「た、ただいまー……。」
宿「ホエール」に入る。
な、何か昨日涙を流されて別れた手前、妙に気恥ずかしい……。
「おや、おかえり。ソウジさん。」
「のわっ!ホエールさん!?」
ビビった。
いつの間に後ろに!?
「ほっほっ、わしに気付かんとは、まだまだ本調子じゃないのう。」
「いや、すみません……ただいま帰りました。」
「うむ、お帰り。」
ホエールさん、気配消すのうまいなあ……。何か前にもこんなことがあったような……。
……まぁいいや。
「もう、こちらに戻ってよいのかの?」
「はい。安静は必要らしいですが。」
「ハンターさんは流石じゃの。……ドールは今買い物に行っておる。ミヤコさんは分からんが、ショウコ殿は、部屋におるはずじゃ。」
「ありがとうございます。」
「ショウコ殿は、落ち込んでおる……。わしも、あの子が塞ぎ込んどると、調子が出なくての。」
「はい。少し、話し合ってきます。」
「……ほっほ。いい顔しとるの、ソウジさん。……頼んだわい。」
ショウコはもはや、この宿のムードメーカーだからな。
俺は一言、ホエールさんに礼を言って部屋に向かうことにした。
* * * * * *
コンコン。
自分の部屋なのにノックをする。
「ショウコ、いるか?入ってもいいか?」
「……へ!?ご主人様!?」
「そうだ、ソウジだ。」
「ど、どうぞ?ていうか、ご主人様の部屋です!」
「……そりゃそうなんだけどさ。」
ガチャッ。
「……ショウコ、元気か?」
「いやいやいや!それ、ウチのセリフですから!」
「すまん。ボケてみた。元気そうだな。」
「ご主人様……分かりにくいです。」
うん、いつもの感じ。よかった。
「ショウコ、昨日はありがとう。おかげで助かった。」
「いや、ウチも無我夢中でした。ご主人様、もう大丈夫なんですか?」
「いや、安静は必要だ。流石にな。でも、日常生活なら問題なさそうだ。」
「そうですか……。よかったぁ……。」
安堵した表情を浮かべるショウコ。
心無しか、顔が固い。
「あぁ。ショウコのおかげだ。」
「……ホンマに、そうでしょうか……?」
ショウコが不穏な言葉を口にした。
「ウチ……めっちゃ落ち込んでしもうて……。ご主人さまを守るのが、オトモアイルーの使命です。でもあの時……ウチは、ご主人さまを、見捨ててしもうた。」
「ショウコ、それは―――」
「仕方なかったのは、分かります。助けを呼ぶのなら、うちの方が適しとる。それは……理屈ではわかるんです。でも、もし……もし、またあんな事になったら……。」
「…………。」
「ウチはまた、ご主人さまを置いて、逃げるんちゃうかって。そんなん、オトモアイルー失格やないかって。この、堂々巡りがグルグルしてしまいます。」
見捨てたわけではない。
だが、もしあの場で俺が死んでいたら?
