宿に戻ってきた。
ショウコとは途中で別れてきた。
何でもギルドの皆さんにお礼を言いに行ってくるらしい。
「ちょっと恥ずかしいんですけど……優しいみなさんに、お礼を言ってきます。」
そう言うと、意を決してギルドに向かって行った。
ショウコとは、また今後について話し合う必要があるが、まぁ急がなくていい。
何せ俺は怪我人である。ひとまず1週間後の診察を受けるまでは、安静にしておかねば。
考える時間はかなりある。とにかく体を休めることに専念しよう。
部屋に入る。
「わっ!そそそそそそソウジさん!!」
「ドール?どうした?」
「う、ううん。お帰りなさい。おじいちゃんから宿に帰って来たって聞いたから……掃除!掃除をしていたの。」
「そ、そうか。ありがとう。」
えらく慌てている。どうしたんだろう。
後ろに何か持っているような。
「ドール?後ろに持っているのは……?」
「あ、こ、これ?……ソウジさんの枕を…………洗おうと思って。」
「おー、ありがとう。そうなんだ、しばらく横になることが多いだろうから。助かるよ。」
「う、ううん。……じゃあ私、これ洗ってくるから。新しい枕、すぐに持ってくる。」
「あぁ、わかった。」
俺が安静にして過ごすことを見越して枕を洗ってくれるとは。
気が利く子である。
……なぜ今なのか疑問は残るが。
「ソウジさん、体はどんな感じなの?」
「あぁ、さっきご飯を食べてきたが、歩いたり少し体を使う分には問題ない。ただ激しい動きとかは無理だな。特にこの辺が痛むんだ。」
そう言って、三角巾の下、あばら骨辺りを見せる。
「やっぱり動くの大変だよね。私にできることがあったら、何でも言ってね。」
「早速枕を洗ってくれているじゃないか。十分だよ。」
「あー……うん。」
「……?」
ドールにしては歯切れが悪いような。
「そ、それじゃ。私、行くからね。ソウジさん、ちゃんと安静にしていてね。」
「あ、ああ。ありがとう。」
バタン。
…………。
「様子がおかしいよな……ドール。」
まぁいいか。
俺は気にせず、ゴロンとベッドに横になった。
* * * * * *
そこから1週間、利き腕が使えない、何とも不便な生活の中。
ドールの様子が、どうにもこうにも変だったのである。
ここ1週間のドールさんの奇行を、簡単にまとめると……
・ドールさん、「あーん」押し売り事件
・ドールvsショウコ 銭湯暴走事件
・ドールさん、カルシウム夕飯事件
・ドールさん、包帯ヘタクソ事件
……名前だけで何となく察してほしい。
特に銭湯暴走事件は酷かった。おかげで銭湯の人に怒られてしまった。
とにかくこの1週間は安静にすることができた。肉体的には。
精神的?
余計疲れたかもしれない……。
* * * * * *
「骨折部分はほぼ回復……裂傷、損傷部位は全快……かな。うん、よかったです、安静にされていたようで。」
「ええ。安静にしてました。」
「ハンターさんの中には、怪我なんて知ったことかと突っ走るような方も少なくありませんので。しっかり体を休めないと……回復薬の効能も万能ではありませんからね。」
「ははははは。」
体は休まりましたが、ドールやショウコのおかげで、心の安静はあまりとることができなかったのだが。
そんなことは、このお医者さんには関係のないことなので、伏せておこう。
心療内科ならともかく、外科医さんみたいだし。
しかし、1週間ぶりにやってきた診療所のお医者さんに、ほぼ完治したと言われてしまった。
うーん、前世なんて、骨折したらそれこそ数ヶ月かかるだろうに……まぁこっちの世界だからなぁ。
教官なんてポッキリ折れた筈の右腕を使って三日後には腕相撲していたし。
……あの人を基準にしてはいけないんだがな!
