調から一変。怖い。
あ、この態度になるってことは。射手はもしかして……。
「……大丈夫、ソウジ。アイツのヘビイボウガンの腕は、ムカつくけど……信頼していい。」
「きょ、教官……?」
「そー。マショルク。遠距離から援護してもらってるよ。」
話している間も、銃撃は止まらない。
どこから撃っているのかは分からないが、何故動きまくるディノバルドの頭部にばかり当てられるんだ?
ていうか、教官、ヘビイボウガン使いだったのか!
俺に剣技を叩き込んでくれたのに、メインは近接武器じゃなかったのかよ!?
「……ソウジー、これ、飲んでー。」
いつもの口調に戻ったセツヒトさんが、小瓶を開け、俺の口に入れる。
あ、これ「いにしえの秘薬」だ。
頑張って飲む。
一気に気だるさが抜け、体力が戻ってきた。
やっぱすげえぞこの薬。
「あ、ありがとうございます。せっちゃんさん。」
「わーわー!無―理―しーなーいー!」
折れてない方の手で立ち上がろうとする俺を優しく支えてくれたセツヒトさんは、岩場を背もたれにして、俺を座らせた。
「ソウジー、私、わかるよねー?」
「は、はい。せっちゃんさんです。」
「そう、せっちゃんさんですよー。……よかった。生きてた。」
今まで見たこともないくらい、いい笑顔をしたセツヒトさんは、すくっと立ち上がった。
ディノバルドに向き合う。
「ソウジー、じゃー、ちょっくらいってくるねー。」
「え!?どこにですか!?」
「アイツだよー。アイツは……殺す。」
「えぇ!?」
俺が驚くや否や、急に走り出したセツヒトさん。
走り出しながら構える武器は双剣。俺と同じだ。
ディノバルドの足元に張り付いたセツヒトさんは、脚部を中心に斬り刻み始めた。
ディノバルドも応戦するが、その尻尾の攻撃が、悉く読まれている。
一切当たらない。
そして当たりそうになっても。
ズガン!
「ギャア!」
「チッ……いらねえっての。」
マショルク教官の狙撃で、ディノバルドの尻尾や牙の攻撃が、弾かれる。
まるで見えない何かが殴っているような、そんな感じ。
教官、すごい……。
そしてセツヒトさんは、援護をもらっておいて、めちゃくちゃしかめっ面。
……何を言ったかわからなかったが……どんだけ関係性悪いのよあの二人。
すると、急にセツヒトさんが双剣を持ったまま、左指を中空で動かし始めた。
あれは……。
「ハンドサイン……か?」
すると突如、俺の目の前に人影が現れた。
ザッ!
「ソウジくん!生きていて何よりだ!よくぞここまで持ち堪えた!!」
「マショルク教官!!」
「見事だ!ディノバルドは2級指定の危険種、まだソウジくんの手には余りあるモンスターだ!」
「教官!ありがとうございます……。でも俺、油断して……。マップのアイツの出どころが分からなくて……。」
「うむ!それは当然とも言える!アレほどのクラスになると、地面を潜行して現れるからな!」
え!?
ディノバルドって地面に潜るの!?
「地面を進めるんですか!?あのデカブツが!?」
「あぁ!モンスターの中には、長距離移動の際、他種に見つからないように地面を潜航する奴もいるのだ!マップでは、それらが見えなかったのではないかな!?」
「あー、なるほど……。」
そういうこと……なのか?
確かに以前、小型のカニのようなモンスター、ガミザミを相手にした時。
地面に隠れている奴がよく分からなかったことがあった。
あ、でもバサルモスは見えたぞ?
……あいつ隠れるの下手だもんな。比較にもならんか。
「しかしソウジ君!流石としか言えないぞ!頭部、喉、脚部の破壊に成功しているではないか!奴をそこまで破壊するのは、上位ハンターでも骨が折れるぞ!」
「教官、すみません、それはギフトのおかげなんです。」
「……以前も言ったが、それもまた君の実力だと思うぞ!誇っていい!」
「……はい。」
「そしてここに今、君は生きている!よくぞ……よくぞ無事でいてくれた!!」
教官が笑っている。
しっかり笑うの見られるなんて、珍しいかも。
あの時以来かな。
「マショルク!そろそろ締めるぞ!」
「何!早いな!さすが『百手』セツヒト!」
「ソウジのおかげ!早くしろ!」
セツヒトさんが大声で教官を呼んだ。
「では、ソウジくん!よく見ておいてほしい!」
「……サー、イエッサー!」
「これが……G級ハンターの狩猟だ!」
教官が一瞬で居なくなる。
向かうのはディノバルドの正面。
なぜそこに移動したのか。多分ダメージを一番稼げるからだろう。
セツヒトさんは、教官の邪魔にならない位置を取って、ずっと足を削っている。
教官が弾をセットした……ように見えた。
装填が速すぎて、よく分からなかったが。
「貫通弾!」
教官がディノバルドの頭部に弾を命中させると、目に見えてディノバルドが怯んだ。
しゃがんでは撃ち、たまに移動しては撃ち、教官はディノバルドをその場から動かさない。
セツヒトさんは弾丸の隙間を掻い潜るように、絶えず攻撃を繰り返している。
あまりに流れるようなその動きは、まるで舞踊だ。
「マショルク!!」
「ああ!」
セツヒトさんの合図で、一旦銃撃を止めた教官。
直後、セツヒトさんが
腹部から喉にかけて、跳んで回転しながら攻撃を繰り出す。
堪らず後退するディノバルド。
もう少しで倒れそうな様子なのだが…………!