周りは、ショウコを攻めるのかもしれない。
主人を囮に命を繋いだアイルーとして。
「……あの時、心の中でどこか冷静に、『あぁ、またや。』って思ったんです。またウチ、主人を不幸にするんやって……。そんな自分が情けなくて……。そして、取り乱してしもうて……。」
「ショウコ。ヤツは紛れもなく強敵だった。情けなくなんか無いぞ。」
「……頭では、わかってます。ウチは力不足や。だからしゃあないと。」
「…………。」
「でも、理屈やないんです。心は納得せぇへん……。」
ショウコが、俺を見つめる。
「ご主人さま……いや、ソウジさん。お願いです。ここで、私を見限って下さい。……ウチはもう、あんな事、したくありません……。」
「…………ショウコ。」
「…………。」
ショウコは目を落とした。
一晩、考えに考えたんだろう。
俺がいない間、ずっと一人で。
そして出した結論は、別離。
ショウコは、オトモアイルーとして生きるのを、諦めるということだろうか。
あんなにも熱意を持って、頑張ると言っていたのに。
……昨日のことは、それほどまでに辛いものだったんだな。
……だが。
俺は引き下がらない。
「ショウコ。俺からも、いいか?」
「は、はい。」
俺は、強い目で見つめ返した。
「……いいから黙って、俺について来い!」
「……えぇ!?」
「なーんて言えたら、かっこいいんだろうけどな。スマン、俺もまだまだ強くない。そこまで格好はつけられん。」
「……じゃあ、やっぱり―――」
どこか不安そうな目で見つめ返してくるショウコ。
「だがな、俺はこれから、強くなる。」
キッパリと宣言する。
ショウコは、俺のオトモなのだ。
俺の、唯一無二の相棒。
同じ高みを目指すなら、ショウコしか居ない。
「だが、ショウコはオトモをやめたいと言う。」
「は、はい。」
「……なので、説得する材料を用意してまいりました。」
「…………へ?」
俺はスケッチブックを取り出す。
「こちらをご覧ください。」
「えっ?えっ!?」
「こちらは先程、ギルドにいたハンターの方々に聞いたアンケートを集計したものです。」
「……えぇ!?」
困惑するショウコ。
そう、女神様のやり方を少し拝借したのだ。
スケブに書かれた下手な字と帯グラフ。出来の差は歴然である。
だが、俺は構わず続ける。
「まず聞いてみたのは、『あなたは今まで、自分にはどうにもならないようなモンスターに遭遇したことはありますか?』という内容です。」
下手くそな手書きの帯グラフを見せる。
慣れない左手で書いたんだ。
それに表計算ソフトなんて使えない。汚いのは許してほしい。
「こちら、24人中19人が『ある』と回答しております。」
「は、はい。」
「では、『無い』と答えた5人。彼らは新人ハンターさんで、比較的安全な場所での狩りを始められたばかりです。」
「な、なるほど。」
「つまり、ほぼ全てのハンター達が、そうしたどうしようもない事態に遭遇した、と言うことですね。」
ハンターをやっていればそうしたことは起こりうるようだ。睨んだ通り。
「じゃあ、『ある』と答えた人。その内訳ですが。」
「まだあるんですか!?」
「何を言う。まだ始まったばかりだぞ。」
「えぇ……。」
「はい、19人中11人が、『すぐに救援信号を打ち、ギルドに助けを求めた。』、6人が『オトモやパーティーメンバーにギルドに救援を要請してもらった、または自分が行った。』、残りの2人は『なんとか倒せた。』とお答えでした。」
実に半数以上が、ギルドに頼って何とかしたと答えた。
「俺達はこの『オトモやパーティーメンバーにギルドに、救援を要請してもらった、または自分が行った。』に該当するな。」
「そうですねぇ……。」
「これは、狩猟をすでに終えていて、救援信号や信号弾自体がなかったパターンがほとんどらしい。俺たちも連続狩猟を終えて、予備の信号弾もなかったしな!」
「はい、もう打ち切ってました。」
「この事から、屈強なモンスターに遭遇することも、オトモや仲間が囮となって助けを求めることも、そこまで珍しいことではないということがわかる!そして、信号弾を常に3つ以上持つことが、対策として挙げられるな!」
「お、おぉぉ……。」
ショウコが少しだけ感心し始めた。
畳み掛ける。
「では、次の資料です。」
「ご、ご主人さま?これいつまで―――」
「こちらは、先程ギルドにいた職員18人に聞いた、ショウコへの印象です。」
「ツッコミもさせてくれん……。……てか、ウチの印象!?何聞いてるんですかご主人さま!」
「まぁまぁ。えー、これによりますと。」
二の句を告げさせない。
悪いが、ずっと俺のターン!!