「日常生活は普段通りにしていただいて大丈夫ですよ。でも、お仕事はもうしばらくストップしましょう。」
「はい、わかりました。」
「この調子なら…あと2週間もすれば全快でしょう。ハンターはそこまでは我慢ですね。」
異世界の回復力すごい。侮っていた。
そりゃそうか、創傷がたちどころに治る薬がその辺に売っているのである。
受けた治療と言えば薬布をあてがわれたぐらいなのだが……恐ろしい。
それでも、ギルドに致命的なケガをしたハンターが運ばれたり、死んだりという話はある。
モンスターがいかに強く、そして人間が非力なのかがわかる。
女神様に、この世界が弱肉強食と呼ばれていたのも頷けるというものだ。
お医者さんに礼を言って医務室を出た。
ギルド内にある医務室なので、自然とギルドの受付を通ることになる。
ラッシュの時間は過ぎてはいたが、それでもハンターの数は多い。
この時間になると、朝の時間とはハンター達の種類が少し違う。
例えば、長期間の狩猟を見越したハンターのチームや、特別な許可が必要なモンスターの狩猟をするハンターなど。
いわゆるベテランや凄腕と呼ばれる人達である。
より凄腕……所謂G級と呼ばれる腕になってくると、ギルドや大手の商会、果ては国家クラスの重鎮などから、直々に依頼をもらってクエストをこなすらしい。
俺もある程度力はついてきたと自惚れていたが……ディノバルドに大きな遅れをとっている様では、そんなレベルには到底追いつけないだろう。
ギルドにいる強者たちを横目に、外に出る。
早く回復して、体を思いっきり動かしたい。
そしてモンスター達を相手にしたい。
……異世界に来た当初から、俺、かなり思考がこちらに染まっているなぁ。
「平穏な毎日を」なんて考えていたのが嘘のようだ。
今日もし、お医者さんからある程度動いていいという許可をもらったら、行こうと思っていた場所がある。
そこへ向かうことにしよう。
……向かう先は武具屋。セツヒトさんのところである。
* * * * * *
なんとお願いするか考える内に、着いてしまった。
まぁいい。まずはお礼を伝えよう。
礼儀を重んじなくては。
「セツヒトさーん?いますか?」
ガチャっ。
何の気無しにドアを開ける。
「開いてるよん」という気の抜ける札が掛かっていたから、いきなり入っても、多分大丈夫だろう。
「入りますよー……セツヒトさーん?」
……返事が無い。
もしかしたら例の昼寝部屋だろうか。
仕事に関してはとんでもない腕を持っているセツヒトさんだが、勤務態度はお察しのとおりである。
仕方がないのでそのまま待つことに。
…………。
……10分ほど待った。
居ないのかな…………。
…………意を決して、例の昼寝部屋があるであろう天井をノックすることに。
その辺にあった棒で、トントン、と天井をノック。
「…………。」
『…………ん〜?』
「あっ!いますか?セツヒトさん。俺です、ソウジです。」
『……え〜……えー!ソウジー?』
「そ、そうです。あなたに命を助けられました、ソウジです。」
天井から聞こえる声と謎の会話。
声からして寝起きであることは明白だ。かすれ声だもの。
「寝ていたんですか?お邪魔してすみません。」
『わー、わー……ちょっと待ってねー……。』
「……セツヒト―――」
『せっちゃんー。』
「せっちゃんさん。今取り込み中なら、出直しますけど……。」
『あー、いーのいーの。ちょっと……いま裸だから、待っててー。』
「へ!?」
裸?
もしやセツヒトさんは、寝る時に裸族になるというマイノリティの派閥なのだろうか。
「い、いやいや。急がないでください。」
『だいじょーぶー。……あれ?パンツどこだっけ……。』
「せ、せっちゃんさん!」
『あー、あったあったー。』
ガサゴソガサゴソ…………
ガタン!
天井が開く。
ハシゴを降ろしてセツヒトさんが降りてきた……へ!?
「お待たせー、ソウジー。」
「せ、せっちゃんさん!ず、ズボンが!!」
「えー?パンツは履いたよー?」
「そういう問題じゃねぇ!」
降りてきたセツヒトさんは、パンツにロンTという姿。
あれだ、何かのドラマで見た、同棲中の彼女が彼氏の家でしている格好。
あれだあれ。
彼氏からTシャツ借りるから、ダボダボでワンピースみたいになるんだよなー。うんうん。
……冷静に分析している場合ではない!
「せっちゃんさん、早く、着替えてきてください。」
「あー、はいはーい。寝ぼけててさー。…………どこ見てるのー?」
「……どこも見てません。」
目を瞑る。
目が勝手に開く。
視線は、Tシャツがギリギリに隠すその先。白い素足がスラッ伸びている。
「……ソウジって、スケベ心に素直だねー。」
「……すみません……じゃなくて!早くズボンはいてぇ!」
「おー、りょー。」
そう言って工房の中に向かっていくセツヒトさん。
……うむ。白である。
…………着替えて来るまでに煩悩を無くさねば…………。
* * * * * *
「じゃー、気を取り直しましてー。ごめんねー、ソウジー。」
「はい……。」
セツヒトさんが謝ってくる。
色々あったが、やっと本題である。
「セツヒトさん、改めてこの度は、ありがとうございました。」
「おー、うんうん。怪我は良くなったのー?」
「はい、お陰さまで。ハンター業はもう少し待たなきゃですが。」
「良かった良かったー。もう本当に心配したんだよー。ガラにもなく、昔の装備と双剣引っ張り出してきてさー。」
「それは……本当にご迷惑お掛けしました。」
引退したセツヒトさんが、一肌脱いでくれたのだ。
ありがたい他にない。
「ん、いいのいいの。私だって、そういう人達に助けられてきたんだからね。でもさー、ソウジ?」
「はい。」
「……ソロって、本当に危ないんだから……気をつけてー?みんなみんな、心配したんだから。」
「……はい。」
この怪我を癒やすための安静期間。その中で、たくさんの人たちに迷惑をかけたことがわかった。
ドールに泣かれた時なんか、何かこう……生きた心地がしなかったしな……。
「だから俺、強くなりたいです……。今よりも、もっと。」
「……。」
「あのディノバルドを、倒したい。」
「……そうかー、ソウジはこっち側かー。」
「えっ。」
こっち側?