その時、ディノバルドは体勢を立て直して、尻尾を噛んだ。
……あの攻撃が来る!
「セツヒトさん!」
頑張って叫ぶ。
あの攻撃はまずい、超強烈な尻尾の回転攻撃がくる!
比較的近くにいる教官を見ると、何故か武器も構えず、腕を組んでセツヒトさんを見ている。
「教官!あの攻撃、やばいんです!」
「ああ、わかっている!……ソウジくん。セツヒトを、よく見ているがいい。」
「え?」
俺が間抜けな返事をした瞬間。
高威力の尻尾回転攻撃を繰り出すディノバルド。
セツヒトさんが、もろに食らって……。
「あれ!?」
……セツヒトさんは、無傷だった。
それどころか、何故かディノバルドがまた口から何かを爆発させて、倒れた。
「……食らっていない?ていうか、攻撃を返した!?」
「アレがG級のジャスト回避だ!さすがとしか言えないな!」
ジャスト回避!?何その技!?
ハーハッハッハッ!とか笑っている教官は、心から愉快そうだ。
セツヒトさんは、これまた目にも留まらぬ速さで鬼人乱舞を繰り出した。
特に力を入れていないように見えるのは、気のせいだろうか。
そのまま倒れ込んだディノバルドにダメージを与えていく。
「……おしまい。じゃあね。」
最後の2段斬りをお見舞いすると、ディノバルドは声も立てずに倒れた。
動かなくなったディノバルド。
……た、倒したのか?
教官たちが来てから、20分ぐらいか?
は、早い……。
これが、一流の……G級ハンターの実力か。
緊張の糸が途切れ、力が抜ける。
横に倒れてしまった。
よかった……生きている。
「ソウジくん!?大丈夫か!?」
教官が心配して抱き起してくれた。
「はい……ホッとしたら、力が抜けちゃいまして……。」
「無理もないな、重傷だ。どれ。」
教官が俺の右腕を持つ。
あ、嫌な予感。
グギョ!!
「いぃっ!!」
「すまん、ソウジくん。骨接ぎは早い方がいいからな。もういっちょ!」
「んんっ!〜〜〜!」
痛みに耐える。
教官、事前に言ってください。
布を用意し、添え木と三角巾を用意した教官は、薬を染み込ませた布を俺の右腕にあてがった。
三角巾をつけられる俺。恥ずかしい。
「うむ!こんなものだろう!」
「あ、ありがとうございます。」
「む……胸の右の辺りもか。どれ、そこも薬布をあてがおう。」
「えっ、いいですよ。大丈夫です。」
「いや、そのままはいかんぞ!すぐに手当だ!」
「いや、マジで、大丈夫ーーー」
「よいしょお!!(スパァン!)」
「いってええええ!!」
激しく薬布を当てられる俺。
何でこの人、人の言うこと聞かないの!?いや俺のためなんでしょうけどぉ!!
そういえばこんな人だったわ!!思い出したよ!!
教官にパンツ一枚にされ、地面に横たわった俺は、痛みの走る箇所に軒並み薬布を貼られた。
冷たい布が、患部に心地良い。
でもやってくれているのはおっさん。俺も中身はおっさん。
……。
「うむ!事情を知らぬ者が見たら!キモいことこの上無いな!!」
「言わんでください!!うぅぅ……。」
人に見られたら恥ずかしすぎる……。
……そういえばセツヒトさんは?
「……ソウジー、顔真っ赤だよー?」
「のわあ!いたんですかセツヒトさん!!」
「せっちゃんー。」
「せっちゃんさん!!……助けに来てくださって、本当にありがとうございました。」
「いーよいーよ、気にしないで。信号弾も上げといたからねー。……ソウジー、裸だねー。」
セツヒトさんがジロジロ見てくる。
いや!何か恥ずかしい!
「パンツは履いてますから!パンツはありますから!!」
「んー……元教官に脱がされ、されるがまま、顔真っ赤のソウジ。……見る人が見たら、捗るねー。」
「捗る!?何が!?」
「いやー……妄想?」
力が抜ける。
「マショルク、すぐ退却しよう。」
「あぁ、それがいいな。ソウジくんもしっかり診てもらった方がいい。」
「ん。」
言うや否や、俺をヒョイっと抱えるセツヒトさん。
米俵の様に持ち上げられる。
「いやいや、歩けますから!」
「んー?わがまま言うのはー、誰かなー?」
右の肋骨をツンツンされる。
「いぃぃ!!」
走る激痛。
「ほらねー、無理しちゃ、ダメだよー?」
「……はいぃ。」
「人に心配かけておいて……こんな時は、もうされるがまま、おとなしくしておきなー?」
「……ありがとうございます。」
厚意には、素直に甘えよう。
全身痛いし。
「んー、よろしい。」
ポンポン。
頭を優しく叩かれる。
完全に子ども扱いだ……。
まぁいいや、今は早く帰って休みたい……。
右手には、沈む少し前の太陽が見える。
ずいぶん遅くなってしまった。
ショウコは大丈夫かな。早く会って、ありがとうを伝えたい。
よく呼んでくれた。ショウコもまた、俺の命の恩人だ。
マショルク教官が、緑の信号弾を上げた。
俺はセツヒトさんに担がれ、スタートキャンプに到着。
ワサドラ村に、帰るのだった。