「『活発で可愛い。』『心のオアシス』『神かわいい。神。』『ペロペロ』『仕事中に来てくれるだけで、力が湧きます』……ちょっと変なのもあるが、ポジティブな意見しかない!!」
「途中の何やねん!こわいわ!」
「あ、大丈夫だ。左手でゲンコツ食らわしといたから。」
「そういう問題ちゃいます!」
ショウコは、俺が守る。
「そして……まだあるぞ。」
「変なのはもういいです……。」
「えー……『ショウコちゃんの一生懸命な姿は、ここの職員みんなにとても良い影響を与えています。頑張ろうと思える。私も、あなたを見ると、頑張らなきゃって。そんな気持ちになります。そんなあなたに、またギルドに来てほしいです。』……だそうだ。」
「……これ……まさか、ハイビスさん?」
「さぁな……匿名希望さんだ。ちなみに追伸。『また触らせてください。』だそうだ。」
「やっぱハイビスさんや!」
ショウコは顔を赤くしている。
恥ずかしかったかな。
……だが俺は自重しない。
「もう一つ。……『ショウコさんのおかげで、私がギルドで働く理由がもう一つ増えました。一人のファンとして、ショウコさんを応援しています。あなたは、みんなのアイドルです。また笑顔でギルドにいらしてください。』……だって。」
「これ、ヒナタさんや……!」
「えー、『追伸。耳や尻尾を触らせてくれたら、私は昇天します。』だそうだ。」
「絶対ヒナタさんや……。」
神に誓っていいが、集計に手は加えていない。
それでは意味がない。
みんなの生の声が、欲しかった。
「どうだ?これだけショウコは、みんなを元気にしているんだ。」
「変な意見もありましたが……素直に嬉しいです。ウチ、そんなん、全然気にせんと普通にしていただけやのに……。」
「これだけの人が、ショウコに笑ってほしいって、望んでいるんだと思うぞ?」
「……はい。」
ちょっと嬉しそう。
だが、俺はまだ用意しているぞ。
「ショウコ、次だ。」
「まだあるんですか!?」
「……次はハンターたちに聞いた、ショウコへの印象をまとめてみました。」
「!!」
ショウコの表情が、少し固くなった。
……「招き猫」なんて言われていたことを、気にしているんだろう。
そうやって呼んでいたのは、一部のハンターたちだ。
だが、この集計結果は、俺の予想を大きく裏切っていた。
いい意味で。
「ショウコ。大丈夫だ。悪いものじゃない。そして誓ってもいいが、俺は何も手を加えていない。」
「ご……ご主人さま。」
身構えるショウコ。
ごめんな、怖い思いをさせて。
だが違う。よく聞いていてくれ。
「……『とても応援している。』」
「……え?」
「『私も、ショウコちゃんみたいなアイルーがオトモに欲しい。』『主人に忠誠を誓って奮闘する姿。尊敬している。』『周りが何と言おうと、俺は君のファンだ。』」
「…………。」
「『主人の為に全速力でギルドに来た時、こんなにも素晴らしいアイルーがいるのかと思わされた。凄い。』『落ち込んでいる時に話しかけてくれて、とても元気が出ました。また撫でさせてね。』『主人を変えたい時はいつでも言ってほしい。君ならどのハンターともうまくやっていける。力になる。』……。」
「…………あ、あぁ。」
ショウコは固まっている。
どちらかというと驚きで。
そして、この励ましの言葉の数々が信じられなくて。
「『あのご主人に変なことされたらすぐに言ってください。法的処置も検討します。』『スケベな主人なら、変わった方がいい。俺は君を大切にする。』……この辺は言いたくなかったが、俺が手を加えていない証だと思ってくれ。ちなみにコイツらもゲンコツを入れておいた。」
「ご主人さま……。」
「ショウコは、俺のオトモアイルーだってな。」
「……ご、ご主人さま……。」
頭にきたしな。
アンケートにどう答えようが自由だが、俺だって言いたいことはあるんだ。
……俺そんなにヤバそうなやつに見えるのか?