何のことだろう。
「せっちゃんさん。こっち側って言うのはーーー」
「私も昔、ソウジみたいにコテンパンにやられてねー。それを助けてくれた人に、こう言ったのさー。」
「……。」
「『強くなりたい。今よりもずっと。』ってね。」
「えっ……。」
セツヒトさんにも、そんな時代があったのか。
「懐かしいねー。まー、その時はキッパリ断られて……。悔しくてねー。そこから頑張って、せっちゃんさんは強くなったのだよー。」
「はー……。」
「だからー、ソウジは、私と同じ。こっち側ってわけー。敵にやられてもー、むしろ燃え上がるメンタル?みたいなー?……あんまり昔のことは話さないようにしていたんだけどー……ソウジは私と、対等なんだよねー?」
「へ!?」
「だからー、前言ってたよねー?……忘れたー?」
「あ、あーあー!」
思い出した。
俺がセツヒトさんに防具の強化を頼んだ時。
「セツヒトさんの過去を聞くなら、俺の秘密も伝えるべき。だが俺は強くない。だから俺が強くなるまで、話さないで下さい!」とか何とか、口走ってしまった。
我ながらキザである。
恥ずい……。
「いやー、かっこよかったなー、あの時のソウジ。最初はおケツをプリッとして変な顔で泡吹いて気絶していたんだけどねー。わからないもんだねー。」
「そう言えばその節もお世話になりました……。」
今日はお礼を言いっぱなしである。
セツヒトさんが言うのは、俺が調子こいて片手剣と双剣以外の憑依状態も試そうとしたときのことだ。
記憶にはないが、大層面白い格好で気絶していたという。
……恥の多い第二の生涯を送って参りました。
「でさー、私がちょっと話したんだからさー。ソウジもちょっと、教えて欲しいかなー?」
「え!?何をですか!?」
「んー……どうやってー、あのディノバルドの体力をー、……あそこまで削ったのー?」
「えっ。」
あそこまでって……見ての通り、俺はコテンパンだったわけだが。
「だってー、そりゃーもちろん、トドメを刺したのは私たちだけどさー?多分ソウジだけで三分の二は削ってたよー?」
「……えぇ!?そうなんですか!?」
「うん。勘だけどねー。あのぐらいの強さのディノバルドでー、私が2年ブランクがあって、マショルクが全開だったからー……うん、三分のニはいったんじゃない?」
驚いた。
ギフトの力を使ってでさえ、ダメージは届いていないと思っていたから。
「あのクラスになるとねー。ダメージ入ったかどうか、分かりにくいんだよねー。」
「……確かに、ディノバルドは最初からずっと全開だったっていうか……俺の攻撃なんて全く意に介してなかったように見えました。」
「さすが野生の強者だよね。敵に弱みは見せないっていうの?すごいよねー。」
「はい、アイツは強かったです……。」
「うん。だからー、まぁ失礼な言い方なんだけどー……まだソウジには敵わなくて当たり前、なんだー。」
「はい……。」
「……ソウジがどうやってアイツを追い込んだのか。気になるなー、って。マショルクに聞いても、教えてくれないしー。」
……ギフトの力です!と簡単には言えない。
なるべくこの力については口外しないほうがいい。
ただなぁ……セツヒトさんを誤魔化し切れるとも思えないんだよな……。
実力の見合わない俺が、そこまでダメージを喰らわせていたのだ。
それを目の当たりにしたセツヒトさんを誤魔化すなんて自信が無い……。
まぁそれにセツヒトさんの過去のことも少し教えてもらったんだし。
……対等にいるための交換条件、か。
我ながら恥ずかしいことを口走ったものである。
腹を括るか……。
「……わかりました、伝えます。ただ、このことはーーー」
「他言無用、でしょー?うん、誓うよ。」
「よろしくお願いします。まずですね……。」
こうして俺はセツヒトさんに、カミングアウトを始めた。