「よし、俺への精神的ダメージは置いておいて……。」
「置いとくんですか!?」
「まぁ今はそこは重要じゃないし……。次……。」
「明らかに元気がなくなっとりますけど!?」
「えー……『招き猫なんて呼んでいた自分を恥じている。謝罪でも何でもするつもりだ。許してほしいとは言わない。君が一生懸命頑張る姿は、みんなを笑顔にしている。君は、幸福を運ぶ招き猫だ。』」
「……!?」
ショウコが今日一番に驚いた顔を浮かべる。
……そうだ、ショウコのことを不名誉なあだ名で呼んでいた、その一人がいたのだ。
腹が立ったが、本人がどうしても伝えたいというので、読ませてもらった。
「ご主人さま……これって。」
「ああ。その……『招き猫』なんて呼んでいたやつだ。……しつこいようだが、俺は何も手を加えていない。何ならギルドにいた奴らに聞いてみるといい。」
「そ、そうですか……。」
幸福を運ぶ、招き猫か。
そっちなら、本当に素敵な二つ名だ。
「……ギルドにいた奴らは、みんなショウコのことを心配していたぞ。」
「…………。」
「目の前に怪我人がいるのにな。まったく。」
「……す、すみません?」
「いや、ショウコが謝ることじゃないんだけど。」
ショウコには、伝わっただろうか。
この村のギルドの、みんなの気持ちが。
じゃあ最後は、俺の番だ。
俺の思いも伝える。
「ショウコ。」
「は、はい。」
「……さっきの発言だけどな。嘘じゃないぞ。」
「えっ?」
「俺のオトモアイルーは、ショウコ、お前なんだ。」
「……ご主人さま。」
ハンターに正式に認められてから。
ショウコとはずっと一緒に過ごしてきた。
「辛いクエストも、嫌になりそうな時も、ショウコと一緒だから乗り越えられた。本当にそう思う。」
「…………。」
「ショウコが俺にオトモになりたいと言ってきた時、正直驚いた。はじめは同情だったのかもしれない。でもそんなのすぐに消し飛んだ。ショウコは死ぬ気で、俺を支えてくれたからな。」
「…………。」
「俺はこれから、強くなる。強くなりたい。あのディノバルドにリベンジしたい。まだ道半ばなんだ。ショウコがそこに、隣にいないのは、何か……駄目だ。」
「…………。」
「俺を見捨てた?冗談じゃない。何度も言うが、ショウコは俺の命の恩人なんだ。あそこにショウコが居なかったら、俺はここに居ない。」
「…………。」
必死に、俺の思いを伝える。
ショウコは、泣いていた。
「だから……。これからも、俺のオトモアイルーとして、そばにいてくれ。……お願いします。」
「…………うううっ!!!」
ショウコが涙を拭うと。
俺に抱きついてきた。
「……ご主人さま。」
「お、おう。」
「……安心する……このにおいや。ウチ、初めに思ったこと、何で忘れとったんやろ……。」
「…………。」
「集落でご主人さまを見つけた時、この人やって思った。ウチの最後のチャンスやって。この人ならって思って。」
あの時のことを思い出す。
上から飛びこんできた、あのアイルーの事を。
「ご主人さま?」
ショウコは俺から離れると、しっかりと見つめてきた。
「もう、ズルいです。ただ私を説得するんやなくて、みんなから話聞いて、そんなん作って……。これでオトモやめたら、ウチ、ただの嫌な奴やないですか。」
「す、すまん。そんなつもりじゃ。」
「わかってます、わかってます。ご主人さまにそんなつもりは無いって。」
「ああ。」
「……言うとること、コロコロ変わってすみません。お願いがあります。」
「ああ。」
スッと息を吸うと、ショウコは笑顔になった。
「もう一度、もう一度だけ、ウチをご主人さまのオトモにして下さい。……お願いします。」
「……ああ!もちろんだ!」
「……ご主人さま……これからも、よろしくお願いします。」
「……ああ。よろしくおねがいします、ショウコ。」
何だかとても照れくさくて、二人とも笑いあった。
その時間はしばらく続いて。
怪我の痛みとか、そんなの忘れるくらいだった。
おかえり、ショウコ。